第8話
それからしばらく、教授はウッディに顔を出さなかった。
ぼくはその間、例のファンタジー系アクションゲームをプレイし続けてきた。
自分の動きを見直したり、使用キャラを変えたりしてみたが、飛行船ステージの難所を突破できる確率はせいぜい50%くらいというところだった。
仮に突破できたとしても、次のステージで待ち構えているシャドウエルフの親玉にやられることが多かった。
教授が再びウッディにやってきたのは、1月も終わろうかという時期だった。
ぼくはその日も例のゲームをやっていて、最初教授が店に入ってきたことに気づかなかった。
シャドウエルフの大群とハーピーの波状攻撃で、あえなくゲームオーバーになったぼくが席を立って振り向くと、そこにはいつものヨレた白衣に身を包んだ教授の姿があった。
「久しぶりですね」
彼はいつもの笑顔で挨拶してきたが、ぼくはなんだか気まずい気分になってしまい、軽く会釈を返す。
教授はぼくのよそよそしい様子を気にした風もなく、画面を指差して「苦戦していますか?」と尋ねた。
「なかなか、安定して抜けられるようにならないです」
教授の変わらぬ様子に拍子抜けしながら、ぼくは不機嫌に返事をした。
そして、再び筐体に50円玉を突っ込むと、モニターに向かい直す。
使用キャラには、エルフの少女を選択。
序盤のステージは慣れたもので、ぼくは群がる敵を次々と打ち倒していく
「上手になりましたね」
問題の難所を前にして、教授が声をかけてきた。
「下手だから、たくさん練習したんです」
ぶっきらぼうに答えると、教授は「なるほど」と笑った。
画面の中では、飛行船がシャドウエルフの襲撃を受けている。
ぼくの操るエルフの少女が応戦を開始した。
魔法の矢で敵の魔法使いを撃ち落とし、ショートソードで剣士たちと切り結ぶ。
このシャドウエルフたちを退ければ、ハーピーがシャドウエルフの援軍を連れてやってくるはずだった。
ぼくが最後のシャドウエルフにトドメを刺そうとした、そのとき。
「ちょっと待ってください。そいつは生かしておいてください」
教授が妙なことを言い始めた。
ぼくは訝しがりながら、攻撃を取りやめる。
教授は意味のないことを言う人ではない。何か狙いがあるのだろう。
「そのまま5分間、そいつを倒さずに逃げ回ってください。左上のほうにいると楽です。そいつが空からテレポートしてくるのを待って、降ってきたら縦軸をずらして回避。そのあと走って逃げて、また左上に戻ってくるんです。それを5分間繰り返して」
「5分……ですか」
画面の中で不毛な鬼ごっこが始まった。
こんなことをして何になるというのだろう……。
シャドウエルフから逃げ回っている時間は、ひどく長く感じられた。
「そろそろですね」
時計を見ていた教授が、楽しそうにつぶやいた。
するとどうだろう。
しびれを切らしたシャドウエルフが画面外へと撤退していった。
画面には、ぼくの操るエルフの少女だけが残された。
「そのまま、進んでください」
ぼくがエルフを前方へと歩かせると、空からハーピーが襲撃をかけてきた。
何度も煮え湯を飲ませてくれた仇敵の登場だ。
さて、今日は勝てるだろうか……。
そこで、ぼくはおかしなことに気がついた。
「あれ?」
本来なら、ハーピーと同時にシャドウエルフの増援が襲い掛かってくるはずだ。
ハーピーと戦うぼくの行動を邪魔してくる、憎いヤツらが。
しかし、今日に限ってヤツらは出てこない。
「雑魚封じ、成功です。ゲームの仕様の穴を突いた攻略法ですよ。それでハーピーと一対一で戦えます」
驚いて振り返るぼくを見て、教授は楽しそうに笑っていた。
会心の手品が成功した
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