第30話 歪な関係






 レマの魔力を吸い上げた魔銃まじゅうが大きく脈打ち、やぶれんばかりにふくれ上がる。と、その銃口から閃光せんこうが放たれ、辺り一面、真昼のような明るさにさらされた。刹那、限界を迎えた魔銃まじゅうが、火山の噴火が如く、膨大な量の魔力を吐き出す。

 それは轟音と熱風を巻き上げて爆進し、たちまちベラを吹き飛ばした。


 一瞬の出来事だった。


 魔力が霧散し、地響きが静まると、周囲には夜の闇が戻ったが、村の広場には、強大な魔力の余韻が熱となってくすぶっている。


「・・・忌々いまいましい・・・」


 眉間に皺を寄せ、レマが呟いた。

 魔力が駆け抜けた後には黒い道が出来上がり、その両端には魔力の名残りがくすぶって、尚も地面を焼いている。

 その光景が、レマの放った一撃の大きさを物語っていた。


 レマは肩で息をしながら、真っ直ぐにベラの行方を見据えていた。

 静かだった。広場の先には、舞上げられた黒煙が依然いぜん漂い、標的がどうなったのか、この距離からでは確認出来ない。

 肌にピリピリと感じていたベラの魔力は消えていたが、相手は高等魔族だ。油断は出来なかった。


「レグルス」


 レマが、左腕に抱えるレグルスに優しく声をかけた、その時。


「ぐっ・・・げえぇえ‼︎」


 右手に握られた魔銃が、うめき声を上げた。

 魔銃は、レマの激しい鼓動に同調するようにうごめいたが、刹那、幾本もの帯状の影に姿を変え、もだえ苦しむように暴れまわる。次第にそれは、レマの前に集約すると、黒ずくめの男の姿へと変わっていった。

 男は両手両膝を地面につき、何度か胃液を吐きながら、あえぐように呼吸を整えている。

 自らも息を整えながら男を見やっていたレマは、レグルスの両耳をそっと塞いでから口を開いた。


「・・・姿を現すな、アウトサイダー」

「無茶ッ・・・言うなッ‼︎」


 レマの台詞せりふに、アウトサイダーが血走った目でにらみ返しす。


「っ・・・お、お前・・・、もう少し俺のことも考えろよッ・・・壊れるかと思ったわッッッ!!!!!」

「・・・壊れてしまえばいい」

「なっ! ・・・・・・へいへい、そーだよなー。壊れなくて悪かったなー」


 一瞬言葉を詰まらせたアウトサイダーは、うらみがましく口を開きながらも、サッとレマから視線をらした。

 しかし、レマはレグルスの耳を塞いだまま、アウトサイダーを真っ直ぐに見据みすえている。


「いいから、口を閉じていろ。レグルスに聞かれる」

「耳塞いでんだからいいじゃねぇか」

「このままでは治癒が出来ない」


 その言葉に、アウトサイダーが「はぁ!?」と声を上げながら立ち上がった。


「お前、今あれだけの魔力を放ったばかりだろう! それなのに治癒魔法を使うつもりか!?」

「他に方法がない」

「動けなくなるぞ!」

「そうなったら、お前が守ってくれるんだろう?」

「レマ!」

「それがっ!! ・・・ゼロの遺志なんだろう・・・?」

「っ!! ・・・・・・」


 一瞬声を荒げ、それから静かに言葉を返したレマの目に苛烈さが宿る。

 それに対し、アウトサイダーは反論出来なかった。


 アウトサイダーの胸中に、かつて自ら放った言葉が甦る。


   


   --- お前の命は、俺が守る。

       例えお前が、望まなくても。

       だから、俺をにくめ。

       俺をうらめ。

       この世に無理やり繋ぎ止める、俺にいかれ!




 あれから三年が経った。

 レマの育て親、つまり、アウトサイダーの主人であるゼロが死に、当時、彼の後を追おうとするレマを、アウトサイダーは必死に引き止めた。何度も、何度も。

 愛する者の壮絶な死に心を痛め、精魂尽き果て、死に唯一の希望を見出していたレマにとって、これ程の仕打ちはなかったろう。しかし、アウトサイダーとしても、主人ゼロから託されたこの子を、みすみす死なせるわけにはいかなかった。

 このろくでもない世界で、ひとり生きていくことを強いている。残酷なことだ。それでも生きろというのは、アウトサイダーのエゴにも等しい。

 故に、彼は言ったのだ。

 

  --- 俺をにくめ。

      俺をうらめ。

      この世に無理やり繋ぎ止める、俺にいかれ!


 そうして、生きることを強いられる怨恨えんこんを、生きる気力に変えさせた。

 それも随分な荒療治だったが、当時のアウトサイダーには、それ以外にレマを繋ぎ止めるすべを見出せなかったのだった。

 後悔はない・・・と言ったら嘘になる。

 もっと良い方法があったのではないか、と未だに思い悩むのだ。






 うつむき、目をそららすアウトサイダーを見据みすえるうち、レマの苛立ちは少しづつ収まっていた。否、それは消沈と言っても良いかも知れない。


 アウトサイダーにだけ苛立っているのではなかった。

 このような惨状を引き起こした高等魔族は言わずもがな、レグルスの苦境に駆けつけることが遅れた自分への怒りで、胸中にはどす黒い感情がうずめいていた。

 村の周囲に結界を編むことに集中していたとは言え、村の中の異変に気付かなかったのであれば、本末転倒だ。

 そんな間抜けな自分へのいきどおりや、レグルスの窮地きゅうちを目の当たりにして、平静を装うことは不可能だった。案の定、レマは魔銃アウトサイダーで魔力を暴発させた。

 結果、それが功を奏したが、ひとつ間違えば、避難している村人へも被害が出ていたかも知れない。

 アウトサイダーが無事でいたことも、運に恵まれただけのことだった。


 呼吸が整ってくれば、平静さも取り戻す。

 その平静さの中には、アウトサイダーに対する諦めもあった。


  --- もう、お前には期待しない。

      すがりもしない。

      ただ、道具として利用し、

      恨んで、恨んで、恨み抜いてやる。


 魔銃としての在り方の特性か、アウトサイダーは自分自身をないがしろに扱う。

 かつてのレマにとっては、それが不服だった。




 アウトサイダーは常に傍観者だった。

 ゼロとレマとは一線隔てて自分を見ていたのだ。それは何も、自分を卑下しているからではない。人格を得ようと、彼は魔銃なのだ。その性質が、彼の思想に反映されているのだろう。

 しかし、時々しゃしゃり出て来ては、こちらの面倒を見て消える。そんな都合の良い傍観者がいるだろうか。

 変わった傍観者に世話を焼かれた少年が、彼に愛着を持たないわけがなかった。


 確かに、ゼロはレマにとって特別な存在だった。

 でも、だからと言って、アウトサイダーが大切でないわけではない。

 ゼロとは違う形で愛していた。家族だったのだ。

 それなのに。


 一番辛い時に、彼は言ったのだ。

 「俺を恨め」と。


 --- ・・・どうして・・・。


    どうして、そんなことを言うのか。

    どうして突き放すのか。

    どうして「一緒に生きてくれ」と言ってくれなかったのか。


 それはつまり、レマにとってアウトサイダーがどれほど大切な存在か、全く自覚していないから出てきた言葉だった。

 「恨め」と言われた時、はっきり否定すべきだった。どれほど自分が傷ついたか、伝えるべきだったのだ。

 しかし、当時は反論する気力も、自分の思いを伝える生気もなかった。

 それが、このゆがんだ関係の始まりで、今もずるずると続いている。


 

 

 レマはレグルスの体を地面に優しく横たえると、その頬を撫でながら、全身に素早く視線を走らせ、靴を脱がせた。

 外傷は少ないが、呼吸が浅く、吐血している。

 内臓がやられているならば、大掛かりな治療になる。


「遅くなってごめん、レグルス」

 

 レマは悔恨かいこんに眉根を寄せ、レグルスの頬をそっと撫でた。と、今度はアウトサイダーが口を開く。


「自分を責めるな」

「・・・うるさい」

「あいつは、俺が見てくる」


 言うが早いか、アウトサイダーは右足を庇うようにしながら、レマが作った黒い道を辿り、敵の生死の確認に行った。


 それを無言で見送った後、レマは静かにまぶたを閉じ、呼吸を整えた。

 と、次第にレグルスの頬に触れた手に、温かい光が宿ってゆく。

 治癒魔法ちゆまほうだ。

 治癒の光を宿した両手がレグルスの頬から頭、首元へと撫でつけられ、肩に触れた後、胸元に押し当てられる。

 すると、弱々しかったレグルスの呼吸が次第に力を取り戻していった。

 体が楽になってくると、酸素を取り込もうとレグルスが必死に肩を上下させる。と、急に気道へ流れ込んできた空気に体が驚き、ゲホゲホと咳き込んだ。


「大丈夫だ、レグルス。ゆっくり呼吸してごらん」


 レマはレグルスの上体を左腕に抱いて起こしてやり、右手を胸部から腹部へと滑らせる。

 それまで意識が混濁こんだくしていたレグルスは、胃の腑のあたりに染み入るような温かさを感じて正気を取り戻した。

 レマの腕に抱かれながらゆっくりと呼吸をしていると、安堵が胸いっぱいに広がる。そうしてぼんやりとレマの横顔を眺めていると、自然と目頭が熱くなってきた。


「・・・レマ・・・」

「うん」


 レグルスの涙声に、レマは小さく頷く。


「もう、大丈夫だ」


 レマは、腹部から足先まで丹念たんねんに治癒魔法をかけながら声をかけた。その額には大粒の汗が浮かんでいた。心なしか、顔色も悪い。


「・・・無理・・・しないで・・・」


 レマを気遣って口を開いた途端、レグルスの目から大粒の涙が流れ落ちた。

 それと同時に、足先に触れていたレマの手がレグルスの頬へと伸びて涙を拭う。その手の温かさに、レグルスはせきを切ったように泣き出した。


「ごめん、ごめんね。レグルス」


 自分の胸にすがって泣き崩れるレグルスを、レマもその腕に抱き締めたが、大量の魔力を消費した後では、上手く力が入らない。

 それでも、この腕に生きたレグルスを抱いた安堵に満たされ、レマは深い溜め息を着いた後、優しく微笑んだ。



 

 


 そんな二人の様子を遠目に見ていたアウトサイダーは、「フッ」と一息吐くと、足元に転がる黒い塊を足先で蹴飛ばした。


「コレ、もう動かないよなぁ」


 それは、炭と化したベラの体だった。

 レマの魔力が直撃した瞬間、全身焼き尽くされたのだろう。

 その刹那の様子が、指先まで苦悶の形で残っていた。

 

 アウトサイダーも、高等魔族とは何度か対峙していた。

 最後にその姿を目にしたのは、主人ゼロが殺されたその時だ。

 あの神がかった強さを思い出すと、今でも背筋が凍る。


 アウトサイダーは不意に右手をかかげた。と、その肘から上が帯状の黒い物体へと変化して蠢き、瞬く間に形状を変えて鋭利な剣となる。

 瞬間、その刃をベラの亡骸に突き刺した。

 剣を引き抜くと、刃に細かな炭がつく。それを振り払う動作と同時に、アウトサイダーの右手は元に戻った。


 心臓をひと突きにした。

 それは、魔族にとっても急所のはず。


「化けて出てくれるなよ、嬢ちゃん」


 そう吐き捨てて、アウトサイダーは背を向けた。

 刹那。


なまくらが」


 地を這うような声がアウトサイダーの耳朶じだを撫でるよりも早く、消し炭だったはずのベラの手が動いた。瞬間、アウトサイダーの首が飛ぶ。


「アウトサイダー!!!」


 遠くにレマが叫ぶのを聴きながら、アウトサイダーの頭は地面に転がされた。




 

 

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