ポッキー・イベント~ルイヴェル×幸希~
※過去に、WEB拍手でUPしていたものです。
「ん~……、どれにしようかな」
甘い香りの漂うウォルヴァンシアの菓子店。
可愛らしくディスプレイされた乙女チックな空間の中に馴染んでいるウォルヴァンシアの王兄姫こと、幸希。賑わう店内の片隅で、彼女はじーっとあるコーナーに熱心な視線を注いでいた。
透明なラッピング袋に入っている細長い棒に、チョコレートやチーズクリーム、ストロベリークリームなどなど、様々な味のそれが表面の大部分に塗られているお手軽なお菓子。幸希が二十歳の時まで住んでいた向こうの世界に売っていた物とほとんど同じ味の、所謂ポッキーの類がそこに並んでいる。
さて、どれを買って帰ろうか……。
「そういえば……、向こうにいた頃は、ポッキーの日なんていうのもあったなぁ」
あくまで、月と日にちの語呂合わせで生まれたミニ・イベントの日なのだが。
実際のところ、記念日協会とやらに正式認定されているとも聞いた事がある。
学生時代に友人達とポッキーを買って、ふざけあいながら遊んだあの頃……。
あぁ、懐かしい……。
「う~ん……、どれにしよう」
「お前にはこっちのプリンポッキーが似合いだと思うがな?」
「――っ!! ひぃいっ」
ポッキーの入っている透明なラッピング袋に手を伸ばそうとしたその時、幸希の顔の真横にずいっと音もなく顔を差し出してきたのは……。
この甘ったるい女の子だけの空間と化している店内に不似合いな、眼鏡白衣の青年。
全身をぞくりと震わして逃げの体勢に入った幸希の腰をすかさず捕らえ、ウォルヴァンシア王宮の医師である青年、ルイヴェル・フェリデロードは彼女の退路を断った。
「きゅ、きゅきゅ急に背後から現れないでくださいよ!! 吃驚したじゃないですか!!」
「何度か声はかけたぞ? だが、俺よりも菓子に熱心のようだったからな」
「そ、そうだったんですか……。すみませんでした」
ついつい向こうの世界にいた頃の思い出に浸っていたせいで、背後に立った危険人物の襲来に気付くのが遅れてしまった。今、幸希が一番警戒し、壁を作らなくてはならないはずの対象なのに。
わざと、ギギッ……、そんな擬音が聞こえてきそうなくらいの様子で顔を背けた幸希に、ルイヴェルはその目を冷たく細めて指先を伸ばした。
くいっと顎を捉えられ強引に視線を合わせられると、それはそれは身の毛もよだつ大魔王様の冷笑が視界いっぱいに近づけられてしまう。
「その警戒心は、俺に対して必要か?」
「え、えっと……、あ、あのっ」
幸希が子兎のように必要以上の怯えを見せている理由……。
それは、この絶対無敵のドSな王宮医師様が……、自分に対して信じられない想いを抱いているという事。昔、お世話になったお兄さんという立場と、今も続いている保護者というそれを超えた、紛れもない、恋愛感情。
その想いを告げられてからというもの、幸希は出来るものならば全力で逃げ切りたいと頑張っているのだが、ルイヴェルが相手では、至難の業というもので……。
こんな風に不意打ちをされる日々が続いている。
店内にいる女性陣が美貌の王宮医師様の麗しさに色めき立っているようだが、出来ればこのポジションを彼女達に押し付けてしまいたいと幸希が思っている事も、また、見抜かれているようだ。
「えーと……、ど、どうして、ここに?」
「本屋に行った帰りに、お前の姿を見かけたからだが? 何か問題があるのか?」
「いえ、ない……、です、けど」
出来るなら、そのまま自分の存在をスルーして行ってほしかった。
女性が多く集まる、いや、むしろ、女性だけの空間と化しているこの菓子店に、よく入る勇気があったものだとあったものだと、幸希は複雑な思いの息を吐く。
向けられている視線も、お菓子だらけの世界に佇んでいる現状も、ルイヴェルは何も気にしていない。目当ての存在である幸希だけを意識の内に入れているようだ。
「王宮に戻ったら茶の時間にするつもりだが、丁度いい。菓子を買って行くとするか。ユキ、どれがいい? 好きな物を買ってやろう」
「いえ、あ、あの、ポッキーだけにするので、わざわざルイヴェルさんに買って貰う必要は」
「なら、特別に全種類買ってやろう」
だから、人の話を聞いてください!!
幸希を右腕に捕獲したまま、ルイヴェルは勝手にポッキーの袋を全種類集めて会計カウンターに向かうと、他にも追加でクッキーとマフィンを店員に持って来させてしまう。
誰も一緒にお茶をするなんて言っていないのに、この自分本位の行動……。
相変わらず、ウォルヴァンシアの王宮医師様はマイペースで自分本位過ぎる。
幸希は彼の魔の手から逃げ出す事も出来ず、……結局王宮医務室への連行が決定した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ……、セレスフィーナさんがいないなんて」
「セレス姉さんは用事があって留守だからな。帰りは明日の予定だ。何か不満でもあるのか?」
「そ、そういうわけじゃないんですけど……」
二人分の紅茶を淹れて戻ってきたルイヴェルが向かいの席であるソファーへと座り、幸希の挙動不審さに疲労交じりの息を小さく吐き出す。
そんな呆れ顔をされても、幸希的には悩ましい日々なのだ……。
アレクとカインだけでなく、まさかの王宮医師にまで本気だと愛を囁かれ猛攻を受け……、不意打ちでキスまでされてしまった今日までの出来事の数々。
警戒するなという方が無理だ。今だって、ルイヴェルの幸希を見つめるその深緑の瞳には、彼女に対する恋情の片鱗が揺らめいているのだから。
「なら、普通にしていろ。別に襲ったりはしない」
「それが信じられないから困ってるんじゃないですか……。はぁ。アレクさんとカインさんみたいに、もう少し気遣いがほしいというか」
「ほぉ……。俺としては手加減してやっているつもりなんだがな? 容赦なく想いを貫いていたとしたら……」
ニヤリ……。不穏極まりないドSの笑みが幸希の背中にダラダラと恐怖の汗を伝わせる。
ルイヴェルの瞳に愉しそうな熱が揺らめき、意味深に幸希の存在を抱いてきた。
「今頃は、ユキ・フェリデロードになっていた事だろうな? 勿論、俺の子を宿し」
「て、手加減してくださって本当にありがとうございます!!!!!!!」
お、恐ろしい……!!
本気になったら既成事実を作って、恋人ポジションをすっ飛ばし、夫の立場に収まる気だ!!
流石に実行したりはしないだろうが……。幸希がその心を踏み躙るような事があれば、それ相応の報復を仕掛けてくる事は確実だろう。
ときめくどころか、怖いわ!! と叫びたくなるのを抑え、幸希は引き攣った笑顔で買って貰ったポッキーの箱に手を伸ばした。とりあえず、甘い物でも食べて落ち着こう。
「あ……、本当にプリン味だ」
「プリンポッキーだからな。当然といえば当然だが、やはり本物には劣るだろう?」
「ん、でも、美味しいですよ? というか、このポッキーだけふにゃんとした素材で作られているというか、柔らかくてプリンの味がよく染み込んでます」
ふむ、と、ルイヴェルもプリンポッキーの袋に手を伸ばし、それを一本持ち上げた。
棒状ではあるが、確かにふにふにとしていて他の物とは違う仕様になっている。
美味しそうに食べている幸希とプリンポッキーを交互に見つめ、ルイヴェルもプリン味のそれを口に含んだ。
「確かに、甘いな……。ポッキーというよりも、その形をしたプリンそのものというべきか」
「でしょう? 流石に本物と同じようにぷるんとはいきませんけど、私の好きな味です」
幼い頃、プリンが一番大好きな食べ物で、今も食べると幸せになれる味。
幸希にとっての幸せのひとつであり、また、それを意地悪く奪われてはルイヴェルにからかわれた過去を思い出す原因のひとつでもある。あの頃は本当に大変だった……。
「もう一本……、あれ? ……ルイヴェル、さん?」
プリンポッキーを求めて伸ばした手は、目的の物を掴めなかった。
掴むその寸前に、ルイヴェルがひょいっと幸希の目の前から奪っていったのだ。
まさか……、また、大人げなく意地悪な事でもする気だろうか?
じろりと睨み上げてくる幸希に、ルイヴェルはプリンポッキーの入った袋を手の中で弄びながら真顔で尋ねる。
「そういえば、あの店にいた時、ポッキーの日がどうとか言っていたようだが、あれは何だ?」
「へ?」
「随分と楽しそうな顔をしていた。良い事がある日、という事なんだろう? 内容を説明しろ」
魔術の知識だけでなく、自分の知らない事があればそれを知ろうとしたがるルイヴェルらしい問いだ。さて、どう説明したものか……。
日本でいうところの、十一月十一日。それは数字の表記に直すと、全て棒のような形の並びになる。それを元に、ポッキーの日だと親しまれるようになったのだが、その中身となると……。
とりあえず、そう呼ばれる謂れを説明し、幸希は友人達と過ごした当時の事を語り始める。
ルイヴェルにとっては何の意味もない、興味の対象にもならないミニ・イベントだと思うのだが。
「なんて事はない日なんですよ? ただ、ポッキーをお互いに口で銜えて折れるまで食べ進めるゲームをしたり、ポッキーがよく売れるとか、とにかく、ポッキーが一年で一番注目される日みたいな感じでしたから」
「ほぉ……。お前達の世界では、何事にも意味や楽しみを見出す好奇心が強いようだな?」
どうだろう……。エリュセードにも、色々なイベント事は多い。
けれど、日本は自国のイベントだけでなく、他国のイベント事も積極的に取り入れて楽しむ傾向にあるのは事実だ。
「で、お前はあるのか?」
「はい?」
「そのポッキーゲームとやらの事だ。誰かとやった事はあるのか?」
「ありますよ。どんなに頑張っても途中で落としたり、折れたりしてましたけど、それも楽しみの一部みたい……、な、あれ? ルイヴェルさん?」
何故そこで、女友達と、と付け加えなかったのか……。
幸希の話を聞いていた王宮医師が、ピクリと肩眉を跳ねさせ、不機嫌のオーラを纏い始めた頃。
ようやくそれに気づいた幸希は、……自身を呪った。
ふにょふにょのプリンポッキー、むしろもうそれをポッキーと呼んではいけない気もするが、それを一本取り出したルイヴェルが、ちらりと幸希の方を見やる。
あ……、物凄く嫌な予感がする。しかし、逃げる暇もなく幸希の隣に席を移動してきたルイヴェルによって、がっしりとまた腰を捕らえられてしまう。
「故郷を懐かしむお前の為に、俺も協力してやる事にしよう」
「え、あ、あの、いや、何を協力する気なんですかっ」
「ポッキーゲームとやらを一緒にやってやると言っているんだ。どうだ? 面倒見の良い俺に感謝したくなるだろう?」
「そ、それ、絶対誤解してるでしょう!! さ、さっきのは、女友達との話です!! 男の人とポッキーゲームなんて、した事ないですからああっ!! んぐっ」
無情にも、ニッコリと微笑んだルイヴェルの手によってプリンポッキーが幸希の口に装着される。
甘い味がほんのりと口内に広がり、目の前にルイヴェルの美しい顔が強制的に固定され……。
「ん~!! ん~~~!!」
THE、羞恥のプリンポッキーゲームの始まりである。
普通の物よりもふにょふにょと不安定なプリンポッキーが形を失うのにそう時間はかからない。
それを把握しているのだろう。ルイヴェルが自分の口にふにょふにょのそれを銜えた直後、幸希の瞳を力強く捕らえ、一気に距離を消し去った。
幸希を求める熱を抱いた深緑の双眸が至近距離に迫り、ルイヴェルの柔らかな唇の感触が……、間違いなく、彼女のそれへと押し付けられている。
プリンポッキーは元々が柔らかな生地で作られていた為、二人の口内であっという間に溶けていく。
「ル、……イ、んっ、……うぅっ」
またか、またなのか……!!
これは最早ポッキーゲームなどではなく、ただの体裁を整えた言い訳でしかない!! 幸希は涙目になって抵抗を試みるが、相手は大魔王だ。敵うわけもない。
「……良かったな。大好きなプリンの味を楽しめて」
「る、ルイヴェル……さんっ、自分が今何をしたか、わかってるんですか……っ?」
「ポッキーゲームとやらを一緒に楽しんでやっただけだが?」
「今のは絶対違います!! どう考えても、き……、キスが目的だったんじゃないですか!!」
ポッキーゲームのポの字もなかった!!
顔を離してニヤリと微笑む王宮医師は、まったく悪びれた様子もなく幸希の両手を掴んでいる。
襲わないと言ったのに……。約束は一体どこに行ってしまったのか。
「こういう事はやめてください、って、何度もお願いしたじゃないですかっ。それなのに……、うぅ、また、また……!!」
「美味かったぞ?」
「誰もキスの感想は求めてません!! もう……、本当に怒りますよっ、毎回毎回」
と、悔しそうに怒っている幸希だが、実は気付いていない……。
普通は好きでもない男性にキスなどされれば、それも、一度ならず二度までも大切なものを奪われれば、その程度の怒りでは済まない事を。
不意打ちでされたキスの感触も、幸希は驚き怒りこそすれ、……自分が嫌悪感を抱いていない事実。相手に悪気がなく、不慮の事故であれば仕方なく許す選択肢もあるのだろうが、ルイヴェルの場合は完璧に故意だ。
「そう怒るな。ほら、他にも沢山美味い菓子がある。それでも食べて機嫌を直せ」
「お菓子で誤魔化されませんからね!! 次にもしやったら……、二度と口利きませんから!!」
「ユキ姫様……、それでは弟が調子に乗るばかりです」
「え?」
席から立ち上がったルイヴェルに念を押していると、いつの間にか医務室に現れていた……、あれ? お帰りは明日のはずでは、の、王宮医師の双子の姉が不穏なオーラと共に、そこにいた。
麗しの面差しに浮かんでいるのは、耐え難い怒りに支配されている青筋。
飄々と「お帰り、セレス姉さん。早かったな」と出迎えの挨拶を向けてくるルイヴェルへと無言で近づき、彼女は容赦なくその美しい細腕で仕置きに出た。
「ルイヴェぇええええる!! 貴方ね!! ユキ姫様に何やってるの!! キスしたわよね? ぶちゅっとやっちゃってたわよね!? 本当に何やってるのよ!!」
「ぐっ……、せ、セレス姉さん、落ち着け。俺はただ」
「ただも何もないわよ!! この愚弟!! ユキ姫様がお優しいのをいい事に、貴方はいつもいつも……!! 来なさい!! 二度と自分勝手な真似が出来ないように、お父様から叱って頂きますからね!!」
「それは遠慮したいんだが……、痛っ、痛たたたたたっ」
むぎゅりと指先で抓み上げたルイヴェルの耳を引っ張り、彼の双子の姉であるセレスフィーナは不埒でどうしようもない弟を引き摺って部屋の外に出て行ってしまった。
二人の言い合う声が、どんどん遠くなっていく……。
幸希は一人お菓子の山と取り残され、自分の抱いていた怒りまでもセレスフィーナに引き受けて貰ったような気分で、……唇に指を添えた。
「はぁ……。お父さんとお姉さんからのお説教で、本当に大人しくなってくれるのかなぁ」
今回で二度目。ルイヴェルの温もりを押し付けられたのは……。
どちらも一方的な想いだけで、幸希の気持ちは彼のものではない。
そうわかっているのに、何故か……、ルイヴェルにだけは、他の二人にはない戸惑いを感じている。それは、キスをされる前からの事で……。
あぁ、本当にどうすれば……。幸希はあり得ない鼓動の早鐘を感じながら、残ったプリンポッキーを手に取り、――その甘さの中に、よくわからない苦さのような戸惑いを覚えるのだった。
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