武器を新調しました。
「こりゃ、新しいの買った方がいいぞ」
朝市でドールン工房に赴き、新しい鉄球とスライム皮の加工を頼んで、ハンドアックスの柄を新しいのに変えて貰おうとハンドアックスを渡したら、ドールンさんはやや眉を寄せてそんな事を口にした。
「どうしてです?」
「刃の部分も随分痛んでる。このまま使い続ければ明日明後日には砕けるだろうさ」
そう言ってドールンさんはスライム皮を剥したハンドアックスの金属部分を俺に見せてくる。よくよく見れば少しへこんでたり掛けてたり、うっすらとひびが入ってるのが確認出来た。
確かに、結構痛んでる。やっぱり鉄球を打ったりするからその分負荷がかかったんだろうな。スライム皮を貼ってるとは言え、完全に衝撃は消せるものでもないし。
「今まで負担を掛けて御免。そして、御苦労様」
俺はハンドアックスに手を合わせて感謝の言葉を向ける。俺が武器屋でこいつを見付けなかったら、ここまでレベルが上がってなかったんじゃないかな?
さて、となると新しいハンドアックスを購入しなくちゃいけなくなるか。けど、こいつと同じ形状のハンドアックスあるかな? あの武器屋でも同じ形のは他になかったし、この工房にもない。
見付けるとすると、かなりの時間を要するんじゃないかな? それとも、形状は妥協してハンドアックスを買うか? 一応卓球動作をすれば【卓球Lv2】の補正は受けれるだろうし。
「何なら、新しいの作ってやるか?」
と、腕を組んでうんうん唸っているとドールンさんがそんな提案をしてくれる。
「いいんですか?」
「おぅ。知らねぇ間柄じゃねぇしな。形状はこれと同じでいいか?」
「はい」
俺は目を輝かせて頷く。こいつと同じ形状なら、問題なく卓球のスイングが出来る。これで武器探しの心配は無くなったな。……あ、そうだ。
「あの、ついでに柄の部分は少し変えて貰っていいですか?」
「いいぜ。どう変えんだ?」
「柄尻に向けて扇状に広がるようにして欲しいんです」
「あん?」
俺の注文にドールンさんは僅かに首を傾げる。
卓球のシェークハンドラケットの持ち手……グリップ部分はいくつか種類がある。真っ直ぐに伸びているストレート、曲線を描いて外側に広がっているフレア、直線を描いて外に広がっているコニック、少し膨れて樽のような形状のアナトミックがある。
俺はそのうち、グリップがフレアの形状をしたラケットを愛用していた。最初はストレートのものを使っていたんだけど、手汗をかいた時にドライブを打つと持つ位置がずれて回転やスピードに影響が出てしまった。
一応、グリップテープを巻いたりもして手汗で滑らないよう工夫はしたんだけど、そうすると今度は振り抜いた後に違和感が生じて次の動作が遅くなってしまった。
ここまで来るとラケットが自分に合わないと分かり、ちょっと先輩や同級生のラケットを借りて素振りをしてみた。
その中で、グリップがフレアのラケットがしっくりと手に馴染んだのだ。グリップテープを巻かなくても位置がずれる事無く、そして振り抜いた後も違和感が生じずスムーズに次の動作へと移れた。
以降、俺は卓球のラケットはフレアグリップのものを使用している。
折角ハンドアックスを新調――しかも作って貰えるとの事なので注文して見る事した次第だ。
「えっと、具体的に言いますと柄尻から親指くらい離れた所から、柄尻に向けて緩やかに外に広がるようにカーブを描いて欲しいんですよ」
「ほぅ」
「そして、カーブを描く際は刃と同じ向きの側だけにして下さい。金属の面の部分と同じ側は平らにして欲しいんです。楕円っぽい断面にする感じって言えばいいですかね?」
「つまり……こんな感じか?」
ドールンさんは近くにあった紙と羽ペンを手に取り、さらさらと描いて俺に見せてくる。それは正にフレアグリップの形状で、断面図も陸上のトラックのような楕円形だ。
「はい。それです。その通りに柄部分を作って貰いたいんですけど、いいですか?」
「構わねぇぞ。木工かじってる奴にやらせるさ」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げて礼を述べる。
「で、お値段はどれくらいかかりますか?」
「そうだな……この刃の部分溶かして使っていいんなら、12000ピリーってとこだな」
12000ピリーか。ハンドアックスを買った時より値段が高いけど、柄の部分はオーダーメイドだし、相応に手間と時間もかかるもんな。
「分かりました。前金で払っておきます」
俺はこつこつと溜めていたお金の中から12000ピリーを取り出してドールンさんに渡す。
「おぅ、丁度だな。他にも注文入ってっから、仕上がりは明日の昼ぐらいだ。そん時にもう一度来てくれ」
「分かりました」
俺はドールンさんに頭を下げ、工房を出る。
この日は冒険者ギルドへ行って昨夜の分の依頼完了と換金手続きを済ませ、町中での依頼を受ける。昼頃にクロウリさんとレグフトさんと合流し、武器を新調するから明日の昼過ぎまで魔物狩りが出来ない旨を伝える。
「分かった」
「じゃあ、私は特訓をするとしよう」
クロウリさんは町中の依頼を、レグフトさんは公園へと赴いて木刀で素振りをし始める。俺もお金を貯める為に街中の依頼を継続して行い、夕方になって飯を食い、銭湯で汗を流してから馬小屋に戻って就寝。
で、次の日の昼過ぎ。
「出来てるぜ。ほらよ」
俺達三人はドールン工房へと赴き、俺はドールンさんから出来たばっかりのハンドアックスを手渡される。
刃部分の形状は以前と変わらないけど、金属部分は少し厚くなったかな? そして、柄部分がきちんとフレアの形状になっていて、握るといい具合にフィットする。
試しに素振りをしてみると、以前使ってたハンドアックスよりも手に馴染み、振りやすい。全体的に少し重くなってるけど、重心は振りやすい位置にあるし問題ない。
「具合はどうだ?」
「はい、かなりいいです」
「そうかい。あと、柄の部分の中をくりぬいて鉄の芯を入れてっから柄の強度も少しは上がった筈だぜ」
「どうもありがとうございます」
俺は改めてドールンさんに礼を述べ、頭を下げる。この少し重くなったのは金属部分が厚くなっただけじゃなくて、鉄芯が入ったからか。
「ほぅ、柄の部分が少し変わった形だな」
「すっぽ抜けにくそう」
レグフトさんとクロウリさんがニューハンドアックスの柄部分を興味ありげに見てくる。
「確かに。普通に振るう場合でも、布や皮を巻かなくてもすっぽ抜けにくそうだな」
「ミャーくんの場合は、かなり特殊な使い方してるし、この方がいいのかも」
「斧殴りの異名を持っているミャー殿に相応しい形状か」
「うん、僕もそう思う」
と、考察混じりに感想を言う二人。因みに、レグフトさんも俺を苗字や名前じゃなくてミャー殿と呼ぶ。理由はクロウリさんと同じで、そっちの方が言いやすいのと、やっぱり俺の顔が猫を連想させるから。毎度鏡で顔を見てるけど、そこまで猫に似てるか?
「時にミャー殿、これから試し切りに行くのか?」
「行く?」
「そうだな。俺としては直ぐに試してみたい」
と言う事で、俺達はドールン工房を後にしてスライムの森へと向かう。
そこで現れたブルースライムに向けてループドライブ、スマッシュのスイングをぶちかまし、スキルアーツのフォアハンド三球目攻撃を繰り出す。
ループドライブで倒した際はそこまで違いが分からなかったけど、スマッシュのスイングとフォアハンド三球目攻撃ではかなりの違いが見られた。
まず、スマッシュスイング。以前よりも悲惨度が上がり、もはや完全に原形を留めずに爆ぜてしまった。と言うか、木にぶち当たるよりも前に、ラケットに当たったインパクト時に爆ぜて跡形もなく散って行った。
フォアハンド三球目攻撃だと、放ったスピードドライブの鉄球がブルースライムを貫通しながら回転に巻き込み、ぐるぐると回転させて中の青い液体を辺りに撒き散らせていった。
自分に合った柄の形状のを使うと、ここまで威力が変わるんだなぁ、と実感して感心した。
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