15
「私はこの日記を読むまで知らなかったの。優奈さんが隆一さんの義妹であったことと、隆一さんに誰よりも愛されていたということを」
「最悪じゃん」
「あぁ、最悪だな」
隆一は自嘲気味に笑った。
「俺は本当に最低な野郎だと思うよ。今思うと気づかない振りをしていただけなんだ。優奈のことは……」
「だったら……やっぱりあんた、二股野郎じゃん!」
美沙は叫んでしまっていた。誰のために怒っているかはわからないというのに。
「優奈さんの気持ちも、茉梨さんの気持ちも、あんた踏みにじったんだよ! あんたが二人の気持ちに正直に向かい合っていれば、こんなことには……」
美沙の姿を見て、由希はかつての自分を思い出す。
初めてこの日記を読んだとき、隆一に対してどうしようもない怒りを覚えた。
その年の夏休み。結婚するためにストックホルムへと渡った優奈と隆一は夏休みをとって日本に帰ってきた。茉梨の七回忌のために、だった。隆一と会うなり、由希はやりばのない怒りをぶつけてしまっていた。
『あなたはお姉ちゃんの気持ちをもて遊んだ。あれだけお姉ちゃんはあなたのことを好きだったのに、あなたは……あなたは……!』
隆一はなにも言わなかった。その横で優奈はただごめんなさい、と謝るだけだった。
そんな、由希にとっては少し苦い、過去の記憶。
「……それだけど」
ただ、月日が流れ、当時の茉梨の年齢もとうに越してしまった今、由希はこの日記に書かれていないなにかを読み取れるようになっていた。
「お姉ちゃんは全部わかっていたんだと思うよ」
「どういうこと?」
「隆一さんが優柔不断だってこと。優奈さんの想いに気づいていない、いや違うわ、気づいていても義妹だからって受け入れるのに抵抗があったということ」
そうでしょう、と由希は隆一のほうを見つめたが、なにも答えなかった。
「お姉ちゃんには残された時間はわずかしかない。だから賭けたの。隆一さんが優奈さんの想いに気づくまでの間、たったひと夏の恋でもいいから、恋人になれるその可能性を」
「でもそんな……あまりにも報われないじゃない! 茉梨さん、結局最後は負けるってわかってて」
「翌年の夏に死んじゃう時点で同じだよ。それだったら、たとえ後で苦しむことになっても、目先の幸せをとったのじゃないかな」
由希はページを戻して、七月十三日の日記の一行を示す。
――今日は十三日の金曜日。なんだか私らしくていいかもしれない。もう戻れない契約は、今日結ばれた。
ひと夏の幸せとその後の苦しみを引き換えにした、悪魔の契約だった。
「……どうしてそう思ったんだ?」
隆一はわかっていたのだろうか。悪魔に魂を売ってでも、己と添い遂げたかった茉梨の想いを。
「もし私がお姉ちゃんの立場だったらどうするかって考えたんです。そうしたら、やっぱりお姉ちゃんのようにするかなって」
きっと私なんかより、お姉ちゃんのほうがもっといろいろ考えていたんでしょうね、と由希は力なく笑った。
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