拾陸
九月二十八日
学校で倒れた。
表向きは寝不足で貧血気味だということでごまかしてもらった。でもこれはまずい。私の体調不良がばれることだけは絶対に避けなければならない。
特に隆一だけには。お人よしの隆一のことだ、もし私の余命があといくばくかということを知ってしまえば、きっと私に対して優しくしてくれるだろう。
でもそんなものはいらない。私は本物の愛がほしかったもの。憐れみからの愛情なんて、惨めになるだけ。
そろそろ限界かもしれない。あとはどう幕を引くか。
家に連絡がいってしまったようで、親には心配をかけてしまった。でも、由希には気づかせないでと釘を刺しておく。私が死ぬそのときまで、由希には笑っていてほしい。
十月十一日
隆一と私はいまでも恋人同士だ。でもだからといって特別ななにかがあるわけでもない。先月にデートにいったのは一回だけだったし、今月は今のところ予定は無い。
夏頃は隆一と二人でいるだけで楽しかったのに、今はどうして空しいのだろう。隆一は私を見てくれていないってことがわかってるから。
いや、本当に私を見ていないのならまだ簡単だ。そうだったら即刻別れてしまっている。
でも隆一の視界に一応私はいる。ただ隆一と私の間に、あの子がいるだけ。「俺の翼」だなんていうけど、私は右利きの鳥にとっては左の翼なのだ。
こんなことはとっくにわかっていた。とっくに覚悟はしていたはずなのに。でも、やっぱり、辛い。
私だけを見て。そう言えたらどんなに楽だろう。優奈のことが嫌いで、私がこの先も生きられるのだったら、そうしたのかもしれない。
でも、そうじゃないから。
せめて私が死ぬまでの間は私だけを見て、とでも言おうか。恥を忍んでそう言ってしまおうか。それなら優奈も納得してくれるだろうか。それでも……私は納得できるだろうか。
十月二十四日
今日は本格的に体調が悪かった。いつ倒れるかと冷や冷やしっぱなしだった。
隆一とも会話したけど、向こうが心あらずなら、こちらも心あらず。隆一のことより、いつ私がぶっ倒れて、私の体調が隆一に悟られるのか、それを恐れていたから。
正直、逃げてしまいたい。隆一のことは好きなのだけど……。
十一月六日
由希に最近はほとんどお外へ遊びに行かないねと言われた。そういえばそうだったかもしれない。そのあたりの感覚が、どうも最近麻痺している。
由希は夏休みの終わりに隆一に言ってしまった一言を気にしているようだった。本当に、由希は気にしなくていいのに。私達三人の問題なのだから。由希にまで心配をかけるなんて、姉失格だ。
由希に隆一のことが好きかと聞かれた。好きに決まっている。
私とどっちが好きって由希にしては珍しく意地悪なことを聞かれた。二人とも好きに決まってる。
隆一もそうなのだろう。私が隆一と由希の二人が好きなように、隆一も私と優奈が好き。
ただ私の場合、由希は血のつながった同性の妹。隆一の場合、優奈は血のつながらない異性の妹。この違いは大きすぎる。私と隆一は一緒のようで、やっぱり違う。
十一月十九日
朝から体調が悪かったので、学校を休んで病院へ。
即入院することをすすめられたけど、それだと帰ってこられるのと言ったらなにも答えなかった。要は否、だった。
そこでもう一つのプランをすすめられた。両親も私の希望には沿ってくれるようだ。由希のことだけは少し気がかりだが……。
残すところあと一ヶ月と少し。身辺整理のために残された時間は決して長くない。
十二月三日
今日は二人きりで優奈と会った。最近は優奈との関係も以前のようなものに戻りつつある。優奈は本人や隆一が思っている以上にいい子だから。
優奈から隆一とのクリスマスをどう過ごすの、と聞かれた。優奈も色々思うところがあるみたいで、クリスマスくらいは恋人同士で仲良くやってほしいらしい。
嬉しい申出だけど、それは断った。優奈は驚いていた。どうして、あなたは恋人でしょう、と強い口調で言ってきた。
私も傷ついていたけど、優奈も傷ついていたのだ。自分のせいで、私達の関係が壊れてしまうのではないかって。
優奈なら大丈夫だと思った。私の全てを話しても。
時間がないので、次の日曜日に会うことを約束した。
十二月九日
朝起きたら体調は最悪。正直外へ出られるような体調ではなかったが、優奈だけには会わないといけない。両親の反対を押し切って、私は優奈と待ち合わせた公園へ。
全てを話し終えたとき、優奈は呆然としていた。その後、泣き出してしまったので、私は優奈を抱きしめてあげた。
もし体調が良かったらこれからも隆一と一緒にいてくれたかって優奈はたずねてきた。
私は隆一のことは好きだ。そのことには変わらない。でもそれでも諦めざるを得なかったのは、やっぱり一番はこの体調のせいだ。優奈の存在ももちろんあったけど、だからといって優奈のせいで隆一を諦めるという答えは、優奈にとっては失礼だ。
本当に体調が良かったら、私はあなたと正々堂々と勝負していたでしょう。優奈を納得させた上で、隆一に私を選ばせる。そんな最高の結末を。そしてそれがもし逆になったとしても、それで隆一が優奈を選んだとしても、私は二人の幸せを祈れたことでしょう。
そう言うと、優奈はますます泣き出した。私は彼女を抱きしめて、頭を撫でてあげることしかできなかった。
ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
十二月十三日
この日記帳を優奈に託すという話だが、今日ようやく優奈本人から了解を得た。
優奈は私にそんな資格はないって何度も言ったけど、こっちはこっちで何度も何度も頭を下げてお願いした。結局根負けさせた形に。
わがままなお願いをしておいてだけれども、さらにいくつか頼みごとを付け加えさせてもらった。主に隆一と由希のことだ。諦めたのか、優奈はあっさりと受け入れてくれた。
最近、隆一とよりも優奈と話す機会のほうが多い気がした。もしかしたら私、隆一よりも優奈のほうが好きだったのかもしれない。そんなことを言うと優奈は久々に気持ち悪いって大笑いしてくれた。目に涙は浮かんでたけど……。
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