【2022・0414追加】IFルート・サージェスティン編~大人のお兄さんの心の内は……?~

※サージェスティン×幸希(お付き合い中)のIF話です。

※『~君の気持ちと俺の本音~』から少し経った頃のお話です。





 ──Side 幸希



「もぐもぐ……。んっ。……ユキ姫様~、『あの人』、いい加減どうにか出来ませんかねぇ~っ!!」


「あの人、って、……アイノスさんの事、ですよね? それは私じゃどうこう出来る問題じゃないかな~と。あはは」


「そんなぁ~……、ぐふっ」


 旬のフルーツが飾られた生クリームのケーキをフォークで一口分に切り分け、それを自分の口に放り込む。

 今日のケーキは甘さ控えめで、フルーツの瑞々しい味わいが舌に心地良い一品だ。

 もぐもぐ、もぐもぐ……、と、いけないけない。

 困り顔で涙目になっているリィーナさんを何とか励まさなくては!!

 私はフォークを置き、紅茶を一口飲んでから背筋を正す。

 

「でも、お二人はお付き合いをしているわけですから……、その、それも一種の愛情表現というか、リィーナさんも……、アイノスさんの事、好き、なんですよね?」


「そ、それはぁ~……、うぅ、は、はい。す、……好き、ですよ? でも、でもっ」


 向かい側の席に座っている可愛らしい中学生くらいに見える少女。

 このウォルヴァンシア王宮のメイドであるリィーナさんとは、お休みの日や空いた時間にこうやって二人でお菓子を楽しみながら女の子らしい話題に花を咲かせたり、悩みを分かち合ったりするお友達の仲だ。

 可愛らしい私服に、いつもの三つ編みをほどいてふわりと流している胸元までの髪。

 ほのかにお化粧もしていて、いつもより少し大人っぽく見える、かな。

 だけど……、せっかくおめかしをして大好きな人とのデートに出掛けて行ったというのに……、彼女はお昼を少し過ぎたあたりで私の部屋へとやって来た。

 とても疲れているかのような顔と、重たい溜息をお土産に……。

 理由を聞いてみれば、彼女は恋人のアイノスさん……、このウォルヴァンシア王宮の二階にある大図書館で働いている男性とデートしたものの……。

 ついつい売り言葉に買い言葉でリィーナさんが怒ってしまい、一人で帰ってきてしまった、と。

 う~ん、アイノスさんは大人の男性だから、リィーナさんみたいに喧嘩をしても怒るような人ではないから、そっちは安心出来るとして……、問題は彼女だ。


「何を言っても返り討ちに遭うというか……、あの人に何をやっても勝てないのが悔しいんですよね……。せめて口では勝ちたいんですけどっ」


「アイノスさん……、リィーナさんの事が好きすぎるんですよね、絶対。それで、ついついからかったり、リィーナさんで遊ぶような真似を……。あれはルイヴェルさんと一緒で、治りませんよ……。一種の病気ですから」


「やっぱり病気ですかぁ……。あぁ、めんどい、めんどいよ……、ドSな男どもっ」


「あはは……。それは私も同じくって言いたいところですけど、リィーナさんの場合はそれが恋人、ってところが大変なんですよねぇ」


 私の場合はドSな別の某御人に対しての度が過ぎたからかいや意地悪へのお仕置き方法を知っているからいいとして……、アイノスさんはどうすればリィーナさんのことをもっと考えてくれるようになるのか……。

 いや、考えてはいるけれど、自分の恋人が愛しすぎて可愛すぎてついやっちゃうんです、みたいな感じな気も……。


「ユキ姫様が羨ましいです~。相手がアイノスさんと同じように大人の男性でも、サージェスティン様は凄くお優しい方じゃないですか。ユキ姫様に意地悪をしたり、こうやって困らせるような真似はなさらないでしょう?」


「う~ん……。もぐもぐ……。んっ。……そうでもない、ですよ? 付き合う前はちょっとお茶目が過ぎる時もありましたし、私も怒った事が何度か……。あぁ、でも、恋人関係になってからは少し落ち着いたような?」


 ──お兄さんと恋愛してみない?


 なんて、ちょっと問題ありな言動で始まった私とサージェスさんの恋人関係。

 彼、サージェスティン・フェイシアさんは、異世界エリュセードの別領域にあるガデルフォーン皇国の騎士団長さんで、とても面倒見の良い優しい人だ。

 自分と面識のある親しい男性陣にはお茶目なからかいをしたりもするけれど、今は私を気遣って優しくしてくれる事の方が多い気がする。


「なんていうか、宝物みたいに大切にしてくれるんですよね……。でも、ある意味それが、ちょっとお互いの間に壁を感じるような気もするんですけど……」


「物足りなかったりします?」


「そういうわけじゃ……」


 付き合う前は私の気を引きたかったらしく、あれこれ構ってきていたサージェスさん。

 だけど、今私に見せてくれる顔は、最上級に優しい恋人のそれで……、大切にされているのはわかるのだけど、……う~ん、ちょっと、……やっぱり、物足りない、かも?


「あ、ユキ姫様、少しだけ不満そうですよ~?」


「ぇえっ!? そ、そんな事ないですよ!! わ、私はっ、か、からかわれたりいじられたりして喜ぶタイプとかじゃっ!!」


「私だってそんな趣味ありませんよぉ~!!」


 年上の人からしたら、年下をからかって楽しいのかもしれないけれど、される側は大変なんだから!!

 リィーナさんと一緒に両手を組み合わせながら首を全力で横に振りまくる。

 と、二人で大騒ぎしていたその時、──テラスに続く窓扉からコンコンと、訪問を知らせる音が響いた。

 誰かな~と振り返ってみると、まず、リィーナさんが一人目の男性を見て、


「げっ!!!!」


と、思いきり赤くなったり青くなったりと……。

私が立ち上がって窓扉の片側を開くと、濃いブラウンの髪をした美しい男性、リィーナさんの彼氏であるアイノスさんが私に会釈をしてくれた。

そして……、彼のすぐ背後には、何やら必死に笑いを噛み殺しながらお腹を抱えている失礼な人が一名。


「アイノスさんだけどうぞ。では」


 礼儀を守ってくれたアイノスさんだけを中に招き入れると、私は笑顔の圧を放ちながら窓扉を閉めようとして……、割り込んできたブーツに邪魔をされた。

 窓扉の縁に白い手袋をした男性の手が掛けられ、青い髪のこれまた美しいご尊顔が満面の笑みを浮かべて私に近づけられる。


「俺は入れてくれないの?」


「盗み聴きをするような人は入室禁止です」


「アイノス君もしたよ?」


「……はぁ。どうぞ」


「ふふ、ありがとう」


 私は窓扉を大きく開いて、青い髪の騎士さん……、私の恋人であるサージェスさんを仕方なく部屋に入れる事にした。

 なんだかこういうやり取りも久しぶりな気がして、少し新鮮だった気もするけれど……、あぁ、面倒な事になりそう。

 サージェスさんは入り際に私の手を取り、恥ずかしげもなく甲へとキスを落とす。

 騎士さんだから、紳士的なマナーなのだろうけれど……、なんでしょうかね? その愉しそうな気配を含んだアイスブルーの瞳は。


「「──で」」


「「は、はぃ……っ」」


 テーブルに追加した二人分の椅子に腰かけた男性陣が、笑顔で隣同士に座った私とリィーナさんに尋問を始める。

 

「リィーナ。俺に不満があるようだけど、勝手に先に帰るのは酷いと思うよ? しかも、俺が少し席を離れた隙に」


「う、うるさいですよ!! このドS司書!! あ、貴方が私をからかったり意地悪したりするのが悪いんですよ!! お、大人の彼氏ならっ、か、彼女で遊ばないで、彼女を大事にしたらどうなんですかっ!!」


「リィーナが子供すぎるのが問題点だね、それは」


「その子供と付き合ってんのは誰ですかねぇえええっ!!!!!」


「俺だよ。好きだから付き合ってるし、あれも恋人同士のスキンシップのひとつだと思ってるよ」


「うがーっ!! ふざけんなですよ!!」


 リィーナさん……。貴方の彼氏様はその反応さえもすっごく楽しんでるご様子ですよ!!

 目の前の席で頬杖をつきながら、リィーナさんの感情豊かな言動の数々を物凄く満足そうに!!

 だけど……、リィーナさんはアイノスさんに対して本気で怒ってるわけだし、それを無視して愛情表現というのは……。


「あの」


「ねー、アイノスくーん。君、そのままだと可愛い恋人ちゃんにそのうち捨てられちゃうよ?」


 サージェスさぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!?!?!?!?!?

 穏便に事を運ぼうと意見を口にしかけた私の言葉を、アイノスさんの隣に座って紅茶を飲んでいたサージェスさんがズガァアアアアアン!! と、一番突いちゃいけないところを一撃必殺で!!

 あああああっ、アイノスさんの笑顔に明らかなフリーズの気配が!!

 

「フェイシア団長……。これは俺と彼女の問題です。他者にはわからない事が」


「あぁ、それも良くないねー。自分達の問題だから外野が口出すなーって言いたいんだよね? だけど、ここはユキちゃんの部屋で、リィーナちゃんはユキちゃんに君との事を相談にきた。ユキちゃんが巻き込まれてるなら、彼女の恋人である俺にも関わる権利があるよ。ねー、ユキちゃん、リィーナちゃん」


「「は、はひっ……!!」」


 現在進行形で室内に突然生じた極寒のブリザードタイフーン模様。

 私とリィーナさんは身を寄せ合い、笑顔で睨み合う彼氏様達に慄くっ。

 

「君がリィーナちゃんの事が大好きなのはわかるよ。見てればよぉーくね。だけど、リィーナちゃんは君からの扱いに困ってる。少しは手加減したらどうかな? 年上でしょ? 大人の男を気取るなら、もっと余裕を見せないと」


「そういえばフェイシア団長……。確か、お付き合いをなさる前に、散々ユキ姫様の意に添わぬ真似をなさって、平手を賜ったとか……。俺もそうならないよう、気を付けたいとは思っています。勿論ね」


「うん。だから言ってるんだよ。本命の子の反応が可愛くて仕方ないからって、度を越したら俺みたいになる。だから、ね? 二人で話し合っておいで。お互いにちゃんと話して、リィーナちゃんの不安や苦痛を取り除いてあげなきゃ。これからも仲良くやっていきたいんでしょ?」


 おお~!!

 流石、アイノスさんよりも年上の、百戦錬磨な騎士団長様のお言葉!!

 私とリィーナさんは言い返す言葉もなく視線を僅かに彷徨わせたアイノスさんを見やる。

 ここで他国の騎士団長さんと言い合いをしても意味はない。

 アイノスさんはそれをちゃんとわかっているようだった。

 席を立ち、一度サージェスさんに「申し訳ありませんでした」と頭を下げ、リィーナさんへと右手を差し出す。


「リィーナ……。話を聞くから……、デートの続きを、してくれるかい?」


「……意地悪、……しないなら、……行っても、いいです、よ」


 リィーナさんの小さな手が、自分よりもしっかりとした大きな手のひらに重なる。

 

「それではユキ姫様、フェイシア団長……、お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」


「お、お騒がせしましたっ」


「ふふ、仲良くねー。喧嘩もいいけど、加減を知らないと、俺みたいに『大嫌い!!』って言われちゃうからねー」


「リィーナさん。頑張ってください」


 余計なことを言っているサージェスさんだけど、自分の事を例に出して自虐してまで応援するところが……、世話焼きだなぁ、と、つい小さく笑ってしまう。

 二人が少し気恥しそうに出ていくと、私とサージェスさんの口から一段落の息がふぅっと吐き出された。


「仲直り出来るといいねー」


「アイノスさんも大人ですから、きっとリィーナさんの気持ちを受け止めた上で考えてくれますよ」


「大人ねー……。だけど、実際のところ、俺もアイノス君も、成人しているとはいえ、千、二千と生きてる人達からすれば、まだまだ子供なんだよね」


「でも、私達的には、結構な歳が離れた大人のお兄さんですよ?」


 確か、アイノスさんはアレクさんやルイヴェルさんと同じくらいの歳で、サージェスさんはルディーさんよりも年上の100歳越え。

 人外であり、何千年と生きる種とはいえ、私からしてみれば、お兄さんどころの話じゃない年齢なのだけど。

 

「うん。だから努力しなきゃなーって思っちゃうんだよね」


「え?」


「上から見て俺達が若造レベルにもなってないのはわかってるけど、君達の、いや、君から見てちゃんと大人のお兄さんにならなきゃなーって、今日あの子達を見て改めて思ったっていうかね。ほら、アイノス君も言ってたでしょ? 付き合う前の俺は、ユキちゃんに対してちょぉーっとやりすぎだった、って」


 反省を込めた眼差しで自分の頬を指先で小さく掻いたサージェスさんが席を立つ。


「サージェスさん? きゃっ」


「テーブル越しでもちょっと寂しいから、移動させてね」


 椅子からぐいっと持ち上げられ、お姫様抱っこをされてしまった私は、自分のベッドの端にゆっくりと下ろされる。

 サージェスさんも私の隣にぴったりと身を寄せ合って座り、白い手袋が外されて彼の素肌の感触が私の右手を包み込む。


「俺と彼は同じなんだよ。年下の女の子が、感情豊かな君達が可愛くて、愛おしくて……、嫌われたくないのに、つい、こっちを向いてほしくて構いすぎてしまう。その結果が付き合う前のあれなわけで……、もう嫌われたくないから、ね。君を満足させられる大人の男に、自慢の彼氏になりたくて」


「あ、あれは、その、付き合う前でしたし、サージェスさんがなんであんな風に私に触れるのか、構ってくるのか……、気持ちがわからなかったからで……」


「だよね。お互いの心の内がわからないから、探り探りになっちゃって……、そりゃ、君もリィーナちゃんもだけど、誰だって困っちゃうよね」


 でも今は、この人が何を思って私に触れるのかわかっている。

 だから、持ち上げられた腕が彼の優しい拘束を受けて、手のひらの柔らかな表面に口づけられても抵抗はしない。

 サージェスさんの熱を含んだ吐息にぞくりと甘い痺れを覚えて震え、鼓動が高揚感に包まれる。


「アイノス君もね、きっと本当は、リィーナちゃんをもっと大事にしたいんだよ。怒らせたいわけじゃなくて、本当は笑顔でいてほしいし、二人の時を大切に過ごしたい……。だけど、彼の場合は俺よりまだ若いからね。理性の面で少し脆いんだと思う」


「り、理性……って、あの、……どう、いうっ」


「好きすぎて暴走しちゃうってこと。アイノス君は理知的な感じがするし、理性的であろうともしてる。だけど、愛しい人が出来ると、俺達のような獣種を抱く存在は、想いが深すぎて、下手をすると相手を傷つけかねない時もある。だからかな。アイノス君がリィーナちゃんに意地悪を言いながら、それで自分を誤魔化そうとしてるのがちょっと不憫に思えてね。あのままじゃ、本当に嫌われちゃうかもしれないから、ちょっと背中を押しちゃった」


 誤魔化すって何を? と、私が首を傾げていると、サージェスさんが困ったなぁといった表情で笑い、顔を近づけてきた。

 綺麗なアイスブルーの瞳がある種の炎を抱き始め、しなやかな指先が私の顎先を、逞しい腕が腰を捉える。


「サージェス、──んっ」


「…………大好きな人と、もっと仲良くしたくなるってこと」


 好きな人からのキスで少しの間蕩けたように頭がぼーっとしてしまった私は、あぁ、そういうことかと納得する。

 私を自分の腕の中に捉えたまま、サージェスさんは額や目元、頬にもキスの祝福で愛撫を続け、また柔らかな感触を重ねてくる。


「…………強引に事を進めても駄目だけど、時々はこうやって好きな人と触れ合っていないと……、色々困っちゃうからね、俺達は」


「わ、わかりました……。えっと、アイノスさんとリィーナさんにも、こうやって……、な、仲良くする時間もないと、大変ってことなんですね」


「誤魔化し続けてると、アイノス君自身が自分を追い詰めちゃうからねー。一緒にいるだけでもいいんだけど、手を握ったり、身を寄せ合ったり……、こうやって」


「んんっ」


「……こうやって、愛情のこもったキスで……、触れ合ったり、ね」


 本能よりも、私を心から気遣ってくれているサージェスさんのキスはとても優しくて……。

 話を聞きながらの甘い行為に酔いしれていた私は、徐々に力が入らなくなってきて、サージェスさんの腕の中に崩れ落ちた。

 彼の腕の中でその広い胸に顔を埋めながら、私はサージェスさんが自分の長い髪を梳く感触に身を委ね続ける。

 サージェスさんの鼓動も、……トクトクと落ち着きがなくなって……、私と同じ。


「ふふ。アイノス君は結構な頑固者なんだろうね。彼女を自分の本能で傷つけないように守ろうとしてるつもりなんだろうけど、……あれじゃ逆効果だ」


「……そう、ですね」


 少女期と呼ばれる、大人でも子供でもない時期にいる私にとって、キスひとつでも結構な刺激になってしまう。

 リィーナさんもアイノスさんから定期的に恋人同士の仲良しの時間を提案されてしまったら……、多分、私みたいに……。


「大丈夫? ユキちゃん」


「大丈夫、です……。少し、……意識が、……ん」


「身体……、熱いね。慣れていけば適応していけるはずなんだけど……、顔、見せて」


 力の入らない身体に灯る熱に身を捩りながら顔をゆっくりと上げると、サージェスさんが私の唇を指先でなぞり始めた。


「大人でいなきゃいけないけど……、…………困っちゃうよね、やっぱり」


「サージェス……、さん?」


 向けられる色香の気配が一瞬強まったような錯覚を覚えたけれど、サージェスさんはにこりと笑って私の顔をまた自分の胸に埋めさせた。


「ねー、ユキちゃん。さっき、俺とアイノス君が来た時の話だけどねー」


「は、はい?」


 アイノスさんとサージェスさんが来た時というと……、──あ。

 自分達が話していた内容を思い出した私は、咄嗟に間の抜けた顔を上げてしまった。

 すると視線のすぐ先には、何やら悪戯でもし始めそうな光を瞳に宿したサージェスさんのお茶目な笑顔があって。


「優しいだけの男じゃ、物足りない?」


「え?」


「付き合う前のあの一件で反省したけど、それからの努力の結果がまさか、恋人を満足させられない、つまらない男評価に繋がるとは思ってなかったんだよねー……。ねぇ、ユキちゃん。どんな俺だったらいい? どんな風に君を求めたら、──俺を求めてくれる?」


「はっ、はぃいいいいいいいい!?!?」


 は、話が意味不明な方向に飛躍している!!!!!

 ど、どんなって、サージェスさんはサージェスさんなわけで、私が望むように貴方を変えたいなんて思ってなくて!! えっと、あのっあの!!

 あたふたと腕の中でパニックに陥った私に、サージェスさんがぷっと小さく噴き出してから声を上げて笑い始める。


「ははははははっ!! そ、そんなに困らなくてもっ、ははっ、はははははっ!!!! 俺を好きにしていいのに、何もないの? それじゃ俺、つまらない男のままで、君に捨てられちゃうかもしれないんだけど?」


「なっ!! 何を言ってるんですか!! さ、サージェスさんはっ、そ、そのままでいいんですっ!! や、優しいのも、ちょっと困った部分もっ、……ぜ、全部……っ、うっ、ぅうっ」


「その先が聞きたいなぁー、……ね? 教えて。ユキちゃん」


 誰かっ、誰か!! この無駄に良すぎるお声の意地悪で優しい悪魔みたいな人を止めてぇええっ!!!!!!

 トクトクどころか、バックンバックンと大パニックな心臓の鼓動を感じながら、私は自分の限界点が近い時を予感していた。

 そうだ。このまま気絶してしまおう!! 少女期特有の過剰反応による気絶!! これで逃げる!!

 ──……と、勝利を確信したのにっ!!


「今気絶したら……、俺、大人じゃなくなっちゃうかもしれないよ? それでもいい?」


「ひゃっ、ひゃぃいいいい!?!?」


 まさかの退路を強制的に絶たれた!?!?

 逃げの道を掴もうとしたその時、サージェスさんからの発言で瞬時に覚醒した私は、最早人としての言語をぶん投げてしまっていた。

 優しい恋人の、いざという時の厳しい? 対応……。

 私に嫌われたくないとか言っておきながら、欲しい物は何がなんでもその手に勝ち取る気満々の顔だ!!

 どうしよう、どうしようっ、逃げたい、逃げたいっ、逃げ──。


「ユキちゃん」


「ひゃうっ!!」


 サージェスさんの唇が私の耳元に寄せられ、脳天直撃の必殺技が!!


「ちょぉーだい?」


「──っ!!!!!!!」


 砂を吐くだけじゃ足りないほどの甘い甘い、色香に濡れたずるい囁きの声の威力はあまりに無慈悲なものだった。

 全身に忘れかけていた強い熱が走り抜け、私は降参の涙目と共に彼の胸に縋り付きながら顔を上げ、声を絞り出す。


「す、……きっ、……どんなサージェスさん、もっ、……大、好きっ、……だ、からっ、……おね、がっ、……許しっ」


 ──ガクリ。

 魔竜の騎士様に勝利の旗を軽やかに奪い去られてしまった私は、そこでようやく意識を失う事に成功したのだった。

 ……ただ、私の言葉を聞いた時のサージェスさんがどんな反応をしていたかは……、わからないまま。


 ──勝者!! サージェスティン・フェイシア!!


 



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ──Side サージェスティン



「…………やっちゃった」


 愛おしい少女からの滅多にない愛の告白を勝ち取った俺は、溢れんばかりの喜びを噛み締めつつ、……同時に反省もしていた。

 大人というにはまだ早い少女に、強すぎるほどの刺激を与えた挙句、強引に彼女の本音を引き出した。

 いや、一応……、自分の理性に頑張れとは応援したよ。

 だけどねー、……キスひとつであんな可愛い顔で蕩けちゃう可愛い恋人の顔と、必死に俺を気遣う様子を見てたら、ねー。

 

「ごめんね、ユキちゃん。暫くはやらないから」


「うぅ……」


 顔を真っ赤にして意識を失っている彼女の前髪を掻き上げ、滑らかな額にそっと口付ける。

 本当はね、この部屋の前に来た時。

 アイノス君に言ったんだよ? 盗み聴きは駄目だよーって。

 でも、リィーナちゃんの事で自分も悩んでたらしくて、そんなアイノス君に付き合って話を聞いてたら……。

 

「君に好かれたくて、余裕のある大人の男でいようと思ってたけど……、それを壁だって思ってたんだね、ユキちゃん」


 二人の間に壁を作ろうと思ったわけじゃない。

 むしろ、近づきたくて、もっと……、深く、心を結びたくて……、この子が安心出来るような、信頼し、心から愛せるような男になろうと思ったのに……。

 

「俺もアイノス君とは違う意味で、空回ってたんだなぁ……」


 なんという大誤算。

 ユキちゃんの事をわかっているようでまるでわかっていなかった……。

 よし、これからは適度にユキちゃんをドキドキさせられるように配分を考えていこう。

 そう決意を新たにし、一度ユキちゃんをベッドに寝かせてから水でも淹れてこようと動いた直後。


「──っ!!!!!」


 僅かに開いていたらしき窓扉の隙間から、鋭い殺気を帯びた一撃が俺のいた場所を貫いて壁に突き刺さった。

 危ないねー。今の、戦闘の熟練者じゃないと、命に関わってたよ?

 頬に薄っすらと滲んだ血の感触を拭い、突然の襲撃者の姿を見に外へと飛び出す。

 ユキちゃんの部屋の外には、小さいけれど庭のような敷地があって、花壇や寛ぐ為の長椅子が置かれている。


「王様ー、ユキちゃんが起きちゃったら怖がられるよ? その顔」


 庭の向こうにある回廊側に降り立った俺は、庭へと続く窓扉から少し離れた場所に立っている剣士姿の男に挨拶代わりの手を振った。

 ユキちゃんと同じ、深い蒼色の髪に、お忍び用の眼鏡を掛けた笑顔の男……。

 ウォルヴァンシア王国国王、レイフィード・ウォルヴァンシア。

 そして、ユキちゃんの叔父でもある人だ。

 ま、見た目は俺より少し年上くらいにしか見えないけど、歳の差はかなりのものだったりするんだよね。

 王様はその手に自分の魔力を帯びて蠢く茨の蔓のようなそれを霧散させ、威圧感のある笑顔のまま口を開いた。


「やりすぎって言葉、少しは覚えようか? サージェス君」


「王様ー、いつもの優しい声音が、普段よりもドス黒くワントーンどころじゃない低さに落ちてるよー。……あと、足元にお土産らしき残骸が」


「お土産よりも、可愛い姪御の貞操の危機だよ!!」


 多分城下にお忍びで遊びに行ってたんだろうねー。

 ついでに、ユキちゃんを起こさないように声を極力抑えているところがまた、姪御愛恐るべし、かな。

 とりあえず、距離をとって……、うわぁー……、さらに殺気が強まって今にも噛み殺されそうな心地だよっ。

 

「反省はシテマス……、ヨ? でも、あの場合、恋する男なら、うわっ!!」 


「言い訳なんか聞きたくないね!!」


 王様ー!! また魔力製の茨の蔓で俺を拘束しようとするなんて酷いよ!!


「そこはっ、もうっ、男としての性(さが)が暴走っ、したっ、とっ、いうっ、かっ!! うわっ、ちょっ、王様!! ユキちゃん起きちゃうって!!」


「室内に騒動が伝わらないように配慮済みだよ!!」


「手回しが良すぎてっ、くっ、びっくりっ、しちゃう、ねっ!!」


 延々と追いかけまわしてくる茨の蔓の猛攻を回避しながら、ユキちゃんの部屋の屋根へと飛び移る。

 あ~あぁ、せっかく出来た時間でユキちゃんに会いに来たっていうのに……、起きてからのイチャイチャタイムが夢と消えたよ、もうっ。

 

「こらぁ~!! 降りてきなさ~い!! 君は一度じっくりと僕からのお説教を!!」


「ごめんねー、王様ー! 今日はまだ仕事が残ってるんだー。よっと!! それじゃあねー!!」


 屋根の一部を勢いよく蹴って空中高くへと飛び、光に包まれた直後、俺は竜の姿へと変じた。

 流石に、お楽しみのお部屋デートを邪魔された上にお説教は嫌だからねー。

 眩い陽の光を全身に浴びながら、地上にいる王様の怒声が小さくなっていくのを感じながら、向かう方向を定めた俺は高速で大空を貫き、飛び去る。


『ユキちゃん。また近い内に会いに来るからね』


 その時は、今日みたいに意地悪しないから、いっぱい楽しい話をしよう。

 あ、でも、君が物足りないって言うなら、また、たまには意地悪なことをしてドキドキさせてみるのもいいかもねー。

 なーんて、心の中で次会う時に見るだろう愛しい少女の様々な表情を思い浮かべながら、転移の陣を発動させる。

 あぁ、そうだ。

 ガデルフォーンへ続く光へと飛び込みながら、ふと、思ったこと。


『いつか、ただいまとお帰りを言い合えるような……、そんな日常が来るといいね。ユキちゃん』


 きっと、凄く遠い日の未来なんだろうけれど、そう願ってしまうほどに……、俺は君の事が──。


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