第4話

 高校2年の1月のある日。

 ぼくは朝からウッディに立ち寄った。


 その日は学校の創立記念日だった。つまり。

 ほかの人を気にせず、好きなゲームを思う存分遊ぶチャンスだ。


 どうせ誰もいないだろう、とタカをくくってやってきたのだが、そこには思わぬ先客が居て、店主の老夫婦を談笑していた。

 教授だ。何を話しているのだろう?


「いやぁ、就職決まったって? 国の研究所たぁ、やるじゃねえか」


 おじいさんが嬉しそうに教授の肩を叩いている。


「ええこっちゃねえ」


 おばあさんがカップラーメンにお湯を注ぎ始めた。

 教授に食べさせるつもりだろう。

 この人は、子供はみんなカップラーメンが大好きで、なおかつ30歳以下は全員子供だと思い込んでいるフシがある。


「そうはいっても、下っ端の研究員ですよ。給料は安いし、引越しはしなきゃいけないし、たいへんです。良いことはあまりないですよ。しばらくは落ち着いてゲームもできそうにないです」


 教授の横顔は、自身の言葉に反して、とても楽しそうだった。

 海外のファンタジー小説や、パソコン——彼が大好きなものについて話すときと、同じ顔。

「彼はきっとゲームより楽しいものを見つけたんだろう」——教授の笑顔を見て、ぼくはそう確信する。

 ゲームくらいしか趣味のないぼくは、教授が何かに対してゲーム以上に関心を持つことに、モヤモヤした不快感を感じた。

 いまなら分かる。あの感情は、嫉妬だ。


「教授、ゲーム辞めちゃうんですか?」


 思ったときには、話しかけていた。

 ぼくの口から飛び出した声は、自分でもギョッとするくらい硬かった。

 教授とおじいさんが、驚いたようにこちらを見る。


「どうしたんですか、こんな時間から。……あ、そうか。今日だったんですね」


 教授は学校の先生やうちの両親みたいに、ぼくの話を聞き流したりしないし、記憶力が抜群に良い。

 先週ぼくが創立記念日について話したことを、すぐ思い出したようだった。

 得心したように軽く頷くと、教授は少し困ったような顔で話し始める。


「ゲームはやめませんよ。ただ、しばらく忙しくなるから、遊ぶ時間が減っちゃうんです」


 嘘だと思った。

 ゲームより好きなものができたんだろう。

 ぼくと遊ぶよりも楽しいことができたんだろう。

 そのときのぼくは、そう思った。

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