ホワイトデー☆2015ver ルディー×幸希編

※過去に書いたものです。


 ――Side 幸希


「姫ちゃ~ん、どうだ? 楽しいか?」


「はい!! とっても、もふもふで……、はぁ、幸せですっ」


 チルフェートデーのお返しの日にあたるイベント日、私はルディーさんに連れられて、とある王国の巨大動物パークへと訪れていた。

 多種多様な動物達を集めたそのパークには、休日という事もあってか家族連れの姿が目立っている。

 可愛らしい動物を前にはしゃぎ、はにかんだ笑顔を見せる子供達。それを微笑ましく見守る親御さん達の姿。

 暖かな日差しが降り注ぐパーク内は、人の賑やかな気配で満ちていた。


「メリュ、メリュ~!」


「あ、ごめんね。苦しかった?」


 腕の中に抱えていた、アルパカ似の動物の子供ちゃんが少しだけ苦しそうに身動ぎするのを見て、

 私は慌てて腕の力を緩める。

 ふわふわでクルンクルンの毛を優しく手のひらで撫でると、機嫌を直してくれたようで、私の手をぺろりとその小さく滑らかな舌が舐めてくれた。

 そんな私達の様子を微笑ましげに見下ろしてきたのは、大人の姿をしているルディーさんだ。


「やっぱ姫ちゃんは、こういうほのぼのとした景色とよく似合うよなぁ。癒し系動物と可愛い姫ちゃんのコラボ、最高の眺めだぜ」


「ふふ、ありがとうございます。でも、そういうルディーさんの背中にも、乗ってるみたいですよ?」


「お? はは、本当だなぁ。よーしよしよし。お利口さんにしてんなら、美味い餌を分けてやるぞ~」


「「「メリュメリュメリュゥゥゥ~!」」」


 背を屈めているルディーさんの背中には、いつの間に登ってしまったのか、もふもふの子供ちゃん達がよじよじとその広い場所に乗りかかってしまっていた。

 さらりと下に流れる紅の長いクセッ毛の髪を小さな前足で突きながら餌という言葉を聞いて、嬉々としておねだりに励む子供ちゃん達。

 本当に可愛いなぁ……。もうその姿を見ているだけでも眼福というか、連れて来てくれたルディーさんには、本当に感謝だ。


「ルディーさん、今日はありがとうございます」


「ん? ははっ、これで姫ちゃんから貰ったチルフェートデーのお返しになるかはわかんねーけど、楽しんで貰えてるようで、俺もすっごく嬉しいぜ」


「私がルディーさんに送ったのは、チルフェートのお菓子だけだったんですよ? それなのに、大切なお休みの丸一日を使って私をデートに誘ってくれるなんて……、幸せすぎます」


 そう言ってはにかむと、ルディーさんが感極まったように、私と腕の中の子供ちゃんごとその腕に抱き上げてしまった。

 ルディーさんの綺麗で凛々しいお顔を見下ろす形で抱えられた私は、突然の出来事にきょとんと目を瞬いてしまう。


「る、ルディー、さん?」


「俺が姫ちゃんに貰ったモンは……、これぐらいじゃ追いつかないぐらいにでっかいんだぞ?」


「え……、んっ」


 後頭部にまわった男性特有のしっかりとした手のひらが、私の顔を引き寄せる。

 ルディーさんの温かで柔らかみのある感触が頬に触れたかと思うと、周囲から何だか……黄色い小さな悲鳴が。

 人が大勢集まっている公の場だという事を思い出した私は、カァァッと熱を抱いた頬と共に口をパクパクと戸惑わせる。


「姫ちゃんは純情さんだな~」


「な、ななな、だ、だって、こ、ここは、その、他にもお客さんがいっぱい、いる、んです、よっ」


「大丈夫大丈夫~。こんなに広い場所じゃ、俺達の事なんか誰も目に入んねーよ」


 思いっきり遠くから女の子達の好奇心溢れる視線が向けられているというのに、ルディーさんは私を抱えたまま歩き出してしまう。

 それでなくても、ルディーさんの大人の姿は長身の上、鮮やかな真紅の髪とその男らしさを含んだ美貌は目を惹く。

 勿論……、大半の視線は女の子からのものが多いのだけど。


「ん~……、もうちっと見せつけたほうがいいよな~」


「え?」


 周囲の視線を意に介していないルディーさんが、不意にその目に剣呑な光を宿して小さく呟いた。

 私の頬や額に口づけ、時折どこかへと視線を向けながら、その温もりが今度は唇に触れてくる。


「る、ルディーさんっ、な、なにしてるんですかっ」


 軽く啄まれた感触はすぐに離れていったものの、一向に下ろしてくれる気配はなく、またルディーさんの視線はちらちらと別の場所に流されて戻ってくる。

 一体何を気にしているのだろうか……。この状態の意味が全く掴めない。


「メリュッ……、メリュメリュッ」


「お、苦しかったか? 姫ちゃんもごめんな。もうそろそろ大丈夫そうだし……、よっと」


 芝生の感触を靴越しに感じていると、私達の周りにいたふわふわの親動物さん達がぞろりと近寄ってきた。

 ルディーさんの背中からずり落ちそうになっていた子供ちゃん達の首根っこをかぷりと咥えたその流れで、もうやんちゃの時間は終わりですよと言っているかのように去って行く。

 私の腕の中に収まっていた子も、ルディーさんがひょいっと片手で掴んで親らしき動物の背に乗せてしまった。

 あぁ……、もっふもふの楽園が……、遠くに去って行く。

 若干の寂しさを覚えながらもふもふのご一行の姿を見送っていると、隣に立っていたルディーさんから苦笑が零れた。


「姫ちゃんは本当に動物が好きだよなぁ。ま、そのお蔭で姫ちゃんを楽しませる方法がわかりやすかったわけだけど」


「あのもふもふ感を前にすると、どうしても我を忘れてしまうんですよねぇ……。と、そういえば、さっきのは一体何だったんですか?」


 さっきの触れ方は、公の場でするには気恥ずかし過ぎるというか、周囲の人達の視線を考えると……ちょっと。


「動物ってさ、マーキングするだろ?」


「はい?」


「これは自分のモンだ! って、誰にも手を付けられないように必死こいて印をつけとくんだよ」


「は、はぁ……」


「だから、俺も姫ちゃんにマーキングしたってわけだな」


「意味がよくわからないんですけど……」


 何故に、こんな場所でマーキング行為をされなくてはならないのか。

 一応、お互いに狼王族という種族の生まれとはいえ、獣の姿になるのは時々だけだし、生活の大半は人の姿だ。

 困惑しつつ首を傾げると、ルディーさんはくしゃりと私の頭を撫でて複雑そうな笑みを浮かべる。


「ま、俺が気を付けてればいい話だし、姫ちゃんは気にしなくてもいいぜ」


「はぁ……。何だかよくわかりませんけど、とりあえず、あまり人の多い場所ではご遠慮したいかな、と」


「それは、周りの状況次第だな」


 周りの状況……? ルディーさんはまたキョロキョロと周囲を見回し、ふぅ……と、安心したように息を吐いた。

 芝生にどっしりと腰を据え、ポンポンと自分の横に座るように私を促してくる。


「ルディーさん、周りの状況って……、どういう事なんですか?」


「いや、本当姫ちゃんは気にしなくていいから。それよりも……、もうちょっとしたら今度は飯にでも行こうぜ。そろそろ腹減ってきちまったしなぁ」


「あぁ、そういえば、まだでしたね、昼食。どこで食べましょうか」


 ルディーさんの傍に腰を下ろし、晴れやかな青空を見上げながら首を傾ける。

 飲食店の中で食べるのもいいけれど、お持ち帰り用にして貰って外で食べるのも楽しそうだ。というよりも……。


「ルディーさんと一緒なら、どこで食べても美味しい、かな」


「姫ちゃん?」


「あ、……えっと、すみません。口に出ちゃってました?」


 私の右手にルディーさんの温もりが重ねられたかと思うと、にっこりと嬉しそうに微笑まれてしまう。

 バッチリ聞いていた、という意味なのだろう。うぅ……、何だか恥ずかしいっ。

 でも、……ルディーさんと一緒にいられるだけで心が満たされるのは本当。

 少年の姿の時も、大人の姿の時も、どちらも変わらず愛しくて……。


「俺も、姫ちゃんと一緒にいられるだけで、すっげー幸せだ」


「ルディーさん……。はい、私もです」


「……で、いつまで覗き見してるつもりなんだ? お・や・じ!!」


「え?」


 優しい笑みを浮かべていたルディーさんが、突然その額に青筋を立てかと思うと、近くにあった緑生い茂る大樹に向かって容赦のない蹴りを叩き込んだ。

 その衝撃で……、何かがぼとりと上の方から落ちてきた。


「な、なに……?」


「痛たた……、はぁ、最愛の息子の幸せなひとときを眺めていただけじゃないか」


「やかましい!! せっかくの姫ちゃんとのデートが台無しだろうが!!」


 大樹の上から落ちてきたのは……、大人の姿を纏っているルディーさんとよく似た顔だちをしている二十代半の歳に見える男性だ。

 ルディーさんと同じ真紅の長い髪と、同じアメジストの双眸……。

 二人で並んでいるところを見ると、いつも兄弟のようだと思わずにはいられない光景だ。だけど、その男性はルディーさんのお兄さんじゃなくて、正真正銘、実のお父さんだったりする。

 ガデルフォーン皇国の元皇子様であり、ルディーさんのお母さんと出会わなければ、次期皇帝だと言われていた人だ。

 昔から、ルディーさんのお母さんと一緒に世界各地を旅してまわっているらしく、多分今回も……。


「ラシュディースさん、お久しぶりです」


「あぁ、ユキ姫殿、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」


「ラシュディースさんもお変わりないようで安心しました。ところで……、もしかして、また、ルディーさんのお母さんにおいていかれたんですか?」


「だろうな。この親父が一人で暢気にこんな所にいるんだ。十中八九そうだろうさ」


 げしっと足の裏で自分のお父さんの背中を踏み付けているルディーさんが両腕を組んで頷いている。

 ルディーさんのお母さんは薬師と呼ばれる薬のエキスパートさんなのだけど、その他にも色々と研究者としての肩書も持っているらしく、時折? 好奇心と探求心のままに行動してしまう事があるらしい。

 その際に、一緒にいるラシュディースさんの事を忘れてどこかに行ってしまう事も……多々あるらしく。


「ルディー、丁度食事にするところだったんだろう? 俺も一緒に」


「か・え・れ!!」


「ユキ姫殿……、俺がいては邪魔だろうか?」


「え? いえ、全然大丈夫ですよっ。二人より三人の方が楽しいですし」


「姫ちゃああああああん!?」


 あれ、駄目……だったのかな? ルディーさんが両手で自分の頬を押さえて絶望の叫びをあげてしまった。

 だけど、ここで会えたのも何かの縁だし……、たまにはルディーさんにも自分のお父さんとの時間も持ってほしいと思ったから。


「駄目……ですか?」


「うっ……。いや、駄目、ってわけじゃ……」


「大切なユキ姫殿の願いを無下にするのか、ルディー?」


 ぎろり……!! ニヨニヨと口元を押さえながら笑っているラシュディースさんを、ルディーさんの不穏めいたアメジストの双眸が射殺さんばかりに睨みつける。

 殺気めいた気配の漂うその視線に冷や汗を流した私とは対照的に、流石というべきか……、ルディーさんの父親であるラシュディースさんは怯んだ様子もなく笑顔を絶やさない。

 だというのに、……二人の間に漂うこの怖い気配は一体何なのだろうか。

 ほのぼの動物パークに氷塊の山が現われたような心地なのだけど……。

 これは……、うん、止めた方がいい。何か恐ろしい事が起こるその前に。


「あ、あの、三人でもいいんじゃないでしょうかっ。私もお腹がぺこぺこですし、皆で食べた方が絶対に楽しいですよ!」


「姫ちゃぁん……」


 うっ……、そんな寂しそうな顔をしないでほしいっ。

 がっくりと肩を落としたルディーさんだったけれど、すぐに仕方がないかと納得してくれたのか、

 先にラシュディースさんをパークの外に促した。

 それを追って私も歩き出そうとすると、「俺達はもうちょっとだけ、ここにいような」と引き留められてしまった。

 ルディーさん……?


「えーと、なんつーか、な……」


「ルディーさん?」


「こほんっ。……姫ちゃんが優しい子だってのは、まぁ、わかってんだけどさ」


 その言葉が何を指しての事なのか、一応、わかっては……いる。

 だけど、ラシュディースさんの事をのけ者にしてしまうのは、……やっぱり出来ないから。

 私はルディーさんの右手を両手で包むと、ぎゅっと申し訳なさを込めてそれを包み込んだ。


「ごめんなさい……。だけど、ラシュディースさんもきっと、ルディーさんのお母さんに置いて行かれて寂しいんだと思うんです。だから、少しだけ……、ね?」


「うっ……。親父の奴、絶対に姫ちゃんがそう言うってわかってるから混ざって来たんだろうなぁ……。だけど、昼食の後は駄目だからな? そっからはずっと俺と姫ちゃんの時間。それだけは譲れねーから」


「はい! ありがとうございます、ルディーさん! じゃあ、早くラシュディースさんに追いつきましょうか」


「いや、あと五分だけ……、姫ちゃんは俺の傍にいないと駄目だ」


「え?」


 片方の腕をその力強い手のひらで掴まれた瞬間、近くにあった大樹の背に私は押し付けられてしまった。

 少年の姿の時とは違う……、長身の背丈で、ルディーさんが私を囲って見つめおろしてくる。

 鮮やかな紅の長い髪が風に遊ばれ、彼が顔を近づけてくるのと同時に肌を擽っていく。


「ルディー……、んっ」


 少しだけ強く押し付けられた唇の感触が、周囲の気配を気にした様子もなく熱くなっていく……。

 色香の滲んだアメジストの双眸は閉じる事もなく私の視線を絡めとり、表面の感触を楽しんだ後、深く重なり合う。


「る、ルディー、ふっ、んっ」


「……親父との事を我慢する代わりの駄賃ってところだな」


「うぅ……、やっぱり、怒ってるんですか?」


「そりゃあ……、なぁ?」


 軽く音を立てて離れた先で、ルディーさんがにっこりと黒い笑顔で微笑んだ。


「で、でも、私とはいつでも会えるんですから、そこまで怒る事は……」


「そこはまぁ、俺の独占欲の強さってやつのせいって感じだな。二人でいる時は、姫ちゃんの全部を独占したいっつーか、まぁ、そんな感じなんだよ」


「ルディーさん……」


「だから、食事が終わった後は絶対に俺の好きにさせてくれよ?」


 普段は誰にでも優しくて愛想の良いルディーさんが、私との時間を何よりも大事にしてくれる。

 誰にも邪魔されたくないのだと、全身で、その心で、私を愛してくれるルディーさん……。

 軽く触れた頬への温もりを感じながら、私は口元を緩めて頷きを返す。


「はい。食事が終わったら、二人でまた楽しい場所へ行きましょうね」


「おう! あ~、でも、もうちょっとだけ……、触ってたいなぁ。駄目?」


「そ、それは……、あ、あの、……も、もうちょっと、だけ、な、ら」


 そんな子犬のような可愛らしさを含んだ眼差しでお願いされたら、私がそれに勝てるわけもなくて……。

 だから私は、あと三分だけという約束を示し、ルディーさんの首に両手を回して、その頬に口づけた。

 嬉しそうに微笑んだルディーさんの表情がすぐに私の首筋へと埋められ、この世で一番大切な存在を扱うかのように、ぎゅっと私の身体が抱き締められる。

 周りのことを考えると、とても恥ずかしいけれど……。


(なんだかんだ言っても、この温もりには弱い、のよね)


 ルディーさんに触れられていると、心の奥までルディーさんの愛情に抱き締められているように感じられるから、

 どうしてもこの腕の中から離れたくはないと、そう思ってしまう私だった。

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