面堂奈子の屁理屈四題噺

ktr

第一話 「烏」「蛍光灯」「ホームページ」「金縛り」

 八月。


 一日中鳴いているニイニイゼミの鳴き声はさておき、シャワシャワというクマゼミの鳴き声がジージーというアブラゼミの鳴き声に交代した昼下がり。


 僕は幼馴染みと共に近所のファーストフード店を訪れていた。

 無慈悲な太陽光から逃れ、空調の効いた店内に落ち着いて人心地。

 暑さでへばった気分を払拭しようと、僕は軽いジョークを口にする。


「アナはツツイな」

「うん、今朝のニュースのアナウンサーは筒井さんだったね!」

「そうじゃなくて!」

「だから、宗さんじゃなかったよ?」

「……その切り返しは予想できなかったな」

「ん? 別にシューティングゲームで自機狙い弾を引きつけながら一方向へ移動して画面の端に追い詰められる前に大きく動いて弾幕に意図的に隙間を作ってそこを抜けて逆方向へ逃れて躱すほど面倒なことはしてないよ?」

「面倒なのはお前だ!」


 今や好事家ぐらいしかやらない弾幕シューティングゲームの弾除けテクニックの一つの『切り返し』の解説で切り返す幼馴染みに全力で突っ込むが、どこ吹く風。


「うん、あたしの名前は面堂めんどう奈子なこだからね。名詮自称を常に心掛けてるのは知ってるよね?」

「ああ、いやになるぐらいな……」


 とまぁ、こんな調子で言語系統に何かしら重大なバグを抱えていそうなのが、僕の幼馴染みの面堂奈子である。


 特徴的な瓶底グルグル眼鏡が先ず目を引く。


 小柄で、水色の飾り気の無いワンピースは首元から足下まで起伏無く下がっていることからその体型を想像して貰えれば、大体あってるはずだ。


 セミロングの髪が無造作にあちこちにはねているのは、探偵志望と嘯いて愛用している鹿撃帽を無造作に脱いだから。勿論、冬はインバネスコート着用だ。


 そう、彼女は探偵志望。


 言葉遊びはその訓練と言い張っているが『探偵志望』も含めてどこまで本気かは疑わしい。しかも、疎まれても先述通り『名詮自称』で開き直るのでタチが悪い。


 そんな、名前通りの『面倒な子』なのである。


 当然のごとく、こんな調子では友達が少ないのだが、僕は『幼馴染み』という名の腐れ縁で、別々の学校に通うようになった高校生になる今も付き合いが続いている。


 更には、高校入学以来、とある事情で最低月一でこんな風に二人で過ごすようになっていたりする。まぁ、それは色っぽい話ではなく、僕の利益に繋がるからで……


「で、ルトニ、今月の課題は何かな?」


 『ルトニ』というのは彼女が僕を呼ぶ場合限定のニックネームだ。その由来は後にして、今は本題に入るとしよう。


「これだよ」


 言いながら、僕はストレートタイプの携帯のディスプレイを彼女に示す。そこには、


「烏」「蛍光灯」「ホームページ」「金縛り」


 と四つの単語が並んでいた。


 奈子が探偵を志望するのと対にしていいのかは若干の疑問があるけれど、作家志望の僕は高校入学を機に文芸部に入った。そこでは毎月三題噺にプラスワンした『四題噺』が必須課題となっている。さっきのは、夏休みにも関わらずご丁寧に部長から届いたメールに記載されていた今月の課題だった。


 僕は、四月に初めてこの『四題噺』に出会ったとき、ふと思ったのだ。


 奈子に、こういう言葉からの連想ゲームをさせたら何を思い付くんだろう?


 言葉からの連想ゲームは奈子の専売特許だ。何せ、先の会話の通り、日常的に言葉遊びを交えないと気が済まないんだから。そんな好奇心に駆られて四月の課題を見せたのが始まりだった。


「桜」「笑顔」「失恋」「公園」


 僕は『公園の桜の木の下で失恋の悲しみに沈みながらも前を向こうと無理矢理に笑顔を浮かべる少女の御華詩』を考えた。


 でも、彼女は『公園きみぞのという少女が遅れてきた恋人を待っている間に待ち合わせ場所で事故に遭って数年間昏睡状態になり、奇跡的に意識を取り戻したところで浦島太郎な不安に駆られた上に、恋人が他の女とくっついていたことを知って失恋の痛手で錯乱し、彼の新しい女の首を鉈で掻き切って会心の笑顔を浮かべる御華詩』を提示してきた。


 うん、『きみぞの』がアナグラムでオマージュになっていたり『桜』が音の近い『錯乱』にすり替わっていたり、そもそも高校一年生が知っていていいネタなのか突っ込みたい所だったりで、とても提出できる内容ではなかった。


 でも、その発想からは何かしら学ぶモノがあるんじゃないか、と思ったのだ。


 だから、毎月こうして彼女に課題を見せて、そこからどんな御華詩を生み出すのかを楽しむのが、日課ならぬ月課になっていた。


 と、話を八月に戻そう。


 僕は今月の課題から『光り物が好きな烏が蛍光灯を啄んで割ってしまって中の電極に触れて電気ショックで金縛りにあったように痺れる姿を写真に撮ってホームページに公開したら動物虐待で叩きまくられてそのストレスで自分も金縛りに合ってしばしば動けなくなる御華詩』とかを考えている。


 さて、彼女の答えやいかに?


「蛍光灯…… よくよく考えたら、この言葉って、『光』も『灯』も似たような意味だから重複してると考えてもいいよね? だからこれは、『蛍の光』よ。そうなると『卒業式』に結びつけても何も問題ないよね?」

「相変わらず、屁理屈こねさせたら天下一品だな」

「そんなにこってりしてないよ?」

「『天下一品』ってラーメンじゃねぇよ」

「ヤサイマシマシニンニクマシアブラカラメで」

「それは『二郎』だ」

「ちょっと一を足してみただけよ」

「ああ、天下『一』品と『二』郎ね」

「流石ルトニ、あたしの助手ね」

「ただの腐れ縁だ」

「まぁ、『二郎』はちょっとボリューム的にしんどいからもう一度一を引いて『一風堂』だとハリガネはちょっときついけどバリカタぐらいの方が…… って、あ、そっか」

「なんだよ」

「『バリ』よ。『金縛り』をずらすと『ばりかなし』。つまり『バリ哀しい』=凄く哀しいってことになるよ。卒業式で凄く哀しい、自然な流れよね」

「本当、凄いよな、その強引さ」

「麺は固めが好きだけど頭は柔らかく、それが探偵の基本よ」

「固めは関係ないだろう」

「ミステリのジャンルに『ハードボイルド』ってあるよ」

「それは『麺』のゆで加減じゃなく『卵』の話だ!」

「でも、バリカタはハードボイルドな麺ってことで間違ってないと思うよ?」

「……ま、まぁいい。これで『蛍光灯』『金縛り』が片付いたが、『ホームページ』はどうする? 一般名詞過ぎてどうしようもないだろう」

「ん? 何言ってるの? 『ホームページ』は本来『最初のページ』って意味よ。日本で言う『ホームページ』は英語では『 Web Page 』。だから『ホームページ』を『始まり』と捉えることには何の問題もないよ」

「そうなると烏は?」


 流石に、ここまで来ると、予想が付いた。


「烏が鳴いたら帰るよね?」

「やっぱりな」


 予想通りの回答だった。


「はい、そんな訳で、あたしはその課題だったら『中学の卒業式の帰り、大好きなクラスメートと離れ離れになってしまうことを凄く哀しんでる娘が、新たな始まりの一ページを刻むべく豪華絢爛な未来をシミュレーションして千変万化のジェネレーションを過ごす御華詩』を書くよ」


 と、論理展開の強引さと『卒業』のオマージュが無茶というか生まれる前のネタな気がするのはともかく、内容的には比較的真っ当な答えが出来上がっていた。まぁ、お題の使い方が強引すぎて提出するには無理があるけれど、いい創作の刺激にはなった。


 さて、これで今月のお題は解決。さてさて来月はどうなるか? ってところだけれど、一つ忘れ物。そう言えば、僕のニックネームの由来が後回しになったままだったね。


 でも、ここまでくると、ストレートに答えを言うのも無粋な気がしてきたんでヒントだけにしよう。


 改めて名乗ると、僕の名前は、潮陽しおひとよ

 名前通りの『お人好し』とよく友人達には言われているんだけど、この名前から、奈子になったつもりで、ゆとりを持って考えると分かるんじゃないかな?


 そんな訳で、今月はこれにてお開き。

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