あれ
「あ」
昼間に二人で散歩していると、隣にいた妹の祐子が声をあげた。
無口な祐子が声を出すときは大抵何かが起こる前触れだった。
「どうした?」と、俺は声をかける。
「お兄ちゃん、あれ見える?」
妹の指差す先を見ると、何かがある。
何かがあるのは見えるのだが、何なのかは良くわからない。
なにか白っぽいもぞもぞしたようなものが動いているようにも見えるが、そうでないようにも見える。
じっと目を凝らしてみるが、何なのかさっぱり判らない。
「うーん、何かがあるのは見える」
「なんだろう、あれ」
祐子は気になって仕方がないという様子だ。
「お兄ちゃん、近くに寄ってみてみようよ」
祐子は言い出したら俺が折れるまで絶対聞かない性格だから、俺はしぶしぶ頷いた。
早速、早足でスタスタと歩き出す祐子。その後ろをゆるゆるとついていく俺。
俺はキョロキョロとあたりをよそ見していた。
「あ、これは」
祐子の声がした。
「お兄ちゃん、すごいよ、このk」
声が途中で掻き消されるように止まった。
そこで祐子の声のした方を見たのだが、そこには妹はいなかった。
確かにそこにあったはずの何かは、いつの間にか消えていた。
夜、家に帰って1人で俺は考える。
昼間のあれは何だったのだ。
そもそも、あれが白かったのか赤かったのか、大きかったのか小さかったのか、動いていたのかいなかったのか、動物だったのか物だったのか、ということすら思い出せない。
思い出そうとすればするほど記憶の中の輪郭がぼやけてしまって、全く思い出せないのだ。
俺には妹がいたのかいなかったのか、そのあたりも定かではなくなってきていた。
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