ホワイトデー☆2015ver アレクディース×幸希編

※過去に書いたものです。


 ――Side アレクディース


「あ~……、その、せっかくの、休日に、……悪かったな」


「いや……、仕事だからな。仕方ない」


 すっかり日も暮れて……、団長執務室の窓から見える景色は闇夜に包まれている。

 俺は終えた仕事分の書類の束に最後の一枚を置いた。

 かなりの量ではあったが、これでようやく終わりか……。

 執務机にいるルディーにそれを差し出すと、あきらかに俺の機嫌を窺っている気配が感じられた。

 恐らく、急な仕事で俺の休みを潰してしまった事を申し訳なく思っているのだろう。……確かに、少しばかり恨みには思っているが。


「今からでも、姫ちゃんとこ……、行くか?」


「そう、だな……。当の昔に日は暮れてしまったわけだが」


「え~と……、お前、その、やっぱり……、怒ってるんだよ、な?」


「……怒ってはいない。俺は副団長なのだから、優先すべきは弁えているつもりだ」


 本来であれば、今日は朝からユキと一緒に遠出をする予定だった……。

 一か月前の、チルフェートデーの礼として、彼女に心から楽しんで貰えるように、色々と準備を。

 だが、今日の朝に入った急な仕事のせいで……、俺が立てた計画は全て、水の泡とかした。ユキに事情を話しに行った時の、彼女の少し寂しそうな顔が脳裏にちらつく。


「ごめんな……?」


「……あぁ」


 一日の終わりを告げる闇夜の時間帯に支配された今……、ユキを遠くに連れて行く事は出来ない。残り僅かな時間的に、俺がユキにしてやれる事といえば……。

 用意しておいた贈り物を渡して、細やかな二人の時間を過ごす程度の事だ。

 遠出をして、ユキに見せたかった景色もあったというのに……。

 俺の陰鬱とした様子に、ルディーが自分の顔を右手で覆いながら、何度目かもわからない謝罪を呟く。


「マジで悪かった……。本当に、もう……、今度お前と姫ちゃんが楽しめるようなイベントのチケット買っとくからっ」


「いや、気を遣わないでもいい……。あとを頼んでもいいか?」


「勿論!! お前はすぐにでも姫ちゃんのとこに行ってやれ!! いいか? 大事なのは時間じゃない。二人の気持ちと、盛り上がりだ!!」


「……盛り上がり?」


「おう! 姫ちゃんとお前は恋人同士なんだからな!! たとえ残されたイベントの時間が短くても、お前の頑張り次第で甘々な夜を過ごせるかもしれない!!」


 やけに気合が入っているというか……、ルディーにしては珍しくテンションが高いな。普段から愛想が良く明るい性格のルディーではあるが、ここまで爆発したようなテンションになる事は滅多にない。

 しかし……、そうか。俺が頑張れば、ユキにとって想い出深い時間を作ってやる事が出来るのか。二人きりで……、お互いの存在だけを感じながら。


「アレク、なんか気分が浮上したとこ悪いけどな……。……キス以上は、却下だぞ? 流石に、明日から副団長を失うのは騎士団にとって大打撃になる」


「……わかって、いる」


 ユキが『成熟期』と呼ばれる大人の姿になり、婚姻を認められ式を挙げるまでは……。彼女の純粋無垢な心を傷つける事のないように細心の注意を払わなくてはならない。愛しているという感情の暴走で、ユキを困らせてはならないのだ。


「気を付ける……」


「うん。そうしてくれ……。けど、結婚まで何もなしってのは……、健全な男からすれば拷問だよなぁ。姫ちゃんが大人になるまで……、あと、五年以上は先だもんな」


「あぁ……」


『成熟期』が訪れる時期には個人差もあるが、ルディーの言う通り、まだ五年以上は後の話だろう。

 どんなに好きでも、日毎にユキを想うこの感情が止め処なく堰を切るかのように溢れだそうとしても……、俺は自信を律さねばならない。

 俺は同情の眼差しを向けてくるルディーに背を向けると、ユキの部屋にあまり長居はしないほうが良いと心に定めた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――Side 幸希


「あれ? アレクさん、お仕事があったんじゃ……」


 家族との夕食を終え、お風呂を済ませて寛いでいた私は、訪ねて来てくれた人の姿に目を丸くした。てっきり……、もう、今日は一緒に過ごせないと諦めていたのに。

 薄桃色のネグリジェ姿に上掛けを羽織った状態でアレクさんを出迎えた私は、彼の視線が僅かに泳ぐのを見た。


「すまない……。もう、寝る準備をしていたんだな」


「いえ、寝るまでにはまだ時間がありますし、良ければどうぞ」


「……いい、のか?」


「せっかく訪ねて来てくれたんですから、勿論です」


「そうか……。有難う」


 ほんのりと頬を照れたように薄桃のそれに染めたアレクさんが、私の招きによって部屋の中へと足を踏み入れる。

 まだ騎士服を纏っている事から考えて、騎士団のお仕事が終わったその足で訪ねて来てくれたのだろう。

 その凛々しい顔には少しだけ疲労の気配を感じられるけれど、同時にとても嬉しそうでもあった。

 私はお茶を淹れてアレクさんが腰を下ろしたテーブルに向かうと、疲労回復に効果のあるお茶を差し出した。


「お仕事お疲れ様です、アレクさん」


「あぁ、すまないな……。それと、今日は本当に……悪かった」


「謝らないでください。お仕事があったんですから、仕方ないですよ。それに、アレクさんとはいつでも会えますし、また休みの日にお出かけする事も出来るでしょう? だから、次の機会を楽しみにしてます」


「ユキ……、無理をしないでくれ。お前が俺との約束を楽しみにしてくれていた事は知っているんだ。それなのに、まさか土壇場で仕事が入るとは……、お前の恋人として、不甲斐ない」


 そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいのに……。

 確かに少し寂しいとは思ったけれど、アレクさんの仕事や立場を考えたら我儘なんて言えないもの。

 会いに来てくれただけで、私の事を忘れないでいてくれたその事が、とても嬉しいから大丈夫。

 そう伝えると、アレクさんは表情を和ませながら薄ピンクの包装がされた長細い箱をテーブルに置いた。

 赤いリボンの……、女性向けに包装されたそれに目を瞬く。


「もしかして……、私に、ですか?」


「あぁ。本当は今日の予定の最後に渡そうと思っていたんだが、仕事に邪魔をされてしまったからな……。せめてこれだけでも渡したいと思って……、訪ねさせて貰ったんだ」


「アレクさん……」


「何を贈れば喜んで貰えるのか……、いつも悩む事ではあるが、お前の事を想いながら選ぶのは楽しかった」


「今回は……、どのくらい悩んでくれたんですか?」


 イベントの日だけでなく、アレクさんは何かきっかけを見つけては私に素敵な贈り物をしてくれる。

 貰うばかりで悪いと思いつつも、彼が私の事を考えて頭を悩ませてくれるのが嬉しくて……。

 申し訳なさそうにする事はアレクさんへの失礼になる。そう考えを改めて、私は素直な気持ちで受け取るようになった。

 確か前回の時は、三時間くらい雑貨屋の中で悩み続けたと聞いたけれど、今回は……。


「いつもに比べれば、早かったかもしれないな。仕事で隣国に立ち寄った際に目をつけていた店があるんだが、一目見て気に入った物があったんだ。だが、他にも良い物があるかもしれないと店内を見て回った結果、これに戻って来てしまったが……」


「隣国にまで買いに行ってくれたんですか?」


 まさかの国外にまで遠出をしてくれていたなんて……。

 アレクさんの思い遣りを感じながら、私はその手に温もりを重ねて微笑と共にお礼を伝えた。

 私はアレクさんがくれる物なら、何だって構わないのに……、本当に、勿体ないほどの気配りをくれる人だ。

 手渡された長細い薄ピンクの箱を胸に抱き締める。


「本当に有難うございます……、アレクさん」


「お前が喜んでくれたのが、何よりの褒美だと思える……。開けてみてもらえるか? 俺の手で、お前に着けてやりたい」


「はい」


 椅子に腰かけ、アレクさんが贈ってくれた箱の包装を丁寧に剥がした私は、その中から取り出した贈り物に目を瞠った。

 星屑のような煌めきが宿ったサファイアの輝きを静かに秘めた涙型のネックレス……。

 銀のネックチェーンの一部には、白に近い薄桃色の羽根を思わせる小さな装飾が施されている。

 手のひらの上でその洗練された美しさを放つネックレスに見惚れていると、いつの間にか私の傍に立っていたアレクさんがそれを掬い上げた。


「ユキ……、少し髪をよける。擽ったいだろうが、我慢してくれ」


「はい」


 私の背後にまわったアレクさんが、蒼い柔らかな長い髪を後ろ側の首筋から優しい手つきでよけていく。

 お互いに何も言わないまま……、ネックレスを着けていく気配だけが、私の感覚に伝わってくる。

 アレクさんの硬い指先の熱が私の肌に微かに触れる感触、胸元をひんやりと撫でるネックレスの冷たさ。

 チェーンの長さを調整する為に、アレクさんが私の首筋へと顔を近づけてくる。


「擽ったいか……?」


「い、いえ……、大丈夫、です」


 すぐ耳元で囁かれた心地の良いアレクさんの低い声音に、ふるっと身体を震わせてしまう。

 私を気遣ってくれているだけなのに、どこか甘い艶を帯びたその音に……、胸の奥にじわりと何かおかしな感覚が広がっていく。

 それは、アレクさんの力強い腕に抱き締められている時のような幸せな瞬間にも似ていて……。


「アレクさん……、あの、……」


「なんだ?」


「んっ……、い、いえ」


 逆効果だった……。またアレクさんの低い音と吐息が肌に触れてしまう。

 多分、本人にそういう意図はないのだろうけれど……、アレクさんを傍に感じていると、鼓動が騒がしくて仕方がない。

 そんな私の困った反応には気付かないのか、アレクさんはネックレスを着け終わると前にまわってきた。


「よく似合っている……。この世界の何よりも、お前は綺麗だ」


「あ、アレクさん……、あ、ありがとう、ござい、ます」


「どうした? 頬が赤いようだが……」


「い、いえ……、何でも、ない、です」


「……ユキ、何か俺に不手際があっただろうか? なんとなく……、困っているように見えるんだが」


 主に貴方の男性としての魅力を目の当たりにして困ってます……、とは言えなくて。

 私は胸元のネックレスへと逃げるように視線を落とし、どこかアレクさんの双眸の色に近い輝きを見つめた。

 アレクさんは、いつだって私に甘い。行動も、言動も、してくれる事も……、何もかも。

 このまま甘やかされていてもいいのだろうかと不安に思う時もあるけれど、ネックレスを見つめながら微笑んだ私に、アレクさんは心底嬉しそうな表情を浮かべたから……。


「アレクさん……」


「ユキ、少しだけ……、触れてもいいだろうか?」


「え……」


「お前の肌に触れているその幸福な存在に、俺もあやかりたい」


 アレクさんはその長身の体躯を屈め、指先で私の胸元で輝いている宝石を掬い取ると……。

 まるで祝福を授けるかのように優しい温もりをそれに落とした。


「あ、アレク……さん」


「出来る事なら……、俺もこの装飾品のようにお前の肌に溶けてしまいたい」


「ん……、あ、あの」


 口付けていた宝石から唇を逸らしたアレクさんが、何を思ったのかネグリジェの胸元を僅かに逸らした。

 そして、私の鎖骨の辺りに優しい温もりを軽く触れ合わせてくる。

 驚きと共に身を捩ろうとしたけれど、彼の手が私の肩を押し留めてしまう……。


「アレク……さん」


「すまない……。お前の胸元で輝ける幸福を手に入れたこれを見ていると……」


 名残惜しげに顔を離し、絨毯に膝を着いたアレクさんが、私を甘い熱を含んだ双眸で静かに見上げてくる。

 膝の上にある私の手を大きな手のひらで包み込みながら、彼の顔に浮かんだ切なげな笑みに胸を締め付けられていく。


「愛している……、ユキ。いつか……、お前の左手の薬指に……、誓いの証を刻めるように、今は……」


「アレクさん……」


 私の左手を取り、薬指の根元を意味深にその硬い指先でなぞるアレクさん……。

 その場所に唇を近付け、さっき胸元に熱を移したように……、また甘い感触を残す。


「次の休みには、今回の失態を返上出来るように計画を立てておく。だから……、今日お前に感じさせた寂しさは今ここで……、俺が攫っていく」


 ゆっくりと身を起こしたアレクさんが、その熱に支配された蒼を私に近付けると……、そっと温もりを唇に触れ合わせた。

 最初は気遣うように唇を軽く食んでいたけれど、いつの間にか口付けは深くなり、互いの心がひとつに溶けあっていく。

 宣言通り、私の中に在った寂しいという感情を全て口移しで奪っていくかのように……。


「風邪を引かないように……、ゆっくり休んでくれ」


「は、はい……」


 流れるような動作で身を離したアレクさんが、私の頭を撫でた後……、足早に部屋を出て行ってしまった。

 ……アレク、さん? えっと、何だか……、いつも以上に積極的だった、というか。

 胸元で輝いているネックレスよりも、強烈な何かを置き去りにしていったような気がするのだけど……。


「うぅ……、ね、眠れない、かも」


 頬を染める甘い熱の気配……。両手で頬を包んだ私は、閉まった扉に困惑の気配を向けた。

 キス自体は何度もしているけれど、……今夜のは、なんか、アレクさんの中に見えてはいけない何かを感じ取ってしまったような気がっ。

 私はテーブルに顔を突っ伏すと、恥ずかしさと胸に芽生えた熱を誤魔化すように、胸元のネックレスを手のひらに包んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る