ホワイトデー☆2015ver カイン×幸希編
※過去に書いたものです。
――Side 幸希
「いらっしゃいませ~……、って、なんでお前がここにいんだよ、ユキ!!」
アレクさんとルディーさんの二人と共に城下にあるカフェに立ち寄った私は、出迎えてくれた人の姿を見て、ぽかんと口を開けた。
色々とお仕事を掛け持ちしているとは聞いていたけれど……。
まさかウエイター姿のカインさんを見る事になるとは思わなかった。
黒を基調としたお洒落なウエイター仕様のカインさんは、周りの女性客の人達が見惚れる程に格好良い。
多分本人もその視線には気づいているのだろうけれど……、見事に気付かないふりをしている。
「お買い物の帰りにアレクさん達と会ったので、一緒に休憩を、と」
「ふぅん……。番犬野郎と、ねぇ?」
「皇子さん、俺もいるのを忘れてねーか?」
アレクさんの方をじろりと睨んだカインさんの前に、ルディーさんがひょいっと顔を出してアピールした。
流石ルディーさん……。二人の喧嘩が起きる前に自分の存在を主張する事で、間に入って事前阻止を。
それに興を削がれたのか、カインさんはくいっと顎をお店の奥に向けた。
「別に忘れてねぇよ。奥の席が空いてるから行けよ」
「皇子さん、接客業の顔剥がれてんぞ~……」
「ユキ、行こう。態度の悪い店員がいると、あとで店主に報告すればいい」
「あ、アレクさん……」
「番犬野郎……、テメェ」
「あ~、はいはい。喧嘩は駄目だぞ~。下手するとクビになるからな」
「けっ……」
所々に観葉植物の置かれている店内の奥へと進み、表通りの景色が見える窓側の席へと腰を下ろす。
ぐるりと店内を失礼にならない程度に見回してみると、仲睦まじい恋人同士や、女の子同士で雑談に夢中になっている子達も見える。
その中をウエイターであるカインさんやウエイトレスの女の子達が慌ただしく注文を聞いたり、注文の品を運んだり……。
そういえば、カインさんが働いている姿を見るのは、初めてかもしれない。
いつもは王宮内で顔を合わせているし、城下町でもカインさんの方からひょっこりと私の前に現れたりする事が常の事だ。
だから、こうやって改めてその労働に貢献する姿を見るのは、何だか新鮮に感じられる。
「カイン先輩! こっちの手伝いもお願いします!!」
「おう。すぐ行く」
……厨房に消えて行ったカインさんの姿を見送っていると、ルディーさんが感心するように息を吐き出した。
「意外だなぁ。皇子さんが真剣に働いてる姿ってのは」
「本当ですね……。しかも、後輩の子がいるみたいですよ?」
「すげぇなぁ……、普通の健全な勤労青年に見える」
「はい……」
ルディーさんをメニュー表を見るのも忘れて厨房の方を見遣っていると、注文されたケーキやジュースグラスをトレイに載せたカインさんが慌ただしく出てきた。
四人組の女の子達が座っている席に向かい、てきぱきとそれを差し出していくカインさん。凄い、無駄のない動きで次々と……。あ、女の子達に呼び止められてる。
「少しでも他の娘に靡くような事があれば……、斬る」
「あ、アレクさんっ、そんな事しなくてもいいですから! お客さん相手に失礼な事は出来ませんし、私は気にしてませんから」
それに、前に言われたもの。不満があるなら遠慮なく自分に吐き出せって……、カインさんから。
だから、ちょっとだけ胸の奥がモヤモヤしても、笑顔でいられる。
むしろ、カインさんが真面目に働いている姿を見られて私は嬉しい。
「……ふぅ、待たせたな。注文は決まったか?」
「お疲れ様です、カインさん」
暫く経ってから私達の席へとやって来たカインさんに労りの言葉をかけると、私達はそれぞれに注文を伝え、また厨房に戻っていくその姿を見送った。
イリューヴェル皇国の第三皇子であるカインさんが、せっせとお客様に尽くしている姿は本当に新鮮だ。
私と出会う前は悪評ばかりを振り向いていたカインさんだけど、皇宮に戻らない日も多く、イリューヴェル皇国内の山で食料を調達したりの日々だったらしいけれど……。
ウォルヴァンシア王国で暮らすようになってからは、城下や周辺の町で働くようになった。
そのほとんどがボランティアばかりだと、レイフィード叔父さんからは聞いていたのだけど……。
(ちゃんとお金を貰える仕事も選んでるんだ……)
更生したカインさんは、誰かにみだりに反抗したりする様子はなく、ミスのない丁寧な仕事の仕方で同僚の人達からも慕われているようだった。
その事が嬉しくもあり、私の知らないカインさんの交友関係を目にするのも、ちょっとだけわくわくする。
もうあの頃のような、不安定な、世界の全てを否定するかのような目をしていない。
「良かった……」
「何がだ?」
「え? あ、カインさん、もう出来たんですか? 早かったですね」
「まぁな。客を待たせるなってのが店長の信条だからな。それと、これは俺からのサービスだ。ちゃんと番犬野郎とルディーの分もあるぜ? 感謝しろよ」
「うわー、皇子さんに奢られるって、すごい変な気分だな」
「ベリーパフェ……」
カインさんからの奢りという部分は気に入らないようだけど、元々甘い物が大好きなアレクさんは、差し出された美味しそうなピンクと白のベリーパフェにくぎ付けになっている。
ボリュームもあるし、これだけでもお腹がいっぱいになりそうだ。
私はルディーさんと一緒にお礼をカインさんに伝える。それに満足げに頷いたカインさんが、去り際に一度だけ私の耳元に顔を寄せると、「今日の夜、空けとけよ」と、意味深な甘い囁きを零した。
「え……」
「じゃあな」
えっと……、今のは、夜に会おうっていうお誘い……かな?
カァッと薄桃色に染まる頬の熱を両手で押さえた私は、自分にアレクさんとルディーさんの視線が向いている事に気づき、慌ててスプーンを手に取って、誤魔化すようにパフェを頬張り始めるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「よぉ、いるか?」
カーテンを閉めた部屋の縦長の窓扉に、コンコンとノックの音が響く。
椅子に座り読書をしていた私は、しおりを挟んで立ち上がると、カーテンを開けて彼を部屋へと招き入れた。
仕事帰りらしい私服を纏ったカインさんが、私のベッドにどっかりと腰を下ろし、足を組む。
「悪いな。遅くなっちまって」
「いえ、お仕事だったんだから仕方ありませんよ。でも、何の御用なんですか?」
「……お前なぁ。忘れてんのか?」
「え……」
カインさんは呆れたように半眼になって私を見遣ると、こっちに来いと指をくいっと折り曲げてみせた。
恐る恐る彼の目の前に歩み寄ってみると、カインさんは上着のポケットから薄桃色の小箱を取り出し、私へと差し出してくる。
プレゼント……? でも、そんな物を貰えるような日だっただろうか。
私はそれを受け取り首を傾げてみせる。
「一ヶ月前のチルフェートデーの礼だ。普通の女なら楽しみに待ってるもんじゃねぇのか?」
「あ……。えっと、ごめんなさい。私、チルフェートデーの日は知ってたんですけど、そのお返しにあたるイベントがいつなのかは……」
知ろうともしていなかった……。
ただ、チルフェートデーの日に、大好きな人に自分の手作りと想いを受け取って貰えれば、それで十分で……。
私は困ったように笑いながら、「有難うございます」と、カインさんにお礼の笑みを返した。
ふぅ、と、苦笑交じりの吐息を吐き出したカインさんが、中を見るように促してくる。
「……ピアス、ですか?」
カインさんの瞳の色と同じ、真紅の綺麗な宝玉のピアス……。
それを手のひらの上に載せた私は、指先でころころと転がしながら見惚れてしまう。
とっても綺麗な輝きを秘めた真紅の小さな宝玉……。
だけど……。
「私、耳に穴……、開けた事ないんですけど、どうしましょう」
「だろうな。……けど、この機会に開けてみるのもいいだろ?」
「う……、そ、それは、そうなんです、けど」
身体に小さいとはいえ、穴を開ける行為に戸惑っていると、カインさんは私に隣に座るようにと促してきた。
私の手からピアスをひょいっと取り上げ、ズボンから取り出したケースから何か細長い針のようなものを……。
ま、まさか……、有無を言わせずに開ける気なのだろうか。
近づいてくるそれにびくりと肩を震わせると、カインさんはぷっと噴き出してその目を楽しそうに細めた。
「なーんてな。別に無理に開けてやろうとか思ってねぇよ。一応、イヤリングやネックレスの線も考えたんだけどな……」
「カインさん……」
「お前の耳に何も着いてないのを見てたら、……ちょっと、開けてやりたくなった」
「だから、ピアス、なんですか?」
「あぁ。俺達の世界じゃ、ピアスの類は一度着けたら滅多に外す事もねぇしな。これだったら、お前とずっと一緒だろ?」
私の左耳を指先でなぞりながら、その裏を擽ってきたカインさんの動きに身を捩ると、縋ってくるような心細く揺れるような眼差しで見つめられてしまった。
う……、そ、そんな、らしくない切なげな顔をされてしまうと……。
「わ、わかりました。良い機会ですし……、が、頑張ってみますっ」
本当はちょっとだけ怖いけど!
せっかくカインさんが贈ってくれたものだし、もしかしたら……。
最近あまり一緒にいられる時間が少なかったのは……。
「カフェでのアルバイトって、これの為……、だったり、しますか?」
「ん? あ~……、まぁ、な」
「やっぱりそうだったんですか……。有難うございます、カインさん」
「べ、別に……、そんな大したモンでもねぇし、お前が喜んでくれるなら……もっと」
カインさんは視線を横に逃がすと、薄らと頬を赤く染めて小さな声で何かをボソボソと呟いた。
聞けば、他にも掛け持ちで仕事をしていたらしく、今日の仕事が終わった後に品物を受け取りに行っていたから、私の部屋に来るのが思っていた時間よりも遅くなってしまったらしい……。
そっか、だから……、ちょっと疲れたように息が上がってたんだ。
「開けてください。カインさん」
「……いいのか?」
「はい。これを着けたら、カインさんがいない時でも、ずっと一緒でしょう?」
「――っ。お前なぁ……、男殺しのセリフをそんな笑顔で……」
「はい?」
「何でもねぇっ。……じゃあ、開けるぞ」
「は、はいっ」
カインさんの顔が私の耳元に近づき、零れ出る吐息に肌を擽られながら、私はさっきの針、聞く所によると耳に穴を開ける専用の物らしく、普通の針とは違って、吸い込まれるようにそれが熱を持ちながら肌にその先端を沈み込ませていった。
い、痛く……ない? 確かに耳を貫いている針の存在を感じるのに、痛みがまるでない。
「お前に痛い思いなんてさせるかよ……。っと、これでいいか。よし、出来たぞ」
痛みに弱い人専用の針もあるらしく、カインさんはピアスを購入する時にそれも一緒に買って来てくれたらしい。
針をケースに戻し、真紅のピアスを両耳に手早く取り付けたカインさんが、満足げに頷いて私を見る。
「ん……、良く似合ってるぜ」
「あ、有難うございます」
「番犬野郎が見たら外しにかかる気もするからな。そん時はちゃんと断れよ?」
「は、はい。勿論、です」
私はそわそわとしながら頷くと、耳に加わった不思議な感触に指先を添わせながらベッドを降りた。
鏡台まで向かい、そこに座って鏡面をのぞき込む……。
カインさんと同じ、真紅の色をしたピアスが……、しっかりと私の耳に馴染んでいる。
「あれ……、でも、これって」
後ろを振り返り、カインさんの許に戻った私は、漆黒の髪に隠されたカインさんの耳を覗いてみた。
……。
「何してんだよ……」
「カインさん……、お揃いに……、してくれたんですか?」
「……嫌なのかよ」
顔を近づけた私に身を捩るカインさんが、消え入りそうな顔でそう聞いてくる。
お互いの耳に同じ形と色をした、全く同じピアス……。
擽ったいけれど、同時にとても嬉しい……。
恋人同士の証のようなピアスの存在が、チルフェートデーのお返し以上の幸福感を私に与えてくれる。
私はくすりと微笑ましい笑いを零すと、カインさんの頬にそっと温もりを寄せた。
「とっても嬉しい贈り物です。有難うございます、カインさん」
「お、おう……。お前が喜んでくれたなら……、俺も」
「ずっと大事にしますね」
「……お前な、時間帯と場所を考えろよ」
「はい?」
突然視界に映る景色がぐらついたかと思うと、カインさんがベッドに仰向けに寝そべり、自分の上に私を覆い被らせる形で腕を回してきた。
「か、カインさんっ!?」
ぎゅううっと背中を抱き締められたかと思うと、私の頬をカインさんの左手が包み込んだ。
撫でるようにその指先は私の蒼い髪へと差し入れられ、耳とひとつになっている真紅のピアスに触れていく。
「俺の色だな……」
「そう……です、ね」
「綺麗だな……」
「は、はい……。カインさんが選んでくれた物ですから」
「お前がだよ」
「え……」
真紅のピアスを嵌めた私の顔を眩しそうに見つめながら、カインさんが満足した様子で微笑む。
「今回は耳にしたが……、次はどこにしてやるかな」
ん? これはもしかしなくても、カインさんの頭の中で、次回の贈り物の思案が始まっているのだろうか。
私はぷるぷると首を振ると、このピアスで十分ですと正直な気持ちを伝えた。
カインさんが私の為に働いて、稼いだお金で買ってくれたこのピアスがあれば、他には何もいらないのだ。
けれど、カインさんはニヤリと意地悪な事を思いついたように口端を持ち上げてみせると……。
「俺がお前に身に着けさせたいモンなんて、幾らでもあるって話だ。それに、タダでやるわけじゃないからな?」
「あの……、私、何も返せるものなんて……」
も、勿論、カインさんのお誕生日や記念の日には、何かお返しをしようとは思っているけれど……。
「私も、アルバイトをしてみましょうか……。そうしたら、カインさんに何か価値のある贈り物を出来ますよね」
レイフィード叔父さんの許可を貰えれば、やってみたい仕事は沢山ある。
一応、王兄姫という立場上、雇う側の人達ともよく話し合わなくてはならないのだけど……。
自分が頑張った成果で、大切な人に何か贈り物が出来ると思うと……、うん、わくわくする。
けれど、カインさんはムスッとした様子で「違ぇよ」と、私の額に額を押し当てて抗議の声をあげた。
「俺が言ってんのは……、はぁ、まぁ、わかんねぇならいい」
「何かリクエストがあるなら聞きますよ? 私が出来る事であれば、になりますけど」
「言ったな? 言質とるぞ」
「え……、そ、そんなに……、高価な物なんですか?」
「そうだな。この世で一番価値があって、他には渡したくないモンだな」
「……そ、そんな、レベルの高い……」
まさかカインさんが、私にそんな無理難題を口にするなんて……。
困惑しながら「どれぐらい働いたら、買える物でしょうか」と、間の抜けた質問をしてしまう。
この世で一番価値がある物なら、私がどんなに頑張ってもすぐに手に入れられる物ではないはず。
けど、カインさんがそこまで物欲が強そうには……。
「が、頑張ってみますね。何十年かかるかわかりませんけど」
「おい、何十年も待たせんのかよ。俺を殺す気か? お前は」
「し、死んじゃうんですか?」
「ある意味な」
「ど、どうしたら……」
私が真剣に涙ぐみながら悩みだすと、カインさんは堪え切れなくなったように噴き出してしまった。
私を解放し、お腹を抱えて横に転がりながら楽しそうな笑い声をあげる……。
何故笑い出したのか……、カインさんのツボが全然わからない。
「ははっ……くくっ、ほ、本気でわかんねぇのか、お前っ」
「い、言って貰わなきゃ、わかりませんよ!」
「俺が渡したくないモンっつったら、ひとつしかねぇだろ?」
「……わかりません」
「怒るぞ?」
今度はムスッと不機嫌な気配を漂わせて、カインさんは私にずいっと迫ってきた。
本気でわからないのか? と……。ちょっとだけ、切羽詰まったような顔をして。
カインさんが他の人に渡したくない物……、欲しい物……。
唸るほどに考え込んでしまった私を見つめながら、ついにカインさんが盛大な溜息を零した。
「もういい。お前の鈍感さを舐めてた」
「え、か、カインさんっ、なんで毛布の中に潜り込むんですかっ」
「ここで寝る」
「駄目ですよ!! 自分の部屋に戻ってください!!」
「ここで寝るっつったら、寝る!」
「カインさんっ!!」
毛布を引っ張って中から出て来て貰おうと奮闘するけれど、潜り込んだカインさんは頑固だった。
それどころか、私を中に引き摺り込んで、がしっと横抱きに抱き締めて拘束してしまう始末。
息苦しいほどにカインさんの胸に顔を押し付けられてしまった私は、最終的に観念するしかなくて……。
ふぅ、と、疲労の息を吐き出すと、早々に聞こえてきたのはカインさんの穏やかな寝息。
お仕事で疲れていたんだろう……。少しだけ緩んだ腕の中で目を瞬きながら、私はさっきの事を考える事にした。
カインさんが欲しい物……、この世で一番価値のある……。それってもしかして、カインさんにとって一番価値があるという事なのだろうか。
カインさんにとって価値のある……、一番……大切な、存在(もの)?
不機嫌になったカインさんの態度と、それらを照らし合わせて慎重に考えてみた結果、私は重大な事に気づいてしまった。
(か、カインさん……、『そういう事』なんですか!?)
確認したくても、すでに本人は夢の中……。
私は頬から全身に伝わる熱に口をパクパクさせながら、一晩中一体どうしたらいいのかと悩み続けるのだった。
お金よりもハードルの高いものじゃないですか、カインさん!!
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