第35話 幻獣たちの血の宴
天上高く立ち上った
アズールは、青光りする白い毛皮を持った巨大な鹿だった。目付きは鋭く、頭には四対の立派な角を持っている。鼻の頭にも一本、角が生えていたが、それは刃のような鋭さだった。
ヘルムートは、一見巨大な
ギリアンは、
対するベラ側の魔獣は八体。それはトラウと呼ばれる魔獣で、岩のような皮膚と筋肉質な体を持ち、がっしりとした足先に生えた
「行けっ、トラウども!」
ベラが命じると、鈍い音がしてトラウを繋いでいた鎖が砕けた。
放たれた八体のトラウは、一斉に幻獣たちへと襲いかかった。
魔獣と幻獣たちとがぶつかり合う。
衝撃が爆風となって、フェリドとレマの体を打った。
大柄な魔獣、幻獣たちの乱闘に
凄まじい振動だったが、レマが村の周囲に張り巡らせた結界が功を奏し、村外への影響は極めて少なかった。
「ダンテ!」
そんな中、フェリドが叫び、ダンテを前線から下がらせる。ダンテは
フェリドは、ダンテがすり寄せてきた体に頬を寄せ、腕に抱いていたレマに微笑む。
「レマは、ダンテといて」
そう言って、ダンテの背にレマの体を押し上げようとする。しかし、そんなフェリドの胸元を、レマの弱々しい手が掴んで制止した。
「・・・待って・・・」
レマは自分の服の
「・・・っ!」
痛みが走り、
「レマ、ダメだよ」
思った通り、レマの指先には治癒魔法の淡い光が宿っていた。
「このくらい、やらせてくれ」
「今のレマには負担が大き過ぎる」
しかし、レマも譲らなかった。フェリドに掴まれた腕を振り解こうするが、今のか弱いレマでは、なんの抵抗にもならない。しかし、その必死さが強い眼差しに宿っている。
「・・・私は、もう戦えないだろう・・・」
苦渋の色を
「・・・少しでも、フェリドの力になりたい・・・。
・・・頼むから、やらせてくれ・・・」
「・・・レマ・・・」
こうなっては、もうレマは後に引かない。彼との付き合いの中でそれを
レマは弱々しい笑みを浮かべ、フェリドの血まみれた髪の中に指を
ジクジクと痛んでいた傷口に、優しい温もりがじんわりと染み入ってきて、フェリドはその心地良さに瞼を閉じた。次いで、レマの唇がフェリドの額に触れる。と、傷のせいで引き起こされていた鈍い頭痛も、スッと小雪が溶けるように癒されていった。全身に血が巡るように、暖かさが広がってゆく。フェリドは大きく息を吐いた。
そんな二人の様子を、射るように見据えていたのはベラだ。
しかし、その
ダンテだ。
主人に向けられた視線を感じ取ったダンテはスッと身を
そんなダンテの首元を、治療を受けるフェリドの手が撫で付けている。フェリドも、ベラの放つ殺気には気付いていた。レマに向けられた執着にも。
ダンテの
「もう行くよ」
フェリドが、やんわりと治療の手を引き離すと、今度はレマも黙って頷いた。レマの顔は蒼白し、唇からも色がなくなっている。フェリドは出来るだけ優しくレマの体を抱き上げると、ダンテの背に預けた。
その時だ。
「ギャァあああああああああああああああああああッ!!!」
凄まじい叫び声が上がった。
弾かれたように振り返ったフェリドの目に飛び込んで来たのは、九体のトラウに喰らいつかれたギリアンの姿だった。
(-- 魔獣が増えてる!?)
ベラが召喚したトラウは八体だったはずだ。その後、新たな召喚はなかったはず。それなのに、何故。
しかし、フェリドはすぐに、九体のトラウたちの違和感に気付いた。トラウの三つあった頭が一つになっている。その上、体は小さく細くなり、機敏さが増していた。
(-- 分裂したんだ・・・!!)
それを証明するかのように、目前で、ヘルムートの爪で切り落とされた三つ首のトラウの首が、切り口から瞬く間に体を生やしてゆく。頭さえあれば再生出来るようだ。その再生能力は凄まじく、気付いた時には八体だったトラウは二十四体になっていた。
この数では、アズールもヘルムートも、ギリアンの援護には回れない。
このままではギリアンが喰い殺される。
フェリドはすぐさま剣を抜いて駆け出そうとしたが、手にした剣が折れているのを見てハッとした。先刻の戦いで折れてしまったのだ。
フェリドは剣を投げ捨て、短剣を取り出した。
その間にも、九体のトラウはギリアンに群がり、その肉を喰い千切って喰らっている。ギリアンの悲痛な叫び声が鼓膜を揺らす。
フェリドは勢いよく左腕を刃で掻っ捌いた。ぼたぼたと溢れ出た血液が血溜まりを作る。
「ギリアンっ! 戻れぇえええ!!」
瞬間、ギリアンの体が光の粒子となり、フェリドの足元でボコボコと泡立った血溜まりの中へと消えてゆく。
なんとか、ギリアンの息のあるうちに幻獣界へと戻すことができた。おそらく、命は取り留めただろうが、あの傷では、もう二度と召喚することは出来ないかも知れない。フェリドがぎりっと奥歯を喰い縛る。
ギリアンに群がっていた九体のトラウは、束の間あたふたと動揺の色を見せたが、すぐさまその
(-- 間に合わないっ!)
短剣を構えたフェリドにトラウたちが一斉に飛び掛かかった。
刹那、フェリドの眼前に炎の壁が立ち上がる。九体のトラウが一気に
「ッ・・・レマ!?」
それが
一瞬、眉根を寄せたフェリドは、それでも
「ダンテ、レマを頼んだよ」
小さく言い置いたフェリドの背に、ダンテが鼻を鳴らして答える。そうして、主人の意図を汲み取って、戦いの渦中から距離を取ろうと、小走りで駆け出した。
すると、それを見ていたベラが声を上げた。
「逃さぬ!」
ベラが腕を上げると、その腕をボヴァイアが鉤爪で引き裂く。ベラの足元に瞬く間に血溜まりが出来上り、ぼこぼこと泡立った。
「来い、キリム!」
血の
キリムと呼ばれたそれは、
しかし、それとほぼ同時に、フェリドも新たな幻獣を召喚した。
「我が血を
現れたのは、燃え立つような真っ赤な鱗を持った
「レマは渡さない」
フェリドとベラが睨み合う。
アズールとヘルムートがトラウと血で血を洗う激戦を繰り広げる中、新たにイグニスとキリムの戦いが幕を上げた。
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