バレンタイン・イベント~アレクディース×幸希~


 ――side 幸希


 

 バレンタインデーを控えた、数日前の事。

 日本にある自宅の庭に降り積もった雪にわくわくとした気持ちを抱きながら、私は久しぶりの雪遊びを楽しんでいた。……狼の姿のアレクさんと。

 大切な友人がその旦那様と訪ねてくる時間まで二時間ほどはある、と、油断していた私が悪かったのだろう。

 どっさりと積もった雪にごろんごろんと転がりながら思いっきり楽しんでいたアレクさん。

 そして、わんこのように可愛いその姿を眺めながら、近付いてくる気配に全く気付いていなかった私。


「きゃ、きゃぁあああああああああっ!!」


「えっ!?」


 まさに、可憐なる絹を引き裂く乙女の声が寒空の空気を轟かせ、響き渡った。

 じゃれ合っていた私とアレクさんが玄関に続く道の方に驚いて顔を向けると……、そこには、昔からの親友である、鈴城ほのかちゃんの姿が!!

 しっとりと長い、清楚な黒髪。幾つになっても可愛らしい顔立ちが、青白く冷めきっている。

 そして……、彼女が怯えたように見ている先には、規格外の大きな大きな狼さんが一頭

 ついでに、こちらの世界に戻ってきた時は自分の外見年齢を操作してそれなりに見せていたのに……、今の私は、高校生くらいにしか見えない容姿。だけど、狼のアレクさんを目撃してしまったインパクトのせいか、私の姿には意識が向いていないようだ。――でも、非常にまずい!!

 

「あ、あのねっ、ほのかちゃん!! こ、これはっ」


「なんでこんなところに狼がいるの!? 狼だよね? それ!! じゃなくてっ、幸希ちゃんっ!! 今助けるからっ!!」


「だ、大丈夫だから!! こ、これはっ、あのっ、に、人形!! 人形だから!! この前作ったの!! か、可愛いでしょう!?」


「人形がハッハッ! って息しながら動くわけないでしょう!! あぁ、どうしたらっ、どうしたらっ」


「ほのか!! どうした!!」


 あぁっ!! さらにまずい事にっ!!

 ほのかちゃんの悲鳴を聞きつけ、両腕に可愛い子供ちゃんを抱き、庭に飛び込んできた長身の男性。

 外国の血が混ざっているのだろう、特徴的な金色がかった亜麻色の髪と凛々しい顔立ち。

 その人、ほのかちゃんの旦那様である、獅雪征臣(しゆきまさおみ)さんも、アレクさんの姿を目にした瞬間、


「うぉおおおっ!?!? な、ななななな、なんだこりゃっ!!」


「征臣さんっ!! け、警察っ、あぁ、それとも区役所っ!? 幸希ちゃんがっ、幸希ちゃんが食べられちゃう!!」


「いや待て。今は連絡より先に彼女を助け出さないと……。ってか、なんでこんな大都会の真ん中に狼がっ、つーかでかすぎるだろ!!」


 お騒がせしてしまい、本当に、本当に、申し訳ありませんっ!!

 アレクさんの傍から立ち上がった私は、これ以上の目撃者が増えることを恐れ、大急ぎで家の周囲に結界を張った。勿論、ほのかちゃんの悲鳴や征臣さんの大声も、聞いた人の記憶が消えるように術を混ぜて……。


「アレクさん」


『あぁ……。二人とも、驚かせてすまない』


「「え?」」


 いつかは打ち明けようと思っていたし、丁度良い機会なのかもしれない。

 私が視線で促すと、アレクさんは光に包まれながら人の姿へと変化していった。

 この世界にも、こっそりと古の昔から人外なる存在や神様が生きているけれど、人間の常識的な感覚でいえば、そんな存在はあり得ない、という事になっている。

 けれど、人は自分の目で見たものに関しては、決して目を逸らす事は出来ない。

 今、アレクさんが狼の姿から人へと変化を遂げたように……。


「あ、アレク、さん……? 幸希ちゃんの旦那様の、アレクさん、ですよね?」


「どうなってんだ……、これ」


「驚かせてしまってすみませんでした。えっと、ですね……。とりあえず、家の中に入りませんか? 双子ちゃん達が風邪をひかない内に」


 もうちょっと穏やかに、驚かせすぎないように段取りを用意してから話そうと思っていたのに、やってしまった。まぁ、私の自業自得だからしょうがない。

 私は征臣さんが腕に抱いている可愛い男の子の双子ちゃん達と一緒に、皆を室内へと招く事にした。

 台所でお茶とお菓子を用意し、まだ現実が呑み込めていない獅雪夫妻に向かって、アレクさんと一緒に深々と頭を下げる。


「ずっと黙っていてごめんなさい。話す時期を考えてはいたんだけど……、やっぱり、吃驚、しましたよね? ほのかちゃんも、征臣さんも」


「当たり前じゃないの!! 幸希ちゃんが狼に襲われてるぅううっ!! って、凄く吃驚したんだから!!」


「俺的には、狼の方が見た事もねぇくらいでかすぎて、地球の異常進化パネェなって思ったけどな」


「ふふ、大丈夫ですよ。地球の、この世界の普通の狼は、アレクさんみたいに大きくはなりません。……それ以外の種族になると、多分、色々いそうですけど」


「いるの!?」


「うん」


 指を震わせながら紅茶入りのカップを手に取るほのかちゃんに、苦笑しながら頷く。

 こちらの世界は、人間達に遠慮して、ひっそりと生きている存在が多い。

 まぁ、神様の類は、降臨する必要がもうないと感じているのか、それぞれの場所で静かに暮らしているようだけど……。日本は八百万の国だから、きっと人に紛れて街中で生活している方々もいる事だろう。

 

「え~、と、……で? ぶっちゃけ聞くが、アレクは、人間じゃないのか? それと、……幸希さんも」


「はい。アレクさんは、狼と人の姿、両方になれる狼王族の方なんです。私も、半分は人間ですけど、半分はアレクさんと同じ、ですね。お父さんが向こうの人で、お母さんがこっちの人なんです」


 と、自分の生まれについて少しだけ触れた私は、ほのかちゃんと征臣さんの困惑げな表情が落ち着くまで待つ事にした。一度に全部説明しても、なかなか受け止めきれないだろから。

 

「ねぇ、幸希ちゃん……。こっち、とか、向こう、とか、……それって、どういう意味なの?」


「こっち、は、この地球と、宇宙がある世界のこと。向こうは、こことは違う世界のこと。本当はね、私が大学を辞めたのは、こっちの世界に身体が適応出来なくなってしまったからなの。だから、海外に行くって、嘘を吐いて……、お父さんの故郷である異世界に移り住んだの」


「別の、……世界」


「マジか……。この歳でラノベみてぇな体験するとは……、はぁ~、意味わかんねぇ」


「ふふ、私も最初は同じ心境でしたよ」


 移住する前は、幼い頃の異世界での記憶を封じられていたから、不安や寂しさに引き摺られては、悪夢を見る事もあった。だけど……、私の心を救ってくれたのは、隣で穏やかに微笑んでくれているこの人で。

 沢山の試練を乗り越えて、私達はようやく幸せなひとときを手に入れる事が出来た。

 ほのかちゃんと征臣さんからは見えない所で、私が重ねたぬくもりを、アレクさんがぎゅっと優しく握り返してくれる。


「――はぁ、とりあえず、大体の事はわかった。説明ありがとうな、幸希さん」


「いえ。聞いて下さってありがとうございました。ほのかちゃんも、長い間、本当の事を言えなくてごめんね?」


「ううん。あの頃、幸希ちゃんがどんな思いで私達とお別れする事になったのか、どんな風に別の世界で生きてきたのか、やっと本当のことがわかって嬉しい。それに……、幸希ちゃん」


「ん?」


「素敵な旦那様ってだけじゃなくて、大好きなもふもふのわんちゃん要素もあるなんて……、本当に、本当に良かったね!」


 ほのかちゃんがじんわりと小さな涙を浮かべながら微笑み言った言葉に、アレクさんが満足そうに頷き、何故かまた狼の姿に……。


『唯一人の、ユキの為ならば……、俺は幾らでも愛玩動物に徹する気だ』


「潔いにも程があるな!! お前!!」


「ユキちゃん……、一粒で二度美味しくて羨ましいっ」


「うぉおおおい!! もふもふになれねぇ俺じゃ不満だってのか!?」


「ふふ、そんな事は言ってませんよ、征臣さん。……あの、アレクさん、少しでいいので、よろしければ、もふもふを撫でさせてもらったりは出来ないでしょうか」


 私の胸元に大きな狼の頭を擦り寄せているアレクさんに、ほのかちゃんの両手がわきわきとしている。

 お互い、昔からもふもふとした動物や物が大好きだったもんねぇ。

 旦那様である征臣さんの方は、……あ~、双子ちゃんにぺちぺちされながら慰められてる。


「あぁ~、もっふもふ~」


「ねぇ~。すっごく上等の毛並みに、もっふもふで気持ちいいでしょ~?」


「あ~うぅ~」


「う~、うぅ~!」


『子供達も触りたいと言っているようだが……』


「このもふもふわんこ野郎!! 人の妻だけじゃなく、ガキまで手懐けようってのか!!」


 いやいや、近くにこ~んな大きな狼さん、しかも襲ってくる気配なしのもっふもふがいれば、子供だったら触りたくて堪りませんよ、ほのかちゃんの旦那様!!

 まぁ、人の姿の時のアレクさんにほのかちゃんが抱き着いちゃったら、……ちょっとだけ、妬いてしまう気がするけれど。泣く泣く双子ちゃんを私とほのかちゃんに預けた征臣さんが、机に突っ伏してブツブツと恨み言を……。た、耐えてください、征臣さん!! これはあくまで、もふもふ愛玩コーナーなんですっ。








 ――side アレクディース



「ユキ、二人とは二時間後に三階のゲームセンターで合流予定だったな」


「はい。それまではゆっくりお買い物です」


「デパート、というのは、いつ来ても賑やかだな。沢山の品が集まり、一日かけてまわっても飽きる事がなさそうだ」


「そうですね。特に、この新しく出来たデパートは、都内でも一番の大きさと階数だそうですから、ゆっくり見てまわるには大変そうです」


 アレクさんをこの日本に連れて来る事は時々あって、お金の使い方も、お会計の仕方もバッチリ覚えてもらってある。他にも、日本における常識全般に関しても。

 そのせいか、アレクさんはたまに一人で町の散策に出る事がある。

 大抵は……、帰りに捨て犬や捨て猫の類を腕に抱いてのご帰還になるのだけど。

 この世界にとっては、有難いお客様なのかもしれない。

 拾った動物はエリュセードへと連れ帰り、診察や治療を施し、躾をしてから飼い主を探し、幸せになるように手配してくれるアレクさんは、本当に心の優しい人だと思うから。

 

「わぁ~、今年もいっぱいある」


 アレクさんと一緒に訪れたのは、一階の真ん中にある季節の商品専用のコーナー。

 あと一週間ほどでバレンタインデーだから、バレンタインチョコのコーナーにはそれなりに人が集まっている。

 私もアレクさんと一緒にラッピングされたチョコの商品を見ながら、こっそりと彼の表情を窺う。

 毎年、アレクさんの為にエリュセードの材料で作ってはいるけれど、たまには日本の材料で作ってみるのもいいかな~と思って、好みを調べる為に連れて来てみたのだけど……。

 アレクさんは何故か私の方ばかりちらちらと見てくる。


「アレクさん……?」


「…………」


「チョコ、見ないんですか? アレクさんの大好きな甘い物ですよ」


「……いや、……お前がチョコを選ぶ様子を、見ていたくなったんだ」


「え?」


「毎年、俺の為にチルフェートの菓子を作ってくれるだろう? 心を込めて、一生懸命に」


 好きな人に渡す物なのだから、勿論、毎年力を入れて楽しみながら作っているつもりだ。

 だけど、それが今の件とどう……。

 私が首を傾げながら先を待っていると、アレクさんは飾られているチョコの商品の中から、ピンクのリボンが掛けられている物を手に取り、ほんのりと頬を桃色に染めた。


「チョコを見ながら、俺の事を考えてくれているのだろうか、と……。そんな期待をしながら、見ていた」


「――っ!」


 アレクさん、大当たりです!!

 いや、正確には、アレクさんがどんなチョコやラッピングの物に興味を示すかなぁ、と、そう思って見ていたのだけど……。あぁ、こんな公衆の面前でうっとりとしながら私を見ないで!!

 エリュセードでのチルフェート・デー、バレンタインのようなイベントはまだ先だけど、うっかり日本イベント仕様で渾身の一作を作りたくなっちゃうじゃないですか!!

 

「か、考えて、ます……っ。いつも、いつも、アレクさんの、事を」


 期待に満ちた蒼の双眸に見つめられては、正直になるしかない。

 私がもじもじとしながら伝えると、アレクさんが笑みを深めてからチョコを売り場に戻し、私の手を取った。


「いつも、か?」


「は、はいっ……」


「なら、俺と一緒だな。俺も、どんな時でもお前の事ばかりを考えてしまう。お前が傍にいる時も、お前の心に誰がいるのか、何を考えているのか、知りたくて仕方がなくなってしまう」


「アレク、さん……」


 あぁっ!! バカップル極まりない会話と場違いな気配がチョコレート売り場にぃいいいっ!!

 だけど、愛を語ってくれるアレクさんの優しい表情を直視したら、きっと誰もツッコミなんか入れられない!! 正しいとわかっていても、逆に自分が間違っているような気にさせられるもの!!

 

「ユキ……」


 だから場所考えましょうよ!!

 ドキドキと嬉しい喜びが湧き上がる本能を叱りつけてみるけれど、アレクさんは私の頬に触れようと手を伸ばしてきて……。あれ?

 ふと、視界に映った周囲の皆様の姿。

 女性陣は皆、ぽぉ~っとしながら一心にアレクさんを見つめていて……、あ、男性方は顔を覆って、地面に膝を突きながら、何やらブツブツと……。


「なんだよ、なんだよ、あれ……。美青年と美少女のラブイチャ空間とか、彼女いねー俺にはマジきついわっ」


「はぁ~……、俺、彼女いるけど、あんな芸当無理だわっ。レベルつーか、世界が違うというか」


「ねぇねぇ、私にもあんな風に言って~」


「無理だろ!! 俺外人じゃねーし!!」


「カッコイイ~……。あれなに? 神様の制作物? すっごく綺麗で、惚れ惚れしちゃうんだけど」


 ……予想はしていたけれど、いつも以上に反応が凄い!!

 私を相手に延々と愛の言葉を語るアレクさんの美貌は光を増していくかのように女性陣の心を惹きつけ、男性陣の心を粉々に砕いていく。

 確かに、こっちの世界では、こんな甘い雰囲気を作り出して何も気にせず愛を語る人なんて、滅多にいないだろう。外人さんでも、レベルが高すぎるというか……。


「うりゃっ!」


「ぐっ!」


「ま、征臣、さん!?」


 このままではさらに恐ろしいラブラブオーラ一色の空間が出来上がってしまう!!

 そう危惧した私を救い出すかのように、いつの間にかアレクさんの背後に現れたほのかちゃんの旦那様が、片腕に双子ちゃんの一人を抱えながらチョップの手を繰り出した。

 アレクさん……、騎士様なのに、背後の気配を完全に読めてませんでしたね?


「時と場所を考えろ……。な?」


「……すまない。俺の事を考えながらチョコを見ていたユキが、あまりに愛おしくて……」


「どんだけ嫁にラブなんだよ……。はぁ、とにかく、他の奴らの迷惑になるから場所を移動しろ」


「す、すみません、征臣さん。ご迷惑を……っ」


「いや。どっちかっつーと、感情に素直な旦那を持ったアンタの方が大変だろ? 二人きりの時はいいが、外では控えるように話しといた方がいいぞ」


「はいっ。肝に銘じますっ」


「……」


 征臣さんもほのかちゃんに対する愛情が強くて、実は陰でイチャイチャしている瞬間があることを知っているけれど、アレクさんほどじゃないものね。時と場所も選んでるし。

 だけど……、どんな時でも私を想ってくれているアレクさんの気持ちを知るたびに、私は困りながらも喜んでしまう。


「すまなかった、ユキ……」


「いえ、私も……、アレクさんの事ばかり考えてしまいましたし。二人で反省ですね」


「……そうだな」


 苦笑が浮かぶアレクさんの穏やかな眼差し。

 征臣さんがその頭を小突かなければ、きっとまたさっきの空気が戻ってきていた事だろう。


「そんじゃ、俺とこいつはほのかの所に戻るが、いいか? もう絶対にやらかすなよ、アレク」


「わかった。世話をかけた」


 実年齢的にはアレクさんの方が征臣さんより年上だけど、こうやって二人が顔を合わせるたびに思うのは……。

 人って、実年齢じゃなくて、中身なんだろうなぁ、と感心させられてしまう。

 征臣さんの面倒見の良さのせいもあるけど、多分、素直に言う事を聞いているのは、アレクさんが征臣さんと波長が合うからなのかもしれない。

 私がほのかちゃんが二人で話したり何かをしている時も、アレクさんと征臣さんは二人で楽しそうに話している事があるし。会った回数は少ない方なのに……、余程相性が良いのだろう。

 私は征臣さん達がほのかちゃんの所に去っていく背中を見送った後、二人で今度は周囲の空気を乱さないようにしながら、バレンタインチョコのコーナーでのひとときを過ごしたのだった。














 ――side アレクディース



「やっぱり、いつもの服装の方がアレクさんらしいですね」


「そうか? 向こうの世界の私服も、段々と着慣れてきたんだが。ユキは、こっちの方が好きなのか?」


「どちらのアレクさんも大好きです。でも、アレクさんは騎士様ですから。いつもの騎士服の方が、一番凛々しく見えるな、と思いまして」


 数日後、異世界エリュセードに帰ってきた私は、着替えを済ませてから騎士団に向かう途中のアレクさんと回廊のあたりで出会った。

 今日までの休日だったとはいえ、アレクさんは騎士団の副団長様。

 自分がいなかった間、騎士団で何事もなかったかどうか確認に行くのだろう。

 日本にいた時のアレクさんも素敵だったけど、うん、やっぱり、この世界で生きているアレクさんの方が、生き生きとして見える。ウォルヴァンシアの副騎士団長様。この国を、私を守ってくれる、頼もしい騎士様。

 彼の隣を歩きながら、私は自分の目的を思い出した。

 そうそう、帰ってきた時に渡せなかったあれを、今の内に。


「アレクさん」


「ん?」


「はい、どうぞ」


「?」


 私が差し出したのは、あの時、日本でアレクさんが手に取っていたピンク色のリボンが掛けられていたバレンタインチョコ。丁度今日は、あちらの世界でのバレンタインデー本番だ。

 そのチョコをこっそり買っておいた私は、自分の分もあるんですよと、もうひとつ同じものを見せた。

 

「騎士団での用事が終わったら、私の部屋で一緒にお茶にしませんか?」


「ユキ……」


「エリュセードでのチルフェート・デーはまだ先ですけど、同じような日が年に二回あっても良いですよね?」


 本当は、アレクさんが手に取っていたから、今渡したそれを、愛おしそうに扱いながら私を見つめ、愛を語ってくれたから……。どうしても、手に入れたくて。

 そして、その想いに寄り添うように、同じ物を買ってしまった。

 まるで、あの時の続きを望んでいるかのように……。

 アレクさんは頬を染めながら微笑む私に少しだけ驚きながら、やがて笑みを浮かべてくれた。

 チョコを持ち上げ、ピンクのリボンにそっと彼のキスが落ちる。


「すぐに戻ってくる。お前の部屋であれば、時と場所を選んでいる事になるだろう?」


「――っ!! は、は、はいっ。そ、そうです、ねっ。……お、お待ち、していますっ」


 不意打ちがっ、不意打ちが!!

 愛おしそうな眼差しで私を見つめてから、キスをしたチョコを手に騎士団へ去って行ったアレクさん。

 い、今のは、無自覚? それとも、確信犯? 

 チョコにキスをした時の、アレクさんのあの誘惑的な視線は一体!!

 あぁ、思わずくらりとノックアウトされるところだった!! 危ない!! 危なすぎる!!

 でも……。


「うぅううっ……。し、幸せすぎて、――ッ!! あああああああああああああああああああっ!!」


「ゆ、ユキ姫様ぁああああああっ!?!?」


「きゃあああああっ!! ユキ姫様が柱に頭突き連打をぉおおおおおおおっ!!」


「誰か王宮医師様達を!!」


「ユキ姫様ぁああああああ!! お怪我をするのでやめてくださぁあああああい!!」


 何よりも、誰よりも大好きで、一日一日、あの人への愛情が膨らんで、膨らんで……!!


「私をどうしたいんですかっ!! アレクさぁああああああああああああんっ!!」


 額からダクダクと血が流れだしても、平常心を失ってしまった私の狂気の沙汰は止まらなかった。

 愛する人のレベルアップしていく愛情表現や誘い文句の数々に……っ、ああっ、ぁあああああああっ!!

 王宮のメイドさん達が何人も群れて私を柱から引き剥がそうとしてくれたけど、結局……。


「痛ぁっ!!」


「出血多量で死ぬ気か? お前は……。来い、王族としての心得と、発情期の抑え方を教えてやる」


「ルイヴェルぅううううううっ!! ユキ姫様に何て事を言うのっ!? 何て事をするのっ!? あぁああっ、ユキ姫様を引き摺るのも駄目ぇえええええええっ!!」


 駆け付けてくれた王宮医師のルイヴェルさんとセレスフィーナさんのお陰で、なんとか私の奇行は収まったのでした……。強制収拾だったけど。

 王宮医務室で手当てを受け、延々とルイヴェルさんからのお説教を受け、そんなルイヴェルさんをセレスフィーナさんが横からお説教し……、そして。

 私を迎えに来てくれたアレクさんと部屋に戻ってから数十分後。

 また、私はどうにもならない愛の大暴走をする羽目になるのでした……。

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