第12話わいせつ3Dプリンターの星

ぼくの故郷は打ち棄てられたコロニー群にあった。


正確にいえば、今もあるし、まさに今ぼくはそこに帰ろうとしている。


古びたドッキング・アームがシャトルを固定する。すこし船が揺れる。乗客はぼく一人だった。ここは気密空間なのに、まったくの無音のようだ。シートベルトを外すと、手提げかばん一つでぼくはコロニーへの隔壁に向かった。いまや最後の有人コロニー、ジャスト・ジョーイへ。


ぼくが生まれたころには、コロニー群の廃棄がとっくに決まったあとで、ほかのコロニーはすでに無人化され、ナノマシーンがメンテナンスを行うのみになっていた。ただ、ジャスト・ジョーイのみは有人管理が細々と続けられていて、管理ブロック周辺に小さな村のようなものができていた。ナノマシンが叛乱を起こすこともないだろうが、なにかのときに人がいた方がいいということだった。あるいは、新旧の他のコロニーになにか大事故でも起きたときに、受け入れる体制が必要だろうということだ。そんなために、古いコロニー片隅に住む人々がいて、その中でぼくは生まれた。


村人の生活は慎ましやかなものだった。というよりも、そうでしか生きられなかった。最低限のライフライン、一年に一度の祭り、三年に一度与えられる地球ないし月への旅行券。ただし、時間だけはあった。たいていの管理は機械が行う。人間はそれを見る。だから、村にあえて残ろうとした人、あるいは志願して赴任する人は、ずいぶんとおとなしそうな人が多かった。宇宙の片隅にひっそりと息づく、それだけを望む人が多かった。


ぼくの家は少々毛色が違ったかもしれない。祖父の代からこのコロニーでわいせつ3Dプリント業を行っていたのだ。祖父は根っからのわいせつ3Dプリント職人だった。なんでも、祖父の祖父、移民第一世代からこの家業を引き継いできたそうだ。宇宙開拓時代にあたる初代は、無重力状態でこそ理想のわいせつ石膏が完成するのだと、3Dプリンターひとつ片手に地球を飛び出してきたといわれている。


当初は、大当たりだったそうだ。地球上の人々が宇宙に過剰な思い入れのあった時代だったにせよ、初代のわいせつ石膏は好事家のなかで大きな注目を集めた。もはや行き詰まりを迎えていた地球のわいせつ石膏界に、文字通りの新天地を切り開いたとまでいわれた。初代のわいせつ石膏はコロニーの無重力区画でプリントアウトされては、「フィギュアの人形」という荷札をつけられ、地球に送られつづけた。3Dは無重力という流行の中で、たとえそれがどんなにわいせつな形をしていても、いちいち検閲してなんかはいられなかったのだ。


そんな時代は過ぎ去って久しい。とっくの昔に人造臓器としてのわいせつ物が完成していたし、人々はそれに夢中になっていた。それは濡れもすれば入れられもする。無垢のまま飾っておいても、多少グロテスクではあるが趣味人たちには悪くない造形物だった。そんな中、いくら無重力下で造られたものであろうと、わいせつ石膏なんて見向きもされなくなっていくのは当然だった。


ぼくは、早いうちからわいせつ石膏職人の跡を継ぐのやめる決意をしていた。できることならば、宇宙船乗りになりたかった。祖父は大反対して家業を継がせようとしたが、両親はぼくの意を汲んでくれて、十六のときにコロニーを出て、宇宙商船専門学校に進んだ。二年後に両親は宇宙交通事故でこの世を去った。


そして、ぼくの夢もかなわなかった。ぼくはあまり船乗りの才能に恵まれていなかった。それだけのことだ。そしてぼくは宇宙旅行代理店に入社したのだった。船乗りではないけれど、宇宙を行く人々の手助けになれる仕事に、ぼくはなかなかに満足していた。


ただし、あの日が来るまでは。そう、あの日だった。なんでそんなミスをしたのかわからない。ぼくは6,800人の高校生が宇宙修学旅行に行くためのシャトルの手配をすっかり忘れてしまったのだ。気づいたときには、もはや手のうちようもなかった。ぼくは会社を去るよりほかになかった。そしてぼくはジャスト・ジョーイに帰ってきたのだ。祖父の居るこのほとんど廃棄されたコロニーに。


10年ぶりのわが家。祖父の仕事のために無重力区画にあるわが家。重力圏的な言い方をすれば、真下から家に入る。すぐに祖父の作業場がある。祖父はそこにいたし、3Dプリンターは稼働し続けていた。そして、いくつものわいせつ石膏が宙をさまよっていた。


「ただいま」とぼく。


「うむ」と祖父。


二人の間に会話なんてものはなかった。顔も合さず、ソイレント・タイムも別々だった。ぼくは寂れたコロニーの村を散歩して過ごした。旧知の村人たちにもであった。もちろん、ぼくが起こしてしまった事件は、宇宙はてなブックマークなんかでみんなの知るところだったろう。しかし、だれもそのことには触れはしなかった。


そうして、二週間ほどがすぎた。にわかにこの村が活気づいてきた。コロニー祭りの日が来るのだ。コロニー管理をする村人たちの慰安が本来の目的だけれど、廃コロニー建築物ファンなども訪れるようになっている。「廃コロニー扱いなんてされたくねえや」と口にする村人もいるが、どこか楽しげでもあった。やることもないぼくも、出迎えの看板を作るのを手伝ったりした。「ようこそ、ジャスト・ジョーイへ」。


いよいよ祭りの日が来た。夢中になって三次元的な盆踊りをする人もいる。このときだけは稼働する人工砂浜で海水浴する人もいる。ミラーの日差しだっていつもより明るい。コロニーを出て行った人の里帰りもある。そして、祭りをもりあげる、おまんと呼ばれる女衆の姿もあった。彼女たちは宇宙時代にそぐわない艶やかな服装をしており、まるで花束が歩いているようだった。ぼくはそんな光景が子どものころに好きだったことを思い出した。そして、彼女たちは故郷の特産品だという小豆をくれたものだった。それは重力下の土で育った、力強い味がしたものだった。


やがて祭りも終わりを迎えた。潮が引くようにコロニーから熱が引いていった。ぼくはひとり、波のない海辺を歩いていた。湖というべきなのか、塩湖というべきなのか……。気づいたら堤防にひとり腰掛けていた。


「おい」


不意に声をかけられた。振り返ると祖父の姿があった。包装された荷物を小脇に抱えていた。


「一つ、やってみんか?」と祖父。


荷物の中身は言うまでもない。まだこの太陽系のどこかに点在する、数少ない好事家に宛てたわいせつ石膏……。足りないのは職人、そして運び手も同じだ。


「うん」


ぼくは自分でも驚くほどあっさりそう答えた。ぼくはわいせつ石膏を届けるためにコロニーからコロニー、星から星を旅をする。悪くないじゃないか。ぼくはそう思った。この宇宙のどこかには、わいせつ石膏そっくり星があるという。とてもわいせつな形をした銀河もあるという。ぼくはいずれ、片道切符でそこを目指すだろう。太陽系の第三惑星を起源とする、わいせつ石膏を未知の彼らに届けるために……。

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