第2話

 現国の安眠タイムに見事誘われたおかげで、午後の授業は突発的な眠気に襲われることは無く、あっという間に放課後を迎えた。

 ここから、部活に足を運ぶ者と、そのまま帰路につく者とに分かれるが、自分は後者だ。かつて中学までは陸上に努めていたが、ここの高校の陸上部はあまり活発的ではないようなので、将来も見据えて勉強に比重を置くことにした。

 俺は家に帰って、現国のノートの丸写しをしようと思ったが、家よりも学校の方が集中できるので、教室で写すことにした。


 陸上部の天野 浴衣(あまの ゆかた)も、自身の机で何かをしているので、本日月曜日は陸上部のオフということらしい。彼女とは中学の時に陸上部の他校との合同練習で何度か会っており、数える程度には話したこともあったが、高校に入学して5ヶ月ほど経った今に至るまで、一度も話したことがない。

 こんな学校だから、無闇に話しかけたところを誰かに見られて、噂にでもなったら面倒だ。その相手が意中の人ならば本望、だがしかし、彼女は違う。話しかけられない限りは、君子危うきに近寄らず、教室には他に誰もいないけども、無用な火種は作らないようにしておこう。


 兎にも角にも、現国のノートを写さなければ。授業を聞いていない分、自分なりの学習も数十分は必要だ。となると、写す時間も含め、およそ一時間か。大した時間でもないから、さっさと終わらせてさっさと帰ろう。昨日の漫画の続きを読みたいのだ。

 早速、日向から借りたノートを開いて見てみると、一枚の紙が挟まっていることに気づく。「橘田へ」と書いてあるので、見てもいいのだろう。……まさかLove letter?


『読むだけでは分かりにくい板書もあったと思うので、昼休み中にこのノートをとって補足を書いておきました』


 Loveなんたらの蓋然性は排除されてしまったが、何と行き届いた心遣いなのだろう。この文章をわざわざ別の紙に書いたのも、あからさまに俺に向けて書かれた補足を不思議に思わないよう、写すよりも前に気づかせるためなのか。……というのは、流石に思い過ごしか。


 何はともあれ、ありがとう日向。いや、仲良しの友人から呼ばれているように、俺にもなっちゃんと呼ばせてほしい。ありがとう、なっちゃん。……ああ、愉悦を感じる。

 そんな妄想は今はどうでもいいのだ。俺みたいなうだつの上がらない人間には、どうせ彼女を苗字でしか呼ぶことができない。とにかく、ノートの写しにとりかかろう。


 今日の部分の彼女の板書を見ていると、いくらか加えたらしい補足というのは、大半は納得のいく説明だったのだが、たぶん彼女の妄想も入っていそうだな。彼女が得意とする現国で満点を取れないのは、この本人だけの妄想部分が問題なのだろう。これは、本を愛するが故の宿痾なのだろうか。

 しかし、彼女の解釈も独特の目線で面白い。これは評価してあげてもいいんじゃないかな、国枝先生よ。無論、俺はこれが意中の相手ということで、色眼鏡という代物に頼ってはいるが。


 俺は20分をかけて板書を書き終えた。日向の補足もあってか、板書を書き写すだけで大まかな内容は把握してしまった。板書に加えて自習でもしようと思っていたが、今日はもう帰ろう。


 だが、俺が机の上に広げていたものをまさに鞄の中に入れようとしていたところで、まさか


「橘田くん」


と、天野に話しかけられるとは思ってもみなかったのだが。

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