~IF・ルート編~

IFルート・アレク編~幸せの約束~



 ――side 幸希。


「アレクさん、あったかいですね~」


「眠くなりそうな陽気だからな……」


 私の部屋の外にあるお庭で、銀色の綺麗な毛並みの狼の姿をしたアレクさんが気持ちよさそうにブラッシングを受けて寝そべっている。

 もふもふの毛並みを撫でると、お日様の光を浴びているからか、その感触はとても温かい。今日は、久しぶりのまるまる一日の休日。

 騎士団のお仕事が忙しくて、僅かな時間しか会えない日々が続いていたからこうやってのんびりと過ごす時間が、とても幸せなものに感じられる。


「眠っててもいいですよ、アレクさん。その間にブラッシングを済ませちゃいますから」


「確かに、お前のブラッシングと日差しを浴びていると、心地よい眠りに誘われるな。だが……、目を閉じればあっという間に終わってしまうだろう? 俺は、もっとゆっくりと時を感じていたいんだ」


「アレクさん……、わかりました。じゃあ、お話をながらブラッシングしましょうか」


 でも、こうやって穏やかに過ごしているのも幸せだけど、ブラッシングが終わったらどこかに遊びに行きたいなぁ。

 アレクさんと恋人同士になってから、急に忙しくなったお仕事のせいで、そんな暇はあまりなかった。こうやってゆっくり出来るお休みの日を、そういう意味でも活用したい。それに……。私は少し頬を染めて、アレクさんにあるお願いをしてみた。


「アレクさん、あとで一緒に城下町に出かけませんか? それで、もしよければ……、あの」


「ユキ?」


「アレクさんの……私服が、見てみたい、です。駄目でしょうか?」


「……」


 アレクさんが耳をピン! と驚いたように跳ねさせ、ゆっくりと身を起こした。

 蒼い綺麗な眼が、私に近付く。


「俺の私服を見たいのか?」


「はい、騎士服も格好良いんですけど、今まで、アレクさんのプライベートな服装って見た事がないなって思って……」


 いつも騎士団のお仕事一筋で、会う場所も王宮ばかりだったから、私は彼の本当の意味でのプライベートスタイルを見た事がない。

 いつかお願いしてみようかなと思っていたのだけれど、丁度良いタイミングが中々なくて、今日まで先延ばしにしてしまっていたのだ。

 だから、一日一緒に過ごせる今日この日を活用しないわけにはいかない。

 アレクさんの私服姿を、今日こそは!!


「俺の私服など見ても、特に面白味はないと思うが……」


「私が見たいんです! お願いします!!」


 思わず両手を握り締めて、ズズイ! と身を乗り出してアレクさんの頬を挟んで私は迫っていた。

 パチクリと目を瞬かせて、すぐ眼前に近寄った私の顔をアレクさんがじっと見つめたかと思うと……、


 ――ちうっ。


「え?」


 おもむろに、狼姿のアレクさんが私の唇に軽く触れるだけのキスをした。

 え? なんで今、キスを?

 不意打ちのような行為に、私はきょとんと動きを止めてしまった。

 今は私服の話をしていたはずなんだけど、アレクさんてば一体なんで……。

 私がびっくりした隙に、よいしょと少し距離を離したアレクさんが芝生の上でお座りの状態になる。


「すまない。……お前の顔が近くにあったせいか、……堪えるのを忘れてしまった」


 こ、堪えるのを忘れてって……、そんなもふもふの可愛い姿で言わないでくださいアレクさん!!

 顔を申し訳なさそうに背ける姿に、私の中の動物愛護精神が沸々と湧き上がっちゃいます!!

 仮にも恋人であるアレクさんに対して、可愛いとかそういう類の連想をするのは失礼かとも思うけれど、狼の姿の時のアレクさんは、本当に文句なしで可愛いんです!!

 ずっと撫でていたい、丁寧に時間をかけてブラッシングをしてあげたいと頬がにやけるぐらいに!!

 反対に、人の姿の時は、騎士として凛々しく頼もしい男性としての印象が強くて触れるのも勇気がいるくらいに格好良い男性なんだけど、狼姿の時はついつい……。


「あ、だ、大丈夫です! びっくりはしましたけど、アレクさんが相手なら」


 だけど、どんな姿でもアレクさんである事に変わりはないから、心臓は勿論今のキスでドキドキ不規則に動揺中だ。

 アレクさんがたまに大胆になるのは、初めての事じゃない。

 だけど、やっぱり心の準備が出来ていないところに不意打ちをされると心臓の強度的に、ふにゃんとなってしまうので、油断大敵だったりする。


「ユキ、顔が赤いが大丈夫か? 具合が悪いなら今日は出かけるのはやめ」


「ません!! 私なら大丈夫ですから!!」


「そうか……。では、支度をしに部屋に戻るとするか」


 アレクさんの私服を見るという使命を思い出した私は、その申し出を即座に断った。私を心配して気遣ってくれる事に申し訳なさを感じつつ、それと同時にほっと胸を撫で下ろす。


「あ、でも、まだブラッシングが終わっていませんよ。それが終わってからでも……」


「いや、もう十分毛並みを整えてもらったからな。それに……、そろそろ人型に戻りたくなってきた」


「そうですか……。私としては、もうちょっとアレクさんを撫でたりブラッシングしたりしたかったんですけど」


「……だからなんだがな」


「はい?」


 アレクさんは、何でもないと一言だけ複雑そうな表情で小さく呟いた。

 出かけるための準備をしに戻ると言って回廊の方へと走って行ってしまった。

 ……アレクさんが何を言いたかったんだろう。

 少し気になるものの、私も出掛ける準備をしなくてはと我に返り部屋に戻る事にした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ―― side アレクディース。


 ……危なかった。

 俺は回廊を歩きながら、自分がやった事に反省の念を抱いていた。

 触れられるほどに近くあったユキの顔、狼の姿だというのに……、つい枷が緩んでしまった。

 普段から自分を律し、ユキの負担にならないように自分の欲は極力控えようと誓っているのに、たまに無意識に暴走してしまう事がある。

 ……それが、先ほどのユキへの口付けだ。


「……恋人同士になる前は、もう少し我慢できたような気はするんだが……」


 ユキと想いが通じ合ってからは、触れても許される、少しぐらいなら……と、恋人という立場に甘えた考えが頭の片隅に居着いてしまった

 だからだろうな、時々先ほどのような事をユキに仕掛けては驚かせてしまう。

 狼の姿をしている俺に、ユキが無防備に触れてくるのも、ひとつの原因ではあるのだが……。


「触られすぎると、我慢が利かなくなるからな……」


「あれ? おーい! アレクじゃねーか。どうしたんだ? 頬赤いぞ」


「ルディーか。……なんでもない」


「あははっ、どうせまた、姫ちゃん絡みなんだろう? 恋人同士になってから、お前始終にやけてるもんなぁ」


「誰がいつニヤけた?」


「え? 姫ちゃんを見つけたら頬が緩むだろう? 一緒になんかいた日にゃ、もう幸せオーラ出しっぱなしじゃん、お前」


 ……。

 そうだったのか……。

 俺は自分の顔に手をやって、頬の緩みを確認する。

 自分では気を付けているつもりだったんだが……。

 ルディーは面白そうに笑みを深めると、俺の肩を叩いた。


「ま、幸せなら良いんじゃねーの? やっと叶った想いなんだ。大事にしろよ~」


 ただし、仕事中は気を抜かないように! とだけ小言を残して、ルディーは陛下の執務室の方へと歩いて行った。

 アイツにも、色々迷惑や世話をかけたからな……。

 今日の休みが終わったら、改めて仕事の方にも身を入れるとしよう。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あ、アレクさん……」


「どうした?」


 私服に着替えてユキの部屋を訪れると、なぜだか思いきり目を丸く見開かれてしまった。最近騎士団の団服ばかりで、プライベート用の私服はあまり着ていなかったが……。どこか、おかしいところでもあっただろうか……。

 もう一度自分の服装を確認してみるが、……特に変なところはないはず、だ。


「ユキ、この恰好は駄目なんだろうか?」


「え? そ、そんな事ありませんよ!! その……、すごく格好良いです……」


「……」


 頬をこれ以上ないほどに赤く染めたユキの言葉に、俺は今にもその腕を引いて、強くこの腕に掻き抱きたい衝動を覚えた。

 ……自分を律しようと思った矢先にこれか。

 ユキもまた、町に出るための新しい私服に着替え俺の前に立っている。

 レイフィード陛下がユキの為に揃えた服の数々は、日々俺の目を楽しませてくれるな。俺は心の中で陛下に感謝を送りつつ、ユキの手をとった。


「お前の服装もよく似合っている。こんなお前をエスコート出来る俺は、本当に幸せ者だな」


「あ、あの、あ、ありがとうございます……。でも、私も、私服姿のアレクさんとお出掛け出来る事、嬉しい、です」


「ユキ……」


 思わず、今すぐこの場で抱き締めて、その可愛い事を言う唇を塞いでしまいたいという気持ちに駆られながら、俺は持てる全ての忍耐を総動員して理性をフル稼働させる。焦がれて焦がれて、やっと手に入れた唯一無二の女性。

 恋人同士になってからも、俺はユキのあらゆる言動や仕草に翻弄されっぱなしだ。

 愛するという事に終わりがないように、ユキへのそれは日々、いや、この一瞬毎に深まり溺れていってしまうほどだ。

 それが、ユキの負担になってしまわないかが少々心配だが、困った事に、この想いに歯止めなどは効きそうにもない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ―― side 幸希。


「あら? あらあらあらあらあら!?」


 アレクさんと待ち合わせ、その私服姿にときめきながら歩き出そうとしたその時、甲高い女性の声が響き渡った。

 なんだろうと、くるりと振り向けば、そこにいたのはお洒落な服装に身を包んだ貴婦人が一人。あれ、あの人は確か……。

 前に一度、リデリアさんとロゼリアさんと女性三人だけで城下町を巡った時に立ち寄った服屋のデザイナーさん?

 ヒールをカツカツと鳴らして、私達の方へと近寄って来た女性が、嬉しそうに私の手をとった。


「あの時のお嬢さんですわよね!? ずっと探してましたのよ~!!」


「え、えっと……」


「前に私の店に来てくださいましたでしょう? あの時から、お嬢さんのイメージで素敵な服が浮かんで作り続けていましたの!! せっかく再会出来た記念に、是非試着を!!」


 やっぱり、あの服屋のデザイナーさんで間違いなかったらしい。

 物凄く嬉しそうに私の手を引いてお店に連れて行こうとしている。

 ちょっ、あの、私、今アレクさんとデート中なのに!!

 アレクさんを振り返ると、デザイナーさんに悪意はない事を感じているのか、私の肩を抱いて一緒に付いて行く気になっているらしかった。

 しかも、どことなく嬉しそうに表情が和んでいるのは気のせいですかっ?


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「んまぁ~!! よく似合っておいでですわ~!! さすが私っ、お嬢様のイメージにぴったり!!」


 絶賛してくれるデザイナーさんに曖昧に笑みを返した私は、自分の恰好をゆっくりと見下ろした。純白の雪のように柔らかな素材で作られたドレス……。

 まるでお伽噺のお姫様が着るような綺麗でボリュームのあるそれに、私はなんとなく地球のある物を思い出した。

 ――ウェディングドレス……。


「純真無垢な花嫁というイメージがありましたもので、あの日からイメージを固めてデザインを繰り返し、何度もやり直して、やっと完成しましたのよ~!! そこに、お嬢さんとの再会!! まさにこれは運命ですわね!!」


 あぁ、やっぱりそうなんだ。

 どこか別のドレスと違うなと思っていたから、私の予想は当たりだったようだ。

 世界で唯一人、大好きな人のお嫁さんになる日に着るドレス……。

 まさか、こんな所で着る事になるなんて思わなかった。

 だけど、肌に馴染む素材の心地よさと、私の好みに合った純白のドレスに、私はまだお嫁に行くわけでもないのに、胸を高鳴らせてしまう。

 こんな素敵なドレスを纏って、……アレクさんのお嫁さんになれたら……。

 

「ふふ……」



 アレクさんとは恋人同士になったけれど、まだ結婚に関するお話などは一切出ていない。お互いに絆を育んで、いつか遠い未来できっと……。

 想像して、知らず頬が赤く染まった私に、デザイナーさんがアレクさんにも見せようと声をかけてきた。

 あ、アレクさんに……、このウェディングドレス姿……を?

 なんだか一気に気恥ずかしくなって、足取りが中々前に進まない。

 だけど、デザイナーさんが後押しするように背中を押しアレクさんの元に連れて行ってしまう。


「ユキ、試着は終わったの……か?」


 服屋さんの中を見ていたアレクさんが、出て来た私に視線を向け、目を見開いた。

 時が止まってしまったかのように、アレクさんの身体がピクリとも動かない。


「あらあら、やっぱり見惚れちゃいましたわね~!!」


「え?」


「お嬢さんのあまりの愛らしさに、メロメロですのよ~!!」


「え? ええ!?」


 デザイナーさんの嬉声に、アレクさんが我に返り口元を手で隠し目を逸らした。

 その顔は、私から見てもわかりやすいほどに真っ赤だった。

 えっと……これは……、あの、やっぱり、……デザイナーさんの言う通りなの、かな? アレクさんは口元に手を当てたまま、再び私をじっと見つめてきた。


「あ、あの……、アレクさん?」


「……すまない、あまりに……その、綺麗すぎて」


 俺の理性がどうのこうのと、アレクさんは小さく呟いている。

 でも私は、アレクさんが言ってくれた感想に頬の熱を誘われ、もじもじとした後、向こうの試着室に逃げ込もうとした。

 けれど、後ろから伸びて来たアレクさんの手が私の腕を捕えてしまう。


「もう、着替えるのか?」


「え、えっと……、お、落ち着かない、というかっ」


 アレクさんだって、そんなに真っ赤になって、そのままじゃまずいでしょう?

 というか、そんな熱い眼差しで見られている私の方が色々まずい。

 着替えるからと言う私に、アレクさんは腕を離すことなく自分の方へと引き寄せた。アレクさんの前に立たされ、その蒼の眼差しが今度こそしっかりと、上から下まで何度も視線を行き来させる。

 肌に直接触れているわけでもないのに、アレクさんの眼差しが感触を伴って触れてくるようで顔の熱は強まる一方だ。


「アレクさん、あのっ……、も、もうっ……」


「……っ、すまない……。この目に焼き付けておきたいというか……。そういえば、このドレスは……、買えるんだろうか?」


「え?」


 今、なんて言った?

 ちらりとデザイナーさんに視線を送って、もう一度アレクさんは口にした。


「このドレスは買う事は出来るだろうか?」


「ふふっ、私の思った通り、お嬢様に良くお似合いの一品でございましょう? 私、お嬢さんに着て頂ける日を夢見て夢中になってデザインしましたの。ですから、そのドレスは、お嬢様の物ですわ。お代はいりません」


「そうか……。だが、それでは俺が困るな」


「と、申しますと?」


「彼女への贈り物にしたいと思っている。あれだけの出来だ、それに見合う価値のある金額を支払いたい」


 私のドレス姿を眩しそうに見つめながら、アレクさんはお財布を片手にデザイナーさんに交渉している。

 いやいやいやいやいや!! タダで貰う気もないけれど、買って貰う気も全然ないんですよ!?

 だってこのドレス……、物凄く高そうだし、そんな簡単に買えるような金額じゃないでしょう?


「あ、アレクさん、駄目ですって!!」


「俺が買いたいんだ。それに、騎士団の仕事で得た金は、全然使う機会がないからな。今のように使いたいと思える瞬間に使った方がいい」


「だからって、無駄遣いはいけませんって!!」


 私がアレクさんの服を引っ張って止めようとするのを、デザイナーさんがクスクスと笑いながら見ている。

 店内にいるスタッフさん達も、同じように微笑ましそうにこちらに視線を向けていた。そして、私が止めるのも聞かずに支払いを済ませてしまったアレクさんが、なぜか奥の試着室の方に行ってしまった。


「あぁ~……、なんで買っちゃうのっ」


「ふふっ、いいじゃありませんか。お嬢さんの事を本当に愛してらっしゃるからこそですわよ。それに、殿方が女性に服を贈るのには意味がありますしね~」


「はい?」


「いえ、なんでも。とにかく、殿方の顔は立てておくべきですわ。恋人に良い所を見せたいという男心を理解してあげてくださいな」


「は、……はぁ」


 ね? と微笑むデザイナーさん。

 うーん、アレクさんに何かを買って貰うのは初めてじゃないけれど、こんな高そうなドレスは例外だと思う。

 だけど、もう支払いはアレクさんが済ませちゃってるし……。

 ここはデザイナーさんの言う通り、有難く貰っておくことにしよう。

 それで、今度何かお礼をしないと。


「ユキ、着替えを袋に入れて貰って来た。帰るぞ」


「え? あの、でも着替えないと」


「いや、そのままで構わない」


 腕に着替えの入っているらしき袋を下げているアレクさんが、おもむろに下にしゃがみ込んだ。あれ? 何してるんだろう……。


「え? きゃああ!!」


「すまないが、このまま連れて帰る」


「あらあら、ふふっ、ご来店有難うございました~!」


 アレクさんの腕の中に抱え上げられて、ウェディングドレスのままお姫様抱っこ状態!! しかもこのドレス姿のまま帰るって、町中の人達の注目を浴びちゃう可能性大じゃないですか!!

 だけど、アレクさんは一切気にした様子もなく服屋さんを出ると、


「ユキ、少し我慢してくれ。王宮まで急いで戻る」


 言うが早いか、アレクさんはダッシュで町の中を駆け抜け凄い速さで王宮までの帰路を走り始めた。

 道行く人達が、何事かと私達を振り返っては視界から消え去っていく。

 あぁ、バッチリ見られた……、ウェディングドレス姿を町中の人達にっ!!

 しかもお姫様抱っこという更に恥ずかしい仕様で皆様のお目に入ってしまった!!


「あ、アレクさんっ、皆が見てます!! お、下ろしてください!!」



「……すまない。俺の方の限界が近いんだ。今だけ我慢してくれ」


 アレクさんの限界って何!?

 切羽詰ったように私に返事を寄越し、王宮の通路まで駆け込んだアレクさんが奥へと向かって無言で進んで行く。

 どこに向かっているんだろう。こっちは私の部屋がある方とは全然違う道筋だ。

 ちらほらと、騎士団の人達が見えてきたんだけど……騎士団関係の場所なのかな?


「お疲れ様でーすっ! 副団長!! って、おわあああ!! ゆ、ユキ姫様も!?」


 騎士の一人、金髪の眼帯をしている男性が壁に飛び退いて驚きの声を上げた。

 確かあの人は……、騎士団の隊長さんの一人で、クレイスさん、だったかな?

 騎士団の人にまで、こんな恥ずかしい状態を見られてしまうなんて!!

 あぁっ、今すぐ誰にも見られない所に逃げ込みたい!!

 しかも、アレクさんてば、クレイスさんに返事返してませんでしたよ!!

 思いっきり横を無言で通り過ぎて行ってしまった……。

 後ろから、


「副団長のいけず~!! 俺、泣いちゃいますよ~!!」


 ギャグ的な悲しみの叫びがエコー付きで響き渡ってきたけど、いいのかな?

 アレクさんはある一室の前に止まると、ノブに手をかけて扉を開いた。

 綺麗に片付けられている室内、内装的に……多分男性の部屋だよね。

 ガチャリと、ふいに聞こえたのは多分……鍵を閉めた音……?

 カーテンが閉められているせいか、室内は薄暗い。

 アレクさんは私を寝台に下ろすと、その横に座ってすぐに私の身体をドレスごと抱き締めてきた。


「あ、アレクさんっ、どうしたんですかっ」


「服屋からここに来るまで、正直耐えられるか自信がなかったんだが……、もう無理だな、お前のこんな姿を前に……平静ではいられない」


 背中に回されているアレクさんの腕が、ドレスに皺を作るように強く私を抱き寄せる。耳元で響くアレクさんの熱い吐息がくすぐったい。

 寝台にドサリと身体がシーツに沈み込んで、ドレスが咲き誇る花のようにそこに広がった。そっと頬に添えられるアレクさんの大きな手のひら。

 室内が薄暗いせいか、これはもしかして……と思った時にはもう遅かった。

 触れた柔らかな感触が私の唇に熱を灯し、アレクさんの髪が私の頬にかかってくる。


「んっ……、アレク……さん?」


「お前に軽蔑されないように、嫌われないように……自制したいのに……。服屋でこの姿のお前を目にした時……、抑えようのない感覚に支配されそうになった。……ここまで耐えられたのが、不思議なほどにな」


 心に直接触れてくるような熱さを感じさせる声音でそう囁いたアレクさんは、私の額にキスを落とし、頬に、首筋にと印をつけては、私の名前を音に乗せた。


「このドレスが、俺の為の物であればいいのにと……あの時思ったんだ。……他の誰の為でもなく……、俺一人の為にお前が纏ってくれればと……」


「私は……、もし、ウェディングドレスを着るとしたら……、アレクさん以外、考えられませんよ?」


 その言葉が嬉しくて、アレクさんの頬を両手で包んで、私も彼の額にそっとキスを返した。

 同じように頬にもキスを落として、最後にアレクさんの唇に温もりを押し当てる。

 驚いたように目を見開いたアレクさんが、嬉しそうに微笑んで口付けを深めて……。


「ユキ……、俺もだ。お前以外に触れたいとも、触れられたいとも……考えられない。ずっと俺をお前の傍にいさせてくれ、この命が尽きるその瞬間まで……」


「はい……。私もずっとアレクさんの傍にいたいです。これからも、貴方の傍に寄り添わせてくださいね?」


「勿論だ……、ユキ、愛している……」


 二人で微笑み合って、もう一度互いの温もりを共有しようとした瞬間、


 ――ドンドンドン!!


 急に大きなノック音が響き渡り、私達はぎょっとしてそちらを向いた。


「アレクー!! 頼むから暴走すんなー!! 姫ちゃんはまだ嫁入り前だってわかってるよなー!? 手ぇ出したら、陛下がマジギレしちまうんだから、寸止めしとけー!!」


「副団長!! ユキ姫様に夢中なのはわかりますが、騎士団の責任ある立場をお考えください!! 本能を斬り伏せてください!!お願いしますから!!」


「そうですよ!! 副団長~!! 真昼間っからイチャイチャラブラブしないでください~!! 独り身の俺が辛いですから~!!」


「クレイス!! お前の寂しい話はどうでもいいっての!! 今はアレクの暴走を止めるのが先なんだからよ~!!」


「愛する者同士に時と場所を考えろと言ってもな……。馬に蹴られる行為でしかないんじゃないのか?」


「ルイヴェル!! 貴方は黙ってなさい!! アレク!! お願いだから出て来てちょうだい!!」


 ……なんで皆さんここに?

 聞こえてくる話を総合すると、どうやらアレクさんが私をどうこうしようとしていると思われているらしい。

 確かに……、抱き合ってるし、キスもしましたが……。

 えっと、アレクさんは……その先まで進む気……だったのかな?

 まだ勇気が出ないその先を想像して、私はポン! と顔から湯気を立ててしまう。


「俺は一体どう思われているんだ……。はぁ……、ユキ、大丈夫だ。俺はまだそんな事はしない。ちゃんとお前と結婚してからと考えている」


「アレクさん……」


「だが、生憎と……今日、お前のこの姿を見てしまったからな。もう少し先と考えていたが、……俺の方がもう待てそうにもない。近い内に必ず……、お前に永遠を誓うと約束しよう」


 それは……、つまりそういう事なわけで……、私は嬉しさと恥ずかしさに抱かれながら、アレクさんの言葉に頷きを返した。

 今纏っているドレスを……、いつかもう一度彼の前で着る。

 その時が、意外にも早く訪れる予感に、私の胸は喜びで満たされていく。

 恋人同士の今も幸せだけれど、永遠を誓い合ったその後は……、きっと今までとはまた違った幸せな日々が待っているのだろう。

 扉の向こうから聞こえてくる賑やかな声を耳にしながら、私は近い未来に訪れるであろうその時を想像して、静かに瞼を閉じた。


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