四
夏休みに入ってしばらくしたある日のこと。
今日はお客様が来るからとお姉ちゃんに言われて、改まった気分になっていたら、やってきたのはお姉ちゃんと同じくらいの年のお兄ちゃんだった。
「紹介するわ。私の妹の由希よ」
「よ、よろしくお願いします」
初めて見る人の前ではやはり少し緊張してしまう。
「そんなかしこまらなくてもいいよ。よろしくな、由希ちゃん」
優しそうなお兄ちゃんだった。
そうか、お姉ちゃんにもお友達がいたんだね。実のところ私は少し心配していたのだ。お姉ちゃんが私の面倒を見てくれるのは嬉しいけど、そのせいでお友達がいないんじゃないかって。お姉ちゃんとお母さんがそんな話をしていたことがあった気がしたから。
「それでこの人はえっと……」
今度はお兄ちゃんを紹介する番なのだが、お姉ちゃんはなんだか恥ずかしそうにしていた。だが意を決すると。
「私のクラスメイトで……か、彼氏の隆一よ」
彼氏。
その言葉の意味を、当時の私は理解していなかった。今時のませた小学生ならいさ知らず、二十年前の小学四年生に、さらにその同学年の中でも子供っぽかった私に、彼氏や彼女だとか恋人関係とはなんなのかを理解しろという方が酷だろう。
だから私はすぐにこう返した。
「かれ、し……?」
「うーん、由希ちゃんにはまだわからないか」
「そうね。まだ早かったかもしれないわ」
選択肢としてはこのまま仲の良い友達としてごまかしてもよかったのかもしれない。それだったら私にもわかった。
だけどお姉ちゃんはそうはしなかった。
少し顔を赤らめながら、すぅ、と息を吐いて、お姉ちゃんは私に優しい声で教えてくれた。
「お姉ちゃんはね、隆一のことが好きなの。隆一も私のことが好きなの。わかった?」
「……う、うん!」
このときはわかったつもりで返事したが、実際のところ、恋人同士の愛情と友情の区別なんてついてはいなかった。
ましてや、家族の間での愛情との区別なんて……。
夏休みの間。お姉ちゃんは家を留守にすることが多かった。
恋人の隆一お兄ちゃんとのデートを重ねていたのだろう。デートがなにかはわからなかったが、「お姉ちゃんが大好きな隆一お兄ちゃんと遊びにいっている」ということくらいはわかっていた。
実際に、今まで見られなかったお姉ちゃんを目にすることもたびたびあった。デートの前の日は決まってそわそわしていたし、電話が鳴ると一喜一憂していたりした。
クールなお姉ちゃんも好きだったけど、こういう感情豊かなお姉ちゃんも私はいつのまにか好きになっていた。もう少し私が年を重ねていたら、きっとお姉ちゃんをからかって遊んだであろう。
でも同時に私は寂しかった。だって、いつも遊んでくれていたお姉ちゃんと一緒に居られる時間がうんと減ってしまったのだから。
正直言って、隆一お兄ちゃんに茉梨お姉ちゃんをとられてしまった、そんな気さえしていた。
だから。夏休み最後の日。うちにやってきていた隆一お兄ちゃんに私はついこう言ってしまったのだ。
「私からお姉ちゃんをとらないで!」
って。
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