俺「バカな……早すぎる……」
あおや なぎ
魔王軍「早すぎるということはない、我々は十年待ったのだ」
十一月七日 くもり
目が覚めたら黒スーツにグラサンをかけたイカツイ男達に囲まれていた。こわい。
何がなんだか分からないまま寝室に案内されたからとりあえず引きこもっている。
今日から記憶と気持ちと情報の整理のために部屋で見つけたこのノートに日記をつけていくことにする。
十一月八日 くもり
寝室に引きこもっている。
窓からは外の様子がよく見える。そびえ立つ煙突たちからは黒い煙が立ち上り、空を黒く染めている。あれ雲じゃないのか、体に悪そうだな……。
見た感じ工業は発達しているようだが、環境に対しての配慮がまだ考えられてないようだ。
十一月九日 けむり
今日も今日とて部屋にいる。
今日は煙が街に溜まり、霧のような状態で外が良く見えなかった。たいくつだった。
今日のご飯はビーフシチューだった。
十一月十日 雨
部屋なう。
今日は雨が降った。窓ガラスに付いた雨のあとを見たら黒い粒子を含んでいた。これ絶対危ないやつだよ。
今日の外の様子は少し変だった。工場から出てきたのは子供たちがほとんどだったのだ。入っていく所を見たことも無かったのでこれは強制労働というヤツなのではないだろうか。
これ以上書くと消されそうだからやめておくことにする。
今日の晩御飯はステーキだった。
十一月十一日 くもり
今日も窓から外を見ようと思ったら部屋にイカツイ人が入ってきた。「いつまで引きこもっているんですか!!」と怒られた。
イカツイ人には色々なことを教えてもらった。まず僕は魔王様らしい。魔王様というのだから魔法のひとつでも使えるのかとテンションが上がっていたら、イカツイ人が「魔法なんてありませんよ」と笑って言ってたのでショックだった。
僕が今いるのはサャーリゥナという国らしい。先代の王が亡くなったため、王の遺言に従って召喚の儀式を行ったらしい。
魔法はないと断言していたのでどうやって召喚したのだという疑問をぶつけると、イカツイ人は困った顔をしていた。
めげずに聞くと牛の肉(一頭まるまる)と何かの液体などをガチャガチャと混ぜて、地下の誰もいない部屋に一日放置しておくと何故か召喚出来るらしい。魔法があるんじゃないか、とジト目をしておいた。
サャーリゥナは科学が大変発達していた。もしかしたら地球の技術を超えているかもしれない。……あれ? 地球ってどこだろう。頭が痛くなるのでこれ以上は考えないようにする。
そういえばイカツイ人はサトゥさんと言うらしい。
十一月十二日 くもり
朝起きるとサトゥさんに工場に連れていかれた。
工場ではスライムの生産をしているようだ。スライムゼリーをホウ酸と洗濯糊などを混ぜ合わせて作り、人工知能を入れたカプセルにそれを付ければ完成だ。
スライムは途中で着色料を入れると好きな色に染めることができ、僕も青色のスライムを作ってもらった。目を模したダイオードの赤い光を点滅させて擦り寄ってくるスライムはとてもかわいかった。
工場長がスライムをプレゼントしてくれたので早速部屋で飼うことにした。名前はポチという。僕の飼っていた犬の名前だ。……飼っていた犬? 僕はペットは飼ったことがないはずだ。最近意味のわからないことがふと頭によぎることがある。そういう時に限って頭痛がする。
だめだ、今回も頭痛してきた。頭痛で頭が痛いので、これ以上はかんがえないことにする。
十一月十三日 くもり
サトゥさんがパソコンなるものを持ってきてくれた。インターネットに接続してどうとか言っていたけれどよく分からないからとりあえず頷いておいた。
パソコンを設定してもらうついでに『L1NE』というコミュニケーションができるものを入れてもらった。この屋敷に住む人と自由に話すことが出来るらしいグループに入れてもらった。グループの名前は『ほわいと☆魔王軍』だった。
十一月十四日 くもり
インターネットで遊んでいると女の人が裸で踊っているサイトに飛んだ。画面の真ん中には『登録ありがとうございます!! 登録料金の入金をお願いします。金額――』と書かれたものが出ていた。どうすればいいのか分からなかったからサトゥさんを呼んだらめちゃくちゃ怒られた。ワンクリック詐欺と言って人を騙してお金を取るものだったらしい。僕は明日からパソコン教室に通うことになった。
今日一日はなぜかサトゥさんが怖かった。
十一月十五日 くもり
今日からパソコン教室だ。先生はサイトゥさんと言うらしい。つい授業中にサトゥ先生と呼んでしまったが、仕方が無いだろう。
屋敷に帰るとポチが抱きついてきた。やはりスライムはかわいい。
十一月十六日 くもり
今日もパソコン教室だ。
特に変わったことは無かった。
ポチは今日もかわいかった。
十一月十七日 くもり
L1NEのグループで「勇者来たらしいよ」という投稿がされた。
何のことだか分からないけど、サトゥさんに今日から武術の訓練をするように言われた。
十一月十八日 くもり
屋敷の入口の方から何だか爆発音が聞こえてきた。サトゥさんによると勇者がやって来たらしい。
とりあえずインターネット先生に教えてもらったとおり、L1NEのグループで「バカな……早すぎる……」と呟いておいた。「早すぎるということはない、我々は十年待ったのだ」とか返してくれたから、みんな意外とノリがいいのかも知れない。
十一月十九日 くもり
やばい。殺しちゃった。
体術もろくに習う時間が無かったから、ヤケクソでポチを投げたら勇者の口にちょうど入って、窒息死した。
勇者の仲間のお医者さんが心肺蘇生術を試みようとしてるけど、スライムが喉に詰まったままで行えないらしい。女騎士さんがすごい目でこちらを睨んできてる。こわい!
十一月二十日 くもり
一日放置してたら勇者くんがむくりと起き上がった。死の覚悟をして臨戦態勢を取ったら勇者くんは仲間の女騎士達を攻撃し始めた。
何事かと思えば、ポチだった。ポチが勇者くんの体を乗っ取ったらしい。
勇者くんの仲間達を倒した後、勇者くんの体の中からポチが出てきたのでいつもの三倍撫でてあげた。
よろこんでいたので今日は一緒に寝てあげることにする。
十一月二十一日 ???
目が覚めると頭の上にポチがいた。というかヤバイ、息ができない。
喉にぬるって何かが通った。ポチだ。ポチに食べられる。
このままではいられない、とりあえず日記に残して助けを呼ばないと。
ヤバイ、息が……。
かゆい うま
これ以上先に何も書いてないことを確認すると、華原はその黒の革で装丁された日記を机の上に置いた。
ここは古代史研究室。古代史とは、現代よりも遥かに優れた技術を持っていたはずの古代サャーリゥナ朝がなぜ滅びたのかについてを研究する学問だ。華原はこの研究チームの室長である。
「室長、そっちの本はどうでしたか?」と話しかけてきたのは、この日記を発掘した時に一緒にいた学生だ。「こっちのは全く手がかりになりそうにないです」
「うん、僕の方もだいたい同じ感じかな。ただひとつ分かったのが、古代人はかなり暇そうだったってことくらいかな」
どうやら今回の発掘も大して成果を得られなかったらしい。
「はぁ……。またダメだったよ」
俺「バカな……早すぎる……」 あおや なぎ @ng_ai
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