02.願望

走って、はしって、ハシル。


見慣れた景色のハズやのに、どんどん知らん世界に変わっていってまう。

壁紙を貼り替えたがごとく、簡単に。色褪せていく。

いや、知っとったつもりでおっただけかもしれん。俺の中に、残るもんなんて何もない。


多分、最初に逃げ出したんは俺。

俺の過去も未来も無かったことにして。イチからやり直したかった。


俺に興味のない両親。

俺を蔑む親戚。

陰口を叩く同級生達…

全て無くなればえぇと思った。


イタい、くるシイ、カナしい、さミシい

そないなマイナス感情ごと、消えてなくなればえぇと。

そしたら、心も身体も傷つかんで済む。

何より疲れんで済む。

死んだら楽になれるんやろうけど、そこまでの勇気は俺にはない。

せやったら。何もかも消えて無くなればえぇねん。


なんで生まれてきたんか。

なんで生きてるんか。


そんなこと考えんで済むように。

せやけど。せやけど、こんな結末を


「望んだわけやないのに」

「ウソだね」


誰に言うたわけやない、無意識に漏れた言葉やから宙に溶けるだけのハズやったのに。

響いてきた、音。


「ウソなんかやないっ!」


気付けば言い返しとった。

やって、俺の中でまだ燻ってる。

覚えられてなくて悲しいし、覚えてなくて淋しい。そして何よりも、ツラい。

そないな感情が、丸ごと全て。


「ウソだよ。存在価値は自己と他者で決まる。君は自らその"存在"を否定した。だから君は自分にも他人にも会わなかった、それが君が望んだ"無"だよ」


淡々と、オトコは言いきった。

逆光で見えへんけど、眼鏡は反射して不気味に光り、口元が妖しく歪んでる。

それは、笑ってるようにも泣いてるようにも取れる表情。


「お前は、一体…」

「逃げる君を一度捕まえたモノだよ」

「捕まえた…?」

「No.1042、困るなぁ、勝手に抜け出して。さぁおいで、元居た場所に戻ろう」


オトコの白に、俺の意識が埋もれて。



あぁ、堕ちていく。沈んでく………深い闇が、俺を包み込んだ。

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