ソフトクリームと私達の昼下がり

「はい、べリムとバニラのソフトクリームお待ち!!」


「ありがとうございます」


 休日の午後、私はウォルヴァンシア王都にある大広場で出店のソフトクリームを買っていた。

 ストロベリーによく似た色合いと味のそれと、バニラのソフトクリーム。

 それを三時のおやつにしようと購入した私は、大広場の隅にあるベンチへと向かった。


「ふぅ~。んっ……、ふふ、美味しいっ」


 ウォルヴァンシアに住んでいる精霊さん達に何か変化があったのか、今日はいつもより少し暑い。

 本屋さんで買ったお菓子や料理の本が入った紙袋を横に置き、ソフトクリームをぺろぺろと舐めながら空を見上げてみた。うん、初夏の青って感じがする爽やかな空だなぁ。

 甘くて冷たいソフトクリームを一人で黙々と食べながら、次の予定を考えてみる。

 一応、本を買うという目的は果たしている。となると、次は……。

 ウインドウショッピングをしてもいいし、まっすぐ王宮に帰るのもいい。

 

「どうしようかなぁ……」


「よっと、邪魔するぜ」


「え?」


 これからの予定を組み立てていると、私の左側へと黒い影が腰を下ろしてきた。

 その手にチルフェートとバニラの組み合わせで作られたソフトクリームを手にこっちへと視線を向ける、真紅の双眸と、魔性の美貌。

 

「カインさんもお出掛け中だったんですか?」


 この時間帯なら、王宮の敷地内にある小さな森の図書館でお昼寝でもしているかと思ったのに。

 というか……。


「カインさん、甘い物苦手でしたよね?」


「ん……。この程度なら問題ねぇよ。それに、普段よりも暑く感じるせいか、冷たい物(モン)が丁度良いだろ」


「ふふ、そうですね。でも……」


「なんだよ」


 クスリと笑みを零して、私は怒られるかなぁと思いながら言ってみた。


「カインさんとソフトクリームの組み合わせって、なんだか可愛いですね」


「なっ!! か、可愛いわけがねぇだろうが!! ……つか、お前の方が」


「何ですか?」


 私から視線を逸らしたカインさんが、何に急き立てられているのか、ソフトクリームを高速で食べ尽し、またこっちに向いた。

 

「口の端……、付いてるぞ」


「え? んっ……、あ、ありがとうございますっ」


 ほんのりと薄桃色に染まっているカインさんの頬。差し伸べられてきたその右手の親指に、口の端のクリームをぐいっと拭って貰った。

 子供みたいで何だか恥ずかしかったけれど、次の瞬間にはその感情も吹き飛んでしまう。

 だ、だって……、引いたその手の親指を、カインさんが小さく舌を出してぺろりと!!

 以前に初めて一緒に出掛けた先での気恥ずかしい思い出が蘇り、私は口をパクパクとさせてしまった。カインさんは時々、こういう大胆な行動を平気でやるから困るっ。


(それに……、お願いだから!! その魔性の美貌から魅惑のフェロモンをダダ漏れ放出で私を見つめないでほしい!!)


 思わず横にずれて距離をとろうとしたけれど、その分だけカインさんがずいっと身を寄せてくる。

 こ、こんな真昼の大広場の片隅で何がしたいんですか、貴方は!!


「まだ……、付いてるぞ」


「へ? あ、あのっ」


 肩に手をかけられ、ゆっくりと近付いてくる……、心臓に悪すぎる魔性の美貌顔!!

 慣れたつもりではあるけれど、至近距離になると思考が真っ白になるというか、何か危険な気配が!! けれど、カインさんは逃れようとする私をしっかりと捕らえ、顎先を指で持ち上げてしまう。


「じ、自分で取れますから!! お、お気遣いなくっ!!」


「お前……、さっき俺に可愛いとか言ったよな?」


「は、えっと……、は、はいっ」


 ソフトクリームを食べている時のカインさんは、どことなく子供的な気配があって、見た目とのギャップが可愛い、と、そういう意味で言ったのだけど……。

 これは……、怒っている、わけではなさそう。

 

「可愛いってのはな、男が女に言う台詞で……、そういう顔を見せた女のせいで」


「ちょっ、か、カインさんっ、近付きすぎですって!! あのっ、ちょっ、なんか目が、目がっ」


 ここがどこだか絶対わかってない!! 絶対忘れてる!!

 真紅の双眸に堪え切れない熱の気配を浮かべ、カインさんの吐息が触れ合うぐらいに近付いてくる。


「覚えとけよ……。そういう顔してたら、男が煽られちまうって事をな」


 煽るって何!? その視線の強さと熱に囚われてしまった私は、大慌てで逃げようとしたけれど。

 自分の世界? にドハマリしてしまっているカインさんは強敵だった。

 さっさと落ちてこい……、と言いたげに、真紅の双眸が妖しい揺らめきさえも宿してゆく。

 ど、どどどどどどどどど、どうすればいいの!? 

 とろりと……、私のソフトクリームからべリムとバニラのクリームが混ざり合いながら伝い落ちる。――と、その時。


「んぐっ!!」


「――んっ!?」


 突然、背後から硬い感触に口を塞がれてしまった私と、その硬い何かにぶちゅっとカインさんの唇がぶつかってしまった。

 何だろう……、何が起こっているんだろう……。すぐ後ろから、背筋が凍り付きそうなぞくりとする気配を感じるっ。


「時と場所と、関係性を弁えたらどうだ……? カイン」


「うげっ、ぺっぺっ!! ルイヴェル!! テメェ、何しやがる!!」


「ん~!! ん~!!」


 私の窮地を救ってくれたのは、背後から絶対零度の黒いオーラを放っているらしき……、何故ここにいるのか全くわからない、ルイヴェルさん!!

 気のせいかなぁ……、後ろから地鳴りのような何かが聞こえてくる気がするっ。


「お前が堪え性のない思春期大爆発の竜だという事は把握しているが、ユキが誰も選んでいない状態で、勝手に強引な行動に出るのはルール違反だろう?」


「誰が思春期大爆発竜だぁああああっ!! そ、それに、俺はただ、ユキの口についてたクリームを取ってやるつもりで……っ」


「そうか……。たかがクリームを拭う事ぐらいで、お前は発情するわけか? 随分と理性度の低い獣になり果てたものだな?」


「あああああああっ!? 今なんつった!? 誰が理性度の低い獣だ、こらぁああっ!!」


 はぁ……。助けて貰った事には感謝するけれど、新たな面倒事が起きてしまった。

 人の地雷を遠慮なく踏んでいくルイヴェルさんの物言いのせいで、カインさんが今にも竜体に変化しそうな気配で怒りをヒートアップさせてゆく。

 というか……、ルイヴェルさんもカインさんも私も、半分は獣ですよ。種族的な意味で。

 それと、いつまで私の口をその大きな手で塞いでいる気なのかなぁ……。


「ん~……!! んっ、んんんんん~!!」


「あぁ、苦しかったか」


「ぷはぁっ、……はぁ、はぁ、ルイヴェルさん、カインさんをあまりいじらないでください。最初に出会った頃に比べたら、……ほんの少し? は、大人になってるんですから」


「ユキぃいいいいいっ!! お前まで何言ってんだ!! 俺はお前の幾つ上だとっ。それに、なんで疑問形なんだよっ、おい!!」


 そうやって素直に大げさな反応で怒るから、子供なんですよ……。

 とは言わないでおく。怒りの矛先を完全に自分へと向けられたくないから。

 それにしても……、あぁ~……、ソフトクリームがどろどろにっ。

 大慌てでそれを食べ始めると、私の右隣に座り直した白衣姿のルイヴェルさんが、銀フレームの眼鏡の奥から、じっと私を観察し始めた。……な、何だろう。


「まぁ……、確かに、カインがついぐらりと衝動的になってしまった経緯は、わからないでもない、か」


「んぐっ……!! な、なに言ってるんですか!?」


 突然何を言い出すのだか!! 慌てて食べたせいで、また口を汚してしまった私の顔をくいっと自分の方に向けると、その行動を把握するよりも前に、口の端に着いていたクリームを……。


「――っ!? い、今……、何をしました!?」


「お子様な王兄姫殿下に、忠実なる臣下として奉仕をしただけだか?」


 頬よりの端側とはいえ、い、今、この人……、自分の唇でちゅっとクリームをぉおおおっ!!

 涙が出るほどに真っ赤になった私は、べちゃりとソフトクリームを地面に落とした。

 

「うぅっ……、る、ルイヴェルさんの、ば、馬鹿っ!! なんて事をっ」


 決して唇を奪われたわけじゃない。だけど、だけど……!!

 気恥ずかしさと大事なものを奪われてしまったような複雑な感情で怒鳴ろうとした瞬間。 

大通りや王宮へと続く大広場の階段の方から……、何やら私の名を叫びながら突進してくる存在が見えた。


『ユキぃいいいいいいいいいいいいいいい!!』


 地煙を上げながら全速力で走ってくるあれは……、


「アレクさん!!」


 美しい毛艶を纏う大きな銀毛の狼さんの姿のアレクさんが、私の姿を大広場の片隅に認めた瞬間、勢いよく飛び込んできた。


『ユキ!! 無事か!!』


 急ブレーキよろしく私の前で鮮やかなハンドル捌き、じゃなくて、足捌きで急停止したアレクさんが、私の傍にいた二人を交互にみやり、グルル……!! と、唸った。


『ユキを悲しませたのはどっちだ? 正直に白状しろ。一噛みで終わりにしてやる』


「落ち着け、アレク……。カインも悪気があってやったわけじゃない」


「おい待てぇえええええっ!! さりげに俺が全部悪いみたいな言い方すんなぁああああっ!! おい、番犬野郎!! 悪いのはこいつだぞ!!」


『わかった……。どちらも腕を噛み千切ってやるから、ユキに心からの詫びを捧げろ』


 ぎらりと、アレクさんが口から鋭い牙を見せつける。

 いやいや、何もそこまでしなくても!! 確かに、カインさんから困った事態に持ち込まれかけたし、ルイヴェルさんに至っては吃驚と大事なものを奪われたような切なさがあるけども!!

 私は大慌てでアレクさんの首にしがみついた。


「大丈夫です!! 大丈夫ですから!! そこまでの大罪じゃありませんから!!」


『ユキ、お前の慈悲はこいつらをつけあがらせるだけだ……。俺が、お前の悲しみを奪う剣となろう』


 なんかどっかで聞いたような台詞だけど、片方は貴方の大事な友人ですよね!?

 腕を噛み千切るなんて物騒極まりない事言っちゃいけませんよ!!

 けれど、私の目の端に涙の粒が浮かんでいる事が、アレクさんにとっては許せないらしい。


『さぁ、腕を差し出せ……、不埒竜、ルイ』


 一体アレクさんの頭の中で、私はどれだけ酷い目に遭った事になっているのだろうか……。

 いつもだったらもう少し穏やかなはずなのに、何故こんなにも荒立ってしまっているのだろう。

 よしよしとその大きな頭を撫で、必死にお願いするけれど、……全然聞いてくれない。


「いつものアレクさんらしくありませんよ? 何かあったんですか?」


『……夢を、見た』


「夢?」


「あ~……、なんか嫌な予感がすんなぁ。どうせろくでもねぇ夢だろ?」


「大方……、ユキに関する夢なのは間違いないと思うがな」


 その瞳に苛烈な意志の強さを揺らめかせながら、アレクさんは語ってくれた。

 どこかの国のお姫様に生まれた私が、継母のルイヴェル女王様に疎まれ、森へと追われる事になったとか……。森で出会った狩人さんに逃がして貰ったけれど、最後には毒リンゴで命を奪われた私を救ったと見せかけて、不埒なカイン王子様が私を攫い、監禁した、とか……。

 うん、どこかで物凄く聞いた事がある話だけど、その配役は一体どういう事なのかな!? アレクさん!! でも、なんとなくわかった……。

 私が不幸な目に遭うという悪夢の影響で、アレクさんは……。


「ちゃんと起きているように見えますけど……、寝ぼけてますね? アレクさん」


『……俺は、起きている』


 と、自分は正気だと言いたげにじっと私を見つめたアレクさんだけど、……五秒後に、ふらりと力を失ってその場に倒れ込んでしまった。


「寝ぼけていたな、確実に……」


「すげぇ腹の立つ配役の悪夢から起きた後にユキを捜しに来たのはわかったけどよ……、まさかの寝起きボケかよ。ある意味すげぇな、こいつ……」


「昔から、ごくたまにではあるが、寝起きに馬鹿をやらかす事があったと記憶しているが……、今回のは特に酷かったな。主に、俺の扱い方が」


「いや、俺の方もかなりのもんだっただろうが!! 腕を噛み千切るとか言われたんだぞ!!」


 ぐーぐーと、大広場の片隅で眠ってしまったアレクさんをひょいっとその肩に抱え上げたルイヴェルさんに、カインさんが異議あり!! と、食ってかかる。

 まぁ、カインさんに対しては普段からの仲の悪さがあるからか、あまり変わらないような気もしたけれど……。ルイヴェルさんにまで腕を噛み千切ると言ったのには、少しだけ驚いた、かな。

 大通りの方に向かって歩いて行くルイヴェルさんとカインさんを見送りながら、ベンチへと座り直す。


「ふぅ……。ソフトクリーム、もう一個、買おうかな」


 今度は一人で、落ち着いて、全部食べられるといいなぁ……。

 少しだけ騒がしい一幕があったけれど、ようやく落ち着いて午後の休日を過ごせる。

 その事にほっとしながら、私はお空の上の方で輝く太陽に向かって笑みを浮かべたのだった。

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