IFルート・サージェスティン編~真夏の華と、誘い~

 ※サージェスティン→幸希への片想い編です。



「いやー、今日は朝から真夏日和だったよねー。俺のとこなんか、朝から団員達がバタバタ倒れちゃって、ははは、鍛え方が足りないよねー」


 私の部屋の外窓に付けられた風鈴が、可愛らしい涼やかな音を立てる。

 テラスへと続く部屋と外の境目にある縁に腰かけている青年。

 ガデルフォーンの騎士団長でもあるサージェスティンさん……。

 彼は、日本の夏に良く見かける浴衣(紺色)を身に着け、夜空を見上げながら|団扇(うちわ)をパタパタと顔に扇いでいる。

 確かに今日は、朝から真夏日和で体調不良者が出る程に暑かった。

 今もまだ、少しは涼しくなったとはいえ、暑い事に変わりはない。

 けれど……、何故この人はわざわざ、転移の術を使って私の部屋に来ているんだろう。


「そろそろ良いかなー。よっと」


 バシャリと、水音を立てて大きなタライから巨大なスイカを持ち上げたサージェスさんが、私にお皿とナイフを持って来るようにと指示を出す。

 いえ、だから、何で、あえて、ここでスイカを冷やして食べようとしているんですかっ。


「ユキちゃん、早くしてねー」


「あ、は……はい」


 お茶を用意する為の棚に向かい、言われた通りに、大き目のお皿を一枚手に取って戻った。ついでに、ナイフもその上に置く。

 サージェスさんはニコニコとナイフを手に取り、スイカをポーンと宙に投げると、


 ――ドササササッ!!


「す、すごい……!!」


 スイカはあっという間に食べやすい大きさに分けられ、お皿の上にへと着地した。

 いつ切ったのかも見えないほどに、鮮やかな作業工程。


「さ、一緒に食べよっか」


「え? 私も食べて良いんですか?」


「はは、当たり前でしょー? ユキちゃんとまったりしながら食べようと思って持って来たんだからね」


「わざわざ、ガデルフォーンからですか?」


 この世界、エリュセードの裏側にあると言われるガデルフォーンは、転移の術を使えばあっという間だけれど、実際はとても遠い場所にある。

 その国の騎士団長であるサージェスさんは、その役職の通り、日々、多忙な毎日を送っている人……の、はずなのだけど。

 何故この真夏日和の日に、わざわざウォルヴァンシアに……、というか、私の部屋に来たんだろう……。

 疑問に思っていた私に、サージェスさんはニコッと笑って口を開く。


「だってねぇ……、今日一日、俺、騎士団長職と医者の立場フル発揮で、団員や王宮の人達の治療にあたったり指示出したりで、もう嫌になるぐらい、げっそりなんだよー……」


「じゃあ、皇宮で休んでいた方が」


「嫌だ!! 一日あんなに頑張ったんだから、可愛い子に癒されたいもんなんだよー」


「いえ、だから、なんでそれで私の所に来ることになるんでしょうか」


「ユキちゃんが俺のお気に入りさんだからかなー」


「……はぁ、そうですか。ありがとうございます」


「というわけで、……ふふー、これ、着てみよっか!!」


 私も今日一日、王宮医務室の方で体調を崩してしまった人達の治療の手伝いで、とても疲れている。夕食の時もつい眠り込みそうになってしまうぐらいに……。

 部屋に戻ったらすぐに寝ようと思っていたのだけど……。

 まさかのサージェスさんの訪問を受けてしまったものだから、結局この状態。

 しかも、今度はどこから出したのか、女の子用の浴衣を私に差し出してくる。

 薄桃色の生地に、白い花が咲いている浴衣……。

 サージェスさん、何でこんなに用意が良いの?


「ここに来る前に、ウォルヴァンシアの北にある小国に寄って来たんだよ。で、ユキちゃんと俺用の浴衣を買って来たわけ。あ、サイズはバッチリジャストフィットを選んで来たから安心してねー」


 いえ、色々と安心出来ませんが。

 というか、いつ私のサイズを調べて把握したんですか!?

 若干引きながら口許を引き攣らせた私は、首を横に振ってサージェスさんに浴衣を返す。しかし……。


「俺、……すっごく疲れてるんだよね。もう、何て言うか、今にも倒れそうなほど?

 だから、ユキちゃんの浴衣姿で癒してほしいなー……って。……ねぇ、どうしても、駄目?お兄さんを過労死させない為にも、協力してくれない?」


 そんな……絶望満載の打ちひしがれた状態で言われましてもっ。

 ……はぁ、仕方ないか。このまま断り続けても、最後には押し切られるんだろうし。私はひとつ諦めの息を吐いて、浴衣を受け取り、着替えに向かった。


 ――……。


「サージェスさん、これで良いでしょうか?」


 着心地の良い浴衣に包まれて顔を出した私を、サージェスさんはポロッと団扇を落とし、満面の笑みで感想を口にし始めた。


「やっぱり思った通り可愛いね!! サイズもピッタリだし、色も良く似合ってる!! でも、ちょっとロングだとせっかくの浴衣が勿体ないねー。よし、こっちの鏡台の前に座ってごらん。お兄さんが結い上げてあげるから」


「いえ、そこまでして頂かなくても……」


 この人、何でこんなに楽しそうにノリノリなんだろう。

 一日働きづめで疲れてるって言ってたのに……、パワーが溢れ出ているような気が。サージェスさんは私の手首を掴み引っ張ると、椅子に座らせて勝手に髪をいじり始めてしまう。

 蒼色の長い髪をブラシで梳いて、器用にくるくると結い上げて浴衣に似合う髪形に変えていく。首筋に時折触れる指先の感触が、少しくすぐったい。

 後ろから鼻歌が聞こえるし、サージェスさん、本当に楽しそう。


「サージェスさんって、器用なんですね」


「そう? 結構やってみると楽しいからね。団員の子達の髪も、時々結ってあげてるんだよ」


「そうなんですか……」


 騎士団長さんが、団員の人達の髪いじりをしているとは……、ちょっと意外、かな。順調に形になっていく自分の髪の様子を感じながら、私は鏡越しに彼を見た。

 相変わらずの優しい笑みと……ご機嫌な声音。

 私の事を気に入っているとは言っていたけど、きっとお人形さんとか、近所の妹レベルなんだろうなぁ。

 気にして貰えたり、こうやって可愛がって貰えるのは有難いけれど、サージェスさん、明日も仕事じゃないんですか?

 ここでこうやって過ごしていたら、貴重な睡眠時間が無くなってしまう。

 少し心配になってサージェスさんに問いかけると、彼はまったく気にした様子もなく、こう言った。


「睡眠よりも、俺は自分が充実した時間を過ごせる事を選ぶね。ユキちゃんに浴衣を着て貰って、こうやってヘアスタイルも担当させて貰える。寝てるより断然充実してる時間だよ」


「うーん、でも……、女の子の浴衣姿が見たいなら、ガデルフォーンの子達でも良くないですか?近場ですし、皇宮の中でもできますよ」


「あぁ、その選択肢は最初から俺の中にはないから」


「え?」


「俺はね、自分が気に入っている子に癒されたいんだよ」


「はぁ……」


 意味が良く分からなくて、曖昧な返事を返すと、サージェスさんは少し残念そうに苦笑する。そのアイスブルーの瞳を鏡の中の私に向け、少し真剣な様子を滲ませて囁き始めた。


「俺のお気に入りは、嫌かな?」


「……えーと。有難いな~とは、思いますけど」


 何だろう……。今すぐこの場を逃げ出した方が良いような予感がっ。

 髪を一度綺麗に纏めて結い上げるところまで終わったサージェスさんが、私の肩に手を置いて、耳元へと唇を寄せる。

 な、なんで、そんな近くに……。


「俺のお気に入りって、なかなかいないんだよ? その中でも、ユキちゃんはダントツでナンバーワンなぐらい、俺の中で、……特別なお姫様なんだけど?」


「――っ、さ、サージェス……さん?」


 何故遥かに年下の小娘相手に、艶を含んだ声音で囁いてくるの!!

 あぁ、これって……、物凄く嫌な予感が強くなっていくのだけど!!


「ぷっ……あはは、固まっちゃって可愛いねー。お兄さんにドキっとしちゃったかなー?」


「か、からかったんですね!! もうっ、心臓に悪い事ばっかりっ」


「そういう反応が可愛いから、俺に気に入られちゃうんだよー? ……っと、最後にこの髪飾りを差して、と」


「え?」


 私の肩からパッと手を離し、耳元から遠のいたサージェスさんが、噴き出すように笑った後に、私の髪へと何かを差し込んだ。


「浴衣を買う時に、可愛らしい簪を見付けてね。ユキちゃんに似合うと思って買って来たんだよ」


 後の状態が見えるように、鏡台の端に置いてある大きめの手鏡を持って、サージェスさんはそれを見せてくれた。

 真珠のように綺麗な宝玉と、薄桃色の花を思わせる装飾が施された、可愛らしい髪飾り……。

 両サイドには小さな鈴が付いており、サージェスさんがちょいっと髪飾りを揺らすと、その鈴が風に揺れる鈴蘭のように涼やかな音を鳴らした。


「うん、良く似合ってるねー。俺の見立てに間違いはない! ってね。じゃ、次はお化粧だね」


「あの、さすがにそこまでする必要は」


「それがあるんだよねー。はい、てことで、ユキちゃんの化粧道具貸してくれるかな?」


 何故この部屋の中だけの姿にお化粧がいるんだろう……。

 というか、サージェスさん、完全に私を着せ替え人形にしてますよね?

 何で騎士団長さんが、髪をいじれたり、お化粧にまで精通しているんですかっ。

 貴方の今までの人生の経歴に大いに疑問が募りますよ!!

 男の人にお化粧を施されるなんて、髪だけでも恥ずかしいのに……。

 首を振って結構ですと断ったけれど、サージェスさんはブレなかった。

 私をにこやかな視線だけで黙らせ、まるでマジックか何かのように、鮮やかな手さばきで、私を見違えるように仕立ててしまった。

 嘘……。自分でもこんなに綺麗には……。お化粧とは、いわばマジック。

 女性の美しさを惹き立てる為に、魔法のような効果を発揮する化粧道具達。

 勿論、それを使う持ち主の技術力がものを言うのだけど……。

 これ、プロの人がお化粧してくれたんじゃないかってぐらいに、……凄い。

 顔を完璧に変えたわけじゃない。

 私のパーツを活かして、よりよく魅力を表に惹きだせるようにという心遣いが見える。


「あの……、サージェスさん、この技術は、どちらで?」


「騎士団長になる前かなー。生きて行く為に色々技術を学ぶ旅をしてたし」


 生きて行く為に、何故男性が化粧の技術を……。あ、もしかして、変装をする為、とか?


「その不思議そうな顔も面白いねー。俺の過去、気になるのかな?」


「ええと、……謎が多すぎて、少し、気になります」


 そう答えた私に、サージェスさんはまた笑みを深め、

「俺だけのお姫様になったら詳しく教えてあげようかなー」とか言い出したので、丁重にお断りしておきました。

 この人は本当に、私をからかってばかりだなぁ。


「さて、準備も出来た事だし、そろそろ行こうか」


「はい?」


 首を傾げ疑問の声を向けた時には、すでにサージェスさんの腕の中へと抱き上げられていた。お姫様抱っこ……!!

 何か企んでる気がするな~とは思っていたけど、私をどうする気なの、この人!!

 足取りも軽く外窓へと向かうと、詠唱を紡ぎ転移の陣を出現させてしまう。

 え? もしかして、私、どこかに連れ攫われてしまうんじゃ!?


「さ、サージェスさん!! どこに行く気なんですかー!!」


「えー? ユキちゃんがあまりにも可愛いから、俺の部屋に戻って、食べちゃおうかなーと」


「絶対に嫌ですからああああああああ!!」


「はははっ、なーんて、冗談冗談。お兄さんは良識のある大人だよー? いたいけな女の子をパクッと頂いちゃうなんて、ないなーい」


 物凄く胡散臭いんですけど!!

 的確に私の動きを封じながら、サージェスさんは私を連れてどこかに転移していく。まぁ、サージェスさんみたいな大人の男性が、私みたいな子供をどうこうしようなんて、普通に考えてないとはわかっているけれど、また心臓に悪い悪戯をされるんだろうなぁ。私があたふたと慌てる様を見るのが好きみたいだし。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「はい、とーちゃく!!」


「ここは……」


 転移が終わり、サージェスさんに下ろされたのは、どこかの旅館らしき和室だった。懐かしい畳の匂い……、座布団に、座卓の上に置かれてある趣のある急須。


「エリュセードの中でも珍しい、異色の国でね。色々と趣があって楽しいんだよねー」


 私の腕を引き、和室の奥にあるテラスらしき場所に足を踏み入れると、そこにも座布団と座卓、それから、座椅子らしき物がある。

 座卓の上には、美味しそうな料理が並び、何かを見物する為の場所である事が窺える。


「あの、サージェスさん、どうしてここに」


「ふふ、せっかくだから、ユキちゃんと想い出づくりがしたいと思って、事前に予約を入れておきました、……ってね。それに、そろそろ、あれが始まる頃だから」


 サージェスさんが夜空の向こうを見上げると、私もそれを追うように視線を動かす。……あ。


 ――ドォォォン……。


「花……火?」


「あ、ユキちゃんも知ってた? うーん、きっと見た事ないって思って連れて来たんだけど、そっかー、見た事あったんだねー」


「いえ、見た事はありますけど、……綺麗」


 日本にいる時に見た時と一緒で、それは確かに夜空を彩る大輪の華、花火だった。

 けれど、魔力を行使した細工が行われているのか、似てはいても、また違った魅力を纏う夜空の華……。

 空を舞うように光が移動し、別の光と溶け合った瞬間、色とりどりの華を咲かせる。私はその光景から目を離せずに、見惚れ続けた。


「この季節になると、術者達が腕試しにとばかりに、頑張っちゃうみたいでねー。見た事があったのは誤算だったけど、どうかな? 気に入って貰えた?」


「はい……。こんなに綺麗で神秘的な花火……、初めて見ました」


「その反応を貰えたなら……首尾は上々、かな。……って、ユキちゃん、泣くほど感動したの?」


「え……」


 気が付くと、少しだけ驚いたように指摘したサージェスさんの言うとおり、私の目元には涙が滲んでいた。夜空に美しい華が、絶えず咲いては散っていく。

 他にも、術の陣を模したような神秘的な物もあった。

 魔術という存在があるこの世界だからこそ、花火を利用して色々な演出が出来るのだと、感動と驚きでいっぱいだった私は、微笑ましそうに笑うサージェスさんに頷いた。


「サージェスさん、今日はありがとうございました。綺麗な浴衣や、お化粧に髪飾り、それに、こんな素敵な花火まで見せて貰って」


「俺が仕事の疲れを癒したかっただけだからね。気にしなくて良いよ。でも、ユキちゃんのそんな顔が見れたのは、今日一番の収穫だね」


「うっ……、花火に感動して泣いた事は、出来れば、忘れてくださいっ」


「えー、勿体ない事言うねー。好きな子の表情は、何でも可愛くて記念に残しておきたくなるのになー」


「もう、またそういう事を言って……、ん?」


「あ、ユキちゃん、まだまだ追加の花火が上がってくるよー。見逃すとまた来年だから、しっかりと見ておいた方がいいよ」


「え? あ、あぁ、はいっ」


 今、何か……聞き逃してはいけないような事を言われた気がするのだけど、サージェスさんはいつもと変わりなく、私を幻想が集う夜空へと引き戻した。

 特に変わった様子もないし、……気のせい、だったの、かな?


 ――バターン!!


「こぉらあああああ、サージェス~~!! テメェ、何を勝手にユキをこんなとこまで連れて来てんだよ!!」


「ユキ、迎えに来た。今すぐ俺と一緒に王宮に帰ろう」


 美味しいお魚の味をはむはむと口の中で味わっていると、

 ここにいるはずのない、カインさんとアレクさんが、障子を蹴り倒して突入してきた。カインさん、それ……旅館の一部ですよ。


「おやー、ユキちゃんを連れ出したのが良くわかったね」


「隠しもせずに、転移の術を使えば、誰だって気付くと思うがな?」


「る、ルイヴェルさんまで……っ」


 二人の背後から歩み出て来た王宮医師のルイヴェルさんが、……いつ着替えて来たのか、浴衣を纏った状態で団扇を扇いでいた。

 なんでそんなに和と馴染んでるんですか……。いえ、とてもよくお似合いですがっ。あの団扇って……、前に私が地球のお土産にあげた、

 百均の……白地の団扇……だよね?

 でかでかと、姉命!! と、太い黒文字で書かれてあるのだけど、あれ、自分で書いたの? ……って、そうじゃない!!

 何故団扇の中でお姉さん大好きアピールをしているんですか、貴方は!!

 貴方の事を少しでも好意的に思ってくれているかもしれない読者の皆さんに、一気にズササーッ!! と、引かれても良いんですか!?

 固まったまま、ルイヴェルさん達を見ていると、サージェスさんが口を開いた。


「君達も座れば? 今、花火の真っ最中だし、見応えあるよー。それと、ルイちゃん、その団扇の文字、自分で書いたの?」


「いや、書いたのは、こいつだ」


 ルイヴェルさんが動じた様子もなく指差した先には、サージェスさんを睨みつけているカインさんがいる。

 ……あぁ、なるほど。ルイヴェルさんにあげた団扇に悪戯したんですね。

 そして、何故悪戯された恥ずかしい団扇を、普通に使ってるんですか……。

 猛者すぎる……。


「んな事よりも!! サージェス、ユキを返しやがれ!!」


「とっくに眠る時間は過ぎている。ユキ、睡眠バランスを整える為にも、早く戻らないか?」


「えーと……」


 アレクさんはアレクさんで、ルイヴェルさんの団扇には何も触れないし……、本気で私を連れ帰る事にしか興味がないようだ。

 だけど……、まだあの花火を、見ていたいような気もして。

 しょぼんと俯いていると、私の様子を観察していたルイヴェルさんが、スタスタとこっちに向かって歩いて来た。

 そして、私の隣の座椅子に腰を下ろすと、二人に向かって手招きを向ける。


「どうせ俺達が来た以上、サージェスの望む事は起こらないだろう。花火が終わるまでは、お前達も寛いだらどうだ?」


「はぁ? ルイヴェル、テメェ何言って……うっ」


 私の気持ちを察したかのように腰を下ろしてくれたルイヴェルさんに、カインさんが噛み付こうと文句を放とうとしたその直後。

 私が向けた懇願の眼差しに、カインさんが言葉を詰まらせた。

 アレクさんも、私が花火をまだ見ていたい事を察し、ひと息だけ溜息を零した後、ルイヴェルさんとは反対の、私の隣へと腰を下ろしてくれた。


「ユキが望むなら、俺はそのひとときを傍で見守ろう」


「アレクさん、……ありがとうございます」


「俺にはないのか?」


 珍しくお礼の催促をしてきたルイヴェルさんに苦笑し、私はアレクさんにしたように、お礼の言葉を向けた。

 あぁ、そういえば、幼い頃は、日常茶飯事的に色々とルイヴェルさんに要求されていたような……。

 プリンが欲しければ代償を払え、とか、絵本を読んで欲しかったら以下略……。

 今思うけど、幼い頃の私、どうして意地悪されるってわかってたのに、帰省の度にルイヴェルさんを探し回って、相手をして貰えるようにせがんでたんだろう。

 本当に不思議だ……。少しだけ遠い目をせざるをえなくなった私の耳に、カインさんの大げさな溜息が聞こえた。


「クソっ……、見たらすぐ帰るからなっ」


「皇子君、こっちおいでー。師匠と一緒に花火鑑賞しようかー」


「誰がテメェの隣になんか座るかよ!! おい、ルイヴェル、そこ代われよ」


「悪いな。歳のせいか、腰がちょっとな」


 わざとらしくルイヴェルさんが自分の腰を擦り、座椅子にぐいーんと体重を掛ける。


「嘘吐いてんじゃねぇよ!! このドS眼鏡!! テメェは、狼王族の中でもまだまだ若い世代だろうが!!」


「ほら、ユキ、向こうの空にお前の好きそうな形の花火が上がったぞ」


「え? どこですかっ」


「うわー……、このドS野郎、軽くスルーしやがった、どんだけ底意地が悪ぃんだよ……っ」


 お花の形をした花火に吸い寄せられた私は、背後でルイヴェルさんとカインさんが一方的な押し問答を繰り広げるのを聞きながら、魔力の光が生み出す淡い夢のように幻想的な闇夜の開花を見つめ続けた。


「本当は……、もう少し、二人だけでいたかったんだけどなぁ」


 騒がしい音の片隅に、サージェスさんの小さな残念がるような呟きを聞いた気がした。一度視線を彼の方へと戻すと、カインさん達の言い合う声に手をひらひらと振り、喧嘩を治めようとするサージェスさんの姿があった。

 さっきの言葉もだけど……、今のも、聞き間違い、かな?

 きょとんと首を傾げていると、私の視線に気付いたサージェスさんが、

 少しだけ……、残念そうな気配を滲ませて微笑んだ。


(サージェスさん?)


 結局、その表情の訳は結局最後までわからず、花火が終わった後、私達はウォルヴァンシアへと帰り着いたのだった。

 だけど、別れ際、サージェスさんがちょいちょいと私の耳元で囁いた一言。


『今度は、二人きりでどこかに遊びに行こうね』


 と、悪意のない楽しそうな声音で言われたその言葉と、頬に触れた唇の感触に、何故だか……、トクリと胸の奥が不自然に跳ねた。

 からかわれている、完全に玩具扱いで私はサージェスさんに遊ばれている。

 転移の光に包まれ消えていくサージェスさんにそっぽを向いて、自分を納得させるように頭の中で繰り返したけれど……。

 何だろう、この……落ち着かないような鼓動の早鐘と、頬の熱は。

 別の意味で嫌な予感がしてとまらない……。

 これ以上サージェスさんに関わったら、……あの人のテリトリーに引き摺りこまれそうで。だけど、関わってはいけないという警鐘とは別に、


(サージェスさんの読めない笑顔の奥を、……知ってみたい、と、思ってる)


 それが、きっと自分にとって、困った道にはまり込んでしまう選択肢だと知っていても、何故だか……、あの人に会う度に、心の中を変えていかれているようで、

 自然と、そちらの道に向かって歩き出しているような気がしてしまう。


(……って、駄目駄目!! 何だか、罠にはめられているような気がするもの!!)


 どこからか、「おや、残念。まだはまってはくれないか」と、含み笑いを漏らしながら残念がるサージェスさんの声が、……聞こえたような気がした。

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