少し予想外でした。
ハンドアックスを新調し試し切りを終えた後、俺達は湿地帯へと向かった。
本日はレグフトさんの虫嫌いを克服する為に来た。なので、直ぐに逃げれるようにあまり奥には行かず、虫系統の魔物が出現するぎりぎりの場所まで進む。
はてさて、【精神安定Lv1】は何処まで効いてくれるのやら。
「よ、よしっ」
レグフトさんは気合を入れて、先頭を歩いて虫系統の魔物が出現する場所を行く。そして俺、クロウリさんの順に進んで行く。
最初はビッグフロックが現れたので、問題なく倒す事に成功。暫くうろうろしていると、上空からクロヤンマが襲来してきた。
「うぁぁあああああああああああああぁあぁぁぁ」
クロヤンマを目撃したレグフトさんは取り乱しはするも、前回のように自分を見失わず、がくがくと足を震わせながらも直立を保っている。多分、ヘルムの中は涙目になっている気がする。
これが【精神安定Lv1】の効力か。あるとないとではかなり違うな。Lv2になれば、更に大丈夫になる筈。
取り敢えず、今はこのまま少しずつ慣らして行って、心を落ち着けるように精神統一して、【精神安定】をLv2にあげる努力をして貰う事にしよう。
「レグフトさん、この状態で精神を落ち着けるよう頑張って下さい」
「わわわわわわわわわわわわっ?」
「安心して、襲い掛かってくるクロヤンマは俺とクロウリさんで倒すから」
「わわわわわわわわわうううううううううううんんん」
レグフトさんは何度も頷くと、かたかた震えながらその場から一歩も動かなくなる。頑張って精神を落ちつけようとする姿勢を見届けた俺とクロウリさんは襲来してくるクロヤンマを迎撃しに掛かる。
動きが素早いクロヤンマだけど、今の俺ならバックハンドサービスで普通に鉄球をブチ当てる事が出来るし、クロウリさんのブラックショットも普通に当たるので苦戦する事はない。
ぬかるみから現れた巨大ヤゴにはフォアハンド三球目攻撃をお見舞いしたり、ブラッククロウで切り裂いたりして蹴散らす。
今の所、クロヤンマと巨大ヤゴだけしか襲ってこないな。三つ目ナメクジとかはあまりここらに来ないのかな?
何て思っていれば一つ目マイマイがのろのろとこちらに向かってくるのが見えた。人の子供くらいの大きさで、一本だけ伸びた器官の先に目玉が埋め込まれた、とても気持ち悪い外見をしているカタツムリだ。
そして、こいつは動きが遅い分溶解液を飛ばしてく遠距離から攻撃してくる。そこまで強い溶解液じゃないけど、触れれば火傷したような痕が出来るし、服は溶けて金属は少し腐食する。
厄介な攻撃をしてくるので、俺としてはクロヤンマよりもこいつの方が相手したくない魔物だ。外見的にもちょっと生理的に受け付けられない。
「ブラックショット」
一つ目マイマイが溶解液を飛ばしてくる前に、クロウリさんがブラックショットを三連打して即行でぬかるみに沈める。
一つ目マイマイを倒せば、またクロヤンマだけが襲い掛かってくる。俺達とクロウリさんは着々と巨大トンボとヤゴを倒していく。
「………………」
その間、レグフトさんは全く動かない。何時の間にか震えも止まり、声も上げない。もしかして、失神してるんじゃないか? と不安に駆られて軽く鎧を叩けば反応が返ってきたので気絶はしていない模様。
基本クロヤンマを倒し、時折現れる一つ目マイマイや三つ目ナメクジ、巨大ヒルを相手し、それらを捕食すべく現れたビッグフロッグやジャンスネークも難なく打ち倒し、隙を見付けては素材を剥いで袋に詰める動作を繰り返し、クロウリさんがそろそろ魔法を打てなくなるって頃合で引き揚げる。
一声かければ、レグフトさんはのろのろとだが確実に足を動かし、自力で移動する事が出来た。なので、レグフトさんの後ろを守る形で俺が殿を努め、一番前は一応まだ魔法が使えるクロウリさんが担当する。
湿地帯を出ても、レグフトさんの歩みは遅く、町に戻って来ても無言を貫き通している。
「レグフトさーん?」
ちょっと心配になった俺はレグフトさんに声を掛けたり、目の前で手を振ったりする。しかし、反応はない。鎧を軽く叩けばぴくんと動くし、俺達が動けば後について来るから失神は絶対にしていない。
「外すよ?」
クロウリさんがそう言葉を掛けてから、レグフトさんのヘルムを取り外す。
「…………」
「「うわぁ」」
レグフトさんの顔を見た俺とクロウリさんの声がハモった。
レグフトさんは口を半開きにし、瞳からハイライトが消え去っていて上の空の状態だった。しかも、口の中からなにやら人魂のようなものが出ている気がする。
そうか……限界を超えてしまったのか。ちょっと、罪悪感が湧いてくる。そりゃ、かなり苦手な虫を目の前にして、狂う事も出来ず、逃げる事も出来ず、その場に踏みとどまって気力を振り絞って精神を落ちつけようとすれば、放心状態にも陥るか。
放心状態のレグフトさんにヘルムをかぶせ、俺達は冒険者ギルドへ行って素材の換金を行う。
「じゃあ、銭湯連れてくから」
「……お願い」
それから汗と汚れを落とす為に銭湯へと向かう。放心状態のレグフトさんはクロウリさんに任せ、俺は一人で男湯へと向かう。
汚れをきちんと落としてから、湯船につかる。全身ぬくくて気持ちがいい。銭湯は料金さえ払えば何時間でも入ってていいらしいから、ずっと入っていたいな。
でも、現実問題としてのぼせるから長時間入るのは辛いな。
で、湯船につかりながら俺は天上を仰いで今後の事を考える。
レグフトさんにとっては辛いだろうけど、ああやれば嫌でも【精神安定】スキルが成長する……筈だ。かなりの荒療治になってしまったけど、本人が嫌がってないし、克服しようとする意志が見受けられるから当面はあの方法で【精神安定】スキルのレベル上げをしよう。
「レグフトさんの虫克服は結構時間掛かるっぽいし、気長に続けていくか」
一朝一夕で【精神安定】スキルのレベルが上がる訳でもないので、本人が折れない限りはサポートに徹するとしよう。
となると、夜の湿地帯へは俺とクロウリさんだけで行った方がいいかな? 白属性の剣を使えるレグフトさんがいればアンデッドに対して無双状態なんだけど、虫が出現したら身動き取れなくなるし、レグフトさんを守りながら戦うのはちょっと厳しいかな。
だとすれば、ウィードタートルの甲羅も時間を見付けて俺とクロウリさんだけで取って行った方がいいかな? 首をちょん切れば倒せるらしいし。上手い具合に時間を稼いで、クロウリさんにブラックグラビティエリアを発動して貰えば簡単に行きそうだ。
つらつらと考え、これ以上入ってるとのぼせそうと思い湯船から上がる。身体をタオルで拭いて、備え付けの温風が出る魔道具に魔力を流して髪を乾かす。
さっぱりした状態で銭湯から出て、クロウリさんとレグフトさんを待つ。
「お待たせ」
「…………」
僅かに頬を赤らめたクロウリさんと、鎧に身を包んだ無言のレグフトさんが銭湯から出てきた。……どうやら、湯船につかっても放心状態が解除されなかったらしい。
その後、近くの定食屋へと赴いて夕飯を食べた。その際も、レグフトさんの心はここに非ず状態で、無言でパンをちぎり、肉をフォークで刺し、スープをスプーンですくって口に運んでいた。
夕食を食べ終えて、解散となりレグフトさんはクロウリさんに連れられて宿へと向かった。
何でも、クロウリさんとレグフトさんは同じ宿に泊まっているそうだ。なので、帰り道は一緒。部屋も偶然か隣り同士だそうな。
まぁ、あの状態だと宿の部屋に一人にしたら扉に鍵を掛けずにぼぉっとして寝てしまいそうだから、今日はクロウリさんの部屋に厄介になるんじゃないかな? 宿泊料金がどうなるかは知らないけど。
俺は馬小屋に戻って、就寝。
で、翌日。
「もう大丈夫だ……と、思う」
レグフトさんが少し胸を張りながら、冒険者カードを俺とクロウリさんに見せてくる。
『名前:レグフト・ウィンザード
性別:女
年齢:十七
レベル:27
体力:B-
筋力:C
敏捷:D
耐久:C+
魔力:F-
幸運:D
ポイント:154
習得可能スキル:【不屈Lv1】(消費ポイント50)
スキル:【斬撃Lv2】【白剣Lv1】【守護Lv1】【注目Lv1】【頑丈Lv1】【気配察知Lv1】【反応Lv1】【精神安定Lv4】
魔法:なし
称号:【白騎士見習い】』
……何か、【精神安定】がLv4まで上がっていた。
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