5 あたいの魔法は猫じゃらし
「【
僕は半ば諦めの境地でタタンに訊ねた。
「まさか『対象を発情させる』っていうものではないだろうし」
さきほどの電話では、相手の警官は明らかに発情していたが……しかし、タルトの魔法が『服を着せる』だけのものではないであろうことと同じように、タタンの魔法もまた、より広い効果が与えられているに違いない。
だが……僕の思考はここらが限界だ。これ以上踏み込んで考えても、ただいたずらに確信を手放すのみだ。確信を手放して得られた結論など無意味だ。
「あたいの魔法、気になる?」
タタンはぴょこんと小さくジャンプして、ベッドから降りた。
やっと僕の枕を座布団代わりに使うことに飽きてくれたようで、安堵する。
「んしょ……っと」
タタンはそのまま僕の隣の——ベッドの縁に座った。
互いの手が触れ合ってしまいそうな、親密すぎる距離感がいささか気になったが、特に指摘はせずに会話を続ける。
「まあ、気になると言えば気になるな。警官の様子は異常だったわけだし」
「ふうん。じゃあさ、教えてあげてもいいけど、どっちか選んでよ」
「選ぶ?」
「そう。一言で済むけどお兄さんには絶対に理解できない説明か、三日かかるけど絶対に理解できる説明のどっちか」
ふふん、とタタンは試すように顔を綻ばせた。
僕は腕を組んで考え込む……振りをしたが、答えはとっくに決まっていた。
「三日も家に居られてたまるか。……前者で」
「あっそ」
タタンは無愛想に言って、それから説明を始めた。
「じゃあざっくりいくね。人間の脳は四つの象限に分かれていて、そのそれぞれに猫を飼ってるの。みんな気まぐれで、手を伸ばすと爪で引っ掻くような凶暴な猫がね。どうやらまだ地球の科学はそこまで到達していないみたいだけど、あたいのいる星ではこれは常識よ。それで、あたいの魔法は、その猫を手なずける猫じゃらしってわけ」
「待て…………色々と待て。わけがわからん」
人は脳内に猫を飼っている? なんだそのファンシーな世界観は。
どう考えても、それは科学とはほど遠い。トンデモが過ぎる。
「ほうら? だから言ったでしょ。理解できないってさ」
タタンはやれやれと首を振って失望を表明した。
「地球って遅れてるよね」
「上から目線むかつくなあ——」
……と、その時はたと気づいた。
自分で自分が信じられないほどの誤謬に。
僕は目の前にいる少女——タタンが地球以外の星からやってきたという申告に対して、何一つ疑問をもたずに信じきってしまっている。
なぜだ? 『他の星から来た』などという——途方もない大嘘にしか聞こえない申告が、なぜ僕の脳内の関所でひっ捕らえられずにパスしてしまっている……?
隣のタタンの顔を見る。
まだ幼さの残る肢体に、緑の髪。そして妖しく光る紫の瞳。
風貌はほんの少しだけ人間離れしている。うん、それは確かだ。
しかし、だからって地球外生命体として受け入れることができるわけじゃない。
では、なぜ僕は——
「……あっ」
「気づいちゃった?」
タタンは僕の心の内を読んだかのようにそう問うた。
「まさか、魔法を……?」
「そう。出会った瞬間から、あたいはお兄さんに【
彼女の紫の瞳がぎらりと光った。身がすくみそうになるが、こらえる。
「…………どんな効果を、僕にかけた?」
「二つ魔法をかけたんだ。ひとつは、あたいが地球の外から来た生物であることに対して過度に反応しないようにした。お兄さんが騒ぐと、仕事がやりづらくなるからね」
「……もう一つは?」
「…………」
タタンは僕から目を逸らした。あまり言いたくなさそうな様子。
「ここまで言ったなら言えよ」
語気を強める。少し気まずい空気が流れたが、ここで話が終わってしまう方が気持ち悪いだろう。
「頼む」
「…………わかったよ」
タタンは意を決したように頷いて、僕の目をしっかりと見て言った。
「……もう一つは、あたいの姿が人間に見えるようにした。人類の混乱を避けて、攻撃対象として見られないため。まあ、つまり自衛のためってわけ。本当の姿を見たら、お兄さんは間違いなく気絶するね。どうも地球人から見るとおぞましく映るらしくて……」
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