ホワイトデー☆2015ver ルイヴェル×幸希編

※過去に書いたものです。


 ――Side 幸希


「ユキ、この間のチルフェートデーの礼だ。受け取れ」


 穏やかな午後の事、私の部屋を訪ねてくれたルイヴェルさんが、一通の封筒を差し出してきた。白い小花の模様が描かれた可愛らしいそれに目を丸くしつつ受け取ってみる。


「ニュイ~?」


「有難うございます、ルイヴェルさん。……えっと、これは」


 私の為に何か手紙でも書いてくれたのだろうかと開封してみると、……『便利券』と書かれた三枚のカードが出てきた。

 私はそれを手に首を傾げてルイヴェルさんを見遣る。何ですか、これ。


「三回だけ、お前の命令を何でも聞いてやる約束の印だ。品で礼を返すというのも悪くはないが、たまにはお前からの我儘とやらを聞いてみたくなってな?」


 つまり、この『便利券』を使って、ルイヴェルさんに何でもお願い事をしてもいいという事なのだろうか。ルイヴェルさんに……、何でも、何でも。

 つい、貴重な機会が来てしまったと、私はカードを見下ろしながら息を呑んでしまった。このカードがあれば、三回だけ、ルイヴェルさんに我儘を言う事が出来るのだ。……とは言っても、何か具体的なお願い事が浮かぶわけでもなく。


「う~ん……、お願い事って、改めて考えてみると、なかなか浮かばないものですね」


「ニュイ~」


「ファニルちゃんも興味があるの? じゃあ、一枚使う?」


「ニュイッニュイッ」


 ファニルちゃんだったら、きっと美味しい餌をくださいという可愛らしいお願いをするに違いない。

 私はファニルちゃんのもふもふの頭を撫でながら、カードを一枚手渡して……。


「ユキ、他への譲渡は却下だ」


「え、で、でも、私一人じゃ三つもお願い事なんて浮かびませんよ。むしろ、ひとつでも多いくらいなんですから……」


 ルイヴェルさんの却下の言葉と共にファニルちゃんへと向けられた静かな威嚇の眼差し。ファニルちゃんはそれにすっかり怯えてしまって、私の胸へと前足をおいてぶるぶると震えだしてしまっている。


「ニュイ~っ」


「ルイヴェルさん、ファニルちゃんを怖がらせないでくださいよ、もう……」


「俺の好意を他に渡そうとするからだろう……。それと、有効期限は今月いっぱいだ。ちゃんと俺にしてほしい事を考えておけ」


「だから、それが難しいんですよ……」


 ルイヴェルさんにお願いしたい事……。今のところは特にない気がするのだけど。

 う~ん、会いたいと思った時には、王宮医務室に行けばいいし、お休みの日にはデートにも連れて行って貰ってるし……。

 恋人としては十分すぎるほどの好意と気遣いを受けているから、本当にそれ以上望む事なんて何もない。

 だけど、それじゃあルイヴェルさんは納得しないわけで……。


「う~ん、う~ん……」


「考え込む程に無欲なのか、お前は」


「違いますよ。急に言われてもすぐには浮かばないんです」


「そうか。まぁ、時間はまだあるからな。ゆっくり考えるといい」


 ルイヴェルさんは悩む私の頭をよしよしと撫でると、ちょっとだけうきうきとした様子を漂わせながら去って行った。

 今月って、あと何日残ってたかなぁ……。

 三枚の紋様入りカードを見つめながら、果たしてお願い事を考えつけるのだろうかと私は首を傾げてしまう。

 ルイヴェルさんに叶えて貰えたい事……、やってほしい事、う~ん。

 デートの約束じゃ駄目かな? 丁度、来週の休日に隣国でお祭りがあると聞いているし、いいかもしれない。

 じゃあ、それをひとつ目にしよう。


「あとは……、二個」


 そういえば、ルイヴェルさんの手作り料理を食べた事がない気がする。

 私が軽食を作って差し入れる事はあるけれど、あとは料理店で一緒に食事をしたりする事が多い。

 なんで今まで気づかなかったんだろう。私、本当に一度もルイヴェルさんの手料理を食べた事がないっ。


「丁度いい機会だし、ルイヴェルさんに料理を作って貰おうかな」


 どんな料理の腕前なのか、どんな物を作って貰えるのか、エプロンをつけたルイヴェルさんを想像したら微笑ましくなってしまった。

 うん、これを二つ目のお願い事にしよう。


「最後のひとつは……」


「ニュイィ~……」


 膝の上でこっくりこっくりと眠そうに船を漕ぎ出したファニルちゃんを抱き上げると、私はベッドの毛布を探って、その中にファニルちゃんを入れてあげた。

 そして、ベッドの周囲を歩き回りながら、最後のひとつについて考え込む。

 別に今すぐに考えなければならないわけではないのだけれど……。

 二つ目まで考えたところで、心の奥がウズウズと楽しさを覚えだしてしまったのだ。

 想像に火がつくと、あれこれと浮かんでは最後のひとつを絞れずに逆に悩んでしまう。

 何も思いつかなかった時よりも困った問題かもしれない。


「あ……」


 その時、部屋の隅にある白い本棚に目がいった。

 この世界の本もあるけれど、地球から持って来た物もある。

 その中に……、以前地球に戻った時に友達から布教用だと言われて貰った本があるのだけど。


「……『執事特集』」


 二次元のキャラクターの執事姿が沢山載っているその本は、執事という存在が好きすぎて堪らない友達のお勧めの本だった。

 一応、この異世界エリュセードにも執事さんは数多くいるし、きっと彼女が見たら狂喜乱舞する事だろう。

 むしろ、彼女のあの熱意なら……、いつか執事だらけの異世界にも行けそうな気がしている。

 というか……。


(この前久しぶりに会った時に、彼女を見守るように執事姿の男性が柱の陰にいたような……)


 まさか……。いや、でも、あきらかに日本人の顔じゃなかったし、可能性がありすぎるような気がっ。

 ちょっと、今度帰った時に確認してみようかな。

 な~んて、お母さん譲りの好奇心がウズウズと騒ぎ出すのを感じながら、私は本を閉じた。


「でも……、執事姿のルイヴェルさんって……、ちょっと、いい、かも?」


 むしろ、あんなにも整った美しい容姿をしている人なのだから、

 色々な服を着て貰って目の保養をさせて頂きたい……、と、本人にお願いしたら、私はどうなってしまうのだろうか。

 一応自分で何でも聞くと言ってくれたのだから、断られるとは思わないのだけど。


「ちょっと今から……、男性用の洋服店に行って来ようかぁ」


 たまに興味があっても、外から覗くだけだった男性用の洋服店。

 大国と呼ばれるこのウォルヴァンシア王国の王都はとても広い。そして、お店の数もまた然り。

 私はファニルちゃんに行って来ますと告げて、バッグを手に部屋を出た。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 後日、ルイヴェルさんに考えてみたお願い事を伝えてみると、意外にも本人は抵抗を示す事もなく、私の我儘を全て叶えてくれた。

 ウォルヴァンシアでも有名なデザイナーさんが作ったルイヴェルさんにぴったりの執事服を纏い、そのままの格好で隣国のお祭りに参加。始終私の事を「ユキお嬢様」と、凝りすぎな程にキャラまで作って……。

 ルイヴェルさんは、やると決めたらやり通す人なのだと、改めて再確認した一日だった。そして、完璧な執事をやり遂げてくれたルイヴェルさんは、夕食もばっちり作ってくれました。

 ただ、久しぶりに料理をしたというルイヴェルさんの言葉通り、口にしたその味は……。


「すまん……、調味料を入れ間違えたようだ」


「だ、大丈夫……です、よ」


 ひと口食べて咽(むせ)た私を心配したルイヴェルさんが、スプーンで救い上げ口にいれたオムライス。

 それは見事に調味料を間違えて、地球で言うところの塩味に似たものを入れてしまった事に気づき、眉を顰めた。

 失敗する事自体ないような人なのに、まさかこんな初歩的な間違いを犯すなんて……。口の中に広がった塩味に苦笑しつつも、私は少しだけ慌てる様子を見せたルイヴェルさんを微笑ましく思いながら、作り直す必要はないと告げて、最後までそれを食べきったのだった。


「お前、絶対にあとで腹を壊すぞ?」


「そうなったら、そうなった時ですよ。うぅっ……」


 グラスに入った冷たい水を飲み干した後、私はまだ舌に残る塩の余韻と共に微笑んだ。大好きな人が一生懸命作ってくれたものだもの。しっかり残さず食べますとも。


「ご馳走様でした、ルイヴェルさん」


「……完璧にやり遂げるつもりだったんだがな」


「完璧じゃなくても、私は大満足でしたよ?」


 頭を掻き、不満そうに呟いたルイヴェルさんにそう素直な感想を告げると、その銀フレーム越しの深緑が愛おしそうに私の姿を捉えた。

 ルイヴェルさんは私の座っている席の傍に膝を着き、恭しく私の左手の甲に優しい温もりを落とす。


「お前がそう言ってくれても、このままでは俺の気持ちが治まらないからな。デザートの方で挽回させてもらうとしよう」


「え、デザートまであるんですか?」


 ルイヴェルさんはほくそ笑むように背を向けると、部屋に持ってきたワゴンに残っているお皿の丸い蓋を開けた。


「そ、それは……!! 巨大、プリン!?」


 自信満々に披露されたルイヴェルさん手作りのデザートは、まさかの生クリームたっぷり巨大プリン!!

 ぷるんっと魅惑の弾力感じを見せるそれを、ルイヴェルさんは優雅な所作で私の前へと差し出した。

 す、凄い……とは思うのだけど、何故プリン……、しかも巨大仕様。


「お前が言ったんだぞ? 幼い頃に……、巨大プリンが食べたい、とな」


「お、覚えているような、いないような……」


 遠い昔の事すぎて、全然覚えていない……とは言えない。

 けれど、そんなにも昔の事を覚えてくれていた優しいルイヴェルさんの気持ちが嬉しくて。私はそれをスプーンでひと口ぶん掬い取ると、ぱくりと頬張った。


「ん! 美味しいです!!」


「それは上々だな。好きなだけ食べていいぞ?」


「はい!!」


「……ただし、翌日の体重の増加は、心しておくんだな?」


「ぶっ!! る、ルイヴェル、さんっ。なんて事言うんですか!!」


 プリンに噎せた私を面白そうに眺めおろしながら、ルイヴェルさんは先に食べ終わったお皿の片付けに入ってしまう。

 もう……、優しいなって思ったら、すぐに意地悪な事をするんだからっ。

 けれど、……、私のお願い事を楽しそうにこなしてくれたルイヴェルさんには、やっぱり……感謝、かな。

 私は執事姿のルイヴェルさんを眺めながら、優しい兄であり恋人でもあるあの人が作ってくれたプリンを温かな気持ちで、もうひと口頬張るのだった。

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