スキルを習得してもらう事にしました。

「………………」

「………………」

「………………」

 俺、クロウリさん、レグフトさんは力無く机に突っ伏している。

 現在、俺達は冒険者ギルドの喫茶コーナーにいる。時間帯は夕方に差し掛かった所だろうか。

 昼から湿地帯に向かい、まずはウィードタートルの甲羅を取りがてらレグフトさんの虫克服の為に虫系統の魔物を相手しようとしていた。

 きちんとカンジキを履き、沼やぬかるみに足をとられないように事前準備をした上で湿地帯に行った。

 けど、湿地帯から戻ってきた時には全員が泥だらけで即行で銭湯へ行って身体を洗い流したのだ。

 別に、カンジキが機能しなかった訳じゃない。理由は別の所にある。

「……すまない、皆」

 レグフトさんが突っ伏したまま俺とクロウリさんに謝罪をする。

「いや、気にしなくていいよ」

「仕方ない仕方ない……」

 俺とクロウリさんは突っ伏したまま、手だけを上げて横に振る。

 全員が泥だらけになったのは、レグフトさんが取り乱してしまったからだ。

 湿地帯に入って直ぐ相手したジャンスネークやビッグフロッグ相手だと、慣れない足場でやや苦戦は下が倒す事は出来た。レグフトさんが攻撃を誘導し、俺が時折遊撃に出て、クロウリさんが魔法で仕留める。そうする事で怪我を負う事無く倒す事が出来なのだ。

 このまま行けば順調にウィードタートルの生息区域まで行く事が出来るんじゃないか? と俺は思った。えど、現実は違った。

 空からクロヤンマが飛来した時、悲劇が起こった。

「きゃぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ虫ぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい‼‼⁉」

 巨大なトンボを目の当たりにしたレグフトさんは悲鳴を上げ、盾を剣を放り投げて頭を抱えてその場で蹲ってしまったのだ。虫の中でもまだ大丈夫そうな形がいると言う事で湿地帯を選んだレグフトさんだが、どうやら駄目だったらしい。

 更に。

「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼⁉」

 クロヤンマの幼虫巨大ヤゴが突如二匹出現し、レグフトさんへと襲い掛かったのだ。

 完全に取り乱したレグフトさんは尻餅をつき、どうにかして逃げようともがいた。泥が跳ね、足が取られて思うように動かなかったレグフトさん。俺とクロウリさんは慌ててクロヤンマの駆除に向かった。

 だが。

「嫌ぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」

「へぶっ⁉」

「のぅっ」

 暴れるレグフトさんの拳や蹴りが俺達にヒットし、体勢を崩してそのまま転んで泥まみれになった。

 そしてわらわらと新たに現れて襲い掛かるヤゴ軍団。伸びる顎をハンドアックスで斬り払い、体液を吸われる事だけは回避した。

 更に最悪な事に、ぬめぬめと三つ目ナメクジと一つ目マイマイが出現。運がよかったのは巨大ヒルが現れなかった事くらいか。湿地帯は阿鼻叫喚に包まれた。流石にこのままだと全滅は免れないと思い、クロウリさんがブラックグラビティエリアを発動するまでの間俺一人で何とか全てを捌き切った。

 で、ブラックグラビティエリアが発動して魔物に掛かる重力が消えた瞬間、俺は即座に冒険者カードを弄って【逃走Lv1】のスキルを習得し、ぬかるみに放置された剣と盾を回収し、恐慌状態に陥ってしまったレグフトさんを担いだ。湿地帯でも鎧姿だったので背負った際に重いわ痛いわで大変だったけど、俺達は無事に町まで戻る事に成功した。

 因みに、どうして湿地帯でもレグフトさんが鎧姿だったかと言えば、鎧着てても足を取られる事はないから大丈夫、と本人が豪語していたからだ。実際、ジャンスネークとビッグフロッグを相手していた時は鎧を着ていても問題ない動きをしていた。

 ……にしても。

「あんなに取り乱すとはね」

「うぅ、すまない」

 俺の呟きにレグフトさんは反応して謝って来るけど、俺は「だから気にしないで」と返す。

 この様子だと、虫嫌いを克服するのにかなり時間掛かるんじゃないかな? 何かきっかけを掴んだらその限りじゃないけど、長い時間を掛けてゆっくりと鳴らしていった方が堅実で確実だろうな。

 さて、そうなると今後の予定を考え直さなくてはいけないな。

 レグフトさんは虫を見るだけで取り乱すので、湿地帯の奥に進むのは不可能。加えて、夜にアンデッドの素材を求めて彷徨うのも危険だな。クロヤンマの成虫は夜は活動しないらしいけど、幼虫のヤゴはそうでもない。というか、夜間の方が活発になるという情報は仕入れている。

 加えて、三つ目ナメクジに一つ目マイマイ、巨大ヒルも夜活動するのでレグフトさんが悲鳴を上げる未来しか見えないな。夜闇で視界が悪い中で急に現れて襲われたらパーティーは容易く瓦解するだろう。

「お待たせしましたー」

 と、注文していた料理が運ばれて来たので、俺達はのろのろと顔を上げて居住まいを正し、料理を食べ始める。

「……こうなったら」

 と、クロウリさんがパスタを食べながらぼそりと呟く。

「こうなったら?」

「スキルに頼る」

「スキル……どんな?」

「【精神安定】スキル」

「あぁ」

 成程、【精神安定】は文字通り精神を安定させるスキルだ。Lv1の時点だと少しだけ安定させるってだけだけど、レベルが上がればその分ぶれないゆれない惑わされない強固な精神へとなる筈だ。

 そうなれば、虫に慣れていない状態でもまず取り乱す事はなくなるだろう。

「クロウリさん、ナイスアイディア」

「ん」

 俺とクロウリさんは目を輝かせながら共にサムズアップをする。

「でも、私は【精神安定】スキルの習得条件を知らないぞ?」

 レグフトさんはシチューをスプーンですくいながら、僅かに肩を落とす。

 習得条件か。俺の場合はロンリーウルフ相手に視野を広げて冷静にじっくりと見るようにしてたら習得条件満たしてたからな。取り敢えず、心を落ち着けるように自ら行動を起こせば習得条件を満たすんじゃないか?

 そうなると、一番いいのは瞑想とかだろうか?

 ただ目を瞑って黙ってるだけじゃ駄目なのは分かってるから、ちょっと工夫を加えれば問題ない。

 俺は少しばかり合気道をやった事があり、その際に瞑想……と言うか無心状態に近くなる方法を習った。

 へその下あたりにある丹田と言う部分を意識しながら目を閉じれば、無心状態に近くなるらしい。目を瞑ると、変に考え事をしたりして心が動いてしまうけど、丹田に集中したりするとそこにだけ意識が向き、次第に心も落ち着いていくとか何とか。

 実際、俺もやってみたけど、最初は上手く行かなかった。けど、次第に目を瞑っても心が動かなくなって、かなり心を落ち着けた状態を維持するが出来るようになった。

 その御蔭で、俺は卓球をしてた時対戦相手の動きや球の軌道を視野を広くした状態で冷静に見る事が出来たのだ。

「と言う訳で、レグフトさんは寝る前とかでもいいから、時間があったらへその下あたりに意識を向けて目を瞑って瞑想してみて。そうすれば、多分【精神安定】のスキル習得条件満たすと思うから」

「分かった。今日から実践してみるとしよう」

 と言う訳で、暫くはレグフトさんが【精神安定】スキルを習得するまで湿地帯へは行かない事に決める。

 別に、俺もクロウリさんも直ぐに魔物の素材が欲しいって訳じゃないから、焦る事はない。焦らずゆっくり、じっくりと待てばいいのだ。

 その間はやはりレベルアップをして安全マージンを上げていった方がいいだろうな。

 今後の予定を決めた俺達は夕飯を食べ進める。

 あぁ、疲れと空腹は料理の旨さを一段階上げるんだなぁ、と感動しながら。

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