3 【そこにいて、死なない猫】

——瞬時の判断だったが、極めて正しかっただろう。

僕はタタンに叫ばれた直後、踵を返して大通りへ出る……のをやめて、直進した。

タルトとタタンの真横を通りすぎてそのまま奥まった細道に姿を眩ましてしまおうというわけだ。

大通りへ出れば必然的に一目に触れてしまう。その瞬間、僕の人生が映画だったとしたら画面の右下に『Fin.』とだけ記され、それ以降の人生は悲哀に満ちた曲とともに流れるエンドロールで済むだろう。

そんな人生の幕引きは御免だ。

「きゃあああああああ、まだ脱がしてくるぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

なおも具体的に叫び続けるタタンを無視して、僕は走って横を通り過ぎる。

しかし。

「通しませんっ」

と、僕の前に立ちはだかったのは、タルトの方だった。

「なぜ?!」

「大丈夫、です!」

なぜか力強く、確信を持って言うタルト。

「大丈夫じゃない! そこをどいてくれ。このままじゃ人生メチャクチャだ!」

「それも大丈夫なんです」

「いいから、どけ!」

「ひぃっ……」

焦りのまま怒鳴りつけると、タルトは怯んできつく目を閉じた。

多少の罪悪感が芽生えるが、もちろんそれどころではない。僕はタルトの横を通過する。

「うぅ、大丈夫なんだからぁ。。ボクがなんとかします」

「なんとかって、どうやるのさ!」

「こうです。えいっ……!」

タルトは手を宙にかかげ、むむむぅ〜と唸ってから、それをタタン目がけて振り下ろした。

「これで大丈夫です。タタンを見てください」

「——え?」

立ち止まり、振り返ると、タルトはのほほんと白い髪を揺らして笑っていた。

その奥——つまりタタンを見ると。

あられもない姿であったはずのタタンは、服を着ていた。

「あっ?! タルト、てめえまたやったな〜このやろ!」

そのことに気がついたタタンはぷりぷりと怒る。

「ひっ、ご、ごめんなさい。お兄さんが困っていたので……」

「困らせるためにやってんだよ!」

「困らせたくないので……」

会話は当然のように平行線に突入していたが、僕にはわけがわからなかった。

「タルトが、タタンの服を着せたのか?」

訊ねると、タルトは「うんっ」と頷いた。

「【そこにいて、死なない猫プッティ・キャット】の力で、タタンの脱いだ服をもう一度着せました」

「プッティキャット?」

聞き馴染みのない言葉に首を傾げる。

「お兄さんからすれば、魔法みたいなものです」

タルトはなぜか照れくさそうにはにかんだ。

「魔法……ねえ」

僕はそういうのは信じないタイプだったのだけど、しかし実際こうして見てみると、なるほどそれは確かに魔法のようだった。

何より、そのおかげで僕の人生は崩壊せずにすんだのだ。

「ありがとう。すごく助かった」

礼を言うと、タルトはもじもじとして顔を伏せた。

「そ、そんな……! お礼を言われることなんて、してませんっ」

その奥に、あからさまに不機嫌なタタンの姿が見えた。

「ふんだ。なによ、デレデレしちゃってさ」

そして僕に歩み寄ってくる。

「でも、これでわかったでしょ? 人類なんて、あたいの手にかかれば一瞬だって」

「いや、僕の人生が一瞬で終焉を迎えそうだったのは認めるが、お前が服を脱ぐことが人類を滅ぼすとは思えない」

「まあいいや。今に分かるわよ。このタタン様の真の恐ろしさがね」

そう言って、毒々しい緑色の髪の少女は含み笑いで僕を見た。

僕はその切れ長の目を見て思う。

——いや、僕とお前たちが出会ったのは偶然で、今日これっきりにしてくれ、と。

次があるような物言いはやめてほしかった。

なぜって、次があるのなら……僕はいつまで経ってもおでんが食えない。

「っていうか、あんなに叫んだのに、誰一人としてここに駆けつけないじゃない。どういうこと?」

僕は曖昧に首を振った。会話を切り上げて家に帰りたかった。

「地球人って、冷たいのね」

タタンは妙にわざとらしく肩をすくめた。

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