二章 03:爆弾発言

 俺が士官室へ入室すると、服部はデスクの上にある書類に走らせていたペンを止めて顔を上げた。俺が士官室へ来るのも、かれこれ五度目になる。


 士官室には一台のデスクが中央にどっかりと陣取り、他は観葉植物とソファーが二席あるだけで、俺の自室に引けをとらないほど質素な部屋だった。他に目立つところと言えば、艶のあるリノリウムの床が天井の蛍光灯の光を受けて、白く輝いているところだ。


 そこから清掃がよく行き届いているのだなと推察できるのだが、奇妙にも部屋の片隅の一点だけインクを付けたモップで擦ったような黒い汚れがあった。


 別に取り立てるほどでもない些細な点なのだが、なにぶん他が綺麗なので、意識せずともその場所に視線が移ってしまう程、違和感があった。清掃をしていて、あの一画だけ拭き忘れるなんてことはないだろう。すると、後で汚されたと考えるのが一番しっくり来た。


 俺がちょっとした推理をしている最中、服部は奇抜な装飾が施された煙管キセルを竹の灰吹きへコツンと叩き付けた後、火皿に刻み煙草を入れてマッチで火をつけた。その一連の音が耳に入り、俺は我に返った。部屋の汚れなんて考えても詮なきこと。自分は服部の話を聞きにここへ来たのだ。

 目的を再認識していると、服部は煙管を片手に俺の目の前までやってきた。


「急な呼び出しによく応じてくれた。礼を言おう」


 満足げに煙を吐き出してから、服部はそう言った。


「用件は何だ?」

「そうがっつくな。お前はホープを知っているか?」


 ホープという単語に、トクンと大きく胸が鳴った。

 何故だ。何故、その名前が挙がる。

 嫌な予感ほど当たるとは言うが、外れて欲しいと願うほかなかった。


「……ああ、本人から直接名前を聞いた」


 俺が肯定すると、服部は何かを納得したようにふむと一つ唸って、前髪を大きく掻き上げた。


「そうか、なら話が早い。本日から三日後、ホープに対してオペを執り行う」

「オペ? 手術が必要なほど、どこか悪いのか?」

「違う。彼女の身体に爆弾を埋め込む施術を行う」


 言葉を失うとは、正にこのことだろう。

 すぅ――っと、周りの温度が下がった気がした。


「………………は?」


 服部の発言に自分の耳を疑う。だが、目の前の女は紛れもなく爆弾と言い切った。しかし、耳に入っても頭がその言葉を拒絶して、理解をせき止める。

 こいつは今、何を言った? 爆弾? それをあいつの体に埋め込むだと?


 ようやくのことで飲み込むが、あまりにも現実離れした発言に驚きを隠せない。半開きになった口から、ヒュウヒュウと吐息が漏れてゆく。気付けば、口中は乾燥しきってしまっていた。

 爆弾。と俺が渇いた口から漏らすと、服部はああそうだと言わんばかりの顔で、紫煙を大きく吐き出した。


「そんな必要、どこにある」


 俺と服部の間に確執が生まれた瞬間だった。俺がドスを利かせて言うも、服部は動じることもなく「必要だから行うんだ」と、ぴしゃりと言い退けた。


「そこで、キミには護送と施術中の監視をやって貰う」


 悪い冗談だと思いたかった。よりによって、どうしてあいつなのだろうか。


「俺は反対だ。そんなことに協力なんてできない」

「何故だ?」

「何故と言ったか? 相手は子供だぞ?」


 俺の返事に服部はフッと鼻を鳴らした。


「子供と大人。その両者が銃を持っていたとして、キミはどちらが危険だと思うかい?」

「その質問に何の意味が?」

「質問に答えろ」


 質問を質問で返してきたというのに、呆れた物言いだ。


「……馬鹿なキミには、難しかったかもしれないな。答えは両方だ。子供が撃とうが大人が撃とうが、撃つ弾に何ら変わりはない。PASSの力も同じだ」

「それなら今の処遇で十分だろう? こんな虐殺的行為と変わりないことに、何の特があるっていうんだ」


 そう俺が言うと、服部はうっすらと笑みを浮かべた。


「では、今までキミのやってきたことには、意味があったと。そういうことなんだな?」

「……っ!」


 ただの詭弁だ。しかし、それとこれとは関係がないとは言えなかった。心の中で怒りが大きく渦巻くも、俺は返す言葉が見付からず歯噛みした。

 服部はふう、と再び煙を吐き散らして席に戻った。


「先ほど中将自らがお越しになって決まったことだ。一介の兵士であるキミが口を出せるモノじゃない」


 服部が椅子に腰掛けると、静かな空間にギシリと軋む音が鳴り響く。


「その意向とやらは、爆弾を埋め込めって内容なのか」

「無論さ。私が合意コンセンサスもなしに、独断でこのようなことを行うわけないだろう。特注の枷で、彼女を完全な制御下に置くことがお偉いさんの意向だ」


 服部は表情一つ変えずにそう言った。この様子からだとなにを言っても、まともに取り合おうとはしないだろう。


「……協力するかは少しだけ考えさせてくれ」

「いいだろう、明後日まで答えを待ってやる。だが分かっているとは思うが、キミがどんなに拒否をしたところで決定は覆らない。それだけは覚えておけ長谷部信哉君」

「ああ……」


 ドアの前に立った時、躊躇いが生まれた。果たしてこのまま出て行ってしまって良いのだろうか、と。いや、今はこれで良い。出直すべきだ。

 俺は後ろ髪を引かれる思いで、ドアノブに手をかける。

 木製の扉をゆっくり押していくと、その扉は入ってきた時よりも重く感じた。

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