ある能力
青ざめた顔でタクマが訪ねてきたのは、ある嵐の夜の事だった。
「どうしたんだ、傘もささずに。びしょぬれじゃないか」
タクマを迎え入れ、応接室のソファーで向かい合ったた。
ところが、タクマは一言も喋らないで、ただうつろな目で押し黙っている。
いつも明るいタクマが一言も喋らない。
異様な事態に、これはただ事ではないと俺も何も言えずにいると、タクマの方から口を開いた。
「笑わないで聞いて欲しいんだが……」
俺はごくり、とつばを飲んだ。生唾を飲むとはこういうことか。
「じつは俺は、超能力者なんだ」
俺は約束を違えて吹き出しそうになったが、タクマの異常にギラギラした目を見ると意外に笑えなかった。
しかし現実に超能力などあるわけもなく、大方はそう思いこんでいるだけであることも分かっていた。
一度思い込んだらなかなか姿勢を変えないタクマのことをよく知っている俺は、大きく頷いて言った。
「そういうことも、あるかもしれないな」
タクマは顔を上げて意外そうに言った。
「信じてくれるのか」
「信じるも何も、ウソを言うような人間じゃないからな」
タクマの顔が晴れた。
「ありがとう。……正直言って、誰も信じてくれないから辛かったよ」
俺はまた大きく頷いた。
「まあ、少し落ち着いて話してみるといいよ」
「ありがとう。本当に……ありがとう」
タクマは泣いていた。よっぽど、超能力で辛い思いをしてきたのだろう。
「それで、その超能力とはどんなものなんだ?」
タクマは答えにくそうにしていたが、意を決したように口を開いた。
「それが、『自分が超能力者であるという友人が嵐の夜に訪ねてくる妄想を抱かせる能力』なんだ」
嵐はいつの間にか止んでいた。
気づくと俺の目の前には、誰も座っていなかった。
俺は気づいた。
タクマって誰だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます