一章 12:Ain

 ――一升位の酒を二人で空けた頃になる。

 懐かしい気持ちにさせる話を延々と交わす中、静は酔っ払ってしまったようで、部屋の隅でぐったりとしていた。ベッドまで運んでやりたいところだが、司の目の前で運ぶのは至難の業だ。故に、気の毒ではあるがそのままだった。


「――さて、と」


 間を置いて、司は真剣な顔つきになった。


「酒も残り少ないし、本題に入ろうか」


 司はグラスに入った酒を一口だけ含み、話を切り出した。


「本題って言うと……今朝言いかけてたことか」

「そうだ。単刀直入に訊くが、信哉はここ見てどう思った?」


 司にそう訊ねられて、俺の脳裏に浮かんだのは歌を歌っていたあの少女だった。


「吐き気がするよ。病院と言われたが、あれは牢獄だ」


 不平を漏らすと司は肯いた。


「ただ、信哉が言うような牢獄でもない。オレから言わせればマレビトプラントだな」


 俺は司の話に耳を傾けるために、酒の入ったグラスを床に置いた。


「マレビトプラント?」

「どうやらここで治療とやらに当たっている奴らは、元いた場所じゃなく何処かに連れて行かれてるみたいでな。マレビトは利用価値が高いって、人売りをしている奴らが言ってるぐらいだし、ロクな結末は辿ってないだろうよ」


 嘲笑的な口調の反面、司の目は笑っていなかった。

 アインに保護されなかった和国のマレビトが、物好きの財産家や隣国にある幇会に売られることもあるという話をどこかで耳にしたことはあった。アインも同じことをやっていたとなると一大問題だ。てっきり病室という名目の牢屋で飼い殺しにしているのかと思ったが、どうやら違うらしい。


「しかし、どこでこんな話を……」

「何、ちょっとしたツテさ」


 司は人差し指を立てて宙でくるくる回した。どうやら裏があるようだが、そこまで訊く気にはなれなかった。


「その話に信憑性はあるのか?」

「それは間違いない。オレが保証する」


 自信があるのか、司は淡々とした口調で答えた。最初ハナから疑ってかかってはいないが、あの牢とも呼べる場所を鑑みれば話の筋は通っている。


「しかし、マレビトを利用するなんてな。そんなことが許されて良いのか?」

「なんだかんだとて、ここは民間の軍事企業だ。素寒貧すかんぴんは駄目ってワケさ」

「それじゃ、色々なところが黙っちゃいないんじゃ……」

「大体の国は黙認さ。力のあるマレビトは百人の兵にも勝る資源だし、典型的な権謀術数主義マキャベリズムってやつだ。それはお前が一番わかってるんじゃねーかな」


 意味を汲めば、俺はマレビトの軍人だから良くわかっているんじゃないか? ということなのだろう。俺がマレビトだという点は的をやや外ずしているが、それは些末なことだった。

 その言葉の意味するところは、この国で――いや、多くの国でマレビトは人権がないに等しい扱いを受けているということだろう。

 そして、その多くは何らかの形で利用されているのが実情だ。


「殺しをして捕まった奴らはともかくだな――」


 司は言葉を切って、グラスの中の酒を一気に呷った。

 迫害を受けたマレビトが人を殺したりすることは、そう珍しいことでもなかった。殺された人間が出ることにより、人々は一層マレビトを恨み、これがまた新たな軋轢を生む。

 これでは負のスパイラルだ。

 その連鎖を止めるための調停役、それがアインだと俺は考えていた。


「一番の問題があいつらの中に、無実の罪というか……そう、完全にでっち上げで連れて来られた奴がいるってことだ。だが世間ではマレビトをゴミとしか見てねー奴らが多いからな。中には感染うつると信じている奴がいるぐらいだし、一度ここへ来てしまえば戻れる確率はゼロだ」


 俺にとって、この言葉に対する返答は極めて難しいものだった。

 やれ可哀想だとか、助けたいとかそういった偽善言葉を並べ立てるのが嫌らしく思えたわけではない。俺は司の言う者達と同じく、マレビトに対して良い思いを抱いていない者達の一人だからだった。


 その理由。それは至ってシンプルだ。

 家族を殺されたという恨み、である。

 それに加えて、俺が今まで敵対してきたのはマレビトばかりだった。


「――信哉? 聴いてるのか?」


 司の声で俺はハッと我に返った。気付けばずっと、黙ってしまっていたようだ。


「あ、ああ……大丈夫だ……」

「悪い、再会を祝って楽しいところだったのにな……。気分悪くなっただろ」


 司の傍らで俺はふぅと小さくため息をついた。司には気持ちの整理に見えただろうが、俺にとっては自己嫌悪から来たため息だった。


「辛気臭い話はまた今度。そろそろ消灯だし、お開きとしよう」


 司のその一言で、ちょっとした宴会はお開きになった。

 空になった缶や瓶、つまみの袋などをまとめていると、俺はある一点に目が留まる。


「寿司、かなり残ってしまったな」


 初めは食べてはいたのだが、静が寝てしまってからは全く口にしていなかった。


「んー、オレもそんな食ってねーしなあ。こんなに残ってると勿体ないな」

「この余った寿司、貰っても良いか?」

「別に構わないさ。信哉のために用意したんだから遠慮なく貰っとけ」

「そういうことなら有り難く頂いておく」


 半日も経てばさすがに悪くなってしまうだろうが、静は喜ぶであろう。


「じゃあ、またな信哉。そろそろ消灯だし、オレは自分のとこに戻るわ」

「ああ、また」


 そんなやり取りをして、司はゴミの入った袋を片手に扉から出て行った。

 俺は――一体どうしたいのだろうか。

 扉が閉まった瞬間、司と入れ替わりに部屋に静寂がやってきた。

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