二
今からもう二十年も前のことだ。
「お姉ちゃんいるー?」
当時小学四年生だった私の家には、両親と七歳年上の姉がいた。ただ両親は共働きで家にいないことが多く、一緒に遊んだり、思いっきり甘えたりしたのはもっぱら茉梨(まつり)お姉ちゃんとだった。
「お姉ちゃん!」
その日も夕食後のひとときに遊んでもらおうと、お姉ちゃんの部屋の扉を開けたのだった。
「あ、あ、あの……わ、わ、たしと、その……つ、つきあってくだひゃ」
お姉ちゃんは鏡に向かって狼狽していた。
「お姉ちゃん?」
「きゃぁっ!?」
こちらに気づいたお姉ちゃんは私の姿を認めると、これでもかというくらいに驚いた。
お姉ちゃんはいつも落ち着いている人だったので、こんなお姉ちゃんを見るのは私は初めてだった。
「あ、あなた……いつからそこにいたの……?」
「えっと、ついさっきだけど……ごめんなさい、お姉ちゃん」
別に自分が悪いわけではないけれど、なぜか謝ってしまう。
「いや、謝らなくていいんだけど……」
「でもお姉ちゃん、なんだが苦しそうだったよ。もしかして体の調子が悪いの」
「いや、そういうわけじゃないのよ……」
どうもおかしい。こんなに落ち着かないお姉ちゃんは初めて見る。
「それより由希、私になにか用があるのでしょう?」
「ううん。別にいいよ。お姉ちゃん、なんだかやることありそうだし」
「ダメよ。あなたはそんな遠慮はしなくていいわ」
人差し指をピンと立てて、お姉ちゃんは私をたしなめる。
「遊びたいのでしょう。だったらちゃんとお願いしなさい」
「いいの?」
「いいに決まってるじゃない。妹の面倒を見るのは姉の務めよ」
くすっとお姉ちゃんは微笑んだ。いつもの冷静沈着なお姉ちゃんだった。
それだけに。こんなお姉ちゃんを慌てさせることって、いったいなんなのだろうって、私は気になった。でもこのときの私はそれを聞くようなことはしなかった。
「はい!」
だって、またお姉ちゃんをおろおろさせたくなかったから。お姉ちゃんはいつものお姉ちゃんのままでいてほしかったから。
七月六日。その日の天気はあいにく覚えていない。
その次の日の天気も。この年の織姫様が彦星様と会えたかどうかはわからない。
ただ日頃はクールなお姉ちゃんも、ロマンティックな一面を持っていたことは確かだった。
だってこの日は――。
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