クリスマスの贈り物~聖夜の珍騒動~
――真白の精霊達が舞い踊る聖夜の空……。
楽しいパーティーが終わり、人々が心地よい夢の中へと旅立った頃。
幸希の部屋の真上、特別設置された煙突を目指して滑りやすい雪の上を歩く影が二名ほど……。
真っ赤な服と帽子を身に纏い、白く大きな袋を片手で背中に流すように背負っている者達は、先程から互いを屋根の上から転がり落としてやろうと、地味な攻防を繰り広げていた。
「俺が先に入るって言ってんだろうが!」
「いや、俺が先だ」
「いいや、お・れ・だ!! 大体、先にこの部屋の真上に着いたのは俺なんだぞ!? 早いモン勝ちって言葉を覚えろよ!! って、こらああ!! 雪玉ぶつけんなあああ!!」
……せっかくの聖夜だというのに、いい歳した大人男性が二人も揃って攻防を繰り広げている様は、どこからどう見ても子供の喧嘩だ。
部屋の中に入る為の煙突に片足を突っ込もうとしたカインの顔面に特大の雪玉をぶつけ、尻餅を着いた瞬間を狙い、アレクが煙突に飛び込もうとする。
しかし、そうはさせるものかとアレクの服を引っ掴んで、力いっぱいに投げ飛ばすカイン。
「はぁ、はぁ……、そう簡単に入れると思うんじゃねぇぞ!!」
「……俺の邪魔をするな」
雪まみれ状態で立ち上がったアレクが、大きな白い袋の中から長剣を取り出し、すらりと言葉も発さずにそれを抜いた。
闇夜に煌めく物騒極まりない……アレクが本気を出す時用の愛剣の方である。
それをカインに向けて構えるアレクの瞳には、『どかぬなら斬る!』と、相変わらず言葉少ない彼の思いを気配と共に湛えている。
アレクとカイン、今夜の二人にとって、果たさねばならない目的……。
それは、この真下の部屋で眠っている幸希の為に、クリスマスのプレゼントを届ける事である。
わざわざサンタクロースの仮装までして、立派なふさふさお髭も装着されている徹底ぶりだ。
もう、二人で仲良くプレゼントを届けに行けばいいのでは? と、思われそうなものだが、幸希に対して恋心を抱いている二人に、それは無理な相談なのだ。
どちらが先に幸希にとってのサンタクロースとなれるのか、すでに意地の張り合いである。
「戦(や)るってんなら、相手になってやるぜ? 雪まみれの犬っころ?」
「手加減する気はない……。死にたくなければ、引け」
「テメェ相手に撤退とか、馬鹿な事ほざいてんじゃねぇぞ!! この番犬野郎!!」
右手を竜手へと変化させ、威勢よく雪の降り積もった部屋の真上の地を蹴ったカインではあったが、一歩踏み出した瞬間……つるりと滑って顔面から倒れ込んでしまった。雪を舐めてはいけない……。そんな教訓が脳内に刻まれたカインが、ぐぐっと根性で体勢を立て直し、アレクを睨み付ける。
けれど、アレクはその睨みも何のその、邪魔者よさらばと言わんばかりに煙突へと突進し、一気に中へと飛び込もうとしてくる。
――ガバッ!!
「――っ!?」
瞬間、カインが煙突の入り口にしがみ付き、まさかの強制封鎖である。
「はっ! どうだ? これで入れねぇだろうが……」
「……」
不敵にニヤリと笑って視線だけ寄越すカインに、アレクの額にピキリと嫌な青筋が浮かび上がる。
何があっても自分を幸希の許に行かせない気か……。
アレクは彼らしくもなく、苛立たしげな舌打ちを鳴らすと、ポン! と、軽快な音を立てて、狼の姿へと変化した。
犬歯を剥き出しにし、ガルル……と獰猛に唸った直後。
――ガブっ!!
「痛あああああああああああ!!」
「ガルルッ!!」
まさに……、幸希の為なら容赦なしのアレクである。
煙突の入り口を塞いでいるカインのお尻に服ごと噛み付いて引き剥がそうと実力行使に出た。
しかし、それでもカインは離れない! 根性で煙突の番人をやり通す気満々である!!
……そのまま煙突の中に先に落ちてしまえば、自分が勝ちだとも気付かずに……。
「この駄犬野郎!! とっとと諦めて……帰り、やが、れぇええっ!!」
「ガウゥゥゥゥゥゥ!!」
せっかくの神秘と夢の世界ともいえる雪景色と聖夜の風情を台無しにする光景である。王宮中に響き渡るかのようなカインの怒声を耳にしながら、幸希の部屋のテラスの外側に立っていた別の影が、溜息と共に上の様子を見上げているとも知らずに……。
「ねぇ、ルイちゃん……。あの子達さ、煙突に拘りすぎじゃないかなー」
「赤い服のプレゼントを背負った老人、……向こうの世界にいるというサンタクロース。屋根の煙突から不法侵入し、子供の枕元にプレゼントを置いていく老人、という話だったな」
「ルイちゃーん……、不法侵入ってのはやめようね? 子供の夢をぶち壊すから」
アレクやカインと同じく、サンタクロースの仮装に身を包んでいるサージェスが、自分と同じ格好のルイヴェルにツッコミを入れている。
ここにいる目的はひとつ。部屋の中にいる幸希の枕元にプレゼントを置きに行く事だ。だが、部屋の真上では、絶賛恋敵同士が面倒な攻防の真っ最中である。
「眠っている幸希には、煙突から入ったかどうかなど関係ない事だからな。俺達は普通にテラス側の窓を開けて入ればいい」
「あとで皇子君達からどやされそうだけどねー。でもまぁ、あの二人のやんちゃに首を突っ込む気も起きないし、ユキちゃんの傍にプレゼントを置いたら、ゆっくり可愛い寝顔を楽しみますかねー」
「真上にいる二人のせいで、起きている可能性もあるんだがな?」
とりあえず、先に中の様子を確認してみようと、テラスの窓に近付く二人。
部屋の中は、幸希がぐっすりと深い眠りに入っている為、その気配を感知した魔術道具が灯りを消し去ってしまっているようだ。
見事に真っ暗である……。しかし、それが幸希の熟睡を示している事の証明でもある。ルイヴェルは中の鍵を術で難なく開錠し、サージェスと共に部屋の中へと足を踏み入れていく。
ここからは、決して物音ひとつ立てず、小声で話しながら事を済ませる必要がある。寝台へと辿り着くと、すでに幸希の枕元の周りには、幾つかのプレゼントが置かれていた。
恐らく、ロゼリアやルディー、セレスフィーナなどの先客があったのだろう。
「何か、すごーく真上の騒音が酷いんだけど、ユキちゃん、よく眠ってられるね……」
「昔から、悪夢でも見ない限りは、ぐっすり朝まで寝る体質だったからな、こいつは」
「あぁ、確か、ルイちゃんはユキちゃんの幼い頃を知ってるんだったねー。ちっちゃいユキちゃんかぁ……、いいなぁ、今度『記録』見せてよ」
「断る」
寝台の中、毛布に包まって健やかな寝息を立てているユキを観察しながら、ルイヴェルは冷やかにサージェスからの要望を一刀両断した。
幸希と過ごした懐かしい過去の『記録』をサージェスになど見せたら、色んな意味で勿体ない。
昔うっかりと、サージェスに幼かった幸希との『記録』を見られた事もあるが、大人になった幸希に対して好意を抱いている男には、もう見せてなどやるものかと……、大人げないにもほどがあるケチさを見せるルイヴェルであった。
「ルイちゃんって、意外に心狭いよねー……」
「愚痴っていないで、さっさと物を置いたらどうだ?」
すでにルイヴェルは自分が持って来たプレゼント、真っ白な小箱に緑色の紋様が入ったそれを幸希の枕元に置き終わっており、サージェスもそれに習うように自身が用意してきたのは、長方形の、少し大きな青色の箱だった。
「ちなみに、ルイちゃんのプレゼントの中身は?」
「髪飾りだ」
「あぁ、なるほどね。だからあの大きさなんだ。コンパクトサイズの可愛い感じが良いよね。ちなみに俺のは、ガデルフォーンの有名靴職人に作って貰った、可愛いブーツだよ」
どちらも、本人に身に着けて貰う物を用意してきたようだ。
それぞれの頭の中には、自分が送ったプレゼントを身に着けて微笑む幸希の姿があるのだろう。
サージェスは普段からニコニコとしているものの、それがさらに深まっているし、ルイヴェルの方も、冷静沈着な態度と知を宿す深緑の双眸に、和んだ喜びの気配が宿っている。
「ん~……」
不意に、幸希が寝返りを打ち、その瞼がゆっくりと開いた。
不味い……起こしてしまったのだろうか? そう内心で危惧した二人ではあったが、上半身を起こした幸希は、いまだ意識は夢の中らしく、ぼーっと……自分達の方を眺めている。
「……ルイ、おにいちゃん?」
きょとんと……、可愛らしく首を傾げる幸希の発した言葉は、恐らく意識がいまだ夢の中にあるのか、幼い頃の喋り方をなぞっている。
「このままでは覚醒してしまうな……。術で眠らせるか」
「と言いながら、ルイちゃん。嬉しそうな気配が背中から滲み出してるよ?」
「気のせいだ」
幸希の顔に手を翳し、再びぽふんと寝台に倒れ込んでいく幸希を視界に映しながら、昔の愛称で呼ばれた事に、内心で喜びの感情を抱いている王宮医師へ、サージェスの的確な指摘が入る。
けれど、ルイヴェルは何の事だとばかりにそれを一蹴し、自分達の仕事は終わったのだからさっさと帰るぞと寝台に背を向けてしまう。
「せっかく来たんだし、もう少しユキちゃんの幸せそうな寝顔を見て行こうよー」
「真夜中に不審者のような真似をやらせるな」
「そんなの、不法侵入した時点で今更って感じだけどねー」
と、居座る気満々で寝台に腰かけたサージェスに呆れの溜息を吐いたルイヴェルが、サージェスを一人残して帰るのも不安だと判断したのか、寝台の反対側にまわり、浅く腰かけた。
「そういえばユキちゃんって、今幾つだっけ」
「二十歳だな。向こうの世界では成人済みらしいが、こちらの世界ではまだ子供だ。
あと十年は経たなければ、大人の姿にはならないだろう」
「二十年かー……。本当、まだまだ幼いよね」
狼王族から見ても、サージェス達ガデルフォーンの魔竜の一族から見ても、幸希は少女期にあたる子供のようなものだ。
日々、自分に出来る事を増やそうと、多くの事を学ぶ幸希ではあるが、早く自立した大人になろうと努力する幸希を見ていると、少しだけ……二人は寂しさを覚えてしまう。
そんなに急いで大人になどならないでほしい。まだまだ自分達にとって、可愛い子供のままでいてほしい。
歳の離れた兄のような気分で、二人は幸希の事を見守っている。
……と、センチメンタルな気分を感じていると。
――ドスゥゥゥゥゥン!!
……煙突から直結している暖炉へと、新たな不法侵入者が派手な音を立てて落っこちてきた。
顔も服も、全身煤(すす)だらけ状態の……喧嘩の最中にミニ竜化したらしきカインと狼姿のアレクは、お互いに縺れ合うように暖炉から這い出してくる。
あの煙突は……、今日だけの特別仕様だったのだが、どうやらリアリティを求めるあまり、煤(すす)にも拘っていたようだ。
あぁ……、幸希の部屋に敷かれてある薄桃色の絨毯が台無しである。
「お前達……、もう少し静かに入って来れなかったのか?」
「凄い音だったけど、ユキちゃんに術をかけておいて良かったねー……。あ、皇子君、アレク君、あんまり動かないでくれないかな。部屋が汚れるからね」
非常に冷めた視線を貰ってしまったアレクとカインではあったが、こちらの言葉が聞こえていなかったのか、いまだに口喧嘩をしながら絨毯の上を這って寝台へと向かおうとしている。
「はぁ、はぁ……いい加減、離れやがれ、このクソ野郎っ」
「それはこちらの台詞だ……。お前には、先は、行かせん」
もうすでに、真っ赤な服のサンタさんなどではない。
煤で真っ黒けっけに染まり上がった不審者にしか見えないアレクとカインの進路を、ルイヴェルとサージェスが立ち塞がって阻むと、寝台に近寄れないように結界を展開する。
「ああっ!! テメェら、何しやがんだああああ!!」
「ルイ、サージェス、……何故、邪魔をする」
「うん、自分達の姿を一度じっくりと自覚してから発言してくれるかな?」
「煤は病気の素にもなるからな……。その姿で幸希の許に向かうのは許可出来ん」
煤に塗れた二人、いや、二匹の獣のせいで、すでに絨毯は悲惨な浸食を果たされている。幸希が朝に目覚めた時、恐怖の悲鳴を上げる事は確実だ。
正論を吐かれているにも関わらず、それでもアレクとカインは、プレゼントを幸希に届ける事だけに思考が集中しているらしく、結界をバンバンと叩きながら猛烈な抗議をしてくる。
「こんな結界ぶち壊してやる!!」
「幸希の所に行かせてくれ、ルイ」
「プレゼントだけ預かってあげるから、さっさと元来た道から帰ろうね?」
「何でテメェなんかに預けなきゃいけねぇんだよ!! 俺は自分の手でユキにこれを渡しに行くんだ!!」
自分の口に大きな白い袋の先を銜えて怒鳴るカインと、以下同文状態で不満の視線をルイヴェル達へと向けるアレクである。
やっと室内に入る事が出来たのだ。あとは這ってでも、幸希にプレゼントを届けなければ。
ある意味一途で健気な二人ではあるが……、残念な事に煤だらけである。
さて、困ったものだ……と、ルイヴェルとサージェスが腕を組んで溜息を零していると、またまた面倒な闖入者が煙突の中を叫びながら落っこちてきた。
先に落っこちてきた二人同様、煤だらけで真っ黒になっている……ウォルヴァンシアの王。
「あいたた……」
腰を擦りながら暖炉から抜け出して来た国王陛下こと、レイフィードは、先客の姿を目にし、じとっと……咎めるような視線を投げて寄越した。
「君達、こんな真夜中に僕の可愛い姪御の部屋に不法侵入とは、……いい度胸だね?」
そういう自分も不法侵入者だろうが……。
その場の全員が口には出せないツッコミを寸での所で呑み込んだ。
いや、その中で、カインだけは勇ましくレイフィードに正直な感想を叫んでいた。
「姪御の部屋に不法侵入するおっさんに言われたくねぇよ!! ってか、何だよ、そのクソでけぇ荷物は!! どうやって煙突の中をすり抜けて来たんだよ!!」
「あー……、確かに、凄い物が入ってそうだよね。王様のサンタ袋」
暗い部屋の中、立ち上がったレイフィードの背には、どう考えても大きすぎる物体が入っていると思われる白い、サンタ袋の姿が見えていた。
「ふふ~ん! これはね、ウォルヴァンシアが誇る職人さんに頼んで作って貰った……、幸希ちゃんと天使をコラボレーションした氷像が入っているんだよ!!」
「非常に置き場に困る物をプレゼントに選ぶのは如何なものでしょうか……」
幾ら姪御の事が大好きな叔父だとはいえ、そんな物を貰っても、幸希は曖昧な苦笑を浮かべてレイフィードに気を遣うだけだろう……。
それをわかっているルイヴェルが、一応控えめに進言してみたが、姪御愛に溢れている国王に、そんな言葉は聞こえたりなどしてはいない。
人の創り上げた結界を容易く突破しながら寝台へと歩み寄ると、ドスンとラッピングされた幸希天使の像入りのそれを寝台の傍に置いた。
「おい、何であのおっさんは止めねぇんだよ!!」
「止められると思うのか?」
「止められないよね、あの王様の場合……」
なにせ、ウォルヴァンシア王国の最高権力者である国王陛下が相手だ。
王宮仕えをしているルイヴェルとサージェスからすれば、逆らう事の出来ない対象でもある。
故に、煤で絨毯が汚れようが、その指先が幸希の頬を撫でて煤で黒く染まろうが、……止める権限が二人にはない。
「いやぁ~、僕の姪御ちゃんは寝顔も天使のようだね~。あ、今、寝言で、僕の名前を呼んだよ。うんうん、可愛いね~」
「うわー、王様ってば、物凄くご機嫌状態だよ。あれ、暫くの間、居座る気満々じゃないのかなー」
「くそぉぉっ、何であのおっさんに先越されるんだよっ。って、ルイヴェル!! サージェス!! さっさと結界を解きやがれ!!」
「はぁ……。陛下にも困ったものだ」
煤だらけの国王が介入した事により、ルイヴェルとサージェスは仕方なく結界を解き、アレクとカインにも道を開ける事にした。
絨毯だけでなく、寝台や幸希の頬にも煤の痕が見られるが、……あとで綺麗にしてやる必要があるな、と、ルイヴェルは嘆息する。
アレクとカインが、それぞれのプレゼントの入った箱を幸希の眠る枕元に置こうとしているが、姪御愛の叔父が場所を陣取っている為、なかなか目的が果たせない。
仕方なく反対側にまわり、アレクとカインは寝台に乗り上がると、枕元へとそっとプレゼントの箱を置いた。
アレクは深みのある蒼い小箱。カインは赤い箱を幸希の傍へと置き、ようやく今夜の目的を果たせたと、ほっと安堵の息をつく。
「ユキ……、俺の想いを込めた贈り物は、お前を喜ばせる事が出来るだろうか?」
ユキの寝顔を見つめ、狼の姿ながらも、その眼差しに優しい気配を宿したアレクが微笑む。
「でもよ、朝起きたらこいつ、滅茶苦茶驚くんじゃねぇか? 俺達よりも先に来た奴らが置いていったプレゼントもあるし、すっげぇ戸惑いそうだよな……」
ククッと喉の奥で笑いを漏らし、カインはそっと幸希の傍を離れていく。
沢山のプレゼントに囲まれて目を覚ます幸希の姿を想像しながら、他の者達もほくそ笑む。
きっと何事だろうかと、この少女は慌てまくって驚くに違いない。
「きっとユキちゃんの事だから、自分は子供じゃないのに貰えません!! って言うんだろうね~。ふふ、だけど、僕達の世界では、まだまだユキちゃんはお子様年齢だからね。プレゼントも皆の想いも、ちゃ~んと受け取って貰うよ?」
「いやぁ、王様のプレゼントだけは……ユキちゃん、絶対困ると思うんだけど」
「何か言ったかな? サージェス君?」
「怖っ!! 笑顔なのにこの王様怖いよ!! ルイちゃん、助けてー!!」
「はぁ……、自分で蒔いた種は自分で狩りとれ」
本当に、術をかけていなければ、幸希はとっくに目を覚ましているはずだ。
ルイヴェルが眉間を指先で揉みほぐしながら呆れていると、……騒々しいこの状況に気付いたのか、毛布の中から桃色ボディの大きな動物が這い出して来た。
ぼへ~っと、その場にいる全員を流し見ている可愛らしい動物こと、幸希の飼っているファニルだ。
「ニュイ~……」
完全に寝惚けているのか、ファニルは欠伸と共に大口を開けると、ルイヴェル達が止める暇もなく、傍にいたアレクとカインを予告もなく丸呑みしてしまった!!
ごっくん……。その場に……恐ろしいまでの緊張が走る。
「これ、完全に寝惚けちゃってるね……」
「おい、今度は俺達に標的を定めたようだぞ」
「ルイヴェル、サージェス君……、とりあえず、逃げようか!!」
「了解!!」
「御意」
ファニルが大口を開け、再び襲い掛かろうと牙? を剥いた瞬間、残された三人はそれぞれに逃げ場を求め、部屋を飛び出して行った。
しかし、寝惚けて本能だけになったファニルは、想像以上に難敵だ。
扉に向かい脱出を試みようとするレイフィードをぱくりと呑み込んでしまい、尊い犠牲? は、三名になってしまった。
助けなければ……、と、残されたルイヴェルとサージェスが思うわけもなく、二人はすでに脱兎の如く逃亡を成功させており、犠牲となった三人が助け出されたのは、翌日の午後の事だった。
ルイヴェルは姉のセレスフィーナに特大級の雷を落とされ、サージェスも何故か一緒にお説教を受ける羽目になったという。
勿論、呑まれて恨みを抱えたアレク、カイン、レイフィードにも、その後、報復とばかりに追いかけ回されたのは、言うまでもない。
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