起こし方には気を付けて!!

「ただいま~!!」


 それは、幸希がまだ幼い日の事……。

 父親であるユーディスの生まれ故郷、別世界、エリュセードに帰還した幸希は、母親の手から離れ、ある場所を目指して走り出した。

 迷ってしまいそうな程に広いウォルヴァンシア王宮内だが、その内の幾つかに至っては、彼女の頭に中に道筋は刻み込まれている。


「ルイおにいちゃ~ん!! セレスおねえちゃ~ん!!」


 意気揚々と飛び込んだのは、双子の王宮医師が勤めている医務室だった。

 長く緩やかなウェーブを纏う黄金の髪を揺らした医師の片割れである女性、セレスフィーナがにっこりと笑って幸希を出迎えに寄ってくる。

 

「ユキ姫様、お帰りなさいませ。二週間ぶり、でしょうか?」


「うん!! ただいま!! セレスおねえちゃん!!」


 両手を広げて腰を屈めてくれたセレスフィーナの胸に、幸希は迷わずにその小さな身体で飛び込んでいく。母親の夏葉とはまた違う、安心感のある温もりだ。

 地球から持ってきたお土産の小さな花束を手渡し、幸希はキョロキョロと室内を見回した。

 おかしい……。いつも二人揃って自分を出迎えてくる片割れがいない。

 幸希の寂しそうな困惑に気付いたのだろう。セレスフィーナが彼女を抱えた状態で奥の部屋へと向かい始めた。


「申し訳ありません。ルイヴェルは出張から戻ったばかりで、今は……、ほら」


「ん~……、ルイおにいちゃん、ねんねなの?」


「はい。もう少しすれば仮眠から目を覚ますと思いますが」


 奥の部屋には、仮眠用の天蓋付きの寝台があり、その向こうで幸希が会いたかったもう一人が休んでいるようだった。セレスフィーナの双子の弟であり、王宮医師のルイヴェル。

 双子の姉と対になるかのような銀髪と、揃いの深緑を抱く男性。

 彼にもこの小さな花束を渡したかったのに……。 

 むぅっと頬を膨らませた幸希が、セレスフィーナに下ろしてくれるように頼むと、ひょいっと絨毯の近くで飛び降りて、寝台に向かって走り始めた。

 寝台の白いカーテンの向こうに潜り込み、よいしょよいしょと頑張って這い上がっていく。


「ルイおにいちゃん」


「……」


 何とか寝台の上に乗る事が出来た幸希の目の前に、静かな月を思わせる髪色を纏った青年が、穏やかな表情で眠りに就いていた。

 白衣姿のまま倒れこむように眠ってしまったらしく、シーツの上に広がる白はぐしゃぐしゃによれている。


「ルイおにいちゃ~ん……」


 小さな花束を手に名を呼んでみるが、全く起きる気配がない。

 仰向けになって眠っているルイヴェルは、まさに熟睡のご様子だ。

 暫く、その綺麗な面差しを見下ろしていた幸希は、花束の中から桃色の花を一厘引き抜いて、その銀の髪にそっと差し込んで飾ってみた。


「可愛い……」


 そんな感想を抱くのは、後にも先にもこの幼子だけだろう。

 医術と魔術の名門、フェリデロード家の次期当主と称えられる素晴らしい才の持ち主、ルイヴェル・フェリデロードを『可愛い』と評する者など、滅多にいないはずだ。

 子供ながらの純粋な好奇心、そして、無謀にも近い恐れを知らぬ心で、幸希は満足そうにルイヴェルの姿を見下ろしている。

 しかし、……起きてくれないのはつまらない。

 ちらり……。幸希の不満そうな視線が、ルイヴェルの腹に向かう。

 

「……むぅ」


 そして、カーテンの向こうにいたセレスフィーナがそれを開けて中の様子を見にやって来た瞬間、


「――ぐはっ!!」


 ルイヴェルの残念すぎる呻き声と、その腹に勢いよく飛び乗った幸希の姿を目撃してしまった。

 何という恐ろしい事を……。

 彼を知る犠牲者の方々が見れば、幼子の凶行に、恐れ戦いた事だろう。

 セレスフィーナもまた、王兄の娘である幸希の大胆な行動に、その麗しの相貌に驚愕の気配を宿し言葉を失っている。いや、むしろ一気に青ざめた。


「かはっ、ごほっ……」


「ルイおにいちゃん、おはよう!!」


「ゆ、ユキ姫様……、今すぐに、ルイヴェルから離れましょうねっ」


「やああっ!!」


 幼子の渾身の一撃で腹をやられ、咳き込んでいる双子の弟の寝起きが不味い事を知っているセレスフィーナが、さっと幸希を抱きかかえ、――全力で逃亡の体(てい)に入った。

 王宮医務室を飛び出し、彼女にしては本当に珍しい……、全力ダッシュの姿。

 それを目撃した女官や騎士達の目に、今度は後から同じく全力ダッシュで追いかけてきたらしき、大魔王化したルイヴェルの恐ろしい姿が映ってしまう。


「「る、ルイヴェル様!?」」


 全身から怒りの気配を立ち昇らせている王宮医師の片割れは、迷わずにセレスフィーナ達の後を追っていく。疲れ果て気持ちよく仮眠に入っていた途中であんな起こし方をされては、まぁ、普通に考えて怒るだろう。というか、出張疲れと眠りを邪魔されたせいで、ダブルで機嫌が悪くなっている。その鬼気迫る姿を見送りながら、ウォルヴァンシア王宮の者達は願った。


((ユキ姫様、セレスフィーナ様、どうかご無事で!!))


 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「お? セレスフィーナじゃないか。どうしたんだ~? そんな大慌てで」


「ルディー、お願い!! ルイヴェルを止めてちょうだい!!」


「は?」


 騎士団近くの回廊を走っている最中、そこに現れたのは普段の少年姿ではなく、何故か大人の姿に戻っていたウォルヴァンシア騎士団長のルディーだった。

 少年の時は、白銀の髪と、首の内側部分が紅色の彼だが、大人の姿の時はそれが逆になる。

 魔力を抑え込んで調整している時の姿とは違い、本来の姿であるこちらの時は、父親の血が色濃く出てしまうせいなのだろう。

 彼はその愛想の良い顔をぽかんとさせて、首を傾げる。


「かくかくしかじか!! というわけなのよ!!」


「なるほど、かくかくしかじか、か。いや、ちょっと待て、それじゃわかんねーよ!!」


 当たり前である。自分のニュアンスと気配でわかってほしかったようだが、セレスフィーナの伝えたい事は全然ルディーにわかってもらえなかった。

 しかし、ここで立ち止まっている場合ではない。

 セレスフィーナは「ルイおにいちゃ~んだ~!!」と、自分がこの後どんな酷い目に遭わされるかも知らずに、追ってきたルイヴェルの姿をその視界に捉え、無邪気にその手を伸ばしている。


「いけません、ユキ姫様!! えっと、とにかく、今のルイヴェルは起こされ方が不味(まず)過ぎたせいで、物凄く機嫌が悪いの!! お願いよ、ルディー!! ユキ姫様をお守りする為にも、ルイヴェルをここで足止めしてちょうだい!!」


「あ~、つまり、姫ちゃんがなんかやったわけか~……。よし、後は任せろ。俺がどうにか宥めとくからよ」


「有難う!!」


 殿(しんがり)を頼もしい騎士団長に任せたセレスフィーナは、レイフィードのいる国王執務室に向かって走り出す。彼の許に逃げ込めば、ルイヴェルも実力行使には出られない。

 そう願いを託して回廊を抜けた先にある階段へと駆け上がると、遠くから残念極まりないルディーの悲鳴と、爆発音が響き渡ってきた。


「ルディー!?」


 間違いない。寝起き最悪のルイヴェルが、ルディーを容赦のない術で吹き飛ばしてしまったのだ。

 足止めとなる壁はなくなってしまった……。これでは、またすぐに追いつかれてしまうだろう。

 しかし、自分は愛らしい王兄姫をこの命を賭して守らねばならないのだ。

 そう、双子の弟と戦ってでも……。

 ごくりと緊張の唾を飲み込んだセレスフィーナを、ユキは不思議そうに見上げている。


「セレスおねえちゃん、どうしてルイおにいちゃんから逃げるの~?」


「よろしいですか、ユキ姫様。ルイヴェルに捕まったら……、こわぁ~いお仕置きをされてしまうのですよ」


「おしおき?」


「はい。いつもの意地悪よりも、ずっと酷いものです」


「うぅ……、おしおき、やだぁ」


 帰還の度に懐いていっては、何か意地悪を仕掛けられている幸希は、その事を思い出して涙目になってしまう。普通は、それが元で相手を嫌いになるか苦手に思うものなのに、幸希は意地悪をされても、ケロッとまた立ち直ってルイヴェルに向かっていく、ある意味猛者のような幼子だ。

 だが、やはりお仕置きという意地悪をされる事には弱いようで、セレスフィーナと一緒に鼓動を不安に逸らせてしまう。


「これはセレスフィーナ殿、どうされたのですか?」


「セレス……?」


 と、その時、階段の上から二人の男女がセレスフィーナへと声をかけてきた。

 夕陽色の髪を纏う美しい女性騎士と、銀の長い髪を首元でひとつに結んだ蒼い瞳の騎士だ。

 女性の方は名をロゼリア。男性の方は、その名をアレクディースという。

 アレクディースの方はセレスフィーナの幼馴染であり、昔からの友人だ。

 そして、ロゼリアに関しても、セレスフィーナは強い信頼を寄せている。

 話を聞いてみれば、どうやら二人はレイフィードの執務室に向かう途中らしい。グッドタイミングだ。


「二人とも、お願い!! ユキ姫様を無事にレイフィード陛下の許に!!」


「「は?」」


 突然麗しの王宮医師から王兄姫を押し付けられたアレクディースとロゼリアが、揃って疑問の声を零す。

 幸希はアレクディースの腕の中に抱えさせられ、「ルイヴェルから逃がすの!! 早く!!」とセレスフィーナの一喝で、階段の先へと駆け出す事になってしまった。

 お互いに顔は知っているし、話した事もあるが、双子の王宮医師達ほど仲良くする機会の少ない騎士団の二人に、幸希は泣きそうな顔で困惑している。

 確か、セレスフィーナはルイヴェルがお仕置きをしに来ると言っていた。

 ならば、あの場に残ったセレスフィーナはどうなってしまうのだろうか。

 もしかしたら、自分の代わりにルイヴェルから恐ろしいお仕置きをされてしまうかもしれない。

 そう予感した幸希は、前を目指して走るアレクディースの腕の中で暴れ出してしまった。


「いやあっ!! セレスおねえちゃんのところにもどる!!」


「ユキ姫様、大人しくしていてください。すぐにレイフィード陛下の庇護の許にお連れします」

 

 託された王兄姫を守るべく、前を見据え冷静に走り続ける銀の騎士に、幸希はいやいやと何度も首を振る。


「副団長、セレスフィーナ殿は大丈夫でしょうか」


「事情は把握出来ていないが……、ルイの事だ。セレスに酷い真似をする事はないだろう」


 それを聞いても、幸希の抵抗はやまない。

 腕の中でこれ以上ないほどに暴れまくり、振り上げた左手がアレクディースの頬を打ってしまう。

 しまった。傷つける気はなかったのに……。人を叩いてしまった事に驚いた幸希が、一瞬にして大人しくなり、小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。

 痕にはなっていないが、幼子は父親と母親からの教えで、人に対して暴力を振るってはいけないと教えられているのだ。それなのに、セレスフィーナを助けにいきたいばかりに、銀色の騎士を傷つけてしまった。


「ごめんなさい……」


「ユキ姫様、大丈夫ですよ。副団長は鍛え抜いた強靭な肉体と精神をお持ちです。貴女様の可愛らしい一撃では、どうなるという事もありません」


「ロゼの言う通りです。セレスの事を、心配なさったのでしょう?」


 廊下の途中で立ち止まったアレクディースが、自分のやった事に罪悪感を抱き不安がっている幼子に、静かな眼差しを向けてくる。

 幸希の戸惑うブラウンの瞳と、アレクディースの蒼が、じっとお互いのそれを受け止め合う。

 片腕で幸希を抱き直し、ぽふんとその頭をよしよしと撫でるアレクディースは、傍から見れば面倒見の良いお兄ちゃんにしか見えない。


「確かに、無意味な暴力はいけませんが、ユキ姫様はセレスを助ける為に抵抗しただけです。俺はそれを怒ったりはしません。彼女の友人として、逆に礼を言いたいぐらいですから」


「うぅ……、本当に、ごめんな、さい」


「ユキ姫様、副団長は懐の深い御方ですから、本当に大丈夫なんですよ。――副団長、ルイヴェル殿の気配が」


「あぁ……。突破されたようだな」


 その言葉に、アレクディースの腕の中で落ち込んでいた幸希が、全身の毛を逆立てたようにその身を震わせた。突破されたという事は、ルイヴェルを足止めする為に残ったセレスフィーナに何かあったという事だ。幸希はその事実に居ても立ってもいられず、アレクディースの力が緩んだ隙に飛び降りた。


「ユキ姫様、お待ちください。俺達はセレスから貴女を託されたんです。行かせるわけにはいきません」


「いや!! セレスおねえちゃんを助けにいくの!!」


「なりません!! ユキ姫様!!」


 走り出した幼子をもう一度その腕に捕えるべく、アレクディースとロゼリアはその手を伸ばした。

 しかし、この王兄姫……、独特の動きで騎士団の二人を翻弄し、すばしっこく前へ前へと来た道を戻って行く。こんな幼い子供一人捕まえられない……、だと?

 二人は緊張の冷や汗を頬に感じながら、今度こそはと幸希に飛びかかった。

 しかし、それよりも早く、幸希は目的の場所まで逃げ切ってしまったのだ。

 一階に続く階段から現れた……、寝起き最悪のドS大魔王こと、王宮医師ルイヴェル・ふぇりでロード。その腕には、ぐったりと気を失っているセレスフィーナの姿もある。


「ルイおにいちゃん!! セレスおねえちゃんに何したの!!」


「「ユキ姫様!! なりません!!」」


 果敢にも大魔王に立ち向かう小さな勇者こと、幸希。

 冷たく見下ろしてくる王宮医師に何をされるか、本能で恐怖を感じているはずなのに、幼子は決して逃げようとはしない。

 

「ユキ……、俺の前に姿を現すとは、いい度胸をしているな? その無謀な勇気に関しては拍手を送ってやりたいところだが」


「セレスおねえちゃんに何したのって聞いてるの!! ルイおにいちゃんの馬鹿!!」


 おおお……。幼いとはいえ、あのルイヴェルを馬鹿と罵る事の出来る者がいようとは。

 うっかりその勇気に見惚れそうになってしまった騎士団の二人だが、一瞬で正気に戻り幸希の前へと盾のように立ちはだかった。

 

「邪魔をする気か……? アレク、ロゼリア」


「ルイ、ユキ姫様に対し無礼な振る舞いは慎め。俺達はレイフィード陛下を始めとしたウォルヴァンシア王族の方々に絶対の忠誠を誓っているんだ……。その御身を傷つける事は許されない」


「副団長の仰る通りです。それに、何があったかは存じませんが、ユキ姫様はまだ幼い子供です。そのように恐怖を与えるべきではないと思うのですが」


 必死に幸希を庇おうとしてくれる二人に、ルイヴェルの完全に据わっている双眸が和らぐ事はない。アレクディースとロゼリアの後ろで守られている幸希のみに意識は向いており、邪魔な障害を払おうと詠唱なしで威嚇じみた雷撃を二人の足元に落としてきた。

 それが宣戦布告となったのだろう。アレクディースは鞘から剣を引き抜き、幸希を後ろの方に下がらせルイヴェルを牽制にかかる。

 ロゼリアもまた、同じようにその動作を向けている。


「ユキ姫様は渡さない……。それが、セレスの願いだからな」


「同じく」


「怪我をしたくなければ退け……。負傷しても手当はしてやらんぞ」


 一触即発の緊迫した気配に、通りすがりのメイドと騎士が視線を彷徨わせながら「ひっ」と声をあげている。平穏なウォルヴァンシア王宮に一体何が!? アレクディース達のいる周囲だけ、この世界を賭けての最終決戦でも行われそうな危ない雰囲気が漂っていた。

 声をかけにくいどころが、その場に居合わせた事を後悔しそうなこの気配……。

 それを打ち破ったのは、幼き勇者だった。


「喧嘩は駄目なの~!!」


「「ユキ姫様!?」」


 二人の足元からルイヴェルの前に飛び出した幸希が、アレクディースとロゼリアを守ろうと、その小さな両手を左右に張ってその身を差し出す。


「ルイおにいちゃん、めっ!! 喧嘩しちゃ、めっ!! なの!!」


「なら、俺と一緒に大人しく医務室へと戻るんだな? そうすれば、そこの二人は見逃してやる」


 お前はどこの悪役だ……。その場の誰もが総突っ込みを入れたくなるワンシーンだったが、ルイヴェルと幸希は至極真面目な様子で取引を交わしている。

 勿論、それを駄目だと制止に入ったアレクディースとロゼリアだったが、幸希は二人の方を振り向き一言。


「だいじょうぶ!! ユキが二人を守るの!!」


 それは、自分の命を賭けて世界を救わんとする生贄となった少女のように、愛らしく迷いのない笑顔だった。……全然世界の命運などかかってはいないのだが。

 それに対して、じーんと感極まりそうになっているアレクディースとロゼリアも、ある意味ノリが良いのだろう。ルイヴェルの行使した転移の陣が幸希を呑み込んでいく様を涙ながらに見送った後、ようやく我に返り、大慌てで王宮医務室へと走ることになった。

 しかし……。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ん~、……ルイおにいちゃん、……セレスおねえちゃん」


「うぅ……」


「すー、すー……」


 アレクディースとロゼリアが大急ぎで駆け付けた王宮医務室の奥の部屋。

 ベッドカーテンを乱暴に押しのけて中をのぞき込むと……。


「幸せそうに眠っていらっしゃいますね……」


「……はぁ」


 真っ白な寝台に身を預け、双子の姉と可愛らしい幼子をその手に抱いてご満悦モード全開で幸せな眠りを手に入れた王宮医師……。

 アレクは心底疲れ気味に片手で顔を覆いながら溜息を吐くと、そっと静かにベッドカーテンを閉じた。まぁ、わかってはいた事だが……。

 どうやらルイヴェルのお仕置きは、幸希を抱き枕にして安眠を貪る事だったようだ。

 それを思う存分満喫した後にも何か意地悪な罰も与えそうだが……、果たして逃げる必要はあったのか? アレクディースは奥の部屋を出ながら苦笑を零す。

 ルイヴェルの尋常ではない気配のせいでノってしまった気はするが、あの幼馴染が王兄姫を傷つけるような真似をするはずがなかったのだ。

 そう安堵する傍ら、アレクディースとロゼリアはもう一度だけ奥の部屋を振り返り、振り回された者にしては、どこか楽しそうな笑みを浮かべながら医務室を去って行ったのだった。



 しかし、それから三時間後……。

 幸希のおやつであるプリンを手に王宮内を意地悪くかくれんぼしている王宮医師を目撃したアレクディースは、自分の幼馴染の大人げのなさを改めて遠い目で確認しつつ、今度こそ残念な息を零す羽目になったらしい。

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