ACT.27 証しと優しさと

━━木箱を戻します━━


何とはなしに皆、その場に座り始めました。疲れと衝撃的な事実により、体が休息を求めたのでしょう。それに、ヴェノムの顔色がまだ良くないですから。暫くの間、沈黙が流れます。ヴェノムに聞きたいことがありますけど、今は落ち着かせることが大事ですよ。いい塩梅でこの場所は聖域サンクチュアリのようですからね。皆さん、緊張し過ぎたためかうつらうつらし始めています。次第に眠りはじめました。……けれど、咲哉だけは変わらず起きてます。色々考えてるんでしょうね。彼女、複雑なはずですよ。そりゃぁ、自分を好きだと言った人と元カノがそこにいるんですか……ら?んー、"女として"って考え、あるんでしょうか。そもそも、雑念とか咲哉の中に存在するかが謎ですからね。弓を射るときの咲哉には、一切の迷いがない。でも、不思議ですよねー。溜めないで放つって、競技より狩猟向きな気がします。そんな私の些細な疑問なんて、聞いてる人いないですから悩んでも意味がないんですけどね。そうこうしている内に、空が明るくなってきましたよ。いやぁ、日の出美しいなぁ。お?皆、起き出しましたね。


「………!?あれ?寝ちゃってました!」


清々しいほど無駄に慌ててますね。


「う……、寝てたか。ホント、野宿になっちまった。」


言わなくても分かってますって。


「………あ。………咲哉、起きてたのか?」


最後にヴェノムも起きました。まぁ、聞きますよね。


「……ええ、眠れなくて。落ち着いた?」


咲哉、優しいなぁ。ヴェノムは頭を掻きながら頷きます。


「……話してくれるかしら。実際あった話を。」


「辛いかもしれませんけど。ヴェノムさんが優しすぎるから抱えてしまっているように思えますよね。」


皆さん、大体の予想はついているんでしょう。でも、想像だけで真実は語れません。何が起きていたとしても、誰も彼を責めないでしょう。


「……真菜の話だけじゃ、疑問残るんじゃねぇの?特に咲哉は。」


「ええ、憶測でしかないけれど。貴方は"何か"を隠してるような気がする……。」


「流石にそこまでは読めないか。取り敢えず、真菜のことな。」


決心は当についていたんでしょう。だけどきっと、一番に理解してほしいのは、誰でもなく、咲哉ですよね。


「……真菜は今から四年前に償還されていた。俺が来た二年前だから、俺の一個前だな。非常識区分セレクターって呼び方はまだ定着し始めた頃だし、アイツはそんな頭良くなかったから、深くは考えてなかったように思う。」


記憶を掘り起こしているんでしょうね。遡って、辛い過去まで話す。苦しいでしょうが、頑張ってください。


「ああ、クリストファーとゲオルグは知らないんだよな。悪い。真菜は俺の元婚約者だったんだ。俺が咲哉を知っていたのは、真菜つながりだった。俺たちはオリンピックの選手だったから、実力は折り紙つき……って言ったら嫌味か。」


苦笑しながら説明を交えます。


「妙な偶然だな。『オリンピック』……。どっかで聞いた気がするが、モヤが掛かってるみたいで思い出せない……。スポーツの祭典って認識だけはある。」


「そう、そんな感じ。」


「僕も知っている気はします。たまに曖昧なんですよね。お父さんとお母さんと話してるときに、噛み合わない話が合ったりして。逆にヴェノムさんやサクヤさんの話の方が違和感ないって、漠然と思ったりして。」


「それは俺もある。『異世界』だって言われたけど、何か実感沸かないんだよ。」


少し脱線してますけど、気になりますね……。


「……それはいづれ考えましょう?今考えても答えは出ないと思う。大切なことだとは思うけれど。」


「ああ、逸れちまったな。済まない。」


元カノに触れないのは皆の優しさですかね?


「ざっくりで悪いけど、咲哉にも関わるから短く言うよ。咲哉が参加したオリンピックで、不正が発覚したんだ。……真菜がドーピングしていた事実がな。それを問い詰めた咲哉が、罪を擦り付けられた。あの試合は100%、咲哉が金メダル……優勝だったのに真菜が勝った。裏で何か操作したのは間違いない。咲哉が真菜を問い詰めたシーンに出くわしたからこそ、咲哉に出会えたけど、咲哉は擦り付けられたせいで自ら行方不明になってた。俺さ、元刑事だったんだわ。その血が不正を許せなくて、調べあげた。全てを明るみにして、選手を引退した。咲哉が行方不明になってることも知らないで。真菜とは、許せなくて別れたよ。」


皆、静かに聞いている。


「……だから、だからサクヤさんは中々お話されなかったんですね。」


今にも泣きそうな顔で咲哉を見つめる。


「……私はただ、家出して引きこもっただけよ。でも……、ヴェノムのお陰で気は晴れたわ。ありがとう。……私は結局、自分では何も出来ない弱い人間だった。」


「んなこと言うなよ!咲哉は真菜に指摘する正義感があったろ。どんな旧家でも、何とかするには俺みたいな刑事崩れじゃなきゃ、八方塞がりだったんだから。やれることはしたはずだ。」


そう言って、はっとする。


「……俺もそうなのかな?一年前に行方不明になってたことも知らなかった真菜に再会して、『運命だから、やり直そう』ってしつこかった。非常識区分セレクターの話を聞いたのも真菜からだった。無敵だと言っていた。俺はまだ半信半疑だったし、真菜の想いにも応えられない弱い人間で。一緒にいることも億劫だった。………事件が起きたのは、再会して一週間経つか経たないかくらいだった。」


もう既に咲哉を好きだから、再燃はなかったと。


「『一緒に行ってくれないなら、一人でいく』とドラゴンの巣窟に単身、乗り込んで行ったんだ。流石に危険だからやめろとは何度も言ったつもりだ。付いていくつもりは無かったが、様子だけは見に行ったんだよ……。……そしたら……の真菜がいたんだ。もう会いたくないとは思ってた、だけど!死んでほしいなんて思ってなかった!目の前で意識が消えかかる姿を目の当たりにして………動かなくなっても、俺が動けなかった。……何を考えたか、少し動けるようになってから何とかアイツが入れそうな木箱見つけて入れたんだ。何に殺られたかはわからない。けど……言葉を選んでいたら救えたかもしれないって思ったら、全て俺のせいじゃないかって思い始めた。」


頑張りましたね!


「……貴方は悪くない。貴方も出来ることはした。制止を振り切った彼女にだって非があるわ。」


木箱を静かに見据えながら……。


******ACT.28へ******

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