4 【交錯する4匹の猫】
「散々な目にあった……」
命からがら自宅に帰還を果たし、部屋のベッドに横たわって大きなため息をつく。
中学生ほどの見た目の少女、タルトとタタンの二人と出会い、一時は性犯罪者のレッテルを貼られかけて将来を諦めかけるも、タルトの魔法によってことなきを得た......。
まったく、目まぐるしい時間を過ごしたものだ。たった数分のできごととは思えないほどの疲労感が全身を覆っている。
買ったおでんを路上に置き忘れてくるという失態も演じた。
「…………」
静寂に包まれた部屋の中。
ベッドの上でぼんやりと考えているのは、タルトの使った魔法のことだ。
『
タタンのバカの脱衣芸はさて置いても、タルトのあの能力は、紛れもなく超人的なものだった。
もちろん、僕が狂ってしまったり夢の中にいるのではなければ……という注釈はつくが、『胡蝶の夢』じゃあるまいし、そうじゃないという前提で考えなければならない。
裸同然だったタタンに瞬時に服を着せたその魔法が、一体どういった魔法なのかはあの一回だけでは分からない。
単に【服を着せる】という効果だとしたらあまりに限定的すぎて使い物にならないだろうし、もっと広く運用できる効果が存在していて、その効果によって【服を着せる】ことも可能であると考えるべきだろう。
……まあ、魔法のことを考えても仕方ない。僕の想像が追いつかないからこその魔法だ。
確実なのは、あの時タルトは僕を助けてくれたということだ。
となると。
「……タルトは僕の味方ってこと?」
誰にともなく声に出してみる。そうすればその『仮説』が耳の奥でどう響くかがわかりそうだったから。
「——それ、間違いだから」
視界の外から声がする。
そうか。やっぱり間違いだったのか。タルトという少女が儚くも優しげな風貌だからって、僕は気を許しすぎていたのかも知れない。
……って、そうじゃなくて。
「なんでここにいるんだよ!?」
ガバッと起き上がり、声のした方向を振り返る。
「そりゃ、あたいは仕事熱心だからさ」
緑髪の小悪魔的な少女・タタンが、僕の枕を座布団代わりにあぐらをかいて座っていた。
即刻どいて欲しかったが、それよりこの状況をどうにかせねば。
タルトはいなかったので単独行動のようだが、こんな年端もいかない少女を部屋に連れ込んでいると親に勘違いされたらと思うと、ゾッとする。
僕はこれ見よがしに頭を抱えた。僕のいらだちが少しでもこの不遜な少女に伝わればと思ったが、彼女はまったくお構いなしだった。
立て肘をつき、物の勘定をするような視線でじっくりと僕を見る。
「な、なんだよ? 不法侵入で通報するぞ」
「案外、お兄さんとは長い付き合いになるかも知れないね」
少女らしからぬ調子でしみじみと言うタタン。
「は? 話を聞け! いいな、通報するからな」
「いいよ。やってみれば?」
切れ長の目の奥がギラリと光る。
「よし、言ったな? 今からお前の人生を終わらせてやる」
煽られて引き下がれなくなった僕はポケットから携帯電話を取り出し、『1』を二回と『0』を一回押した。
……さすがに少し緊張するが、これでこの迷惑な少女が我が家を侵犯できなくなればそれで良しだ。僕はまた平穏な日々と温かいおでんを堪能できるようになる。
電話を耳に当てる。——コール音が四回鳴ったところで、
『はい、砂原警察署です』
ぶすっとした男の声が聞こえた。
警官と話すと思うとなぜか緊張する。少しだけはやる鼓動を深呼吸で落ち着けて、僕は訴えを開始した。
「あ、あの——助けてください」
『はあ?』
怪訝な声。あまり親身に感じない、威圧感のある態度だった。
「実は今、僕の部屋に中学生くらいの女の子が押し掛けて来ていまして」
『はあ』
「帰れと言っても聞かないんです」
『で?』
「これって不法侵入ですよね? 家に来て捕まえてください」
『あのねえ……』
男は電話越しに溜め息を漏らしていた。
あれ? もしかして今の状況の事件性がうまく伝わっていないのか……?
「いや、ですから、不法侵入で迷惑をしていてですね——」
と、見えもしないのにタタンを指差して主張すると、タタンは「ふふふ」と不敵な笑みをこぼした。
……ん?
この時初めて、タタンの瞳の色が紫色であることに気がついた。——てっきり黒だと思っていたが、光を透かすと怪しげな紫に変化するようだった。
魔性に吸い寄せられたかのようにタタンの瞳に視線が釘付けになってしまう。
その瞬間。
「魔法をみせてやろう」
タタンは呟いた。同時に、瞳の紫色がキラキラと、星屑が零れ落ちるかのように美しく発光し始めた。
——なんだ? 魔法って、何をするんだ?
「電話を続けてみるんだな」
魔法が完了したのか、彼女は意味深に笑って電話の続きを促した。
我に返り、電話の向こうの警察官への訴えを再開する。
「だから、すぐ家に来てください。少女が居座っているんです」
すると、男は先ほどまでの無愛想な雰囲気から一転、くだけた調子で言った。
『で、その女の子は可愛いわけ?』
「は? あなた、何を言っているんですか」
『中学生くらいって言ってたっけ。いいな〜。俺も若い子と一発やりてえなあ〜』
「はい……?」
『いやあ、でも俺だと何かと犯罪になっちゃうしなあ。立場上我慢はするけど……はあ〜あ、羨ましいなぁ〜』
「いえ、だから」
『ああ、いいのいいの。これ、オジサンの戯言。君、高校生でしょ? 性にかける青春ってのもいいよねえ、女の子と部屋で二人、お楽しみじゃん。頑張れよな!』
「いえ、だから、あの——」
『ブツッ。ツー。ツー。ツー』
切られた!
「何なんだ……!?」
思わず電話を見つめる。警察に電話したのに言いたい放題言われて、勝手に電話を切られて……。
「フフン」
僕の枕の上で得意げにのけぞるタタン。
「……お前の仕業か」
「そ。これがあたいの能力、【
「……いや」
「なんだよ。もっとビビってよ。面白くないなぁ」
「……驚いてるよ。でも魔法うんぬん以前に、少女がそんな言葉を使うなよ……」
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