二章 02:重大発表

『そんなカラクリ、余がいれば不要であろう』


 ベッドの上に座っている静を尻目に、俺は銃のメンテナンスでパーツを分解して組み立て直していた。通常、基地内部での銃の所持は軍規により規制されているが、俺は警備のために携帯が特別に許可されている。

 俺がメンテナンスしているのは『SG552』と呼ばれるアサルトライフルだ。特にカスタマイズはしていなく、照準器を装着しただけのそれは標準装備に近い。


「念のためだ。いつ使うことになるかわからないし、整備だけは欠かせない」


 メンテナンスをすれば不発や故障の予防になる。故に新兵の頃は分解から組み立てまでの実習を何度もやらされたものだった。初めの頃は興味があるように見ていた静だが、あまりにも繰り返し行ったものだから、最近では見向きもしなくなっていた。


『ところでお主、重大発表があるのじゃ』

「……何?」


 マイナスドライバーでリアサイト部のネジを留めていた最中であったが、俺は手を止めて静の方へと視線を移した。


『重大発表なのじゃ』

「言い直さなくて良い。手短に」


 冷たくあしらうと、静はあの少女のようにしゅんと項垂れてしまう。力なく垂れたのは首だけでなく、耳や尻尾もだ。こうして静の耳が項垂れるのはよほど気持ちがしょげたときだけだった。こうなってしまうと、どんどんしょぼくれてしまうので、怒った状態の静よりもたちが悪い。


『やっぱり、言うのやめる』


 いよいよまずくなってきたところで、俺は慌てて気の利いたフォローを探す。


「わー、気になるなぁ」


 いい言葉は見つからなかったが、気前よく拍手を付け加えた。ひとしきり手を叩いてから、一人だけの拍手は気が抜けたように聞こえることに気付く。完全に失敗だった。


『話すから無理をしなくてよい。お主がそうすると、なんだか不気味じゃ』


 気は逸れたようだが、どうも不憫に思われたらしい。


「酷い言われようだな……」

『昔は可愛げがあったんだがのう。どうしてこうなったのか』


 静は屈託した表情で嘆息混じりに言う。遡れば、静との付き合いはかれこれ九年になる。可愛げも何も、こんな捻くれた性格に育ったのは、静譲りな所もあるのではないかというのに。それでも、確かに静と出会った頃の俺は十四歳。静からしてみれば、からかい甲斐のあるガキだったに違いない。


「あの時はまだ、ガキだったしな。もう二十三だぞ」

『何を言うか。今でもお主はくちばしが黄色いひよっこじゃ。将棋でも何でも余から一本取ってみてからものを申せ』

「手厳しいな」


 俺が肩を竦めた直後、ベルの音がけたたましく部屋中に響き渡った。

 何事かと腰を浮かせた俺だったが、その音の正体がチェストの上に乗った電話だったことに気付くと、ほっと安堵する。だが、一息入れて落ち着けたわけでもなく、早く取れと言わんばかりに鳴り続けるものだから、脈打ちが早くなって仕方がなかった。


「あーわかったわかった。取るから勘弁してくれ」


 俺は誰に言うわけでもなく、ベルの音を払拭するように叫ぶ。今まで生きた中で、黒電話旧式のベルは聞いたことすらなかった。こんな大きい音が鳴るとはつゆ知らず、質の悪い悪戯だなと思いながら受話器を取ると、


『服部だ。今、聞いているのは長谷部で間違いないな』


 繋がった先は服部だった。思わぬ相手に、俺は固唾を飲み込む。どうやら、たちの悪い悪戯は続行中のようだ。


「そうだが……」

『至急、士官室へ来るように』

「何故――」と問いかけた瞬間、回線がぶつ切れた。


 俺は受話器を置いて頭を掻いた。なんだってこんな時に、と愚痴をこぼしそうになったが、一番時間を欲していた静に言い聞かせたところでどうにもならない。


「というわけだ。悪いが、その重大発表は後で聞こう」

『うむ。まぁ、急ぎでないからよい』

「やけに素直だな」


 つい漏らしてしまった本音に、静はむすっとした顔になった。


『お主は余をなんだと思っておる。……それに結構込み入った話になるのじゃ』


 急に真剣な眼差しを静から向けられて辟易する。


「悪い知らせだったりするのか?」

『心配せんでもそのような話でない。まぁ、楽しみにしているがよい』


 そう言われても静の重大な発表なんて、どんな話が出てくるのかわかったものではないので、俺は気がかりで仕方がなかった。

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