バレンタイン・イベント~カイン×幸希~

 ※両想い設定です。


 バレンタイン・デー。

 それは、幸希の暮らしていた地球、日本において、好きな人にチョコレートと想いを贈る大切な日。エリュセードにも同じ意味合いの日があり、幸希も気合を入れて恋人への贈り物を作っていたのだが……。


「カインさん……、大丈夫、ですか?」


「ぐぐっ……。ちょっ、手っ、手っ、貸せっ!!」


 バレンタイン改め、チルフェート・デー当日。

 朝食後、幸希がウォルヴァンシアの城下に出てみると、大通りの真ん中にて残念な光景が広がっていた。豪華に飾り立てられたラッピング箱の、――山!!

 どっさりと、てんこもりの状態でその形を築き上げている箱の群れ。

その一番下でとんでもない被害に遭っているのは、幸希の恋人であり、イリューヴェルの第三皇子カイン。見事に押し潰される体(てい)で動けなくなっている。

理由は聞かなくてもわかる。箱の中身も、こうなった理由も……。

恐らく、魔性の美貌を誇るこの恋人目当ての女性陣が大勢で押しかけてきたのだろう。

周囲の住人達は一部始終を見ていたらしく、クスクスと笑いながらこちらを眺めている。

 去年も同じ光景を見たが、毎年毎年……、本当に、この恋人様はよくモテる存在だ。

 幸希はスカート越しに地面へと膝を着き、手を差し出してやった。


「はい、どうぞ」


「サンキュ……。うぐっ、……くそっ、今年も、またかよっ」


「カインさん、今日がチルフェート・デーだって、……忘れていたんでしょう?」


 でなければ、自分から進んでこの日に城下へと出てくるはずがない。

 チルフェート菓子の山から必死の体(てい)で抜け出し、カインがぜぇはぁと息を乱しながらその場に座り込む。ムスッとしているその顔は、図星の証拠だ。


「最近色々あって忙しかったからな。日にちなんて、大して気にしてなかったんだよ。くそっ、こんな事になるなら、先に王宮の方に戻っときゃ良かった!」


「まぁ、確かに……」


 この一ヶ月間、カインはイリューヴェルの皇帝から呼び出しを受け、故郷に帰っていたのだ。

 息子の事を心配しているイリューヴェル皇帝や皇妃達に顔を見せる目的もあったが、カインは皇子の一人。果たすべき役割や仕事というものもある。

 で、ようやくそれを終えてウォルヴァンシアの王宮に、ではなく、城下の方に足を向けてしまったのが運のツキだった、と。最早、幸希が嫉妬する気も起きないぐらいに、残念な有様だ。

 王宮のメイド達であれば、幸希とカインが恋仲である事を知っている為、メイド長が代表でひとつだけカインに渡すぐらいのところ。

……たまに、本命で挑む猛者もいたりするが。

 城下は別だ。この日の為にイリューヴェル皇国からわざわざやって来る者もいれば、周辺の村や町から押しかけてくる女性達もいる。

 勿論、カイン限定の話ではない。騎士団のアレクディース達や、他のモテ要素満載の男性陣も標的となっており……。このイベントに困っている者の多くは、大抵この日は雲隠れをしたり、城下には一切出て来ない。

 

「ユキ……、ファニル貸してくれ」


「駄目ですよ。ファニルちゃんは、カインさんの倉庫じゃないんですから」


 ガデルフォーンの希少生物。可愛らしいもっふもふのお友達には、あらゆる物を飲み込み、その体内にある別空間に収納するという便利な能力が備わっている。

だが、幸希が断らなくとも、生憎そのお友達は不在中だ。

仲良しのお友達である、黒豹とよく似た動物のルチルと王都の外に出かけており、帰りは夕方になると聞いている。

 それを聞くと、カインは「うげぇ、マジかよ……っ」と、あからさまに嫌そうな顔をし、チルフェートの山を振り返った。


「仕方ねぇか……。転移の陣にでも放り込んどく」


「頑張ってください。それじゃ、私はこれで」


「ちょっと待て」

 

 ……あ、やっぱりこうなった。

 背後からがっしりと掴まれた腕の感触。じわりじわりと忍び寄ってくる怒りの気配。

 幸希が溜息まじりに振り向くと、……案の定、機嫌を損ねた竜の皇子様がこちらを睨んでいた。


「…………」


「……用事があるんです」


 そう、幸希には予定がある。これから城下で買い物をし、王宮に戻ってからまた、少し遠くに外出という外せない用事が。

 しかし、帰ってきて来たばかりの恋人は、無言でこう要求を突き付けてくるのだ。

 ――用事よりも、俺との時間を優先しろ、と。

 時々発動する、彼の我儘皇子っぷり……。

 

(はぁ……。一ヶ月離れていたせいか、また寂しがり屋モードに)


 毎回、というわけではないのだが……。

 遠くに離れている期間が長くなると、この皇子様はその大人の外見に反して、駄々を捏ねる子供そのものになってしまう。寂しくて仕方がなかった。だから、早く甘やかせ、と。

 いくら物凄い美形男子とはいっても、それを台無しにするぐらいの我儘さだ。

 やれやれと疲れ気味に溜息を吐き出し、幸希は自分よりも遥かに長身の竜の皇子を見上げて言い放つ。


「カインさん……、少しは成長してください!」


「なっ!!」


「私には私の予定があるんです。夕方までには戻りますから、大人の男性らしく、自分の時間を過ごしていてください。それじゃ」


「ぐっ……。ちっ、仕方ねぇな」


 ふぅ……、良かった。以前のように拗ねまわす事はないようだ。

 ある程度で引き下がった恋人に安心しつつ、幸希は夕方の約束を取り付けて去っていく。

 ――だが、彼女はわかっていなかった。

 自分の恋人である竜の皇子が、一ヶ月という離れ離れの期間にどれほどの辛さを耐え忍んでいたのか、を。


 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『ふふんっ。俺が俺の時間をどう使おうと、勝手だよな~?』


 王都内での用事を済ませ、今度は空を飛んで他国へと向かって行く恋人をこっそりと尾行しながら、ミニ竜姿のカインはニヤリと楽しそうに笑っている。

 普段ならお互いの時間を邪魔するような真似をしない。

 幸希には幸希の、カインにはカインの、それぞれの時間があってこその恋人同士だと、彼はそう思っている。

 だが……、今日のカインは完全にストーカー状態。どこから、どう見ても、だ。

 清々しい青の中を舞うように飛び続けている幸希の姿を眩しく思いながら、ミニ竜皇子は気づかれないように慎重な動きで距離を取って後を追う。

 高速で飛んでいるので、彼女の蒼く長い柔らかな髪が波のように荒ぶっている。

 ……あと、ロングスカートもバサバサと風に煽られ、時々見えそうで見えないチラリズムでカインを翻弄していたりする事を、彼女は全く知らない。

 自分が見る分にはいいが、あれは駄目だ。後で合流したら、スカートでの飛行を全面禁止にさせなくては。密かに、竜の皇子は決意した。


『……そろそろ羊凛族(ようりんぞく)の国だな。ユキの奴、一体何しに来たんだ?』


 羊と人、二つの姿を有する民の集う地。

 エリュセードにおいて、ファッションに対する意識が高い国のひとつだが、その方向性は限りなく、――童話的プリティ・メルヘン・センス! で、ある。

 可愛らしい少女趣味な服ばかりを世に送り出す職人が大半で、カインもそれを目の当たりにした事がある。……羊凛族の、女装趣味美少年王子という名のサンプルによって。

 

『服買いに来た、とかじゃねぇよなぁ? アイツの趣味はそっち系じゃねぇし……。って事は、菓子の材料でも買いに来た、とか……、か?』


 今日はチルフェート・デーだ。

 まだ幸希の手からそれを貰っていないが、イベント日に張り切る彼女が羊凛族の国限定で売られている材料などを買いに行く可能性は大いにある。

 なるほど……。自分の為にこんな遠出をしてまで頑張ってくれている、と。


『ふふ……。俺、愛されてんなぁ~』


 幸希が作ってくれる手料理や菓子に、ハズレはない。

 いつだって真心が籠っていて、カインを幸せにしてくれる味ばかりだ。

 だが……、完全にデレッデレ状態で宙をごろんごろんと喜びいっぱいに転げまわっている竜の皇子の姿は、――ぶっちゃけ残念極まりないシュールさを醸し出している。


『おっと、ニヤけてる場合じゃねぇな。え~と、幸希は……、なんか変だな? 王都はあっちの方角だし……、あっちにあるのは山ばっかのはず』


 チルフェート菓子作りの材料を買うのなら、どこかの町か、王都に向かうはずだ。

 それなのに、幸希が向かっている先は……、小さな村がひとつだけ側にある、大きな山の中だった。……何故に山中?

 気が向いて立ち寄ったというわけではないらしく、幸希の動きは目的を持って動いているように感じられる。


『……誰かと待ち合わせ、……なわけねぇよな』


 幸希と出会ってから早、三年。

 いつも誰かに守られ、自身の無力さに涙を零していた彼女は、もういない。

 自分の力を完全に操れるようになってから、その行動範囲は広がっていくばかり。

 一言でいうと、――冒険を求めて血沸き肉躍るタイプになった、というべきか。

 気付くと一人でどこかに出掛けているし、とんでもない土産物を持って帰って来る事もある。

 心配はいらない。……と、わかってはいるのだが、カインとしては、色々と複雑だ。


「――よっと!」


 幸希を追って山中に入ったカインは、静かに佇む緑の楽園の片隅で人型に戻った。

 特殊な『場』でも、何でもない山。危険な魔物の類を匂わせる気配は感じられず、逆に幸希とカインを歓迎するように、茂みの奥から穏やかな気性の動物達が顔を出して挨拶に寄ってくるくらいだ。その頭をよしよしと撫でてやり、カインは集まってきた動物達と一緒にゆっくりと幸希の後を追っていく。


「なぁ、お前ら……、幸希が何しに行くか、わかるか?」


『知っとりますよ~! あのお姫さん、パリュウェン様に何度か会いに来てますしっ』


「パリュウェン?」


 むしゃむしゃと桃色の果実を口の中で咀嚼していた動物の一頭が言うには、幸希がこの山に来るのは初めての事ではなく、半年程前からマメに通ってきているらしい、との事。

 この山に住まう、とある男に会うのが目的だという話なのだが……。


「男に、だぁ?」


『もぐもぐ……。とっても仲良しさんなんですよ~』


「あぁああ? 仲良しぃ?」


 わざわざ他国の山の中まで足を運び、男と仲良くしている?

 幸希が、自分の知らない男と? もうこの時点でカインの胸には不快な淀みが生じていた。

 だが、その気配は一瞬で彼の中に消え入り、握り込まれた拳がふっと力を失っていく。


「なんて……、ふっ。ユキが浮気なんかするわけねぇしな。あれだろ? 気の合う友達とか、と・も・だ・ち!! とか、その辺の無難なポジションの野郎だろ?」


『ん~、友達以上、的な関係ですよ~』


「…………あ?」


 ニッコリと貼り付けられていたカインの笑顔に深い亀裂が入る。

 友達以上……? 傾げられた魔性の美貌が、徐々に平静を失った状態に落ちていく。


「いや、待て待てっ!! 友達以上っつーと、えーと、えーと……、男と友達以上って、何があるんだ? 親友か? 男と? 意味わかんねぇよ!!」


 幸希の気持ちを疑う事は勿論ないが、男の方が虎視眈々と人の恋人を狙っている可能性は大だ!

 動物達がのほほんと語るパリュウェンの人柄や幸希との関係についての説明さえ耳に入れず、カインはメラメラと燃え盛る嫉妬の炎を背負い、右手を竜の形態に変化させる。

 

「はっ! 俺のユキに手ぇ出しやがったら……、いや、この機会に身の程ってやつをわからせてやるっ」


 と、精神的にやっぱり成長がない竜の皇子は、これから十分後……、予想外の光景を見る事になるのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「きぇええええええええっ!!」


『わぁぉおおおおおおおおんっ!!』


 ――え? 何? これ、何事!?!?

 あきらかに人工的な手が加えられた山の一角。

 拓けたその広い空間に、カインの恋人はいた。……いた、の、だが、どう見てもコメントに困る光景が目の前にっ!!

 広場となっている場所には、木材を多く使ったアスレチックな遊具が配置されており、そこに二つの人影がある。

 白いもっさりとした髭を蓄えた、背の低いミニマムな老人姿の……、多分、男がいて。

 それと向かい合う場所に、蒼い毛並みの狼に変身している幸希の姿がある。

 どちらも丸太状の幹を地面に突き刺したその上に立っており、よくわからない奇声を飛ばしあっている。……本当に何だ、これっ!!

 狼姿の幸希は、身軽なその体躯で遊具を飛び回り、雄叫びを上げながら謎のポーズを決めている。

 

「……な、なぁ、ユキの奴、何やってんだ?」


『挑戦ですよ~』


「はぁ?」


『パリュウェン様の出す試練に挑み、それをクリア出来れば、この山に実る希少な果実や薬草などの類が貰えるんです~。で、ユキさんは三ヶ月前からパリュウェン様に修行をつけて頂いていて~、何度も挑戦しまくってるんですけどね~……』


「修行とか、試練とか、……あれのどこがだよ?」


 ただ変なポーズで踊りながら遊具を飛び回り、わんわん吠えてるようにしか見えない。

 あと、見ている側は若干恐怖を覚えるというか、ちょっと……、引いてしまうレベルの光景だ。


「ユキよ!! 限りなく合格点には近いが、まだまぁ~だ!! 愛が足りん!! そなたの想い人への愛は、まだその胸の奥底で燻っておる!! それを解放するのじゃああああっ!!」


『は、はいっ!!』


 ダンッ! と、ぐるぐると渦を巻く丸太の表面に木造りの杖尻を打ち付けた白髭の男に、幸希は息を切らしながら応え、また素早く動き始める。

 その様子を木陰からじーっと眺めながら、やはり……、カインの目は遠いままだ。

 

「わざわざ他国まで足延ばして……、マジで何やってんだっ」


 しかも、今日は恋人達や片想いの者達にとって、特別で甘いイベント日だ。

 それを、それを……っ!!


(俺を放置プレイして、ジジィと二人で何やってんだお前はぁああああああっ!!)


 一ヶ月もの間離れていた恋人とのラブイチャよりも、こんな意味不明極まりない謎時間を優先されるとは!! 図式にすると、白髭のジジィ>>>>>自分、といったところかっ!!

 そんな事をしている暇があるのなら、帰ってきた恋人と茶でも飲んだらどうなんだ!!

 会えなかった日々の寂しさを伝え合い、もう離れないとばかりに抱き合うべきだろう!!

 ……という、カインの自己都合妄想満載による怒りの炎は、彼を勿論突き動かす。

 大股で白髭の老人と幸希の許に突撃をかまそうとするカイン。

 それを、――がぶり!! と、尻に齧り付いてきた動物が渾身の力で引き留めにかかる!!


「痛ぁあっ!! こ、この野郎……っ!! 何しやがんだ!!」


『ユキさんの頑張りを無駄にしちゃ駄目ですよ~!! はむはむっ』


『『『そうだそうだ~!! 今日を逃したら、また来年になっちゃうんだから~!!』』』


「ぐぅううっ!! て、テメェらぁっ」


 幸希の世界でいうところの、鹿と子狸に似た動物達にグイグイと引き戻され、カインは茂みの裏側に押し倒されてしまう。どっしりと、暴走させない為の重石代わりよろしく、動物達が圧し掛かってくるというおまけつきだ。


『今日は、チルフェート・デーっていう日なんでしょ?』


『ユキちゃんが言ってたよ~! 大好きな人に、心の籠った贈り物をあげる日なんだって~!!』


『だから、邪魔しちゃ駄目なんですよ~。ユキさんは、大好きな人に喜んで貰う為の材料をパリュウェン様から貰うんだって、ここ最近は連日来てたんですから~』


 チルフェート作りに必要な、レア材料を手に入れる為に。

 好きな人に喜んでほしい。そう、幸希は恥ずかしそうに微笑みながら言っていたそうだ。

 全部、カインの為……。自分を喜ばせようと、いつも一生懸命な彼女の性格を考えれば、らしい行動だ。その気持ちを嬉しいと、思う感情はあるが……。


(チルフェートより、お前の方が欲しいって……、そう言ったら困らせるんだろうな?)


 一ヶ月。恋人達のイベントを忘れてしまう程に、カインが求めていたものは、幸希自身の存在。

 ウォルヴァンシアでも一人寝は常の事だが、イリューヴェル皇国で過ごした一ヶ月間のそれは……、あまりにも、酷く、切なさを感じるもので。

 一人で寝るのが怖いわけじゃない。一人でいるのが嫌いなわけじゃない。

 ただ……、薄れたはずの、過去の傷が……、否定され続けてきたあの頃の悪夢が、蘇る時が、ある。それも、強く、鮮明に、醜悪な像と共に。

 イリューヴェル(故郷)の地が呼び起こす、カインの記憶(トラウマ)。

 滞在期間が長くなるほどに、真夜中に目を覚まし飛び起きる頻度が増えていく。

 その度に、不快な感触を抱く鼓動を抑えながら渇望してしまうのは、愛する少女の温もりで……。

 

(けど、逃げるように帰っちまうのは格好悪ぃしな……)


 だから、定められた期間は必ず耐え抜くと決めている。

 きちんと役目を果たした上で、彼女の許に戻るのだ、と。

 その反動が、帰還後の寂しがりモード全開の甘え癖であった。

 カインにとって、一番欲しくて堪らない……、最愛の人(幸希)。

 本当は、ウォルヴァンシアに戻ってすぐに会いに行きたかった。

 だが、そうしなかったのは……、カインなりの、男の意地だ。

 幸希の顔を見た時に、抑え込んでいた想いが溢れすぎないように……。

 年上の恋人として、余裕のある態度で振る舞いたかった……、の、だが。

 残念ながら、それに成功した一度たりとも、ない。

 

『あっ!! ユキさんがっ!!』


「な、なんだっ!? ユキがどうしたって!?」


『舞台から、落ちちゃった~……。うわぁ、痛そう』


「落ちた!?」


 動物達のざわめきに、カインは一も二もなく飛び起きて幸希の状態を確認する。

 遊具……、いや、実は舞台だったらしいそこから地面に落ちたらしき幸希が、へにゃんとした顔つきでお尻を上に突き出し……、ピクピクと震えている……、よう、だ。

 目にはじわりと涙が浮かんでおり、白髭の老人が「ひょっひょっひょ!!」と、高笑い中だ。


「野郎……っ!! あんなになるまでユキを痛めつけてやがって……!!」


『パリュウェン様は見てただけだよ~? ユキちゃんは自分から足を滑らせて』


「うるせぇっ!! 待ってろ、ユキ!! 今すぐにっ」


 恋人の痛々しい姿に激怒し、飛び出して行こうとしたカインだったが……。

 山中に響き渡った力強い咆哮に圧倒され、その足が止まってしまう。


「ゆ、ユキ……?」


『ま、だ……っ。もう一度、お願い、しますっ』


「ふむぅ。……じゃが、もう体力も限界じゃろう? 今年は諦めて、次の挑戦は来年に」


『お願いします!! もう一回、もう一回だけっ、私にチャンスを下さい!!』


 タンッ! タンッ!! と、幸希は飛び上がって遊具、いや、舞台に戻っていく。

 目的がレア材料とはいえ……、彼女の息の乱れ具合から見て白髭の老人の言う通り、もう無理だろう。あのよくわからない変なポーズ+踊り、舞? を完成形に持っていく為の体力が足りていないのだから。しかし、幸希は深呼吸で自身の気持ちを落ち着けると、半年間かけて身に着けた素晴らしい動きで躍動感をのせ、――アン・ドゥ・トゥロワァアアアアアアアッ!!

 

『ワァォオオオオオオオオオオオオオオンッ!!』


 愛する人の為、彼の笑顔を見たい、ただそれだけの為に舞う少女。

 カインは口元を片手で覆い、草地へと崩れ落ちる。

 

「ユキ……っ!! 俺の為に、お前はっ、お前は……、そんな姿になってまでっ」


 幸希さえいればそれでいい。そう思ってはいるが、彼女が自分の為に頑張ってくれる姿が嬉し過ぎて……!! ボロッとした姿になろうと諦めない、凛々しきその瞳。

 限界を感じながらも、カインの為に舞う、力強き雄姿。


(あぁ、ヤベぇ……っ。惚れ直すっ、マジで惚れ直しまくるわ、俺っ!!)


 確かに健気は健気……、なのだが、第三者がこの珍妙な光景を目撃すれば、きっとこう感想を漏らす事だろう。――ちょっと意味がわからないんですが、と。

 まぁ、どう見てもコメディ的な現場なので仕方がない。

 山中で謎の踊りに興じている幸希もだが、その姿と想いに感動して、俺の嫁最高!! 的な体(てい)で喜んでいるカインに、誰かツッコミの手を。

 

「――ふぅむ、……良かろう。ユキよ、お主の愛、どうやら合格点に達したようじゃ」


『本当ですかっ!?』


「うむ。さぁ、これを持って行くが良い」


 自分への想いが籠った素晴らしき挑戦模様をカインが真剣に、食い入るように見つめていると、白鬚の老人が杖尻を打ち鳴らし、約束の物を彼女の許へと遣わした。

 幸希の側に落ちてきた、三つの果物。

彼女が人型に戻りそれを持ち上げると、溢れんばかりの笑みで礼を述べた。


「ありがとうございます! パル様!!」


「ひょっひょっひょ! この半年間、よくぞ修行に耐え抜いた。これからも、精進を怠らぬようにのう」


「はい!! これからも、いっぱい遊びに来ますね!!」


 ロングスカートのポケットから取り出した手提げ袋に果物を入れる彼女。

 あれを手に入れる為に、幸希は半年も……。

 また涙腺が緩みそうになるのを堪え、カインが彼女の許に歩みだそうとしたその瞬間。

 山の上を……、巨大な黒い影が覆い尽くした。

 

「な、何だ……?」


『あ~、珍しいお客様ですね~』


『『『わぁ~、本当だ~。お久しぶり~!! いらっしゃ~い!!』


 空を埋め尽くしたかのように佇む、紅の色で染め上げられた雄々しき巨大な体躯。

 その姿はまさしく竜と呼ぶに相応しいものだが、野生のそれでもなければ、イリューヴェルの竜皇族でもない。あれは……。


「おやおや、お前さん達か。久しぶりじゃのう~」


『パル殿も息災のようで何よりだ』


 エリュセードの裏側に存在する、ガデルフォーン皇国。

その民である竜煌族の者達が有する、魔竜の姿。

 風ひとつ起こさず山の上で動きを停止している魔竜が発した親しみのある声音は、カインもよく知る音だった。その名を呼ぶ前に宙で眩い光が弾け、山中に新たな影を二つ、形作る。


「最近パル殿や山の者達の顔を見ていなかったと思ってな。挑戦がてらに寄ってみたというわけだ」


「はぁ~、尻が痛ぇ……。ラシュ、次から背中にクッション付きの椅子でも設置しろや」


 それぞれの舞台に難なく降り立ったのは、魔竜の姿から紅金の長い髪を纏う青年の姿となった、ガデルフォーンの元皇子、ラシュディース。

 そして、白衣の裾を風に遊ばせながら着地し、疲れ気味に後ろ頭を掻き始めた、カインの戦闘術の師匠の一人、セルフェディーク。

 

(何でアイツらがここにいるんだよ!?!?)


 あの二人が友人関係にあるのは知っているが、何故ここに!?

 どうやら、あの白髭の老人とも知り合いのようだが……。

 何だか、出て行くタイミングを完全に外したような気がするカインは、こそこそと気まずげに近くの木陰に避難した。

 ……そして、彼はこの後、衝撃の瞬間を目撃する事になる。

 自分の友人であるラシュディースが、華麗なる謎ポーズと踊りで白鬚の老人を唸らせ、一発合格でレア材料をGETする、その瞬間を。

 感動の涙を流し、四足歩行であるにも関わらず、総立ちで拍手喝さいの動物達。

 結局……、カインは出るタイミングを得られず、そっと山を後にしたのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「だ、大丈夫ですか……? カインさん」


「ん~……? ユキ?」


「はい。約束の時間になっても待ち合わせ場所に来なかったので、何かあったのかな、と思いまして」


「……約束。――い、今何時だっ!?」


 ウォルヴァンシア王宮にある、カインの自室。

 ベッドで何故かげっそりと魘されながら眠っていたカインを起こしてみたら……、案の定、寝過ごしていただけのようだった。そんな事だろうと思っていたが……、何でこんなにお疲れ気味なのだろうか?


「ちょ、ちょっと待ってろよ!! すぐ支度すっから!!」


「あぁ、いいですよ。今日はこのまま、カインさんの部屋で、過ごす気で来ましたから」


「……けどよ、一緒に外で飯食う約束がっ。……ゆ、ユキ?」


 律儀に約束を守ろうとしてくれるカインには悪いが、正直、これで良かったんじゃないかなと、そう思っている。

 幸希もパリュウェンの所で体力が限界だったせいもあり、帰って来てすぐにチルフェート菓子作りを始めて……、もう、疲労困憊、だったのだ。

 カインの胸に顔を寄せ、その膝の上に持ってきたラッピング袋を置く。

 

「チルフェート・デーの、贈り物です。今年は、マフィンにしました。とっておきの材料を使ってて」


「知ってる。俺の為に、すっげぇ頑張ってくれたんだよな?」


「え?」


 マフィンの入っているラッピング袋を一旦横に置き、左腕で幸希を強く抱き寄せると、カインはニヤリと意地悪めいた笑みを寄越してきた。

 彼女の前髪を掻き上げ、額の中央にそっと柔らかな感触が落ちてくる。


「何度も何度も、俺の為に頑張ってくれたお前の雄姿……。バッチリ拝ませてもらったぜ?」


「ぇえっ!? あ、あの、あのっ、み、……み、みみみ見たんですかっ!? まさかっ、あ、あの、ものすっごく変な踊りをっ、全部!?」


 一体いつ!? どこで!?

 労わりの籠ったキスを顔に受けながら、別の意味で熱が噴出してしまいそうになる幸希。

喉の奥で笑っているその様子から見るに、――確実に全部見られた!! と、思うべきなのだろう。狼の姿とはいえ、自分のあ~んな姿や、こ~んな姿、果ては何度も何度も山中に響かせていた咆哮まで……。あぁ、穴があったら入りたいっ。地中深く潜って、膝を抱えたいっ。


(いやぁああああああっ!! 恥ずかしいっ!! 恥ずかしいっ!!)


 カインの喜ぶ顔が見たくて頑張ってはみたものの、最初にお手本を示された時の衝撃は相当のものだったのだ。必死に羞恥心と闘い続け、半年もの月日をかけて実った努力。

 それが、今カインが横に置いているラッピングの中身だ。

 密かに囁かれている、滅多に食べる事の叶わない貴重な果物。

 その果物から絞った果汁をチルフェートに混ぜると、どの種族も蕩けるような至福の状態になってしまうのだと、羊凛族のお姫さ、いや、王子が教えてくれた事がある。

 特に、恋人達の絆を深めるには絶大な効果を発揮するとの噂で……。

 必死に入手方法を調べた結果、一番望みがありそうだったのが……、パリュウェンが番人兼、果物の育成者をしている山での挑戦だった。

 彼らに教わった事、一緒に過ごした時間の楽しさ。これからも付き合いを続けていきたい。

 ――だがしかし!! やっぱりあれとこれとは別なのだ!!

 せめてっ、せめてっ、あの踊りに関しては記憶から抹消してほしい!!

 

「うぅ……っ。わ、忘れてくださぃっ」


「ん~? ははっ、そりゃ、無理な相談だ。お前のレアショットだからなぁ?」


「あれはレアショットじゃありませんっ!!」


 パリュウェン、そして動物達以外の誰も見ていなかったからこそ乗り越えられた試練なのにっ。

 だが、嫌々と首を振って懇願する幸希の額に同じ箇所を触れさせ、カインはグリグリと擦り付けてくる。猫や犬が親しみを込めてじゃれ合うかのように。


「ふふん、嬉しかったから……。滅茶苦茶嬉しかったから、絶対(ぜって)ぇ忘れねぇよ」


「か、カイン……、さん?」


 意地悪をしているわけじゃない。 

 彼は……、幸希の気持ちが本当に嬉しくて、嬉し過ぎて、大切な記憶を手放したくないと、そう言ってくれている。たとえどんな姿でも、愛しくて仕方がないのだと。

 

「無茶苦茶格好良かったぜ?」


「うっ……」


「すっ転んでも、怪我しても、俺の為に頑張ってくれたお前の姿……。ずっと、ずっと覚えときたいんだ。だから、いいだろ?」


「……お、思い出す度に、ふ、噴き出しますよっ? お、お腹がよじれて、大変な事になるんですからっ」


 カインだって、自分の格好悪いところは見られたくないと以前に我を張っていたのに、何だかズルイ話だと、そう、思わないでもない。

 だが、彼の嬉しそうな顔を見ていると……、まぁ、いっかと、そう思えてしまうのは、所謂、惚れた弱み、というものなのだろう。

 

「ははっ、面白そうじゃねぇか。もしそうなったら、責任取ってお前に看病させてやる」


「……もう」


 結局、甘えたいだけな気も……。口にしかけて、幸希は口を噤む。

 本当は気付いているから。カインの甘え癖が強まる時というのは、大抵、彼が自分の故郷であるイリューヴェルに戻り、長く居続けて帰還した場合が多い事。

 生まれた時から敵が多く、命を狙われ、疎まれ続けた過去を持つ人。

 ウォルヴァンシアへと帰還する度、彼は何日間か甘え癖を強めてしまう。

 過去の悪夢。負い続けた傷の深さが引き摺り出す、この人の……。

 

(傲慢だって、自惚(うぬぼ)れてるって……、そう、思うけど)

 

 幸希はふぅ、と息を吐き、カインの背中に両腕をまわした。

 

「そうなったら……、仕方ありませんから、甘やかしてあげます。ちょっとだけ、ですけどね」


「ん。それでもいい。お前が傍に居てくれるなら……、どんな苦しみも乗り越えられる」


 だから、どうか離れないで。ずっと、傍にいてほしい。ずっと、ずっと……。

 そう……、カインの温もりが切に訴えてきている気がして……。

 愛おしさの滲む真紅の瞳に微笑みながら、幸希は近づいてくる唇に瞼を閉じたのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「んぐ、――こっ、これは!! んがぁああああああっ!!」


「か、カインさんっ!?」


 テーブルに移動し、お茶の支度が整った頃。

 幸希が心を籠めて作ったチルフェート・マフィンをひと口咀嚼したカインが……、突然物凄い叫び声を上げて席を立った。

 衝撃を受けたかのように打ち震えている身体。天を向いて見開かれている真紅の瞳。

 い、一体何が……!? 恋人の反応に戸惑う幸希は、マフィンをひとつ手に取った。

 一応、味見はしたのだが……、確かに、美味しい仕上がりとなっている。

 けれど、……そんな大げさな反応をされるほどの味、だろうか?


(そういえば、パル様が言ってたような……。あのレア果物は、男性限定で特別な効果があって、味わえるそれも少し違う、とかなんとか)


 自分達女性には味わえない何かを、カインはマフィンから味わっている……、という事で良いのだろうか?

 

「あの~……、カインさん?」


「ふぅ……。ユキ、やべぇわ。すっげぇ美味い……!! 俺、こんな美味(うめ)ぇの、生まれて初めてだっ」


「そ、そうですか……。ど、どうぞ、沢山ありますから、遠慮なく」


「おう!!」


 よ、予想以上に喜んで貰えたようで何より、ですっ。

 レア果物の果汁を隠し味に入れた事で素晴らしい仕上がりとなったらしいマフィン。

 気に入って貰えた事は嬉しいが、……も、物凄い勢いでマフィンがカインの胃袋に収まっていく。

 

(凄い食べっぷり……。まぁ、作り手としては本望だけど)


 お茶も飲まずにバクバクバクと……。


「カインさん、喉に詰まりますよ。お茶休憩も挟まないと……、カインさん?」


「……っ」


 その時、ぴたりと彼の動きが止まってしまった。

 白いテーブルクロスの上に転がった食べかけのマフィン……。

 何故か胸を押さえ……、辛そうに、カインが苦しみ始めた。

 ……え? もしかして本当に。


「喉に詰まったんですか!? ちょっ、か、カインさんっ、みっ、水を!!」


「ぐっ……、はぁ、はぁ……ッ」


 普段馬鹿食いなんてしないから、案の定、食の罠にっ!!

 幸希は大急ぎで席を立ち、部屋の一角に設えてある水差しを取りに行こうとする。

 ――だが、しかし。


「ユ、……キぃっ」


「きゃっ!! か、カイン、さんっ?」


 背後から容赦なく掴まれた腕。確認するまでもなく、それは間違いなくカインの手によるものだ。

 聞こえる息遣いは途切れがちに荒くなっており、苦痛の音がか細く、幸希の耳に届く。

――窒息寸前なのかもしれない!! 

カインは人間よりも強い種の生まれだが、喉に食べ物が詰まれば、条件は皆同じ!!


「カインさんっ!! は、離してください!! 早くしないとっ!!」


「うっ……、ぐ、ぐぅぅうっ、……はぁ、はぁっ、ユ、キっ!!」


「ちょっ、きゃあっ!!」


 苦しいのなら大人しく、あ、いや、それは無理な相談か。

とにかく、救いの手を待っているべきだろう!!

だが、カインは振り払って水差しに向かおうとする幸希の身体を引っ張り寄せ、その腕の中に閉じ込めてしまった!! 緊急事態に何をやっているのだか!!


「わっぷ、は、離し、て、くだ、さいっ!!」


「ユキ……、ユ、……キっ」


 広く平らな逞しい胸から聞こえてくるのは、やけに速過ぎる彼の鼓動。

 ぎゅぅううううっと懇願めいた強い気配で抱き締められた後、――幸希はとんでもない光景を目にする事になってしまった。

 カインの苦しげだった呼吸が落ち着き、瞬時に変わった気配。

 

「あ、あのっ」


 温もりが離れたと感じた直後。

 カインがまるで洗練された騎士のような動きで上質な肌触りの絨毯に膝を着き、恭しい仕草で幸希の手を取った。


「我が姫……」


「……ぇ?」


「あぁ……、我が愛しき人よ。貴方が心を籠めて作って下さったチルフェート菓子は、どんな甘味よりも味わい深く、罪深い程に甘い……。貴女の愛を、この身に、心に、俺の隅々にまで感じています。はぁ……、貴女の愛で溺れ死んでしまいそうな程に」


「ひぃいいいいいいいっ!!」

 

 ちょっ!! この意味不明な気障めいた男は一体誰!?!?

 ぶわりと全身に起こった鳥肌!! 幸希の頭はこの謎過ぎる現実を受け止められない!!

 見上げてくる真紅の瞳には、まるで別人のようなドロ甘な気配が浮かんでいるし……、あぁ、反射的に引こうとした手の甲に、今度はカインのキスがぁあああっ!!

 この人、本当に一体全体何がどうしたっていうの!?!?

 混乱している幸希をうっとりと見つめ、竜の皇子? が繰り出す、恐ろしいまでに気障な愛の台詞の数々!! あぁ、怖いっ、怖すぎて、今すぐこの場から逃げ出したい!!

 しかし、何かに取り憑かれているかのような恋人は、幸希が全力で逃げ出す前にその小柄な身体をひょいっと抱き上げ、――向かうは、まさかのベッド!!


「い、いやいやいやいやっ!! どこに行こうとしてるんですかっ!! ちょっ、お、下ろしてくださいぃいいいいいっ!!」


「ふふ、恥ずかしがる事はありませんよ、姫。貴女が与えて下さった愛に報いるべく、俺も全身全霊で……、この溢れる程に尽きる事のない愛を示します」


「いりません!! いりませんからぁああああっ!! ものすっごく嫌な予感しかしませんしっ!!」


「遠慮なさらずに」


「全力でご遠慮します!! ――きゃぁあっ!!」


 ぼふんっ!! うぅ……っ、が、顔面ダイブっ!!

 暴れてしまった事が仇となり、ベッドの枕元に顔から突っ込んでしまった幸希。

 そして、子兎のようにぷるぷると震えるその身体へと覆い被さってくる気配……。


「姫」


「ひぃいいいいいっ!! か、カインさんっ、ど、どいてください!! は、離れてぇえええっ!!」


 背後を取られてしまえば、後はパクリと頂かれてしまうのみ!!

 謎の気障紳士になってしまっただけでなく、カインは自分の檻に捕らえた幸希の耳に舌を這わせ、ぴちゃりと肌を甘く擽っている始末だ!!

それだけではなく、カインの手があらぬところへと触れ始めているという嫌なおまけつき!!

 ――これ、絶対に不味いパターンだからぁあああっ!! 

幸希の声にならない絶叫。止まらないカインの謎暴走。

 考えられる要因は唯ひとつ……。


(も、もしかしなくても……っ、こ、これがっ、レア果物の特別な効果!?)


 気のせいじゃない。パリュウェンはもうひとつ、幸希にある事を言っていた。


『ひょっひょっひょっ。これを彼氏の方に食べさせるとなぁ、面白い事になるんじゃよ』


『具体的に、どういう……?』


『それは秘密じゃ。じゃが、恋人同士であれば何の問題もない。ぐっと仲が深まるはずじゃ。ひょっひょっひょ、楽しみにしておれ』


 問題大有りですよ!! パル様ぁああああああああっ!!

 今の彼を簡単に説明するならば、愛情過多のTHE発情状態!! 

 しかも、変な人格変換のおまけつき!! 全部余計なお世話ぁああああっ!!


「くっ……!! カインさんっ、目を、目を覚まし、てっ!!」


 このままがぶりと頂かれてなるものか!!

 ラブラブ求愛オーラ全開で懐いてくる恋人の顔をぐぐっと全力で押し返しながら、それから苦労し続ける事十分……。結局、自分一人ではどうにもならず、幸希の口から困った時のセコ、いや、窮地救済コールこと、『助けて!! ルイおにいちゃぁああああんっ!!』が発動する事となる。

 勿論……、その空間は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 幸希も酷い目に遭った立場……、ではあるのだが。

知らなかったとはいえ、自分から恋人に強烈な媚薬を盛ったようなもの。

本当の被害者は、――カイン以外の何物でもない。

だが、幸希によって呼び出された王宮医師だけでなく、悲鳴を聞きつけて飛んできた王宮の住人達には事実よりも、その瞬間の現場のみが判断材料となるわけで……。


「痛てて……。あ~、くそっ」


「大丈夫ですか? カインさん……。ほら、支えますから無理せずにリハビリしましょうね」


「……おう」


後日、重傷を負ったカインの世話を甲斐甲斐しく焼きながら付き添う幸希の姿が目撃される事になるのだが……。その時の彼が不幸だったのか、それとも、愛する少女を独占出来て幸せだったのかは……、本人にしかわからない話であった。

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