第13話わいせつディープラーニングの村

ぼくの村の夜道は暗い。

そこに、アメリカ帰りの具五郎は真っ黒なサングラスをして集会所に現れた。

帰朝報告の夜だ。

村衆が揃うと、村長が具五郎に向かって頷く。

「みんな衆さま、お久しぶりです。このたび、アメリカ留学から無事帰って参りましたのも、みんな衆さまのご支援あってのことでございます」と具五郎。

「おう、立派になったの」と声がかかる。

「今夜は、みんな衆さま方に、わたくしがアメリカで研究してきた、新しいわいせつ石膏を見て頂きたく。なお、この石膏については、危険がありますので、注意して頂きたく」

「拝承!」とみんな衆。

具五郎、風呂敷を外し、桐の箱をみんな衆の真ん中に置く。蓋に手をかけて周りを見回し、また口を開く。

「……こん石膏の型は、正確には、わたくしが作ったものではござりませぬ。アメリカ式のディープラーニングいう方法で作ったものであります。何万時間もかけて、何千、何万、あらゆる人の性の趣味をば機械に学習させ、その末に形を作らせたもんでございます。そして、出来上がった型は……ともかく、ごらん頂きたく!」

蓋をあけると、そこには見たことのない形の何かがあった。

少なくとも、どんなわいせつ石膏にも似ていなかった。

女性の、男性の、あらゆる器官にも似ていなかった。

幾何学的といえば幾何学的、生物的といえば生物的、なんとも形容しがたい代物だった。動的なうねりがある、静的な構造がある。

ぼくが「これは……」と言いかける。と、その時にはすでにぼくはすでに自分が気をやってしまっていることに気づいた。

周りを見回すと、男衆はあっけにとられたように股間を抑え、女衆の中には口から泡を吹いて倒れているものすらいた。たまたま型取りのために村を訪れていたおまんという女性たちも倒れこみ、故郷の特産物である小豆の転がる音がした。

具五郎は蓋をした。

一人、目をそらしていた村長が口を開いた。

「こん日本にはたくさんのわいせつ石膏の村がある。互いに交流を持ちつつも、切磋琢磨してここまでやってきた。しかし、このディープラーニングわいせつ石膏は、すべてをひっくり返してしまうものじゃ。口で説明せんでも、今、身をもって知ったじゃろう。正直、わしにはこの究極のわいせつ石膏をどうするべきか悩んでおる。わいせつ石膏の世界のバランスを崩してしまうものにほかならん……」

濃いサングラスを外した具五郎もしゃべりはじめる。

「……わたくしも、これがいったい何なのか、作り手ながら意味がわかりもうさんでございました。型を見ただけで気をやってしまい、慣れるまでに数日、この濃い色眼鏡越しにようやく見られるようになりました。型も、職人が泡を吹いて倒れてしまうので、3Dプリンターで作りました。そして出来上がったのが、この石膏なのでございます。そして、今、村長がおっしゃられた危惧をば同じう抱いて、秘密裏に今日ここまで持ってきたのでございます……」

村長と具五郎の声が遠くから聞こえるようだ。脳裏に焼き付いてしまった先ほどのわいせつ石膏の形が思い浮かんでは、また気をやってしまった。何度も、何度も。

「これは想像以上……! 村の祠にしまっておくことにしよう……」

村長の声が聴こえたような気がした。

それから、村に変化が訪れた。仕事熱心な型師たちもどこか浮ついたようで、ろくに注文をこなせなくなった。女たちもかつての威勢の良さはどこへいったのか、薄らぼんやり空想にふけるようになってしまった。

ぼくはぼくで、もう、この村にはいられないと思った。この村というより、あの石膏の近くにはいられないと感じたのだ。このままでは、自分が自分でいられなくなってしまう。そんな予感に支配され、都会に逃げ出したのだった。

その後、ぼくの村は滅びを迎えたらしい。村長が病で亡くなると、誰とはなしに祠からあの石膏を取り出し、村人のだれもかれもが尽きることのない快楽の中に斃れていったという。ぼくはそのことを具五郎から聞いた。具五郎はもう自分の目を潰していた。

ぼくはといえば……やはりあの石膏の形にとらわれてしまったようだ。ぼくの小さな部屋の四方すべてに、あの石膏を描いた拙い絵が貼られている。とうぜん、ぼくの描いたものだ。そしてぼくは、一心にあの石膏を思い浮かべながら、ダブルバレルの拳銃を口にくわえている。ぼくのすべてはあの石膏に支配されてしまった。いずれ、ぼくの村以外のだれかがあの形に行き着くことだろう。人類は一度得た欲望を手放すことはないだろう。人類に未来はあるのだろうか? ぼくにはそんなことどうでもよかった。ぼくは限りない快楽のなかで、人差し指に力を入れた。

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