IFルート・アレク編~もふもふ狼さんへのプレゼント~
「……ふんふんふ~ん♪」
幻想のような真白が降り積もったウォルヴァンシア王宮内、ようやく出来上がった手編みのマフラーを、狼の姿になっているアレクさんの太い首周りに巻き付けた。
アレクさんの優しい蒼色の瞳と同じ色の毛糸で編んだそれと一緒に、今度はその大きな頭にぽふりと帽子を被せる。
「アレクさん、どうですか?」
鏡台から持って来た手鏡を、狼の姿になっているアレクさんの前に固定し、マフラーと帽子を身に着けた彼の姿を映す。
人の時と違って、狼の姿になっている時のアレクさんは大きい体躯をしているから、この二つを編み上げるのは、結構時間と手間がかかった。
だけど、ようやく出来上がったそれをアレクさんにプレゼント出来た事で、自然と私の頬は緩んでしまう。
アレクさんは少しの間顔を横に向けたり、少し俯いてみせた後、何か感動でも覚えているかのように瞼を閉じ、静かに私の名を呼んだ。
「ユキ、……最高の贈り物だ。これを作り上げるのには、相当の手間がかかっただろう? 俺の為に……有難う」
すまない、ではなく、ちゃんと私に対する喜びを表す『ありがとう』を口にしてくれた事が嬉しい。
「アレクさんが喜んでくれて、私も嬉しいです。あぁ……でも、思った通り、狼姿のアレクさんの可愛らしさが倍増されて」
帽子とマフラーを纏う狼姿のアレクさんは、もふもふの動物さんの愛らしさを最大限に惹き出している。
私はその姿に堪らなくなってしまい、手鏡を横に置いて、がばりとアレクさんの首に抱き着いた。
一瞬、アレクさんがビクリと震えたけれど、ふさふさの尻尾がパタパタと大きく揺れているから、きっと私が抱き着いている事を嫌がってはいない。
人の姿をしている時のアレクさんは、騎士団の副団長様として、一人の男性として、私が触れるのはどこか躊躇われるというか、男性としての魅力に溢れているから……。
狼の姿に変化した時のアレクさんは印象ががらりと変わり、もふもふの可愛い動物さんになってしまうから、その愛らしさに耐えきれずにこうやって抱き締めてしまうのだ。
「ん~、もふもふですね、アレクさん。あったかい」
「ユキ……」
「はい?」
「その……、抱き締めてくれるのは嬉しいんだが」
「もしかして、強く抱き締めすぎましたか? ご、ごめんなさいっ」
「いや、そうではなくて……、ずっと、お前に抱き締められていられるのなら、俺としては、とても……幸せなんだ」
「アレク……さん?」
僅かに身動ぎしたアレクさんから顔を離し、一体どうしたのだろうと、その穏やかな蒼の双眸を見つめてみる。
「アレクさん……んっ」
きょとんとしている私の頬を、アレクさんがぺろりとその獣の舌で舐めたかと思うと、帽子を被ったその頭を私の肩口に押し付け、甘えるようにクゥゥンと可愛らしい声を漏らした。
「ど、どうしたんですか? アレクさん……」
その頭を撫で、アレクさんの小さな異変に困惑しながらも、私は宥めるように背中を擦る。
銀色の綺麗な毛並みの中に宿る、温かなアレクさんのぬくもり。
「お前に抱き締められるのも、こうやって愛でられるのも……俺は、過ぎた幸せだと感じているんだ。だが……、お前の存在をこんなに近くで感じられているというのに、今の姿の俺では……、抱き締める事が出来ない」
「え?」
そう、アレクさんが少しだけ寂しそうに呟いた直後、その大きな体躯が光に包まれ、私の身体が力強い腕の中へと抱き寄せられた。
アレクさんが人の姿に戻ったのだと、瞬時に理解する。
人の姿では、私が作ったマフラーも帽子も少し大きすぎて……。
「すまない。せっかくお前に、贈り物を貰ったというのに……」
私に謝りながらも、アレクさんは強く私の身体を抱き締める。
「人の姿の方が、お前に触れやすい……。この腕で抱き締める事も出来るし、お前の事を愛でる事も出来る」
「あ、アレクさん……っ」
「それに、いくら狼の姿をしてはいても、お前が撫でて可愛いと言っていたのは、姿が変わっても、男の俺だ……。あまり煽られても、困りものだ」
「あ、煽るって……。た、ただ、狼の姿のアレクさんは、とても可愛いので……。どうしても堪え切れずに、撫でたり触ったり、抱き締めたくなるだけ、なんですがっ」
そう言い訳をしてみるけれど、アレクさんは私の頭の上で、困ったように重い溜息を吐いてしまう。
「触るなと言っているわけじゃない。……ただ、あとで自分がどうなるかを、少しは危ぶんでくれ」
アレクさんを困らせているという事だけはわかる。
だけど、狼姿のアレクさんを触る事で、後で私が困ると言うのは……その、やっぱり、そういう事なんだろうか。
触れている彼の体温が……私にもわかるほどに、普段以上の熱を伝えてくる。
「ご、ごめんな……さい。今度からは、気を付けます、ね」
彼が私を傷付ける事や怯えさせる事だけはしないようにと、配慮してくれる人である事はわかっている。
だから、私が狼の姿をしたアレクさんを、もふもふと撫でまわしたり抱き締めたりする事で、こんな風に困らせてしまうのだと、再び零れ出た頭上の溜息に表情を曇らせた。
「いや、謝らなくていいんだ。悪いのは、未熟な忍耐しか持たない俺の方だからな……。……そういえば、まさかとは思うんだが」
「は、はい?」
「他の奴の……その、狼の姿を、俺の時と同じように、撫でまわしていたりは……」
「そうですね……。ロゼリアさんと三つ子ちゃん達はいっぱい触らせて頂いてますけど、あ、そうだ。ついにこの前、ルディーさんとルイヴェルさんの毛並みを堪能させて貰う事に成功しました!」
「……」
なかなか狼の姿を見せてくれない、騎士団の団長ルディーさんと、王宮医師のルイヴェルさん。
ルイヴェルさんの方は、私が子供の時に時折触らせて貰ったりはしていたのだけど、大人になってからはまだだったし、何より、触ったのは遥か遠い昔。
という事で、この前憩いの庭園でブラッシングさせて貰いながら、撫で撫でさせて貰う事に成功したのだ。
お二人共、本当に良い触り心地だった……。
……と、そこまで言ったところで、私はむぅっと不機嫌そうに眉を顰めているアレクさんの表情に気付いてしまった。
「あ、アレク……さん?」
「ユキ、触るなら男の狼ではなく、女の狼だけにしてくれ」
「えっ!?」
「男は駄目だ」
「ど、どうしてですか!?」
まだ、他の狼王族の皆さんの毛並みも、機会があればもふもふしたいのに!!
けれどアレクさんは、重苦しい雰囲気で首を左右に振り、私の両肩をがしっと掴むと、それから一時間ほどかけて、私を説得にあたるのだった。
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