目が点になりました。
「桐山薫です。よろしくお願いします」
俺が中二の夏休み明け、桐山が転校してきた。
黒板の前に立って、綺麗にお辞儀をした桐山。転校初日の休み時間は同級生がこぞって桐山を囲んで質問の嵐を投げ掛けた。
桐山は質問された分だけ応答した。けど、それだけ。
その応答から話題を膨らませようとはしなかった。答えては次の質問に答えて、の繰り返しだった。
直ぐにクラスに馴染みはしたものの。桐山は殆ど自分からは話し掛けない。話し掛けるとしたら、事務的な連絡の時くらいだ。
決して、自分から雑談を使用とはしなかった。クラスの女子と話す時も、適度に相槌を打ち、答えを求められたら口を開く。そんな場面ばかり目撃した。
桐山は俺と同じ図書委員となって、主に週一で昼休みに図書室で受付の手伝いをした。
その際、当時は意識していた桐山に俺は頑張って話し掛けた。
内容としては。
「リンゴって、みんな知ってる林檎って他に、もう一つ漢字の書き方-があるんだ。平に草冠つけた漢字と果でもリンゴなんだって」
とか。
「マンボウって、翻訳の翻に車、魚って書くんだって」
とか。
「タコも漢字一文字の蛸だけじゃなくってさ、第一章の章に魚と書いてもタコって表すんだって」
とか。
「コオロギなんだけど、漢字で蟋蟀って書くんだ。けど、螽斯でもいいんだって。これ、本来キリギリスって読むんだけど、多分昔コオロギの事をキリギリスって呼んでた名残なんだと思う」
とか。
「テントウムシって天の道の虫って書く他にも紅姫とも書くんだってさ。あと、カミキリムシも髪を切る虫って書く他に天牛ってのもあるんだって。テントウムシは赤いからなんとなく分かるけど、カミキリムシなんて全然牛に見えないのにね」
とか。
中一の頃から図書委員をしていて、当番の日の昼休みや放課後に広辞苑とか生物辞典とかで仕入れた無駄知識を話題提供に利用した。
まぁ、流石にこれじゃ会話にならないと気付き、最終的に部活の事とかドラマや漫画の事とか普通の話題を振ったりもした。けど、桐山は全然口を開かず、頷いたり首を振ったりするだけだった。
めげずに中三までは雑談をしようと試みたけど、全敗。事務的な会話以外では桐山は口を開かなかった。
それに、俺からの質問でも口を開かず、首を縦に振るか横に振るかだけで終わらせていた。女子の友達とは普通に声で答えていたのに、だ。
あぁ、桐山は俺に興味ないんだなって思った。今までやってた事は桐山にとって迷惑な事でしかなかったんだなぁと。だったら、口にして言ってくれればいいのに。うるさいとか、うんちく垂れるなとか、いちいち話し掛けて来るなとか。そうすれば直ぐにでも止めたのに。
俺が一方的に語っていたのもあるけど、口を開かない桐山に徐々に苦手意識を持ち始め、最終的に図書委員の当番の日は早く終わってくれないかなと心の中で切に願い続けていた。沈黙は余計に胃に響いたので、必死に雑談を振った。
そして中学を卒業し、これで桐山と離れられると思ったけど……。桐山は俺と同じ私立の高校に入学した。更に、何の因果かクラスも同じだった。
高校では委員会に入らなくてもよかったので俺は委員会に入らずに部活に専念した。桐山は中学の頃と同じように図書委員をしていたけど。
同じクラスだったけど、決して俺はからは桐山に話し掛けず、桐山も俺に話し掛けなかったから心持楽だった。ただ、時折桐山は俺をじっと見て来るので、その都度胃がきりきりした。俺、何か気に障る事でもしたかなって内心びくつきながらも外見上は何も変わらずに平常を保った。
異世界に来た時、心の何処かで安堵していた。もう桐山に会う事はない、と。日本よりも危険がひしめく異世界スレアだけど、その点に関してだけは、知らないうちにほっと息を吐いていた。
けど、桐山は勇者として召喚に応じ、この世界に来た。そして、再会を果たした。
桐山は相変わらず無口で、俺が話を振っても頷くか首を振るかだけだった。
早く、この町から出て行ってくれないかなぁ。って思った。そうすれば、会う事も無いのに、と。
けど、それでも。
俺は桐山が死ぬ瞬間を見たくなかった。
いくら苦手でも、同じ世界から来た同級生を助けたかった。
だから、俺はあの時動いた。そして、桐山を助ける事に成功した。その代わり、俺は死ぬ寸前まで追いやられたけど。
死ぬかもと思った時は怖かった。けど、後悔はなかった。自分は決して間違った事はしなかったと断言出来たから。
「……はぁ」
結果的に、こうして生きているのは運がよかった。
俺は今、ベッドに横になっている。目が覚めたら既にベッドの中にいた。そして、腹には包帯が巻かれ、微妙に痛みが走る。回復薬や僧侶による回復だけじゃ完全に回復は出来ない程重症だったみたいだ。
まぁ、魔王軍幹部に何度も蹴られたからな。命があっただけでもありがたいよな。
ただ、疲れがまだ残っていて、身体がかなり怠い。首を動かすのも億劫で頭を枕に埋めたままで動かせない。それに、眠気が襲い掛かってきた。
「……寝るか」
俺は睡魔に身を委ね、目を閉じて夢の世界へとはばたく。
「…………」
「…………」
目を覚ましたら、何故か桐山が俺の顔を覗き込んでいた。
「……よっ、大丈夫か?」
どうして桐山がいるんだ? という疑問より先に桐山の安否を確かめる言葉が口から出た。
すると、桐山は頷き返してくる。
まぁ、そりゃそうだよな。極度の疲労を負っていても、何か知らないけど直ぐに回復してバァゼの奴を退けたんだ。怪我らしい怪我もしてなかったし。大丈夫だよな。
何、当たり前の事訊いてるんだろうな。俺は。
「なら、よかった」
俺はそう呟き、目を瞑る。そして改めて桐山がここにいる理由を脳内バンクから検索を開始する。
検索をしていると、額と鼻先に温かい雫が落ちてきた。
目を開けてみれば、俺の顔を覗き込んでる桐山が泣いていた。大粒の涙を俺に滴らせ、目を赤くし、口をきつく閉じて声をかみ殺しながら。
「どうした……?」
俺は訳が分からず、泣いてる桐山に尋ねる。桐山は首を横に振る。振る度に涙が零れ落ちて俺の顔を濡らす。
「……よかった」
そして、桐山は口を開いた。
「宇都宮君が、目を覚まして、よかった……」
嗚咽を漏らしながらも、桐山は自分から俺に語る。
「三日も、目が覚めなかったから、凄く、心配した……」
そうか、俺は三日も寝てたのか。
桐山の言葉を訊いて冷静に心の中でそう呟いた俺は、次の瞬間にパニックに陥った。
「本当に、よかった……」
桐山が寝ている俺に抱き着いてきて、俺の胸に顔を埋めたからだ。
何が、どうして、こうなった?
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