第5話
「引っ越すんでしょ? 遠いんですか?」
「茨城です。ちょっと遠いですね」
「もう遊べなくなっちゃうんですか?」
つい、詰問するような口調になっていた。
教授は「困ったなぁ」と言いたげな微笑を浮かべて、自分の頬を掻いている。
「……いつ、引っ越すんですか?」
「業務の開始日がまだ決まっていないのですが、たぶん3月中になるでしょう」
「あと2ヶ月もないじゃないですか」
「うーん……。そうなっちゃいますね」
気まずい沈黙が店内を包む。
それを破ったのは、店に飛び込んできた常連の一人だった。
いつも教授と一緒にウッディにやってくる大学生だ。教授の後輩なのだと聞いた。
「あの、すみません! 教授さん、教授……ああ、ややこしい! うちの本物の教授のほうが呼んでます。研究室に戻ってください。急ぎの用事みたいですよ」
教授は後輩に「分かりました」と声をかけると、ぼくに向き直った。
心底すまなそうな顔をしながら、
「すみません、急用が入りました。……また来ます」
とだけいうと、店を出ていった。
教授を呼びに来た後輩さんは、剣呑な様子のぼくを見て「ご、ごめんね!」と声をかけると、教授の後を追った。
「まぁ、まだ時間はある。あとでゆっくり話せばいいさねえ」
おばあさんが心配そうな顔で、ぼくにカップラーメンと割り箸を手渡してくれた。
さっき、教授のために準備していたものだ。
「食べんしゃい、食べんしゃい。お代はええから」
ぼくはカップラーメン蓋を取ると、立ったまま麺を啜り込んだ。
塩分過多な、ジャンクな味が口内に広がる。
このときのラーメンの味は、20年近くたったいまでも鮮明に思い出せる。
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