04.夢現

頭の片隅で、ユラユラ揺れる白。汚れ一つない、真っ白。

(……何の色やろ?)

音もなく、揺れながら。徐々に、近付いてくる。頭で考えるよりも先に、動き出す俺の身体。本能が、捕まったらあかんって告げた。

階段を、とにかく一気に駆け下りる。


学校のような場所。開かれてるドアをくぐり、手前から奥へと抜ける。

何処に繋がっているのかも分からへん。

ただ、追いかけてくる何かから逃れるように駆け回る。見つからへんように。

薄暗い廊下を進めば、いつの間にかコンクリートから木造作りの床に変わっとって。


廃院のような場所。

今度は、底抜けせぇへんように、慎重に歩いていく。微かに漏れる青白い光を頼りに。

(あぁ、またや)

黒にチラつく白。ソレは、白衣。

反射して、鈍く光る眼鏡。白いオトコの手を染めるは、鮮明な紅。見たらあかんもんを見た気ぃして、また駆け出す。床が抜けようが構うもんか。捕まったらあかん。勢いに任せてエスカレーターを駆け上がる。


アミューズメントパークのような場所。暗めの照明に、機械音が鳴り響く。白衣はちらつかんくなって、漸く息を整えれた。早く脱出せなあかん。けど、

(何処へ向かったらえぇんか)

そもそもここが何処なんかすら分からん。時空を越えてくように、場所が入れ変わる。


ふと、視線を感じて振り返った。

通ってきたハズやのに、全てが闇に消えとって。ただ、空間に歪みが見えた。

(意識も、記憶も、)

霞んでいく。ぼやけていく。ぐちゃぐちゃと掻き回されて。


ーーこれが俺の世界…?


上昇したエレベーターが、ある階で止まった。身を隠しつつ開いたドアからそっと覗いたら、そこには鉄格子のはまった巨大な扉。無意識的に外に出て、呆然と眺めとったら背後で凄まじい音。

(ずっと乗ってたら、)

俺も急降下しとった。天井のロープが切れて。此処が何階であろうと助からへん。

背筋が凍りついて、弾かれたようにまた走り出す。蛍光灯が照らす階段を駆け降りる。途端に、人の気配。白を揺らして、追いかけてくる。

(もう、あかん)

諦めた瞬間、腕を取られた。


「分かった、行く。行くから!」


そうや、思い出した。俺はここで約束したんやった。再度エレベーターに乗る。階数は途中から表示されんくなった。

(夢や、なかったんか…)

上昇が止まり降りた処に、また白衣のオトコ。その眼鏡が、表情を隠す。


『お帰りNo.1042』


俺と同じ、鼠色のボロパジャマを着た人たちが仰山いた。閉ざされとる空間、言うなれば施設のような場所。知らんハズやのに、何故か見覚えがあった。

(完全に混濁しとる)

もう何が夢で何が現実か、分からん。


「胡蝶の夢ってヤツだね」

「やったら俺は…起きてるんか?それとも、寝てるんか…?」

「どっちも君になり得る。捉え方次第だよ。気になるなら、部屋を探してみるといい」


そろそろと進める足が重い。当たり前や、あれだけ走り回ったんやから。途中で、俺とは逆方向に進む少年とすれ違った。羨ましいくらいの、眩しい笑顔を横目に同じ数字を探していく。有って欲しいし、有って欲しくない。矛盾する想いが交錯する。やって、どっちにしろ

(俺に居場所は、ナイ)

そう、自分で無くしてしまった。

1039、1040、1041、1043…そこには、その番号だけが飛んでいた。

もう考える気力すら起こらんくて、ふらふら奥へ進む。カーテンで区切られた向こう側。ひょっこりと現れたドアに、1042の文字。あぁ、ココでも仲間外れなんか。

何もかもがどうでもよくなった。

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