ポッキー・イベント~カイン×幸希~
※過去に、WEB拍手でUPしていたものです。
「待ちやがれぇええええええええ!!」
「ご遠慮させてくださぁあああああああああい!!」
本日も晴天なり!!
ウォルヴァンシア国王レイフィードの統治の下、今日も王宮は平和そのものだ。
しかし、そこに住まう人々はひと癖も二癖もあり、日々、ちょっとした騒動が顔を覗かせるのも、いつもの事だ。その証拠に、王宮内を全力ダッシュで逃げ回っている王兄姫こと、幸希の姿が。
後ろから鬼気迫る表情で追って来ているのは、彼女の恋人である竜の第三皇子、カイン。何やら赤い箱を……、大量に抱えながら幸希を捕獲するべく、同じように全力ダッシュで追ってくる。メイドや騎士達は特に助けるでもなく、微笑ましそうにそれを眺めているだけだ。
幸希が蒼く長い柔らかな髪を振り乱しながら、必死に憩いの庭園と親しまれている、正式名称、エトワールの鈴園に逃げ込むと、東屋の中に飛び込んだ。
下に口を開いているかのような、三日月のようにぐるりと中を囲んでいるソファーを背にして、幸希は素早く東屋の扉の鍵をかける。これで……、簡単には入って来れないはずだ。
『こらああああ!! 開けやがれぇえええええ!!』
「お断りします!! そ、そんなにイベントをやりたいなら、別の誰かを誘ってください!! る、ルイヴェルさんとか、レイル君とかっ」
『馬鹿野郎!! なんで野郎なんかとイベントこなさなきゃならねぇんだよ!!』
「じゃあ三つ子ちゃん達と!!」
愛する人を拒み、何故幸希がこんなにも頑なな態度を見せているのか……。
それは、彼が抱えている大量の赤い箱に秘密が隠されている。
どこから仕入れたのか、カインは幸希の世界で月日の組み合わせによって語呂合わせのようなイベントがあると知り、その中のひとつ……、『ポッキーの日』に目を付けたのだ。
お昼寝中の幸希を訪ねてきたかと思えば、突然大量の赤い箱を抱えて、ポッキーゲームをしようと言い出したカイン。
ちなみに、この世界にもチョコレートポッキーはある。
ストロベリーポッキーも、チーズクリームポッキーも、色々と。
幸希もポッキーは好きだが、問題なのは、ポッキーゲームの方だ。
互いに一本のポッキーの端から食べていくというアレ。
下手をすると、途中でポッキーが折れたり、……口同士がちゅっとなってしまう事もある。
カインの狙いは当然それだ。しかし、幸希にそんな羞恥極まりないゲームをする気はない。
そう断ったというのに、東屋の扉をドンドンと乱暴に叩いている恋人は、何が何でもそれがやりたいようで……。
『俺はお前とやりたいんだよ!! いいじゃねぇか!! 恋人同士なんだし、口がくっついたって、問題ねぇだろ!!』
「嫌です!! これ以上無理強いするなら、ルイヴェルさんを呼びますからね!! 『ルイおにいちゃああん!!』って叫んだら、三秒以内に来てくれるんですよ!!」
『三秒とか無理だろ!! ってか、こんな事で無敵の保護者呼ぼうとしてんじゃねぇよ!!』
そうでもしなければ、貴方は諦めてくれないでしょうが……。
全力で騒いでいる恋人の姿は、東屋の中からでもしっかりと見える。
この東屋は、訪れた者の気分次第で、外の景色が見えないようにする事も出来るのだが……。
今は扉の外で何をするかわからないカインの動きを見る為に仕様をそれにしてある。
誰が見ても美しい、いや、人を虜にし、堕落させてしまいそうな魔性の美貌。
けれど、今日は自分の我儘が叶えられない事に腹を立て、子供じみた気配を纏っている。ちなみに、『ルイお兄ちゃんSOS』は、本当に三秒以内に効果を発揮するらしい。幸希の保護者を自称するこのウォルヴァンシア王宮の医師は、自分が面倒を見てきた愛し子が窮地に陥っていると知れば、本気で嫌がっていると知れば、しっかりとその問題を排除してくれる。
あまり使いたくはないのだが、これ以上駄々を捏ねるようならそれも実行する必要があるだろう。
『なぁ……、本当に駄目なのかよ? 俺がこんなに頼んでも』
「だ・め・です!! ポッキーゲームなんて……、は、恥ずかしすぎますからっ」
『誰にも見せねぇよ!! 俺の部屋で、二人でやればいいだろ? それとも……、俺の事が嫌いにでもなったのかよ。だから……、全力で、嫌がって』
「うっ……」
外の様子が見える扉の傍で、カインさんは赤い箱を抱えたままその場に座り込んだ。真紅の双眸に寂しそうな揺らめきを見せ、悩ましい溜息と共に幸希を落としにかかる。
『ポッキー一本で駄目になる関係なんだな、俺達』
「カインさんの場合、ポッキー一本で済まないでしょう? 絶対にわざとポッキーを途中で折ったり、キスしてきたり、恥ずかしい事をいっぱいするのはわかってます!!」
根が寂しがり屋の甘えん坊さんな竜の皇子様をじろりと睨み付け、幸希は再度ポッキーゲームの却下を申し渡した。カインの眉根が不機嫌そうに顰められるが、気にしてはいけない。
イリューヴェル皇国の三男坊は、幸希と想いを通わせ合うようになってからというもの、その甘え方が日々面倒な方向に傾いているのだ。
膝枕をしてほしいだの、何も変な事はしないから、一緒に寝ようだの、……幼い時の悲しい思い出故なのだろうが、とにかく幸希に甘えたがる。
その多くを仕方ないなぁと許してきた幸希だが、ポッキーゲームは駄目だ。
あんな恥ずかしい真似は出来ない。普通にキスをしたいと言われる方がマシなのだから。
『くそっ……。じゃあよ、普通に食べるだけならいいだろ? 色々と買って来たんだし、食べ比べでもしようぜ』
「それなら……」
ようやく諦めてくれたか……。
ほっとした様子で幸希が扉を開くと、カインは両手に赤い箱……、だけではなく、色とりどりの箱を手に入って来た。東屋のテーブルに、数多くのポッキー関連の菓子が並ぶ。
「はぁ、本当お前って頑固だよな」
「カインさんだって頑固、というか、粘り過ぎですよ。あ、これ、美味しそう」
チーズクリームたっぷりの仕様になっている薄黄色の箱を手に取り、幸希はその中身を取り出す。
はむりと口にポッキーの先を銜え、ぺろりとチーズクリームの塗られている部分を舐める。
日本で売られているチーズとは若干味が異なるが、十分に美味しい味が舌の上に広がっていく。
「美味いか?」
「んっ、ふぁいっ」
ポッキーを口に銜えたまま頷く幸希に目を細めると、カインの右手が彼女の後頭部にまわり……。
「じゃあ、俺も味見しねぇとなぁ?」
「――っ!?」
左の指先で顎を持ち上げられた、その瞬間。
真紅の双眸に悪戯っ子の光を宿したカインが、はむりと幸希の銜えているポッキーの端を唇に含んだ。……まだ諦めていなかったのか!!
驚愕と共に目を瞬き、何かを言おうとする幸希だったが、う、動けない……っ。
巧みに幸希の動きを制しているカインを前に、ポッキーを口の外に出す事も、噛み折る事も、出来ない。いや、本気になれば出来るのだろうが、生憎と目の前の真紅が妖しい魅力で自分を捕らえてくるので、逃げ道が完全に断たれてしまっている。
「ん……、ん~!!」
この卑怯者!! そう猛抗議したいのだろう。
しかし、愛しい恋人に睨まれても、カインは怯まない。
ポッキーを咀嚼しながら、強固な城を攻め落とすかのように幸希の顔へと近づき、最後に触れたのは、温もりのある互いの唇。
カインの舌が残っているチーズクリームの味と一緒に幸希の口内を味わいながら、ちゅっと軽く小さな音を立てて離れていく。
「うぅっ……、だ、駄目だって言ったじゃないですか!! そ、それなのにっ、こ、こんなっ」
「さぁなぁ? 俺はポッキーを食っただけだぜ? ん、やっぱ有名店で仕入れただけあって、美味いもんだ。さぁ、次はどれを味見してみるか?」
しおらしい様子を見せておいて、実は騙してこの展開に持っていく為だったとは……!!
悔し涙と、恥ずかしい真似を強要された真っ赤な顔と共に、幸希は肩を怒らせて震え始める。
この竜の皇子様は、何をしても、どんな我儘を言っても、幸希ならば許してくれると考えているのだろう。嬉しい事ではあるが、同時に許せない事もある。
幸希はバッとその場から立ち上がると、息を大きく吸い込み……。
「ん? どうしたんだ、ユキ」
「後悔しないでくださいね? 自業自得なんですから」
直後、東屋の中に響き渡ったのは、暴漢に出くわした女性の類が発するSOSの絶叫。その中に含まれていた人名に、カインが「げっ!!」と一気に青ざめて幸希を宥めにかかる。
「ちょっ、お前なぁああっ!! これぐらいの事で保護者呼んでんじゃねぇよ!! ポッキーひとつで怒り過ぎだろ!! 少しは俺の事も考え」
「――カイン、悪戯はほどほどにしておけと、そう注意してやったつもりなんだがな?」
ルイお兄ちゃん
幸希の叫びに応えてくれた保護者様が、一瞬で開いた転移の陣の中から飛び降りてくると、有無を言わさずカインの後ろ襟首を押さえた。
銀フレームの眼鏡の奥に佇む深緑が、仕置きの光を宿している。
「げっ!! 本当に三秒以内に来やがったな!! この過保護野郎!!」
「ルイヴェルさん、カインさんの躾をお願いします」
「了解した。まったく……、幼少期の反動でそうなっているんだろうが、少しは人の迷惑も考えろ。行くぞ、カイン」
「ぐぇええっ!! ちょっ、ぐぅうっ、こ、恋人同士の事に、く、口挟んでくんじゃねぇよ!!」
ジタバタと全力で暴れるカインだが、この王宮医師に敵うわけもない。
強制的にソファーから引き摺り落とされ、白衣を翻して颯爽と出口に向かって行く王宮医師によって仕置きの場へと連行されていく。
その様を、幸希は助けもせずにポッキーの箱を開けながら、ニッコリ。
「頑張ってお仕置きを受けて来てくださいね、カインさん」
「ユキぃいいっ!! この野郎!! 後で覚えて、げふっ、ろよ!!」
時には、我儘過ぎる恋人を涙を呑んで突き放す時も必要なのだ。
幸希はポリポリと、美味しいポッキーを咀嚼しながら、晴れ渡る頭上の青空を見上げたのだった。
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