ホワイトデー☆2015ver サージェスティン×幸希編

※過去に書いたものです。


 ――Side サージェスティン


「ん? サージェスじゃないか。こんな日も仕事とは大変だな。休みが取れなかったのか?」


「ラシュさん、こんにちは。里帰り?」


 国内で暴れていた魔物の件を片付けた俺は、皇宮に戻り団員達を鍛錬場に放り込んだ後、回廊の途中でラシュさんと出会った。

 このガデルフォーン皇国を治める女帝陛下の実兄で、本来であれば皇帝の座に在るべきだった人だ。

 長いクセのある紅色の髪に、普段は愛想の良い笑みを湛えているそのアメジストの双眸が、意外だとでも言いたい気配で俺を見ている。

 たまにふらっとガデルフォーンに帰って来るラシュさんだけど……、何でそんな残念そうな顔で俺を見るのかな?


「こんな日、って……、今日何かあったかな?」


「お前……、今日が何の日か、わかってないのか? いや、相手がいない時ならいざ知らず、ユキ姫殿がいるというのにまさか……。サージェス……」


「ん?」


「ユキ姫にフラれたのか?」


「いやいや、流石にユキちゃんに見切りをつけられちゃったら、平然と騎士団の仕事なんか出来ないからね?」


「じゃあ、……忘れているのか?」


「何を?」


「……今日は、チルフェートデーの返しにあたる日、イリュフィア・デーだぞ」


「ははっ、何を言ってるのかなぁ、ラシュさん。その素敵なイベントの日は、明日でしょ? バッチリ準備をしてある俺をからかってるのかな?」


 今年のチルフェートデーには、俺の大切な相手であるユキちゃんから素敵な贈り物を貰ったからね。

 恋人として彼女をもてなす準備はばっちり……。

 俺は不意に真顔になると、懐から日付入りの懐中時計を取り出した。

 全体が古いアンティーク調の金色の懐中時計……。

 蓋を開ける為の上の部分を指先で軽く押して中の白い時計盤に視線を落とす。

 時を刻むその表面に、薄らと浮かび上がった日付……。


「……あれ?」


「俺の言った通りだっただろう? お前にしては珍しいミスだな」


「えぇ……、嘘でしょ? ……俺、いつ日付の把握をミスってたわけ?」


 その場に蹲った俺は、懐中時計が壊れるかもしれないのにそれを地面に落としてしまう。時計盤に浮かんだ日付は間違いなく……、彼女と過ごす約束をしていた当日を示している。そう……、約束の時間から……。


「軽く三時間は過ぎてるんだけど……!! あぁっ、どうしようっ、やっちゃったよ!! あんなに楽しみにしてたのに、俺何してんの? ラシュさん、俺もう死んだ方がいいよね?」


「サージェス、とりあえず落ち着け。な? 誰でも間違いはあるわけだし、今から挽回したらいいじゃないか」


「そ、そうだよね……! や、約束の時間よりも三時間も経ってるけど……、い、行ってくるよ!!」


「頑張れ、サージェス!! お前なら幾らでも失った信頼を取り戻せる!! ……かも、しれない」


「そこは絶対って言ってほしいんだけどね!! じゃあ、行ってきます!!」


「気を付けてな~!」


 多分絶対に怒ってるよね……! なにせ約束の時間から三時間も経って怒らない女の子なんていないよね!?

 自分のやらかした最低最悪のミスに気付いた俺は、ユキちゃんに関してだけはらしくもない醜態を晒しながら走る。

 今から行けば、あと半日はユキちゃんと過ごせる。

 多分、いや、確実に怒ってるだろうから、まず土下座でも何でもして許して貰う事から始めよう。

 そうしないと……、二人の甘々なイベント日が消え去るどころか、彼女の恋人という立場からも俺の名前が消え去ってしまうかもしれない。

 遥かに年下の、まだ『少女期』にしかあたらない女の子に……、こんなにも心を掻き乱されてしまう自分。

 昔だったらそんな事絶対に考えられなかったはずなのに、どうしてかな。

 自分らしさを崩されても、余裕なんて全然なくなっても……、それが彼女の影響だと思うと、凄く、心地よく感じられてしまうんだ。


「って、そんな幸せモードに浸ってる場合じゃなくてー!!」


 今はユキちゃんのとこに一刻も早く向かうのが先決だ。

 待ち合わせ場所にはもういないだろうから……、やっぱりウォルヴァンシア王宮だよね。俺は部屋に戻ってある物を手にとると、表側の世界に行く為に転移の陣を発動させようと……した。


「ん……?」


 こっちは急いでるっていうのに、自室の扉をノックしたその音に眉根を顰めた俺は仕方なくノブに手をかけた。

 けれど、その向こうに在る気配が俺に伝えてきたのは……。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side 幸希


 いつまで経っても待ち合わせの場所に現れないサージェスさんを訪ねてやって来たガデルフォーンの皇宮。

 待ち合わせの場所で二時間待って、それから思い至ったのは、何かお仕事が入ったのかもしれないという事。

 だけど、それなら連絡がないのはあきらかにおかしい。

 気配りの出来るサージェスさんは、今までに一度もそんな私を不安にさせるような真似をした事がなかったから……。

 だから、私はウォルヴァンシア王宮で仕事をしているルイヴェルさんにお願いして、ここまでやって来たのだ。

 案の定、私の最初の予想は当たっていたようだけど……。


「ユ、ユキちゃん……」


「こんにちは、サージェスさん。……あの、今日の約束の事なんですけど」


「えーと……、その……、実は、ね」


 私の訪問に驚いた顔をして出迎えてくれたサージェスさんが、その両手を微かに震わせながら私の肩においた。

 言いにくそうに小声になっていくサージェスさんのすまなそうな調子に首を傾げると……。


「日にちを……、一日間違えていたん……ですか?」


「うん……、情けない事に。で、ユキちゃんに謝りに行こうと思っていたところなんだよ」


 まさか、そんな初歩的なミスをサージェスさんがするなんて……。

 滅多にありえないその話と謝罪を受けた私は、サージェスさんの部屋の中に入りながら思わず小さな笑いを零してしまった。

 待ち続けた二時間は色々と考えて不安になったりしたものだけど、予想外の理由だったから。


「大切な恋人を一人待たせ続けるなんて……、本当に不甲斐ないよ」


「ニュイッ、ニュイッ!」


「ファニルちゃん?」


 何だか気の抜ける理由に和んでいたら、私の腕の中に収まっていたファニルちゃんが怒ったように小さな右手を上げた。

 しきりにサージェスさんに向かって「ニュイッ、ニュィ~!!」と鳴いている姿は、まるでお説教をしているかのようだ。

 サージェスさんも何故か「そうだよねぇ……、うん、うん……わかってるよ」と、不思議な反応を返している。

 そういえば、サージェスさんはファニルちゃんの言葉がわかるんだった。


「ファニルちゃん……、なんて言ってるんですか?」


「えーとね……、『お前のような粗忽者ににウチの可愛いユキちゃんを嫁になど渡してやるものかっ』……だって」


「ニュイィ~!」


 こんなにも愛らしい外見をしているのに……、ファニルちゃん、まさかの、私のお父さんポジション?

 ひとしきりサージェスさんに鳴き声をぶつけた後、ファニルちゃんはプイッと顔を背け私の腕の中から飛び降りて部屋から出て行ってしまった。

 全部の内容は聞き取れなかったけれど……、待っている間の私の様子を知っていたから……、私の代わりに怒ってくれたんだろうなぁ。


「本当にごめんね……。せっかくのお返しの日だったのに」


「そんなに落ち込まないでください、サージェスさん。わざと来なかったわけでもないんですから、私は怒っていませんよ」


「だけどねー……、ほら、君の恋人としては、やっちゃいけないミスのドブに足を突っ込んだというか。ユキちゃん、俺の事本気で叩いてもいいんだよ? 君を何時間も待たせたんだからね」


 空笑いと共にずいっとその綺麗な顔を差し出してきたサージェスさんは、心の底から落ち込んでいるようだ。

 想い合って結ばれる事がなければ……、目にする事も、知る事もなかったサージェスさんの、らしくない一面。

 それを感じるのが何だか嬉しくて、私は差し出されているサージェスさんの頬をぷにっと指先で抓んでみた。

 勿論、何故そんな事をされるのかわかっていない彼は不思議顔になった。


「何を……、やってるのかな? ユキちゃん」


「お仕置きです」


「お、お仕置き……?」


「私を待たせたお仕置きです。痛いでしょう?」


「いや……、その、むしろ、ユキちゃんの手つきが優しいから、嬉しい、かな」


 困惑するサージェスさんに微笑すると、私はようやく自分の手を彼の頬から離した。

 私の為に、他の人の前では見せない『らしくない』行動や言動をするサージェスさんが愛おしい。

 約束の日を一日間違ってしまった事に落ち込んで一生懸命になって謝ってくれるその心が嬉しくて……。

 待たされた事に対する怒りなんて、微塵も湧いてこない。


「ユキちゃんのお仕置きって……、俺を甘やかしてる気がするよー」


「甘やかされているのは私の方です。それに、サージェスさんは騎士団のお仕事で忙しい人なんですから、私の事を思い遣ってくれるだけで……、とっても幸せなんですよ」


 エリュセードの表と裏……。

 空間の違う場所で暮らしている私達は、毎日会えるわけじゃないから……。

 私から会いに行ければいいのだけど、サージェスさんのお仕事や立場を邪魔するわけにはいかなくて、どちらかと言えば、サージェスさんが私の為にウォルヴァンシアに通って来てくれる事の方が多い。

 二人で過ごせる時間を増やそうと、色々と考えてくれるサージェスさん……。


「こうやって、顔を合わせて触れ合えているだけで十分なんです……。 だから、今日の事はもう、気にしないでください」


「ユキちゃん……」


「それに、日にちを勘違いして慌てているサージェスさんを想像したら、怒る気にもなりませんから」


「うっ……、かなり焦ったんだけどね。君に楽しんで貰えるように色々と計画を立てておいたのに……、はぁ、この結果だからね」


「計画をしてくれた事も嬉しいですけど、えいっ」


「ん?」


 このくらいで許されていいのかと困っているサージェスさん首に両手をまわして抱き着く。

 予告もなく触れ合った温もりに、ぱちりとアイスブルーの双眸を瞬いたサージェスさんにぎゅっと身を寄せる。


「こうやって一緒にいられるだけで、幸せです」


「……」


「それに、まだイベントの日は終わっていませんよ? 一緒にお散歩に行って、一緒にご飯を食べて、帰る時間まで傍にいてください」


 最初は戸惑っていたサージェスさんだけど、次第に普段は剣を手に戦う力強い両腕が、私の背中をぎゅっと引き寄せるように抱き締めてきた。

 はにゃん……と、幸せそうに和んだサージェスさんの表情と零れ出た吐息に身を委ねる。


「本当は、君が驚くような所に連れて行こうかなって、そう、……思ってたんだけどね」


「それはまた次回でお願いします」


「ははっ……、了解。じゃあ、今日はガデルフォーンの城下町でお買い物巡りでもしようか。一緒に手を繋いで歩いて、一緒に美味しい物を食べて、一緒に同じ時を過ごそう」


「はい。楽しみです。……あ、そういえば」


「ん?」


 私は身動ぎをしてロングスカートのポケットから一枚の手紙を取り出すと、それをサージェスさんに差し出した。

 ガデルフォーンに連れて来てくれたルイヴェルさんから預かった手紙。

 白い封筒を開け、中から一枚の便箋を取り出したサージェスさんが……、数秒の後、ぴきりと固まった。


「うわー……、ユキちゃんは許してくれたけど、こっちのお兄さんがお怒り状態だったかぁ」


「サージェスさん?」


「まぁ、そうだよね……。保護者が黙ってるわけないよねぇ」


 ボソボソと重苦しい雰囲気で呟いたサージェスさんが、便箋を手紙ごと術で生み出した炎で灰にしてしまう。

 口の端が微妙に……引き攣っている気もするけれど。

 考えられる予想としては、あのルイヴェルさんの事だからサージェスさんに対して脅すような事を書いている可能性もある。

 私が二時間も待ち合わせ場所に居続けた事を知った時、ルイヴェルさんの反応がちょっと怖かったから……。


「ねぇ、ユキちゃん……、そろそろ本気でお兄さんのとこに、お嫁さんに来ない?」


「え……」


「ユキちゃんが俺の屋敷に住んじゃえば、色々と安心だと思うんだよねぇ。『小姑』+αのいないガデルフォーンなら、俺にとって毎日が薔薇色になるよ、うん」


 何だか哀愁の気配を帯びだしたサージェスさんが、変な事を言い出してしまった。

 多分、ルイヴェルさんからの手紙の効果故だろう。

 私を抱き寄せてすりすりと頬を髪に撫でつけてくるサージェスさんの背中をポンポンと軽く叩き身を委ねる。

 サージェスさんのお嫁さん……か。

 何度か冗談めかして言われた事はあるけれど、多分、ルイヴェルさんの手紙効果よね。

 あまり真面目には受け取らず、「ルイヴェルさんには私が説明しておきますから大丈夫ですよ」と慰める。


「うーん……、ユキちゃんはやっぱり、手強いねぇ」


「結婚なんてまだまだ先の話だと思いますし、サージェスさんだって本気で言ったわけじゃないでしょう?」


「……一応、君が『成熟期』を迎えるまでは待ってあげるつもりだけど、ね。サージェスお兄さんとしては、いつでもユキちゃんをお嫁さんに迎える準備はあるんだよ、って話なんだけどな」


「えっと……、お気持ちは有難いんですけど、大人になってからで……、お願いします」


「ふぅ……、残念。君が頷いてくれたら、もうウォルヴァンシアには返さない覚悟があるのにね」


「サージェスさん……」


 私がサージェスさんの望む答えをまだ返せない事くらいわかっているはずなのに……。

 今日はなんだか私を包んでくれているその腕の力強さがある種の熱を孕んでいるような気がする。

 私の背中を撫でながら、「駄目?」って……、蕩けるような甘い囁きをかけてくるのがまたズルイ。

 ……というか、お願いだから大人の本気を出さないでほしいと思うのは、私がまだ彼からすれば子供だからなのか。

 この穏やかで優しいひとときに身を委ねていると、うっかり頷いてしまいそうな気になるから、本当に困る。


「駄目、かー……。じゃあ、『証』で我慢しておこうかな」


「え?」


 ごそりと……、下の方から小さな物音が聞こえた直後、私の左手に、何かが触れた。

 それは薬指にすっと流れるような動きで入ってきて……、ひんやりと冷たい感触を残す。

 何を嵌められたのか、それを確認したいのにサージェスさんがまた私を深く抱き直してしまったから見る事が出来ない。

 だけど、言われなくても、見る事が出来なくても……、自分の薬指に嵌っている存在に予想がついた。


「そこに着けるのは……、ズルイと思います」


「そうかなー? 俺を焦らし続けるユキちゃんの方がズルイでしょ?」


「うっ……」


『証』を付けた事によって上機嫌になったサージェスさんには、勝てそうもない。

 というよりも、いつだってこの人に勝つ事は出来ないのだと、触れ合う度に思い知らされる。

 きっと今は、サージェスさんが大人の余裕を総動員して、逃がしてくれているだけ……。

 そうでなければとっくに……、私はウォルヴァンシア王国に帰れなくなっているはずだもの。


「チルフェートデーのお返しだからね。大切にしてほしいなー。ルイちゃんや皆に見られても外しちゃ駄目だからね?」


「本当にズルイですよ……、サージェスさんは」


「大人だからね」


 理由になってない気もするけれど、囚われた薬指の感触から心に甘い痺れが流れ込むかのように、もう何も言えなくなってしまった。

『証』を付けられた囚われ人は、二度とそれから逃げる事は叶わない。

 触れ合う温もりと、耳元に降り注ぎ甘くて優しい囁きに全身から心へと浸食が進み……、逃げようとも思えなくなるから。


「ユキちゃんが早く俺のお嫁さんにきてくれますように、ね?」


 そう陽気な様子で鼻歌交じりに大人のズルイお願い事をするサージェスさんの声音もまた、ズルかった。

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