魔王軍幹部は揺さぶりました。

「おやおや、意外としぶといですね」

 バァゼは桐山と相対しながら、余裕そうに呟く。

 全く息を切らさず、桐山へとその鋭利な爪で切り掛かる。桐山は激しい呼吸を繰り返しながらもそれを刀で必死に弾き、時折攻めに転じている。

「そこまで疲弊しながら、私の攻撃を防ぎ、隙あらば一刀仕掛けてくる。その強さは称賛に値しますね」

 バァゼがにんまりと笑みを浮かべ、敵である勇者をほめたたえる。

「あぁ、誤解なさらぬよう。勇者の肉体的な強さではなく、精神的な強さを評価したので。実質、この程度なら脅威になりえませんからね」

 そんな事を言いながら、バァゼはそのまま爪で桐山を襲う。

 両者ともに有効打を与えられないまま、何分か過ぎた頃。

「では、そろそろ趣向を変えて見ましょうか?」

 バァゼは後ろに飛んで桐山から距離を取ると、近くで膝をついていた冒険者の一人へといきなり爪を振り下ろした。

 桐山は即座に駆け出してバァゼの腕目掛けて刀を薙ぐ。

「おっと、危ないですね」

 しかし、バァゼはそれをひょいと躱すとまた距離を開け、別の冒険者へと攻撃していく。

 その都度、桐山は一気に駆け出してバァゼが冒険者をその手に掛けるよりも速く刀を振るったり爪の一撃を刀で受けたりして攻撃を防ぐ。それを何度も繰り返しているうちに、桐山は更に激しく息をするようになる。

「はっはっはっ、今代の勇者は難儀な性質をしていますね。先代の勇者ならば庇う事はしなかったでしょう」

 こいつ、桐山の体力を一気に消耗する為に他の冒険者を狙ったのか? バァゼは余裕の表情で桐山に語り掛ける。

「まぁ、そのような性質だからこそ、異世界から呼ばれたんでしょうね。先代の勇者も、最初の方は人々に気を向けていましたし」

 冒険者に手を掛ける事をやめ、バァゼはゆっくりと桐山へと近付く。

「ですが、そろそろあなたも限界じゃありませんか?」

 桐山は過呼吸と繰り返し、肩を大きく上下に動かしている。顔は赤く、大量の汗でぬれており、髪の毛も汗で湿っている。

 誰が見ても、これ以上動くのは危険な状態だった。そんな状態でも桐山は止まらずに剣を振るい続ける。しかし、刀の振りは精彩に欠け、勢いはなくなってきている。

「ずっと動き続けていますよね? 今下手に止まると疲労の波が一気に押し寄せて来て動けなくなる程瀬戸際に立たされていますよね?」

 バァゼは刀を半身を引いて避けると、桐山の足を引っ掛けて地面に転ばせる。転んだ桐山は起き上がろうと腕に力を込めるが、身体が持ち上がらず全く起き上がる事が出来ない。

「ほら、やっぱり動けなくなりました……おや?」

 バァゼは、それでも必死になって何度も身体を起こそうとする桐山の姿を見て眉をひそめる。

「そこまでして守りたいですか? あなたが必死に私と戦っているのに、彼等は微動だにしていません。自分が狙われても避けるどころか諦め、僅かな希望にすがる顔をしました。あなたが助けたら少しばかり瞳に光を取り戻しましたが、それはあなたに感謝したからでしょうか?」

 急に、バァゼは見下ろす桐山に問いかけ始めた。

「勿論、感謝したんでしょう。ですが、こう思った筈です。やっぱり助けてくれた、と。勇者は自分を見捨てなかった、と」

 バァゼは嫌らしく、歪めた笑みを浮かべる。

「勇者にこの場を完全に一任していますよね? 唯一動けるからと? いいえ、違います」

 首をゆっくりと横に振り、軽く冒険者達を視界に収めるように見渡す。

「疲弊しているという言い訳は通用しませんよね。だってあなたも疲弊しているのですから。疲労の具合は、地面に伏したり、膝をついたりして幾分か体力が回復している彼等より、あなたの方が酷いんですから」

 訊き取り方によっては、桐山に同情しているようにも訊ける。しかし、実際は違うだろう。

「体力が戻れば、普通は加勢とかする筈じゃありませんか? もしくは、逃げたりするかもしれませんね。人間と言うのはそういうものです。が、彼等は加勢もせず逃げもせず、ずっと私とあなたの戦いを見ていた。何故か?」

 バァゼは大袈裟に腕を広げ、一度天を仰ぎ、ゆっくりと視線を桐山に向ける。

「彼等は、あなたが勇者だから何とかしてくれると思っているんですよ。勇者を見捨てたら自分の立場が悪くなると思っているんですよ。自分達じゃ勝てない。攻撃は当たらず、逆に一撃でやられる。なら加勢はしない。勇者を見捨てて逃げたら、その後は憂き目に遭う。だから逃げない。異世界から召喚され、発展途上とは言え、常人を凌ぐ力を有している勇者なら何とかしてくれるんじゃないか。勇者を見捨てず、こうして自分は戦場に留まっている。とね」

 淡々とだが、一言一言ずっしりと言う重みのある言い方で桐山に、いや、この場にいる全員にちゃんと聞こえるよう語り掛ける。

「実際、今の彼等はあなたより力が劣る。加勢したとしてもほんの少し行動を阻害するだけに終わり、逃げ出せば私の意識がほんの僅かにそちらに向くだけ。しかし、それだけでも状況と言うものは変わります」

 しゃがんだバァゼはぐいっと桐山に顔を近付ける。

「加勢によりほんの少し行動が阻害されれば、勇者は一撃を入れやすくなる。誰かが逃げれば、私が一瞬そちらを向いた隙に勇者が一太刀浴びせてくる。ほんの少しですが、彼等が行動すればあなたが有利になれたんです」

 立ち上がり、無言のまま自身の言葉を否定しない桐山にバァゼは更に語る。

「しかし、動かなかった。人間、誰も自分のが一番可愛いんです。そして、語り継がれる伝説の存在が目の前にいれば、すがりたくもなります。逃げ出したら自身の悪評がたちまち広がる。だから、彼等は動かないんです」

 バァゼは、精神的に桐山を壊しにかかったようだ。桐山が守ろうとした冒険者は、守る価値もないと告げ、自分が今していた行動に意味なんてないと認識させる事により、召喚時に覚悟した勇者としての気構えと心をへし折ろうと。

「さて、ここであなたに問いますが、彼等を守る意味はありますか? あなたはこことは別の世界から来た。見ず知らずの、少しは親しくなったがそれでもまだ知己とは言えない人達を、無様に勇者にすがる人々を守る事に何の意味がありますか?」

 バァゼは歪めた笑みを浮かべながら桐山を見下ろすが、直ぐに渋面を作る。

 ここまで言っても尚、桐山は起き上がろうとする。無言を貫き通しているけど、その姿勢からどんな事があっても守ると言う強い意思が感じられる。

「……ふむ、どうやら芯は固いようですね。決してぶれる事はない精神を持っているようだ」

 目論見通りに心が折れなかった桐山を見て、バァゼは軽く息を吐く。

「よかったですね、皆さん。彼女はあなた達にとって素晴らしい勇者だ。…………まぁ」

 バァゼはしゃがみ、桐山の髪の毛を掴んで無理矢理顔を上げさせる。

「そんな素晴らしい勇者も、ここで儚く命を散らしてしまうんですがね」

 そして、彼女の顔に鋭い爪を突き立てようと腕を引く。

 弓から解き放たれた矢の如く爪が桐山の顔へと……突き立てられる事はなかった。

 まさに突き立てようとした際、バァゼの手首に甲羅の球がぶち当たり、一度跳ね返ったそれが再度勢いを増して同じ個所に放たれ、手首から先が分断されてしまったからだ。

「なっ⁉」

「……あ~ぁ、狙い甘かったなぁ」

 物言わぬ電撃カブトムシの陰から出て来ていた俺は大袈裟に肩を竦める。

 本来の狙いは肘関節だったんだけど、疲労から狙いが甘くなったなぁ。まぁ、手を落とす事が出来たんだから上々か。

 地面に膝を立て、体力の回復に意識を割いていた俺は、長々と語っているバァゼを傍目にゆっくりと、気付かれないように電撃カブトムシの亡骸の後ろに隠れて機会を窺っていた。

 そして、バァゼが完全に油断したと思ってスキルアーツのフォアハンド三球目攻撃を俺は放った。

 無論、そんな事をしていたのは俺だけじゃない。

「ふっ」

「どりゃあ!」

「くっ⁉」

 同じように電撃カブトムシの亡骸に隠れていたレグフトさんと勇者パーティーの戦士が自慢の剣を振り被ってバァゼへと切り掛かる。彼女らも俺と同じように体力の回復に努め、ほぼ同じタイミングで少しずつ移動していったのだ。

「なぁ、あんた。別に誰も彼もあんたの言ったような事を思ってる訳じゃねぇよ」

 動揺からか焦った顔をしながらレグフトさんと戦士の剣戟を防ぐバァゼに、俺は軽く息を吐きながら一方的に語り掛ける。

「少なくとも、俺達は桐山に、勇者に任せっきりにはしないさ」

「ブラックグラビティエリアっ」

「ホワイトアウトレイっ!」

 限界を迎えた筈なのに、クロウリさんと白魔法使いは密かに詠唱をしていて、僅かに残った力を極限まで搾り取って魔法を放つ。魔法を放ち終えると、完全に意識を失い、その場に突っ伏す。

 ホワイトアウトレイをその眼に受けたバァゼはあまりの輝きに思わず目を手で覆い隠し、僅かにだが身体が宙に浮く。

 多分、本来ならこれらの魔法はあまり効かなかったと思う。けど、今のあいつは見た感じではそう思えないけど、結構ぼろぼろだったんだろう。

 魔物を倒し切るまであいつが現れなかったのは、ジョースケさん達と戦っていたからだ。当然、疲労は溜まっていた。そして、そこから桐山との戦闘。一応力が上回っていたとは言え、疲労具合から一杯一杯の状態じゃなかったんじゃないか?

 だから、途中で桐山から他の冒険者たちに攻撃を加えて、あまり動かなくて済むように更に桐山を精神的に追い詰めようとしたと思う。

 あいつも、結局の所限界だったんだろう。

 そして、漸く隙が出来た。今を逃したら駄目だ。

 俺は残った体力全てを使ってバァゼへと駆け出す。

「と言う訳で、顔面吹っ飛べ!」

 俺はこの戦いで【卓球Lv3】に上がり、新たに習得したスキルアーツを放つ。

 右足を出して、左半身を後ろに下がらせた体勢で、少し体を捻って鉄のハンドアックスを肩と腕を上げた事によって生み出された左脇の空間へと引く。ハンドアックスの面は寝かせないよう、ピンポン玉を打つとすれば少しピンポン玉に被せるような感じにする。

 右足を浮かし、思い切り地面を踏みつける。脚が地面に触れる瞬間、ハンドアックスの面がバァゼの顔面にぶち当たるタイミングで振り抜く。

 新たなスキルアーツ、バックハンドスマッシュ。普通のスマッシュではなく、スキルアーツによる威力が上乗せされた攻撃は、手を避けて薄らと目を開けたバァゼの顔面に綺麗にぶち当たる。

 鉄のハンドアックスは衝撃に耐えられず、粉々に砕け散る。

 バックハンドスマッシュの直撃をもろに受けた魔王軍幹部バァゼは、膝から崩れ落ちた。

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