第1話
まずいことに、4限目の現国の授業を突っ伏して寝てしまった。決してナルコレプシーなどではなく、昨日衝動買いをした漫画を、夜中の3時まで読んでいたのが原因だ。しかし、幸いと言っていいのかは分からないが、現国の国枝先生は寝ていても全く怒らないし、注意すらしない。というより、歯牙にもかけてくれない。それゆえ、万が一寝てしまった場合には"ノートをとる"ことができなくなってしまうのだ。
ゆえに彼の授業は、単調な授業の進め方とも相まって、安眠に充てる時間に非常に適しているのだが、真面目に勉強をするタイプの俺にとっては、その点で少しそりが合わない先生なのである。
すると、机でへこたれている俺の目の前をちょうど、風紀委員を担当している遊馬 真央(あすま まお)が横切った。真面目な彼女だ、きっとノートもきちんと取っているに違いない。俺は彼女にノートを貸してもらおうと心に決めた。
「アスマオ、悪いけど現国のノートを貸してくれないか?」
「すまないが、他の人に借りてくれ。私は字がミミズのようだから、人には貸したくないのだ」
「そうか、すまないな」
あっさり突っぱねられた。字の良し悪しなど全く気にしないのだが、本人が嫌がるのなら無理強いもできない。こんなことならば、漫画は1冊ずつ買って、日ごとに計画的に読むべきだったか。過ぎた話を考えていても仕方がないので、俺は他のターゲットを探すことにした。
そして、少しだけ邪な考えが頭をよぎる。この状況を、まさに恋愛に活かさなくてはどうする。この学校にいる限りは『何人も、卒業式の終わりまでの期間に交際をしていないときには、留年とする』というルールに羈束きそくされてしまうのだから、嫌でも恋愛はしなくてはいけない。
ということだから、俺は意中の相手に思い切って借りることにする。その相手は、幸いにも国語系の科目"だけ"はできるので、ノートもちゃんとしたものであろう。
俺は余計に重たくなった腰を上げて、まだ机に着席しているその相手、日向 夏(ひゅうが なつ)の机へと足を向ける。遊馬と同じ女子とはいえ、やはり好きな相手から借りるというのは妙に緊張するものである。
ああ、あと5メートルもない。とにかく、兜の緒を締めて特攻するのみだ!
「日向、おはよう」
今は、日が南中している真昼間である。早速、言葉選びを間違えた。穴があったら入りたいだなんて、生まれて15年目にして初めて思った。
「橘田きった、今は昼だよ」
「気持ちはいつだって朝一番さ」
「そう、お寝坊さんなんだね。授業中も寝てたしね」
しめた!彼女のほうから、その話を振ってくれるとなると、このチャンスを逃すわけにはいかない。俺は如何にも思い出したように、ノートの話を持ち出した。
「そうだ、その件なんだけど、現国のノートを貸してくれないか?」
「いいよ、ちょっと待って」
彼女はがさごそとカバンの中を探る。チラっとカバンから、4、5冊ほどの小説が見えた。彼女が国語系の科目"だけ"を得意とする理由がこれで、月に小説を2、30冊は読むらしい。
それがなぜ国語系の科目"だけ"を得意とする理由になるかというと、彼女はそれら以外の授業のときは、よく隠れて小説を読んでいるからだ。現在は彼女よりも自分が前の席なので授業中はあまり見ることがないが、彼女よりも後ろの席に座っていた時には、飽きずにずっと何かを読んでいた。ゆえに彼女の成績は悪い方で、特に理系科目は壊滅的だという。
「はい、これ現国の」
「ああ、ありがとう」
手渡されたのはピンク色の花柄のノート。本にしか興味がなさそうな彼女だが、しっかりと女の子の部分もあるようだ。惚れた理由は別にあるのだが、そういったところも少し愛らしい。
パラパラとめくってみても、きちんと板書が書いてあった。恐らく、これと古典以外の授業のノートには、ほとんど書いていないんだろうけど。
「明日までには返すから」
「うん、よろしく」
俺は受け取ったノートを折り曲げないように丁寧にカバンの中にしまい、その後は誘われた友人と食堂に昼ごはんを食べに行った。不思議と、いつも食べる親子丼が1.5倍美味しく感じた。
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