終わりました。

 半分程なくなった元ハンドアックスの柄を握り直し、荒い息を整えるよう努めながらバァゼへと目を向ける。

 バックハンドスマッシュを喰らって尚、顔面が吹き飛ばなかったのは流石魔王軍幹部と言った所か。

 それでも、バックハンドスマッシュの威力は凄く、鼻の骨は完全に折れて顔に埋まり、歯も半分程折れ、ハンドアックスが直撃した部分は陥没し骨がぐちゃぐちゃだ。掛けていたモノクルも粉々に砕け、目に突き刺さっている。

 正直言って、かなりグロッキーな光景だ。吐き気が込み上げてくる。

 吐き気を堪えながら、俺はバァゼに背を向けて近くにいるレグフトさんと勇者パーティーの戦士に目を向ける。二人共肩で息をしながらバァゼの成れの果てを見て、僅かに頬を綻ばせる。

 そして、二人は俺の方へと首を向け、ゆっくりと頷く。俺も首を頷き返す。

 終わった。そう思って一度目を閉じ深く息を吐く。緊張が解け、膝から崩れ落ちそうになるのを堪えて目を開ける。

 目を開けたら、レグフトさんと勇者パーティーの戦士は目を見開き驚きながらも剣を構えていた。視線は俺の後ろへと注がれている。

 ざりざりと地面を擦るような音が聞こえる。俺は後ろをゆっくりと振り向く。

 そこにはふらつきながらも立ち上がるバァゼの姿があった。

 顔面がぐちゃぐちゃになりながらも、まだ絶命はしていなかったようだ。

 嘘だろ? あれを喰らってもまだ生きてるなんて。

「……図に乗るなぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼」

 バァゼは咆哮すると、立ち上がって俺の腹を蹴り上げてくる。

「がっ」

 俺は血を吐きながら宙を舞い、電撃カブトムシの亡骸へと背中を打ちつけられる。

 腹部の痛みが尋常じゃない。内蔵がやられたかもしれない。それでも俺は無理矢理に身体を起こしてバァゼへと目を向ける。

 怒りに震えているバァゼは猛攻を繰り出し、レグフトさんと勇者パーティーの戦士を一方的になぶっていく。

 先程は奇襲が成功し、虚を突いた形での攻めだったから打ち合う事が出来た。けど、今は純粋な力量差と怒りによる苛烈さにより二人は攻撃出来ず、致命傷を負わないように局所的に防ぐのに精いっぱいだった。

 そして、それぞれ防ぎ切れない一撃を貰って吹き飛ばされる。レグフトさんと勇者パーティーの戦士は地面に伏せ、ぴくりとも動かない。いや、僅かに身体が上下してるから呼吸はしてる。

 よかった、生きてる。けど、そう楽観視する事は出来ない。

 状況は最悪。バァゼを倒し切れておらず動ける者はいないか。余りの怒気と威圧に、誰もが委縮し、金縛りにあっている。

「貴様らぁ……血祭りに上げてやる……」

 バァゼはゆっくりと俺へと近付き、脇腹を蹴ってくる。俺は無様に転がる。

「まずはてめぇだ。よくも俺の顔をぐちゃぐちゃにしてくれたなぁ!」

 何度も蹴られ、その度に痛みが走り血を吐く。何度目かの蹴りの後に、俺は首を掴まれ宙吊り状態となり、一気に首を絞められる。

 あぁ、俺はここで死ぬんだ。

 段々と目が霞んでくる。頭の中も真っ白に染まっていき、考える事も面倒になる。

「がっ……な、に……?」

 ふと、前触れもなく呼吸が出来るくらいに俺の喉を絞める力が緩み、反射的に空気を吸い込む。

 浅い息を繰り返し、段々と頭の中がクリアになって行き、視界も戻っていく。

 一体、何が起きたのか? それはバァゼの首元を見て直ぐに分かった。

 バァゼの首から金属が飛び出していた。刀だ。刀が後ろからバァゼの首を貫き、貫通したんだ。

 刀は抜かれ、そこから噴水のように血が飛び出す。その血は俺にも降りかかり、同時にバァゼが俺の首から手を離して俺を地面に落とす。

「ば、か……な。な……ぜ、うご、け……」

 喉を貫かれたバァゼは、後ろを振り向き有り得ないとばかりに目を見開き、桐山を凝視する。

 先程まで極度の疲労により立ち上がる事が出来なかった桐山だけど、どう言う訳か汗が引き、顔から赤みも消えて、呼吸も安定している。傍から見るに、至って平常だ。

 桐山は、喉から血を吹き出し続けるバァゼへと刀を振り上げ、斜めに振り抜く。

 身体を二つに両断する事はなかったが、バァゼは右の肩から左の腰目掛けて深い切り傷を負い、そこから更におびただしい量の血を吹き出す。

 バァゼは再度地に膝をつき、まるでこれから処刑されるものの如く桐山を見上げる。

 桐山は表情を変えず、刀を大上段に構え、バァゼの首目掛けて振り下ろす。

「ち、こ……こは、てった、い……を」

 しかし、刀はバァゼの首を捉える事はなかった。

 一瞬にして、バァゼの身体は小さな羽虫の軍団となり、刀を避けると上空へと昇り、何処かへと消え去って行った。

 桐山は黒い虫達の行く先を目で追う。黒い虫達は戻ってくる気配がないようで、桐山は腰に佩いている鞘に刀を収めて一息吐く。

 それを見届けた俺は、今度こそ終わったと張り詰めていた心が緩み、視界が一気に暗転する。

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