第9話

 一対一で戦うハーピーは、やはり強敵ではあったけれど、ぼくはいつものようにボロボロにはならず、討伐に成功する。

 まぁ結局は、その次に出てくるシャドウエルフの親玉には負けちゃったんだけど。


「こんなテクニックがあったんですね」


 ぼくは席を立って、教授に歩み寄った。「もっと早く教えてくれればよかったのに」と文句を言うと、彼は苦笑いした。


「プレイ時間が延びるから、私はこの方法好きじゃないんです」


 確かに教授ほどの腕を持っていれば、使う必要のない野暮ったい戦術だろう。

 でも、ぼくのような下手っぴにとっては、目の覚めるような魔法だった。


「世界が変わったみたいでした」


 ぼくがそういうと、教授は楽しそうに笑った。


「世界が変わったとは、面白いことを言いますね。そう、ゲームの攻略とは畢竟、ゲームを作り変えることです」


 教授はシューティングゲームの入った筐体に50円玉を投入する。

 彼がよくプレイしているゲームだった。

 画面中が敵の弾だらけになることで有名な——後世「弾幕系」と呼ばれるシューティングジャンルの嚆矢となる作品だ。

 実はこのゲーム、見た目ほど難しくはないのだが、それでもぼくは3面くらいまでしか進めない。


「ゲームを攻略するということは、ゲームの中の世界を、自分にとって居心地の良い空間に変えていくことだと私は思います」


 そう言う今日の教授のプレイは、いつもと違っていた。

 そのシューティングゲームには、弾数制限があるものの、画面中の敵弾を吹き飛ばせる「ボンバー」という特殊攻撃がある。

 いつもなら、教授はまったくボンバーを使わない。

 ステージクリ時に、使わなかったボンバーの数だけボーナススコアが入るからだ。

 しかし、今日の教授はボンバーを景気良く撃ちまくっている。


「この手の弾の多いゲームでクリアを狙う場合、弾避けはしちゃダメなんです」


 教授が不思議なことを口走った。


「大量の敵弾の間を、糸を縫うように進むのは確かにかっこいい。でも、それはクリア狙いのプレイには不向きです。最善は、そもそも敵に危険な弾を撃たせないことです。撃たれる前に処理するのが大事なんですね」


 いつもの自分のプレイを振り返ってみる。

 ぼくも、ボンバーはできるだけ使わない派だ。

 とは言っても、その理由は教授とは正反対で「ボンバーを使えない」と言ったほうが正しい。

 ついつい「こんなところでボンバーを使いきってしまって、あとですごい攻撃が来たときにボンバーがなかったらどうしよう」と考えてしまうのだ。

 そして、ボンバーのストックを残したまま撃墜されていく……。

 その状態を俗に「抱え落ち」というらしいのだが、その言葉をぼくが知るのはずっと先のことだ。


「苦しい状態にはまり込んだあとにどうしようかと考えるのではなく、手持ちの武器を使って、自分にとって都合の良い空間を作るのです」


 そのあと教授は、いろんなゲームで、お手本プレイを見せてくれた。

 そして、ぼくのような下手っぴでもできるような、効率の良いプレイや、ズルいプレイをたくさん教えてくれた。


「もし、きみが自分の生きる世界を居心地悪いと感じたら……。そのときは、正面から無理に立ち向かわないことです。世界はきっと、私たちが思っているよりも柔軟です。ちょっとした発想の転換で、居心地の良い空間に変えることができるはずです」


 その日、自宅に帰る直前のぼくを呼び止めて、教授はそんなことを言った。

 ゲームの話をしているようにも思えたし、そうじゃないようにも思えた。


 その日から、教授の引っ越しまでの一ヶ月間。

 ぼくたちは毎日のように一緒にゲームをした。

 引っ越しの日の前日、ウッディの前で別れるとき、彼はぼくに言った。


「また遊びましょう」


 なぜだかわからないけど、引っ越し先の住所や電話番号は聞けなかった。

 教授も自分からは教えようとしなかった。


 それから約20年。

 ぼくは彼とは会っていない。

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