第24話 喪失感と安堵と自責





 もう、日が高く昇っている時刻だろうが、小屋の中は薄暗い。

 だが、それがレグルスには、心地良かった。いまだ、微睡まどろみの中にあったから。


 昨夜は、フェリドに赤子のように寝かしつけられた。疲れているのになかなか寝入ることができず、その上、眠りが浅く寝苦しかった。

 丑三つ時を過ぎた頃からか、身体からだが熱くて重苦しくなり、思うように寝返りが打てなったり、折角せっかく眠っても、頭痛で起きたり、それなのにまぶたは開かなくて、もどかしさを通り越して恐怖さえ感じた。

 しかし、その度に何か心地良いものがひたいに触れてきたのを、ぼんやりと覚えている。それにいざなわれるように眠りについた。

 

 そんなことを朝方まで繰り返していた。

 今は、幾分いくぶん気持ちが軽い。

 相変わらず身体は重たかったが、昨夜のような不快感ふかいかんはなかった。

 外はきっと晴れているのだろう。開かれた窓から入り込むさわやかな風が、火照ほてった顔をでてくれてこころよかった。


 そうして風の中でうとうととしていると、夜中に何度も感じていた、あの心地の良いものが額から頬へと触れてくる。

 なんだろう、と導かれるようにまぶたを開けば、深く青い瞳と視線が合った。


「・・・レマ?」


 頬に優しく触れていたのは、レマの冷たい手だった。

 彼は静かに微笑む。


「気分はどうだ?」

「・・・悪くない・・・けど、何だか・・・身体からだが重たくて・・・」

「そうだろう。昨晩、発熱したんだ」


 発熱、という言葉が思考の鈍った頭の中をぐるぐる回る。

 少しして自分のことだと分かると、昨晩のことも全て合点が行った。


「レマ」

「うん?」

「ごめんなさい」

「謝る必要なんてない」

「そうじゃなくて・・・」


 レグルスが言いよどむ。

 レマは小首を傾げたが、レグルスの声がかすれていたのが気になって、側にあった吸飲すいのみを手に取った。レグルスの乾いた唇の間から吸飲すいのみの先を入れてやり、ゆっくりと傾ける。

 水が通る度に、レグルスの咽喉のどが鳴る。

 そうしているうちに、レグルスの謝罪が何のことか思い至ったレマは、「ああ」と小さく声を漏らした。


「良いんだ。もう痛くない」


 良いはずがない、と、レグルスは水を飲ませてもらいながら思った。

 そうしている間にも、脳裏には、昨日の記憶がよみがえってくる。レマを殴った感触も、吹っ飛んだ彼の姿も、力無く寝台ベッドに横たわる様子も、そして謎の男の存在も、全てが苦い記憶となって、胸中に留まっていた。

 咽喉のどうるおしたレグルスが起きあがろうとすると、レマがそっと手を貸してくれる。助けられながら上体を起こしたレグルスは、そのまま手を床について深々頭を下げた。


「・・・傷つけて、本当にごめんなさい」

「レグルス。もう良いんだ、本当に」


 少し慌てたような、困ったような声音のレマは、すぐさまレグルスの細い肩を掴んで顔を上げさせると、その青い瞳で顔を覗き込んで「良いんだ」と、もう一度、言い含めるように言った。


「傷付いたのはお前の方じゃないか」


 その言葉を聞いた途端、レグルスの目頭がカッと熱くなる。また溢れ出しそうな涙を押さえ込むように息を止めていると、その強張った背中を、レマの手が優しくさすった。

 しばらくの間、無言の時間が流れる。その空間が心地良い。

 涼しい風が窓から入り、レグルスとレマの髪をふわっと持ち上げた時、レマが昔話でも始めるかのように、ぽつりと呟いた。


「私には分かるよ、お前の気持ち。・・・私も、育て親を亡くした」


 真っ赤になった目でレマを見上げれば、優しい片目が、寂しげに微笑んでいる。


「・・・悲しかった・・・?」


 レグルスが問い掛ければ、レマは静かに、けれどしっかり頷いた。


「彼を失った喪失感は、今も癒えない」


 レマのその言葉に、レグルスの頬を一筋涙が伝う。

 その涙を拭いながら、レマは言葉を重ねた。


「でも、いいんだ。私は、この寂しさと一緒に生きていく。

 喪失感が失せないということは、今も、あの人が私の中に生きているということだから。

 ・・・だから、大丈夫・・・。レグルスは何も悪くない」


 レグルスの髪を撫でながらそう言ってくれたレマの言葉が、すうっと胸の奥に落ちていく。レグルスの中に、トウマを失って傷付いた自分の悲しみを認める思いや、自分も一生トーマを忘れないだろうという安心感が広がる。それと同時に、この自責の念も、ずっと抱えて生きていこうと思ったら、自然と言葉か出てきた。


「・・・ありがとう・・・」


 レグルスの言葉を聞いて、レマは少し、苦しそうに笑った。


「さあ、もう少しお休み」


 レマがそう言ってレグルスをまた横にならせる。そうして冷たい手でレグルスの瞼をゆっくり覆うと、眼裏まなうらに柔らかな青い光が広がり、意識がゆっくりと遠のいてゆく。


「ゆっくりお休み。ずっとそばに居るから」


 その言葉を最後に、レグルスは眠りに落ちた。





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